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23話 白球よ、その壁を越えて行け 3


 今朝、甚は一人で朝練に行っていた。相当早くに出たらしく、私が甚の家に行くまでおばさんも気付いてなかったくらいだ。


「ごめんねぇるるちゃん。甚はもう出てるみたい。今年最後だからって張り切り過ぎよね」


「ですよね~私からあんまり飛ばし過ぎるなってビシッと言っときます」


 そう言いながらも私はちょっとだけ心配になった。もしかしたら昨日のあれを見られたんじゃないかって不安がよぎった。昨夜送ったL1NEも既読がついてない。



 茂本君からのいきなりの告白。急に抱きつかれてびっくりして固まっちゃったけど私は丁重にお断りした。そもそも私と甚が付き合ってることは知ってるのに、どうしていきなり告白なんてしてきたんだろう? しかもこんな大事な時期に。



 茂本君が故障して、そのリハビリを私も手伝うことになった。監督からお願いされたのもあるが、父から教わったトレーナーとしての技術を試してみたいってのもあった。


 もちろんエースである茂本君はチームにとって、そしてなにより甚と私の夢でもある甲子園に行くためには不可欠な存在だ。しばらくはつきっきりでメニューをこなすことが多くなるけど、甚ならわかってくれるだろう。変な誤解はしないはずだと無駄な心配はしていなかった。



「るるちゃんのお陰でめっちゃよくなってきたよ。下手な施術受けるよりよっぽどいいよ」


 笑顔で茂本君にそう言われ私は素直に嬉しかった。自分でリハビリメニューを組んで、その成果が目に見えてわかることは自信にもつながった。いつか甚が怪我した時もこれなら大丈夫だ。


「ありがとう。リハビリも後ちょっとだよ。がんばってキャプテン」


 マッサージは結構体力を使う。汗だくになったTシャツをぱたぱたさせて私がそう答えると、茂本君は少し顔を赤らめていた。


「おう。今年こそは甲子園連れてくからな」


「期待してるよー、キャプテン」


 頼れるエースとして、そしてなにより同じチームメイトとして私は全力で茂本君をサポートした。そしてあの告白である。


 茂本君はエースでイケメンで他校の生徒からも人気がある。よりにもよってなんでマネージャーの私なのか。ただただ驚きと疑問しか湧かなかった。



 グラウンドに向かう私の足取りは重たく、何度も溜息を吐いた。告白されたことを甚に伝えるかどうか非常に迷う。二人がぎくしゃくするのも嫌だし、かといって黙っておくのも気が引ける。



 答えを出せないまま歩いていると甚がフリーバッティングをしている姿が目に入った。いつもは心地よい快音が聞こえてくるのだが、今日はそれがあまり聞こえてこない。しばらく離れた所から見ていると甚のバッティングはそれはそれはひどいもんだった。


 二年生のピッチャーはちゃんと打ち頃の球を投げてくれているが、甚の打球はどれもファールやぼてぼての内野ゴロ。挙句には空振りまで何度もしている。


「なによあのヘボい打ち方は」


 私はさっきまでの悩みを忘れ、今すぐ甚のケツを叩いてやろうかと思った。すると近くで見ていたコーチが頭を抱えぼそぼそと呟き始めた。


「おいおい……ありゃイップスか? やっと茂本が復帰できると思ったら今度は四番がスランプかよ。こりゃいよいよお祓いでもしてもらわんとな。とほほ……」


 とほほなんてほんとに言う人がいるんだ、と思わず笑ってしまいそうになったが、そんなことより今は甚の状態だ。



 あれは呪いでもなんでもなく、きっと昨日私が抱きつかれた瞬間を見たんだろう。それで一人で勘違いして落ち込んで、そうして出来上がったのが、あの腰も入っていない手打ちのへっぽこ四番打者だ。


 さっきまでの申し訳ない気持ちはすっかり吹き飛び、私は段々腹が立ってきた。確かに彼女と他の男の抱擁シーンなんて悪夢でしかないだろうが、見ていたんならとつって怒鳴って奪い返すくらいの気概を持っとくべきだ。


 そんなことも出来ないで勝手に悩んで、まるでこの世の終わりとでもいうような顔でバットを振っている。アスリートとして、そんなマシュマロみたいな乙女チックなメンタルじゃ甲子園なんてとてもじゃないが行けやしない。



「あー! ほんっとムカつく!」


 心の声を駄々洩れさせて思わず叫んだ。横にいたコーチがぎょっとした顔で私を見る。でもまだまだ私の腹の虫は治まらない。



 茂本君が私に好意を持ってしまったのは、はっきり言って私にはどうすることもできないことだ。確かにここ一か月、一緒にいることが多かった。なにか気を持たせるようなことをしてしまっていたのかもしれない。でもそれはあくまでチームメイトとして自分に出来る精一杯をしていたつもりだ。そこにはやましい気持ちなんて一切ない。



 ましてや甚以外の男に浮ついた感情なんて持つはずもない。


 小さい頃から私が好きなのはただ一人。甚しかいない。



 ほんのわずかな時間で私が心変わりすると甚は思ったのだろうか? ずっと一緒に過ごしてきた二人の時間は、吹けば飛ぶような薄っぺらいものだと思ってしまったのだろうか?




 幼馴染彼女を舐めないでほしい。この絆はそんなに()()なもんじゃない。




「お、おい……大丈夫か?」


 どうやら知らないうちに泣いていたらしい。コーチが心配そうな顔で私を見ていた。私は甚のために持っていたタオルでごしごしと涙を拭いてその場を後にした。



 練習を終えた甚がなにかもの言いたげにこっちを見ていたけど、私は声も掛けずに教室へと向かった。 




 





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