14話 四面壁囲 2
カラオケでオールした翌日、昼過ぎに起きた私は眼鏡がない事に気が付いた。
たぶんお店に忘れてしまったのだろう。今度行った時にでも返してもらおう。
今日はたいした授業もないので学校は休むつもりだ。私は昨日撮った動画をあげようとパソコンを起動した。自分のチャンネルを開く。登録者数は相変わらず三桁だ。
「はぁ~なかなか千に届かないなぁ」
私が動画配信を始めたのは大学に入ってからだ。昔から歌う事が好きで小さい頃は歌手になるのが夢だった。配信を始めた当初はすぐに百人近く登録者が増え、結構有名になっちゃったりしてと思ったものだ。
「なかなか甘くないよねぇ……」
溜息を吐きながら他の動画を観ていると、ふと一本の動画に目が止まった。同じ学部でクラスが一緒の細貝健。彼がサークルの友達とやっている四人グループの「グランブルドッグ」は登録者数が百万を超える大手だ。
細貝君とは何度かクラスの飲み会で話した事があるが、いかにも陽キャで、
“THE 大学生”という感じだった。まぁ悪い人ではなさそうだったが。
彼らの動画を観るといわゆる王道パターンものが多い。〇〇やってみたとか大食いチャレンジとか、意外とドッキリ系もよくやってるみたいだ。どれも再生数は百万を超えている。
「やっぱりこういうのをみんな観るんだろうなぁ……」
私は止まらない溜息を吐きつつ昨日撮った動画をあげていく。実を言うと私はまだ動画内で顔を出した事がない。見た目は悪くない方だと思ってるから、顔出しすれば
もっと登録者は増えると思う。でもやっぱりどこかで世間に顔を晒すのは躊躇してしまう。
たくさんの人に自分の歌を聴いて欲しいと思う反面、プレイベートでなんかあったら怖いと思ってしまうのだ。中途半端が一番良くないとわかってはいるのだが……
その日は二本の動画をあげると、後は一日中家でごろごろしていた。
翌日、私はコンタクトをして学校へ行った。大学ではいつも眼鏡を掛けていたのでどことなく落ち着かない。
大学のキャンパスを歩いていると、心なしかいつもより見られてる感じがして私はついつい伏し目がちになってしまう。
「あれネオン? 今日は眼鏡してないの? しない方がかわいいじゃん」
教室に入ると早速、友達の一人が声を掛けてきた。それをきっかけにわらわらと人が集まってくる。「へ~」とか「お~」の声が飛び交う中、私はひたすら照れ笑いを浮かべていた。すると例の細貝君が私をじーっと見てこう言った。
「な、言っただろ? おれは丸本さんはかわいいってわかってたよ」
「さっすがケン! やっぱ見る目あるな~」
「やっぱセンス良い人って本質を見抜くよね!」
いつしか賞賛の声は細貝君に移っていた。彼もドヤ顔でまぁねと笑っていた。
てか本質って言われるの微妙なんですけど……眼鏡してないだけだし。
それからその日はなにかと細貝君が絡んできた。別に彼が嫌いとかではないし、人気配信者だし、私も楽しくお喋りしていた。
そしてその数日後、私は彼から告白を受ける事になる。
「ジョニー先輩っ」
「うおっ!」
おれは後ろから突然、至近距離で声を掛けられ椅子からすっ転びそうになった。
驚いて振り返ると四葉がニヤニヤ笑っていた。こいつ隠密スキルでも持ってるのか?
まさか本当に忍びか? くノ一なのか?
「おまえ人が汁物食ってる時に後ろから脅かすなよ」
「いよいよ明日ですからねフラッシュモブ。セリフ覚えました?」
「人の話し聞いてねぇし……あぁちゃんと覚えたよ。てかなんでおれと甚が悪役なん?」
「特に深い意味はないですよ。誰もやりたがらなかったんで、余り物です」
「おいおい……そもそもおれらは、その細貝とかいう人とだいぶ関係ないからな」
おれが四葉に文句をたれていると甚が手で制した。
「まぁまぁジョニー。映画でもヒール役が一番難しいっていうだろ? ここはおれ達の怪演を観客に魅せてやろうじゃないか」
「だからおまえは映画の――」
「じゃあお願いしますね! ジョニー先輩」
おれが言い切るのを待たずに四葉は忍者のドロンポーズをしてドロンしやがった。
まじでなんなんあいつ……
それにしても文字通りのモブキャラとはいえ、いまいち気が乗らない。なんせ細貝何某の告白相手がおれのバイト先の常連さんだからなぁ。向こうはおれが同じ大学って知らないだろうから二重に驚かれそうだな。
「やべ、そういや眼鏡渡すの忘れてた……」
眼鏡は明日、事が終わってから渡すかと思いながら、おれは学食の一日限定五食「おひとり様お鍋」を食べ始めた。
第14話を読んで頂きありがとうございます。
現在「空間魔術師は一瞬で地の底まで逃げ出した」という作品も連載中です。
こちらはファンタジーですがお暇な時にでもご覧ください。
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