歩道橋でいいこと
実は半分近く実際にあったことだったりする。
人生の大きな選択の場面はきっとあの時だったのだろう。
それは、僕がもっと年を取り、人生を振り返る時に考える事だろう。
その時に後悔をするのか、それともよかったと言えるのか。
大きな選択の場面ではゲームのように
A.登る
B.登らない
等の選択肢が出る世の中であれば、人は大事な選択場面だとわかるのに。
いや、ゲームでもその選択は必ずしも重要ではない場面でもでるし、仮に失敗の選択でも後悔はするか。
少なくとも今、この歩道橋を使うという選択をした僕は後悔した。
春先の少し暖かな気温の中、小走りで帰路につく僕は、交差点で立ち止まる。
通量が多い地方都市の交差点。
日が沈みかける夕暮れ時、帰路に急ぐ僕は、交差点の信号待ちにイライラとする。
不思議な交差点だ。直線の横断歩道を渡り、次に右の横断歩道を渡ることは出来るが、
今、僕の右は横断歩道が無く歩道橋となっており、さらに現在僕の進行方向と平行して歩道橋が続いている。
要は交差点には2つの横断歩道と、L型の歩道橋があるのだ。
なぜこんな変な交差点にしたのか。元々は、全面歩道橋だったのかもしれない。きっと世の中、高齢化の影響で歩道橋なんて体力を使うものは排除していくのか、それとも雪が降ったら危険な為か。自転車やベビーカーの事を考えてか。とにかくせめて全面横断歩道にしてほしかった。
「ここの信号長いんだよな。生配信ライブが始まってしまうじゃないか。」
誰かに話しかけるわけでもなく、僕のいつもの独り言だ。家族にも
「独り言なのか、話しかけてきたのか?」
などと聞かれてしまう。全てを言葉にする訳ではないが、思わず声を出してしまう。
この独り言は時に、いや、かなりの確率で余計な一言として捉えられる。
それよりも今、急ぎ帰宅するにはこの長い信号待ちするより歩道橋を使った方が体力の消耗は激しいが、僅かだが早いと判断した。
「ウシ娘のライブの為だ!」
僕は体を反転し歩道橋の登り口に移動。そして階段を登る。もはや小走りというより激走だ。
ブルンボイン揺れだし~
ポニョンプシャン絞ってゆーくーよー♪
うしぽん建設を口ずさみながら階段を登りきり、デッキを走る。その時、高欄の上部に女性の顔が見えた。下を走る自動車を見つめるように顔を出していた。珍しくこの歩道橋を使う人がいるのだな。横断歩道がある為、元気な小学生すらこの歩道橋を使う人はいない。僕自身使った記憶は小学生の頃、上から見下ろす風景が見たかった時だろう。しかし高欄は意外に高く目隠し板が付いていたので下の裾から覗いた記憶がある。その程度の利用だ。
直線を走り左に曲がろうとした瞬間に、僕の足は止まった。
女性は下を走る自動車を見つめ続ける。少し気温が上がったとは言え、まだ薄着には早い。それなのに全裸なんて元気な人だな。
・・・
「ぜ、全裸!」
高欄の上部に手のひらを置き、体を支えるようにしている。支える腕が邪魔で乳房が隠れているが、腕と体の隙間から僅かに膨らみが見える。惜しい。
ではなくて・・・なんだよ、これ。AVの撮影か、ネットの迷惑系?ドッキリ?それとも「見たでしょ!」って恐喝する新手の美人局?
全裸に見えるようでもしかすると、ヌーブラみたいなものや紐の部分が透明で実は見えないようになっているかもしれない。
しかし、確認しようにも直視する自分が恥ずかしく、その視線を地面に逸らす。僕が恥ずかしがるより女性の方が恥ずかしがるならわかるが、と憤慨した。一度地面に落とした視線を、何処かに人が隠れていないか、辺りをキョロキョロと見渡す。撮影のカメラも恐喝する人もいない。いや、何処か遠くから撮影かもしれない。
そんな探し事をするよりも、今するべき事は
A.戻り静かに階段を下りる事
B.彼女の後ろを通り過ぎる事
もう、一択のAじゃないか。
来た足跡をそのままなぞるように一歩一歩、ゆっくり後退する。しかしすぐにその足を止めてしまった。女性の頭が動き、こちらの方に視線を向ける。
「私の事、気にしないで通っていいですよ。」
通っていい?ここは公共の歩道橋で貴女の専有部ではありませんよ。と突っ込みを入れたくなったが
「ははは、なんだかすみません。気を使ってもらいまして。」
こちらが気を使ってんだよ。と再度、心の中で突っ込みを入れながら、乾いたぎこちない返事をした。
見てはダメと思い、彼女と反対方向の床に視線を落としながら歩く。しかし、自然と視線は彼女の背中に目をやってしまう。
細いウエスト、小振りな奇麗な尻、そして白い肌。それはまるで大理石で作られた彫刻かと思わせる。
白い肌が風の寒さなのか、恥ずかしさなのか、少し赤みを帯びた。
彫刻が人に変わるファンタジーの世界にでも迷い込んだか。そんな錯覚をする。
僕はその場を急ぎ通り過ぎるつもりだったのに、知らない間に足を止め彼女の後姿を食い入るように見つめていた。
いやらしい
彼女が発した言葉なのか、それとも空耳か。その一言にふと我に返る。
「ご、ごめっ・・・」
詫びの言葉も上手く出ず、取り繕うように
「その格好じゃあ寒いよ」
と、無意識に自分の着ていた上着を、彼女の肩にかけた。しかし、残念のことに着ていたのがコートではなくスタジャンであった。
男物で彼女には大き目だが、すべて隠れるものではなく、奇麗な尻はまだ、出たままだ。
彼女はスタジャンを落とさないように両手で両肩のスタジャンを押さえ、腰をひねりながら顔をこちらに向けた。
「ありがと・・・」
彼女の顔を見た時、驚いた。
僕は≪可愛い系≫が好きだ。可愛いと美人の明確な違いは解らないが、僕の中では愛嬌がある、優しそうな人が≪可愛い系≫だ。イメージは全体的に丸みがある人だろう。
でも彼女は違う。≪美人系≫だ。
「ありがとう」と言う時に口角を上げ笑顔を見せる。スッとした鼻筋。少し大きめの目。
何より尻に目が行き見過ごしてしまうが、足もスラリと長く見える。
簡単に言ってしまえば、そう隙が無い。裸で隙だらけなのに・・・だ。
しかも≪可愛い系≫が好みな僕でさえも目が奪われてしまう。
「あ、あげるから。その服。」
まじまじと見てしまった自分に恥ずかしく、そういうと僕は走り逃げ出してしまった。
目的のライブ配信の事も忘れ、無我夢中で走った。
20歳の初春の出来事だ。