5月24日 繭
何か、何を失敗したんだろう。
紫苑だったから?
名前が良くなかった?
何で繭化して、空なの?
「サク、シオン、帰ろう?」
「何でアレクが?何で?」
「後で話すから、出よう?」
「朱、長は?」
「それもちゃんと説明するから」
「何でココじゃダメなの?」
「皆で話し合おう、浮島で」
「何で?長は?」
「大丈夫だから、話を聞いて、お願い」
「何で泣いてるの、死んだの?」
「それも全部」
「ワシが殺しちゃったの?」
「それは違うから、お願い、話し合おう」
「じゃあ長は何処?」
「説明を、聞いて」
「ココじゃダメなの?」
「うん」
「何で?」
「マティアスが待ってる、呼んでる、泣いてるから」
「何で」
「繭に、呑まれちゃうから」
「何で、そうか、特性、亜人で、したら、死んじゃうから、一夜限りだって」
「帰ろう、ココから出よう、繭に呑まれるから」
「呑まれちゃうのか」
「うん、マティアスとネイハムが待ってる、心配してるから、ココは出よう?」
「何処へ?」
「浮島に行こう」
「あぁ、うん、浮島ね」
紫苑さんの状態で、半分は放心状態。
もう半分はゆっくりと状況を咀嚼し、嚥下している状態。
私以外には背を向け、一服し始めた。
《君が思う通りです》
「先生も、知ってた」
《はい》
「マティアスと、後は、誰が知ってたの」
「私も知っていて止めませんでした」
「ミーシャ、いつから」
「数日前にマティアスと聞きました」
「アレクは」
「何にも知らなくて、ごめん」
「先生は」
《ハーレム案が出た段階で既に知っていました》
「ごめんね、辛かったでしょ、全部、ずっと」
《泣くか怒るかして頂けませんか》
「無理だ、何となく分かってコレで、ワシより先生の方が辛いでしょうに」
《今は君の方が辛いのが正解なんですよ》
「いや、良い思いをしてコレで。何か、間違ってこうなったの?」
《いえ》
「じゃあ、自殺に使われたのね」
《はい》
「こんなんで良かったんだろうか」
《絶命の苦しみだけか、最大級の幸せの中での眠りか》
「腹上死か、そうか、それで先生調べ直したのか」
《はい、それ以上の幸せだと》
「国もか」
『我々もだ』
《じゃの、全て言えば願いが遂げられぬじゃろうと》
「ただ愛して欲しいって」
《はい、ですので》
「でもだ、ワシにだ、辛いでしょうに」
《はい》
「泣け、泣いてくれたら泣く」
シオンは、私達には背を向けたまま。
誰の顔も見ずに、ずっと話していた。
そしてネイハムが涙を流すと、シオンの手を頬へ。
涙を確認したシオンが頭を撫でると、ネイハムはシオンの膝に頭を置いた。
それからずっとシオンがネイハムを撫で続け、誰の顔も見ないまま、夜が明けていく。
今回は、誰も悪く無い。
ワシも、多分、悪く無い。
筈。
「すまん、アレク、パニクった」
「俺、ちゃんと聞きたいんだけど」
《私に説明させて》
ざっと言うと、本当に好きで、長も人生を終わりにしたかった。
この現状は、本当の願いが叶えられた、と。
「名前の要望は?」
《いえ》
《私も聞いて無いよ》
そうか、名前が本命だったのかな。
「名付けたんだ」
「うん、ソッチが本命だったのかしら」
《それは違うと思うよ?好きだから》
「好きだからって」
《怒っても良い事ですよ》
「怒ると言うか」
《シオン、名前は大事でしょ?だから、そうやって愛して欲しかったんだと思う》
「お墓は?繭はどうなるの?」
《中身が空なら既にご遺体は霧散しているだろう、と。繭化も洞窟内部全てに達すれば、いずれ消えるそうで。お墓も、特には建てないそうです》
「蜜仍君は、能力は」
《存じています。真に土地へと根付く儀式でも有るので、能力が消える等の弊害は無し。次代への膨大な記憶の引き継ぎも、無いそうです》
「そっか、貴重な泣き顔を見れば良かった」
《幾らでも見せるので、自罰的にはならないで下さい》
「言ったな」
《はい》
「あぁ、良い思いして寝て起きて、相手が死んでるってドッキリかよ」
《残念ながらマジなんです》
「良いよね、急に下賤の言葉を使う感じが良い」
《他の者も、許しては貰えないでしょうか》
「許すも何も、許す」
「シオン、ご飯食べよう?」
「あの、先ずは温泉に」
《その前に検査を、精巣や精嚢が体内に残っているかも知れませんので》
「なんでそれを早く言わんのよ」
《自己嫌悪されては困るので》
「あぁ、うん、すまん。検査してくるわ、皆はお休みしてて」
そう言われても、無理。
私にも無理。
黙っていた罪悪感を処理出来て無いんだもの、心配も有るし、全員で付いて行っちゃうよね。
「なぁ、サクラの事、ショナがキレそうじゃね?」
《それね、どうしようか》
「全員で、目の前でぶちキレて貰いましょう」
《私は寝てからで良いでしょうか、どうにも寝れなくて》
「ネイハムの癖に繊細」
《良く寝れるアナタには言われたく無いですよ》
「新鮮、こんなやり取り初めて見たかも」
《それこそシオンに》
「先生、コレ有ったけどどうする?」
想定内なのにネイハムが絶句した。
だよね、亜人を良く知ってたら驚かないんだけど。
《どうする?保存する?》
「良いの?」
《良いんですか?》
「別に、え?拒絶した方が良い?」
《いえ、ただ身勝手な、自分勝手な相手の》
《そう残るのは亜人なら良く有るし、焼却処分は蜜仍君と相談してからでも良いんじゃない?》
《そうですね、すみません、本当に有るとは》
「ネイハム、心配で寝て無かったみたいです」
「んで、寝て起きてから、全員でショナに怒られようってさ」
「それ、ワシも?」
《ううん、私達だけ。でもアレクは抜けて良いと思うよ?》
「いや、あの場に呼ばれなかったら俺も怒ってたけど、コレだと、コッチだよなって気分」
「気分て」
《よし、じゃあソレはストレージへ入れて、ご飯食べない?》
「風呂、メシ、先生は寝る。それからだ」
《はい、助かります》
結納なんて、とんでもない。
桜木さんの昨夜の相手が長で、その長は亡くなって、いつかそうなる事を蜜仍君も先生も最初から知っていて。
「どうして、マティアスさんは気付けたんでしょうか」
《亜人ぽいなって、ピアス外して様子見したのがバレたっぽくて、一緒に居ただけのミーシャも巻き込まれた》
「はい、巻き込まれましたが、受け入れもしました」
「それは、どうして」
「愛してるって分かってしまったので」
愛して欲しいから、でも食い殺してしまうから、だから食い殺された。
「ショナには衝撃と刺激が強過ぎたな」
「紫苑さんは」
「ワシはもう大丈夫」
《それが心配なんだけど、今は良いけど後で》
「例えば何よ」
《心因性の、不全とか》
「試すか?」
《そうやって自己の扱いが軽くなるのとか無理》
「ワシが、マティアスを寝かし付けて行ったから、怒るのは」
《違うよ、私が寝逃げしたかったの。ミーシャやネイハムの方が》
「私は一夜限り、だけ、譲ってやったと思い込んでます」
「強いな母ちゃん候補は」
「紫苑さん」
「はい」
「ちゃんと泣きました?」
「いいえ」
「じゃあ怒りました?」
「いいえ」
「マティアスさん」
《はい》
「どうして言ってくれなかったんですか?」
《共犯にしたく無かった。私ですら気付いた事に後悔したから、アレクにも言わないで迎えに行かせたし》
「ごめん、俺が先に泣いたから、シオンの涙が引っ込んだんだと思う」
「泣いてたから何か知ってるのかと勘違いした、つかパニクって何で何でしたわ」
「アレはちょっと可愛可哀想だった」
「紫苑なのにか」
「紫苑さん、抑制魔法は」
「して無い、間も無かったでしょ」
《うん、検査とトイレ以外は見守ってたし》
「それでその反応は」
《自制心と、呪い?》
「人前で泣くのは同情心を引きたがってる、弱いヤツがする卑怯な手口、被害者ぶるな」
《その暴言をたった1回だと思ってるけど、されど1回だって分かってる?大きな暴行事件と一緒なんだよ?》
「分かってるんだけどもなぁ、他人にはそう思わないんだけど」
「もう身代わりで良いんで、似た人間を殺して良いですか?」
「それは、嬉しいな」
「笑顔出てませんよ」
「ズタボロに甘えたい精神と自制心が殴り合いしてる中に居る」
「私としましょう、男同士で」
「でも、長引かせたら卵子提供が」
「コレは一生に関わります、出来るかどうか確認するまで私は眠りません」
《私が代理で許可します、って言うか確認されて欲しい、安心したい》
「私は消えません、桜木様を看取ります、ずっと一緒です」
《シオン、言うこと聞かないと泣くよ》
「脅し方。分かった」
紫苑さんに表情を戻させたのはマティアスさん。
僕は、浮かれて、何にも知らないで。
ネイハム寝てるし、ショナ君は無力感で落ち込んでるし。
コレ、私の役目だよね。
《何も知らないまま浮かれてたとか考えて、落ち込まないで欲しいんだけれど》
「読みました?」
《私も向こうじゃお医者さんだよ?》
「あ、おめでとうございます」
《ありがとうございます。そうじゃ無くて、精神も齧ってたの》
「でも、事実ですし」
「俺も何も知らなかったら、浮かれてたと思う」
《私もだよ。アレクは結納って分かる?》
「結婚の前準備みたいなヤツ」
「親からその話が出て、浮かれてて、コレです」
「あぁ、殺そう、誰か」
《それ以外の方法で収めない?》
「滅多切りにされたいんですけど」
《自傷行為禁止》
「加虐されたい気持ちが今分かりました」
「程々の方が良いよ?」
《えー、ショナ君》
「マティアスさんはどうなんですか?」
「甘えたい?泣きたい?虐められたい?」
《甘やかしたい》
「俺も」
「どうしたら甘えて貰えますかね?」
ラウラの事で舵が一気に取れる、凄い。
《甘える》
「ショナには難しそう」
「どうしてそうバレるんでしょう?」
「コレだけ一緒に居ればね。もう、甘やかしたいから甘えたいで良いじゃん」
《確かに、いけるかも》
「ダメだったら泣きます」
「マジでそれで良いと思う」
《いつもこうなの?》
「偶にですね」
「な」
《ハナに見せたら喜ぶのに》
「そうですかね?」
《仲良しなのは普通に喜ぶと思うけど》
「絡む?」
「それは遠慮しますけど。そうですね、僕らのこの感じは、そんなに見せて無いかも知れませんし」
「拝まれちゃうかも」
「それでも何もしませんよ」
見慣れぬ男ミーシャに介抱され、解放されたのはお昼前。
そして遠野の一軒家に戻るなり、蜜仍君に土下座された。
「許す」
「まだ何も言って無いのに」
「未成年の土下座禁止」
「でも」
「お昼食べたら話そうな?」
食欲がすっかり戻ってしまった。
これ、周期ズレたかなぁ。
庭先で行われたバーベキューのハンバーガーやホットドッグを完食。
そのままピザまで食ってやったわ。
「紫苑様、もう良いですか?」
「お布団で話そうねぇ」
お昼寝の準備をし、蜜仍君を隣へ呼び寄せる。
「ごめんなさい」
「うん、もう許した」
「長もですか?」
「寧ろ、里の人間に殺されないかと」
「それは大丈夫です、常々食い殺されたいって言ってましたから」
「そこは公認なのね」
「はい。ごめんなさい」
「今度はどれだ」
「知ってて黙ってた事」
「あぁ、長を優先したとかは思わんよ。つかそれでも別に良いし」
「最初は、紫苑様のハーレムの触発になればって、だけど最初がコレじゃ無理になっちゃう危険もあって」
「でしょうよ、最初がコレは引き摺り過ぎるし。事情を知ってたら同情心が湧いた可能性が高い、かと言って知らないまま誰かに殺されるのも癪。だから、コレが正解」
「それでも、ごめんなさい」
「許して欲しく無い?」
「ぅうん」
「はいはい、ちょっと寝ようね」
桜木花子の精神の回復が早過ぎではと、召喚者慣れしたマティアスですら心配する程の平常心。
呪い故の自制心を、解きたく無いんでしょうか。
紫苑さんの姿のまま、一服している。
《マティアスが、まだ心配していますよ》
「じゃあマティアスか」
《寧ろ、祥那君かと》
「クッソ気まずいんじゃが」
《気持ちが、リセット状態ですよね》
「あぁ、そうかも。もう、好きとか何か分からんかも」
《でしょうね、また死別ですし》
「亡くなったと思ってたら生きて帰って来て、1人はまた死んで1人は生まれ変わって、落ち着く前に一夜限りの人間が死んでんねんでノームさんや」
《しゃあ無いやんけ、本能には逆らえへんのやし。そも誰に文句言うねんな》
「自分」
《ワシちゃうよな?その自分に何をどう文句言うねん、気持ち良くなってゴメンナサイ?アホか、そう願われたんやからしゃあないやんけ。そない責めたかったらクエビコはんを責めるべきやろ、全部、知ってはったんやし》
『尤もだ』
「却下。知る苦しみっちゅうんが有るやろ」
《それが神、召喚者や。それとも、エミールに背負わせたらエエんか?小野坂か?おタケか?それともアレをただ殺させて、何がオモロいねんな》
『尤もだ』
「大丈夫だよクエビコさん。あ、あれだ、どっかの先代に怒るわ」
《せやせや、お前が後始末してやったんや、胸張らんかい!》
「おっす!」
《おう、相談料や》
「おっす」
《アイツ、マジスィーツのプロやんな?ティターニアがベタ褒めやってんけど、ワイやオベロンはしょっぱ、それやそれ、それでエエねん、ほな》
《もう、私は用無しでも構いませんよ》
「それは良い意味で?」
《半分は。君を傷付けたのは確かなので、処罰含めて再検討して頂きたいんです。マティアスも居ますから》
「飽きた?」
《いえ》
「泣けない?」
《いえ、暫くは君の放心状態を思い出すだけで泣けると思います》
「ネムちゃんの提案は常に絶対に呑むべき?」
《いえ》
「何か弱点を教えて」
《今回の事で、君の表情が変わらない事が凄く怖くなりました。ですので本当に、担当医としては失格だと思います》
「じゃあマティアスと半分こ、無理?」
《いえ、ですが》
「過労じゃろ、それが落ち着いて五十六ちゃんの鑑定受けてから、それまでは継続。でもマジでキツいなら言っいてくれ、離れて欲しいと思って無いからこその提案なんだが、どうだろう」
《ありがとうございます。もう行ってあげて下さい、今は私の方が幸せなので》
「おう」
食事の後の温泉で、やっと紫苑さんは桜木さんの姿に戻った。
そして僕も、桜木さんに土下座をしたかったのだけれど、顔を見た瞬間に待てをされ。
膝と膝をくっつけられ、先ずは謝るなと言われてしまった。
「こう、防がれるとは」
「我ながら素晴らしい作戦だと思う。ほいで、君は何で落ち込んでるの」
「気付け無かった事と、落差です」
「落差」
「久し振りに会えると思ったら、こんな事に巻込まれてるので」
「あぁ、ね」
「最初は何を、話し合いに行ったんですか?」
「家族の事、なのにまぁ独善独裁独走ですよ。もう、何を言われたか詳しく思い出せないが、まぁ、国も家族もそう変わらないって。1人じゃ無いから大丈夫だろうって。今、実感してるわ」
「自分も所詮は歯車、桜木さんに少しでも何か齎せたらと、仰ってたそうです」
「体を、はりすぎ」
口元を抑えて、静かに泣いている。
厄介な呪いのせいで、普通にすら泣けない。
「凄く、桜木さんに爪痕を残しましたよね」
「だね」
「それも、皆で何とかします」
今度は目を、ギュッと抑え込んで。
「自分で、なんとか、したい」
「それの手助けはダメですか?」
「なんで、やさしい」
「桜木さんだからです、桜木さんだから優しい選択だったと思うんです。僕にも、誰にも叶える度胸は無かったと思います。でも桜木さんは神様の願いを叶えた、僕らが出来無い事をしてくれた。嫉妬する部分は爪痕に対してで、爪痕を残されてしまった桜木さんには、優しくて愛しいとしか思えません」
「どうかしてる」
「前なら僕もそう思いましたけど、恋とか愛ってこうみたいですよ」
「縋り付けば、何かが、壊れてしまいそうな、感じ」
「お腹を見せる犬は、何かが壊れてるんでしょうか」
「ごめん、まだ、怯えてて」
「今もですけど、桜木さんの居た環境的にも、その反応は妥当だと思います」
「どうしても、自分を責めるクセが、なおらない」
「爪痕、傷、折り目、柔らかかったコンクリートの痕跡。どれも何も無しに、急に直る方が魔法過ぎません?」
「魔法が過ぎるけど、そう、したいでしょう、じれったいでしょう」
「桜木さんは納得しますか?してるんですか?」
「のー」
「ですよね」
「また、何が良いのか、聞きたくなる」
「信じて貰えるまで何度でも、嬉しくなるまで、嬉しくなっても言いますね」
「ありがとう」
今日はこのまま眠って、また明日から平日、平常通り。




