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イーサミエへの帰還

 魔域を攻略し、一面真っ白の雪の谷から平原のハルーラ聖堂の鐘楼までエルモとスージーは戻ってきていた。


 ガクガクと震えながら、スージーは吐息を吐き出した。暖かい平原の空気を吸って、ようやく安堵する。


「……戻ってきた。寒かった。もう雪山嫌だ。」


 スージーの意見にエルモも同意して答える。


「まったくだ。あの寒さ、もう少しいたら、命に関わるところだった。」


 気がつけば、モールからは結露が滴って、雪の中を行軍した靴はびしょ濡れだった。



「本当もう、寒いところは嫌だよね。寒いところに行くまでにはお酒をストックしておかないと。」


 スージーがうんざりした様子で言った。


「ノマリの薬のことか。まぁ、確かに酒精も入ってたとは思うが。」


 エルモが酒と聞いて、思い当たるものを言う。


「んで、飲んで出来上がったらそのまま雪の上にバーンて倒れる。」


「そこまでされても責任は俺はもてん。」


 スージーの無茶な話をエルモは話半分に聞いて流す。ノマリといえば、魔域の中で会った少女、カティアのことが頭に浮かんだ。ノマリ模様の衣装を身に纏った少女は、確かに<壁の守手>と言っていた。

 あの娘の遺物、古いノマリの紋様の入ったターバン。これがあれば、カティアのことも呼び出せるのかもしれない。


「次の魔域からはあの娘、カティアを呼んで助けてもらえることもできるな。心強い助っ人はいくらいても困らない。」


「確かにね。何ができるおねーちゃんだったのかは知らんけれども。さぁ、イーサミエのギルドに報告しに行こうぜ」


 二人は廃れた聖堂を後にし、イーサミエへの帰路につくのだった。


 イーサミエへの帰り道の途中、野営していると、ノマリ族とまた出会った。古いノマリの守人カティアの話などしながら酒宴になだれ込む。


「まぁまぁ、長生きしてみるものじゃ。古のノマリ族、守人のカティアと魔域の中で会ったとはのう。この古いノマリの紋様は間違いなく、かの守人の持っていたものに間違いはありませんじゃ。」


 ノマリの長老が、エルモから渡された遺物のターバンを手にとって証明してくれた。


「やはりか。次の魔域にこのターバンを持っていけば、おそらく助けになってくれるはず。アレクサンドラもそう言っていたしな。」


「おお、前にも聞いたアレクサンドラ様の話にもそんな話があったのう。今代の英雄、まさかお主らではなかろうな。」


 エルモの言葉に、驚き何かうなづく長老。その姿に、スージーが話に割り込んでくる。


「なんの話だい、おばあちゃん?」


「コルガナ地方の言い伝えでのう。この地は北の奈落を封じ込めた<奈落の壁>があるが故に、度々、魔神の襲来があるんじゃ。その度に、英雄が現れては魔神たちの襲来を退けておる。今、そう言える者は現れておらんが。もしかすると、お主たちが今代の英雄なのかと思うたんじゃ。」


 ホッホッホ、と笑いながらも長老は語る。正直なところ、そんな大それた人物ではないと自認している二人は酒を飲んで場を濁すしかなかった。

 その酒を一口飲んで、大いにエルモがむせた。


「おいおい、こんな度数のは俺にはそこまで飲めないな。これはハッキリ言って割って飲むものだろう。って、スージー 。こんなのそのまま飲む奴があるか!」


 相変わらず、スージーは飲む。が、今回は驚異的な酒量を飲んで平然としていた。もう、1瓶空けている。


「平気なのか!?正直、今回ばかりは見直したというか。驚いた。」


 目を白黒させながら驚きを隠せないエルモ。グラスランナー というよりは、やはりドワーフなのではないかと疑ってしまう。


「飲まなきゃ、グラスランナーの名折れってもんよ。どうよ、エルモも一杯。」


「いや、俺は……、む。グッ、これはやはり割らずに飲むのは俺には無理だ。」


「そっかー、ザンネーン。」


 ケラケラ笑うスージーに、エルモは勝てない。

 笑いながら、ぐいぐいとカップを押してくるが一口なめただけでエルモは降参してしまうのだった。


「すごいな、今回ばかりは尊敬する。」


「わっちは優秀だー。」


 何か、訳のわからないことをのたまうのを見て、やはり、酔っているのでは?と思いながら、酒宴は幕を閉じたのであった。



 一晩明けて、エルモは酒の残りが戦いの傷に響く。昨晩に治せばよかったが、酒の席のどさくさで二人とも失念していた。多少傷は塞がってきたので、このまま進むことにする。

 こういう時に、気軽に癒しを求める事ができる癒し手の不在にこの二人組だと悩まされる。かたや、回復と財布の中身が直結している賦術の<ヒールスプレー>と、使えるタイミングが限られる、バードの<夏の息吹>である。


 前線を支える重装の戦士もいなければ、癒し手もいない、ましてや魔術を使えるものもいないというのは、やはり一般的な冒険者の一団としては不格好なものだったが、即席で組んだ二人組なので仕方ない。


 イーサミエへの道中は大きい事は何もなく、やはり平原の主と魔域がなくなったのは大いに影響しているようだった。


「魔域が無くなったから、列車も使えるようになったって報告してあげなきゃね。」


「我らは使わぬが、列車はこの地の人々の生活の支えになっておるからのう。大いに助かるだろうて。」


 どうやらノマリの人々もイーサミエの方向と同じだったらしく、夜を迎えてまた酒宴に興じるスージーであった。


「今日も元気でお酒が美味しい。うまいなー。」


 陽気に上機嫌で適当な即興歌を歌うスージー。今回の酒はあまり強い酒ではなかったが、エルモは念のために遠慮しておいた。飲めるスージーが若干羨ましかったりもする。


 道中、遠くで獣が鳴き叫ぶ声がうるさく、神経質なエルモが一晩眠れずに過ごした。


「ノマリのおばあちゃんから疲労回復薬買っておけばよかったな、エルモ。」


「今度あったら買うとしよう。」


 目の下に若干のクマを作ってエルモが歩く。


 道中で毒蛇と戦ったが、概ね苦戦することもなく退治する。

 大雨の中野営をし、テントの中で二人で寝転がる。

 簡単な食事を取り、ランタンの明かりも消し、他にはもう寝ることしかやる事がない。

 そんな中、スージーが唐突に喋った。


「この旅が始まって、もう半月が立ってしまったよ。」


「そうか、早いものだな。」


「……ヴィルマ、大丈夫かな。」


 クルツホルムで以前、荒野の邪教の団体が行っている人攫いにそのヴィルマそっくりの子が連れ去られたという証言があった。あれから、半月近く経つ。


「悲観しては見つかるものも見つからなくなってしまう。今は、荒野を目指して行ける実力を身につけるしかない。道中で力を貸せれば、俺も手助けしよう。」


 その言葉に安心したのか、それともその前からなのか。いつの間にか、スージーは寝息を立てていた。

 対するエルモは外の大雨の音の中、中々寝付けず、雨粒の音を恨みながら一晩過ごしたのだった。


「あれ、また眠れなかったの?クマがひどくなってるよ。疲労回復薬飲む?」


 一晩を明かしたエルモの表情は冴えない。それを機敏に察知したスージーが回復薬を勧めてきた。


「いや、もう街まで近い。街でゆっくりと眠らせてもらう。」


「本当にこのボンボンは野宿に弱くてしょうないねー。」


 ニヤニヤと笑いながら言うスージー に、思わず担いだモールに手が伸びそうになるエルモだった。



 夜になってようやくイーサミエにつく。衛兵の簡単な調べを受けて、街中へ入ると、しまったとエルモが嘆いた。


「イーサミエには大浴場はなかったな。クルツホルムにはあったし、トロンの故郷にもあっという話だから、てっきりあるものと思い込んでしまった。」


「どうしてお風呂にこだわるの?」


 不思議そうな顔をする幼女、に見えるスージー。小首を傾げる仕草は、何も言わなければ幼い子供に見えるだろう。


「この疲れを癒したかったんだよ。大浴場で湯につかればどんな疲れも立ち所に吹き飛ぶとトロンが言っていたから、楽しみにしていたんだが。」


 主人と決めて仕えた戦友でもあるトロン。今は、キングスフォールで死からの蘇生費用を蓄えるに留まっていた。

 トロンの故郷はコルガナ地方のエルヤビビ。温泉郷として発展したと言う謂れもある街だ。<大破局>で衰退し、今は小さな街程度しかないと言われているが、トロンはエルヤビビの温泉をしきりに自慢する事が多かったので、エルモは期待をしていたのだった。


「でも、もう夜だしな。うん。酒場に繰り出そうぜ。」


 ないものはない。と言う事で、スージーが別の案を出してきた。


「酒場か、疲れは癒えないが今後のために何か話の一つでも仕入れておくか。そういえば、焼け落ちた家の地下室で手に入れた日記に、ヘリテという名前があったな、確か。」


「うん、イーサミエの友達ん家に遊びに行ってたらしいね。生きてるかもしれないから、渡しにいこっか。」


「ならば、その友人とやらの家を調べるか。」


 近くの酒場に立ち寄って、飲みながら噂話を拾ったり、こちらから持ちかけたりする。自分たちだとは言わないが、魔域の消滅や平原の主の討伐なども話しておく。向こうの求める情報になれば、情報料が安くなるかと思ってのことだ。


 平原地域から最近、こちらへ越してきた事がある女性について調べていると、心当たりがあるという冒険者風の女がいた。情報料として250ガメルを要求されるが、懐に余裕が出てきたので支払いに応じる。


「250だったら払ってもよかろう。」


 酒場では妙に気が大きくなるスージーがエルモに持ちかける。


「そうだな、共同資金から支払っておこう。」


(支払いは150で、のこり100は二人の飲み代だったけれどな。まぁ、知らぬが花だぜ。)


 250ガメルを受け取った女が早速、上等な酒を二人分頼んでいた。なぜスージーも飲んでいるのか不思議だったが、酒はあまり飲まないエルモは不思議には思わなかった。


「平原の家って言えば、遺跡にのめり込んでたピエタルって男が住んでた。あたしも冒険者だから、前に遺跡のことで情報をもらう事があったんだけれどね。確か、この前に街中で妹さんとバッタリあって。今は、三連石のある平家の友達の家に間借りしてるって話だったわね。」


 彼女はグイッと上等な蒸留酒を飲みながら、声色を抑え気味に続けた。


「魔神の襲来があるまでは平和なところだったのに、今じゃ近づけない危険地帯でしょ?取る物も取れずに、文字通りの身一つで苦労してるみたいよ。」


 場所が分かり、翌日に三連石という目印の情報をもとに、ヘリテの名前を探していく。

 昼前には見つかり、アンナという女性の家に間借りしていた。

 アンナの家で、ヘリテを呼んでもらう。今は職探しで留守がちだと言うが、たまたま家にいたらしく本人らしき女性が現れた。


「あの、わたしがヘリテですが。何か御用でしょうか?失礼なのですけれど、ルーンフォークとグラスランナーの方には知り合いがいないのですが。」


「わっちらは平原地域の燃えた家からこの日記を見つけてきたんだ。まずは読んでほしいんだ。」


 ピエタルの日記を手渡し、読んでもらうことになった。しばらく読み進めると、彼女は自分のことが書かれている所に読み当たり、全てを察したようだった。


「ありがとうございます。これは、間違いなく兄の日記です。お礼できるものが何もなくて、本当に申し訳ないのですが。」


「いや、こちらも渡そうと思ってな。」


 そう言って、背嚢から大きな袋を出すエルモ。


(あ〜ぁ、懐に一旦入れたものを出すのは流儀じゃないんだけどな。仕方ない。)


 小声で囀るスージー。


「家の地下室にあったものだ。遺跡でもないところから持ってきたわけだが、所有者を目の前にして持っていけるほど、神経が図太くなくてな。」


 8000ガメルの袋を渡す。ヘリテはまさか、冒険者が金目のものを探し出して渡してくれるとは思っても見なかった。

 たいていの冒険者は遺跡に入り、遺物を漁っていると聞く。依頼があれば、やぶさかではないかもしれないが、無償で金品を差し出してくれるとは夢にも思わなかったのだ。

 兄の残してくれた思い出と、この生活を抜け出せる大金を手にして涙が止まらなくなる。


「ありがとうございます。このお礼はなんと言っていいのか分かりません。本当に、本当にありがとうございます。これだけあれば、当座の生活に困らずにこの街で生活していく事ができます。兄の思い出も、私の生きる支えになることでしょう。本当に、返す言葉がありません。」


 玄関先で泣かれ、困った顔をするエルモ。スージーは知らん顔をするばかりだった。


 帰り道、スージーはエルモの腰の辺りを叩きつけて思っていたことを言う。


「カッコつけたな、この色男!」


「別にそういうわけじゃない。ただ、身の上話を聞いたらあの金は持ち主が持っていくべきだと思っただけだよ。グラスランナー には分からない感覚かもしれないがな?」


「そこまでわっちらは鬼じゃねーですよーだ。」


 バンバンと尻の辺りを叩かれるが、笑って流すエルモだった。


「はっはっは、思ったよりも消耗が少なく済んだからな。てっきり、俺は<ヒールスプレー>のカード代で赤字になると思っていたからな。やはり、癒しの術があるのはありがたいな。」


「やっぱ、回復の終律とっていて正解だったな。うんうん。感謝しろよ、エルモ?」


「助かったよ、ありがとう。あとは飲み過ぎなければ、良い相棒だ。」


「飲み過ぎは余計な一言だぜぃ。」



 翌日の朝、早速港湾ギルドに向かって、回収していたレテ鳥の帽子をギルドに渡す。

 レテ鳥の帽子が見つかったと聞き、大慌てでギルド長がギルドの受付に走り寄ってきた。 


「こ、こいつぁ本物のレテ鳥の帽子!!一体どこでこれを!?」


「平原地域の地下洞窟だぜ。わっちらが、スケルトンガーディアンを倒して、持っていたのを取り返してきたのさ。さぁ、いくら払うんだい?」


「1万2000ガメルだ。それ以上には値上げは出来ん。」


「なら、仕方ない。お酒いっぱいで我慢してやろう。」


「そのぐらいだったら、お安い御用だ!おい、お前ら。今日は仕事上がりは俺の奢りで飲ませる!飲みたいやつはついてこい!!」


 口々に歓声を上げるギルド員。まるで海賊のようだが、それは言わぬが花というものであろうと、エルモは黙っていた。


 酒場で大宴会を繰り広げることになり、酒場はほとんど貸し切りになる。ほとんどが荒くれ者にも勝るとも劣らない海の男たちだ。その中で、一輪の花となったスージーはやたらと大事に扱われていた。


「いやぁ、よかった。これでちっとは北の海の海賊どもを静かにしてやれる。お前らの探している帽子はここだ!ってね。」


 ギルド長が言う言葉に、思わず欲が出るスージーが口をついて喋った。


「うーん、渡さないほうがよかったか。」


 それに、無難な返答をするエルモ。


「別に、海賊になるわけじゃないだろう?」


 そんなエルモの返しにスージーはニヤリと不敵に笑う。ガバッと席に立って大口を叩く。


「誰がならんと言った?なってやってもいいんだぜぇ?」


「お前、そんななりで務まるのか。というか、そもそも泳げるのか?」


 エルモは白い目を向けながら、スージー に語りかけた。

 周りの男連中に女の子どころか、小さな子供扱いされていて、酒を飲むのも控えるように言われている始末である。


「まぁ、その辺のことは後から考える。」


「そんな、無茶な話があるか。」


 スージーのおざなりな返事におざなりな言葉をエルモが投げる。


 そんなふうに飲んでいると、うっかりスージーのペースに飲まれて飲まされてしまうエルモだった。


「んー?不味いな、酔いが回ってきた。俺は、一足先に宿に……。」


 スージーが気づくと、エルモは机に突っ伏して寝ている。うるさい男たちも酔い潰れて、ようやく本領発揮が出来るとなった。


「疲れも溜まってたからな。それじゃ、いい夢を。」


 ポンポンと叩かれても起きる様子のないエルモを尻目に、リュートを小脇に抱えて歌いながら酒を飲む小さな姿が見られた。

 後に、港湾ギルド員は語る。あれは、小さな妖精だった。もしくは、酒の妖精だった。飲んで踊って歌って、また飲んで。俺たちじゃ止められない台風のようだった、と。


ストックの録音が尽きたので、しばらくは更新がありません。

またセッションができるのがGW中か、明けくらいなので小説の方もそのくらいまで間を置かせて頂きます。


拙作の「崩壊世界とダンジョンと」もちらほらと読んでいただけているご様子で

おかげさまで1万PVオーバーしました!ありがとうございます!!!


テスト版 トライD+ TRPGルールブック Kindle版

上記も100円にてAmazonにて販売中です。

こちらは本当にテスト版なので、自分たちの身内で遊べる程度の内容になってます。

キャラ作成などはできるので、ゲームの雰囲気などは掴めるかと。


今回のスージー語録

なし

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