4月11日 土曜日だから遊びに行く事になった。
後宮モノを観たせいか、九龍城の奥に紫禁城が出来ている。
いつの間に。
《嫌なら別に》
「嫌じゃ無いけど、何故奥に」
《未成年は立ち入り禁止だもの》
「と言いますと」
《どうも、ふふふ》
色欲コラボか。
向こうのマーリンなら喜びそうだが、コチラのマーリンは門の向こうで蜜仍君と手を振っている。
《実はまだ奥にも》
《行ってからのお楽しみ、ね》
連行される宇宙人よろしく、奥へ奥へと向かうと少し景色が変わった。
コレは、インドの。
平身低頭でご挨拶させて頂き、寧ろコチラが宮殿へ出入りする許可を頂いた。
色々な意味で直視は免れたが、凄かった。
ちょっと平常心を取り戻さないと、コレは話すの厳しい。
厳しいけど、トイレ。
「おはようございます」
「おはよう」
土曜日、お休み。
庭で一服、気を取り直し報告。
「また嫌な夢ですか?」
「いや、筆舌に尽くし難い凄いのでした、ドリームランドの九龍城の奥に紫禁城と宮殿が出来ました」
『未成年立ち入り禁止ですので、ご了承下さい』
「えーっと、大丈夫でしたか?」
「色欲さんと女媧さんに連れられたので、何とか直視は免れたが、凄かったとしか言えん。行って確認しろとも今回は言えん」
「分かりました。あの、これ、靴のお返しです」
「おぉ、香水瓶、どうも」
「いえいえ、それで中身なんですが、作りに行きませんか?」
「作ります」
蜜仍君が起きるまで、桜木さんが香水の事を調べていると、リズさんから連絡が。
エミール君も起きたら一緒に遊びに行こうと。
香水を作りに行こうと思って調べた場所の近くへ、エナさんを見るとニコニコしていた。
ちょっと慣れない、このタイミングの良さ。
『怖くない、怖くない』
「すみません、慣れないもので」
「どした」
「リズさんから連絡が有りまして、今さっき話していた場所の近くに行こう、と」
「あぁ、慣れるしか無い」
『うん』
「どうやって慣れたんですか?」
「第3の月読さんだろうなぁ」
『たすかる』
「悪く転ばないだろうって、妄想?」
『信用って言って?』
「信用とは別な気がする、信頼してるが信用はちょっと」
『えー』
「ちょっとなぁ」
『もー』
エナさんは一応人間なのだが、桜木さんにベタベタしがち。
桜木さんはもうエナさんが人間なのを忘れているのか、気にして無いのか。
「エナさんも、赤い玉に参加されますか」
「あ、人間だったわ」
『出来立てホヤホヤだから、まだ無理だと思う』
「あぁ、番はどうする?作る?」
『クエビ子?』
『おい止めてくれ、頼む』
『制御ばかりで構ってくれないのが悪い』
『お前が人間の自覚無しに、直ぐベタベタしようとするからだろう』
『気持ちは分かるでしょ』
『ならハナの言う様に番を探すかどうにかしろ』
『ハナはダメなのか』
『仮にも中身は神なんだ、召し上げになったらどうする』
『それは困るけど』
「ワシの意思は介在しない?」
『イヤ?』
「刷り込みで好かれても大手を振って喜べない」
『ホレ見たことか』
『ハナに番は居ないんだから良いでしょ』
「そうマーキングされると来るもんも来ないと思うが」
『全くだ。すまんがショナ坊、目に余るなら直ぐに御してくれて構わんよ』
「はい、了解です」
『ケチ』
『ケチで結構だ』
「コレが兄弟喧嘩か」
「おはようございまーす」
蜜仍君が起きてきたので朝食に、桜木さんは紫苑に変身し朝からケバブプレートと野菜ジュース。
僕らは朝食プレート。
少し休憩したかと思うと、入念にストレッチを始めた。
日本が寒かったのも有るが、そろそろ紫苑で動き回りたかったので、虚栄心も呼びハワイの海へ。
暖かい。
ロングボードを借り、ひたすら転げ落ちる。
蜜仍君もショナも直ぐに出来たのに、普通に悔しい。
「くそー」
「自転車と一緒ですよ、頑張りましょ」
「ぅう、一輪車乗れる?」
「乗れないんですか?」
「うぅ」
「それも練習しましょ、ね?」
「子供からやり直したい」
【御座いますが】
鍛冶神達から貰った軟骨用のピアス。
通信機用にトラガスに開けた穴に通し、海中で発動。
縮んだせいで水着が、危ない。
紐を限界まで締め陸に上がる、体は軽いが視界が低い。
「あら可愛いじゃない」
「桜木様と同じ位ですかね?」
「そうですね、年齢は蜜仍君位でしょうか」
肌は紫苑よりは白く髪も真っ黒、髪型は紫苑と同じ。
子供の頃の体型と違い過ぎるので分からんが、男の子ならこんなんなのか、顔がエナさんに近い気もするが。
『似てる』
「不思議。ワシは、ショナ系の塩顔だと思ってた」
「認知の歪みが解け始めたのね」
「僕はハッキリした顔立ちの方だと、ずっと思ってましたよ」
「曾祖母さんが言ってた、おごれぃ顔って、立派とか豪華な顔って意味ですよ?」
「あぁ、凄いな、認知の歪み」
『似た顔の夫婦は長続きするらしい』
「今は男だけどな」
子供になった紫苑さんが、子供用のロングボードへ。
何度目かの挑戦で無事に乗る事が出来た。
当たり前なのだが、上手く行けばずっと続けられる集中力は有るし、普通になりたいからか粘り強さも有る。
呪いが解け始めたからか、紫苑さんだからか。
僕を似た顔だと認識しての親近感なら、呪いが解けて自身を自覚したら、本当に見向きもされなくなってしまうんじゃ無いだろうか。
「なに不安になってんのよショナ君」
「呪いが解けたら、もっと見向きもされなくなるのではと」
「あらー、甘酸っぱいからノーコメントにしておくわね」
『甘酸っぱい、チェリーミートの香り』
調子に乗って何回も乗ったせいで、足を攣りかけたので休憩。
暖かい仙薬をがぶ飲みしていると、溢れてしまった。
『大丈夫』
ウーちゃんに溢れた魔素を吹き上げて貰い、事なきを得たが、男児の容量がこんなに小さいとは。
「ごめんよ、ありがとう、大丈夫か?」
『うん、重くて広がらなかったから』
そのままウーちゃんに乾かして貰い、水分補給。
日焼け止めを塗り直しながら、エナさんと蜜仍君とショナが遊ぶ光景を眺める。
「背中、塗ってあげるからコッチ来なさい」
「ありがとう。この状態で幼馴染だったら悩まないのに」
「アンタ自分を見誤り過ぎよ、アンタよ?どうして腐男子でも何でも無い想定なのよ」
「そんな?」
「だって良く考えてみなさいよ、父親から何か言われなくたってあの母親よ?兄姉だって居るんだもの、そう変わるなら歴史の修正力弱過ぎじゃない」
「あぁ、まぁ」
「もっと酷い鬱で、更に引き籠もってたかも知れないわね。さ、終わったわよ、遊んでらっしゃい」
「ういー」
桜木さんは水着を気にして上手く泳げない様子、それはそれで楽しそうなのだが、コッチが気にしてしまう。
「動き難そうですね、やっぱり買いますか?」
「おう、買うます」
近くの店に行き緑色の水着を購入、決め手はワカメっぽさらしい。
そしてやっと本気で遊び始めた。
今まで、身柱が桜木さんの本来が女性で有ると何故、気付かなかったのか少し疑問だったけれど、こんなに楽しそうな姿を見ると納得してしまう。
多分、今までで1番楽しそうな表情の桜木さん、厳密には紫苑さんなのだけれど。
楽しそうに男児として遊んでいる、分かっていても錯覚してしまいそうになる。
跳ね上げてあげると楽しそうに宙返りし、失敗して腹打ちしても大爆笑。
果ては水着の引っ張り合いっこ、本当に本来は男性なのかも知れない。
『そろそろ休憩しよう、また足攣りかけるよ』
「ですな」
「真水浴びましょ」
そしてマティアスさんの気持ちも分かった、危なっかしいし突発的だし、どうしても僕が保護者側になってしまう。
少しお昼寝し、そのまま裏道から浮島に行き温泉へ。
離れてお互い背を向けて体を流し、入浴。
濁り湯だから出来る事。
「全然、恥ずかしいんですが」
「ウブねぇ」
「顔は桜木様ですしね」
「紫苑になるでよ」
紫苑なら。
大丈夫そう。
「すみません、お手数お掛けします」
「ウブだもんねぇ」
「桜木様は、男になるつもりは無いんですか?」
「そんなに無いなぁ、なんか、女性の相手はちょっと」
「紫苑さんでは問題無い筈では」
「紫苑でも問題起きたらマジで女性不信になるが」
「ですよねぇ」
「男が男を好きになっても別に良いのよ?」
「それもな、男だぞって自負も無いから騙す感じになりそうじゃん」
「男らしかったと思いますよ?最初の大演習とか」
「アレも見本は女性なんよなぁ、ワシの個性ってなんやろ」
「いや、存在からして充分個性的かと」
「模倣の集合体でしか無いのよ?誰かの何かの欠片で出来てる。それを全て取り除いたら、何も無いただの病弱だし」
「そんな事を言うなら、僕なんて召喚者シリーズで出来てますよ?」
「僕はお父さんにお母さん、土蜘蛛様に里の人間で出来てますよ?里の記憶を全部消した時、何にも無いと思って怖くて、悲しくて泣いちゃったから、実験が中止になったんですし。それで記憶が戻った時、凄くホッとして、自分は自分なんだって思ったんですよ?」
「本当に、すげぇとんでもない事をするよな」
「桜木さんもですけどね」
「そこまでしてない」
「似たようなものかと」
「腕は切り落としちゃうし、縁の糸を切ったり、茨を戻してあげたりしてるじゃ無いですかぁ」
「記憶で言うなら面積や量の問題でして」
「全部足せば越えるかと」
「余裕で越せるわね」
「ですねー、繭化もですしー」
「あがりますねー」
最近ずっと多勢に無勢みが有る、何故。
今日これからの動きが分からんので、バスローブのまま一服。
うまい。
『シオンさん?』
「おう、おはようエミール」
虚栄心を帰し、花子に戻りハワイでご飯へ。
ハナさんや皆さんと一緒にゴハン、最近通っているハワイのゴハン屋さんなんだそう。
僕とハナさんはキューバサンド、皆さんはパスタ、今のところ毎回違うモノを食べてるそうで、このお店にドハマリ中らしい。
『チーズケーキは食べたんですか?』
「リズちゃん達に食わそうと思ってステイしてる、余れば仙薬用よね」
食事を終えると日本の省庁へ、リズさんやスーちゃんと共に指定された座標へ。
「今日はクラフト体験巡り、先ずは香水作りだ」
「リズちゃん愛してるわ」
「発案者私なのにぃ」
「ありがとう。エミール、興味有る?」
『勿論ですよ!』
今日は自分の為の香水作り。
リズさんは黙々と、コチラはハナさんやスーちゃんとアレコレ相談したり、嗅がせ合ったり。
それでも結局は不安になって、リズさんはハナさんやスーちゃんに嗅がせていた
1番ズルいのはショナさん、全く興味が無いからとハナさんに選ばせていた。
石けんベースの少し甘い匂い、木の香りもして良い匂いだった。
「ありがとうございました」
『僕もそうしたら良かったなぁ』
「誕生日プレゼントで良いか?」
『はい!』
「えー、絶対足りないじゃんよ」
『じゃあ、一生分をお願いします』
「なら毎年にして、後は秘密のプレゼントか」
『是非是非お願いしますね』
桜木さんが作った香水は、僕のとは似ているのに正反対の香り方がする。
雨上がりの様な木の甘い匂い、少し後には淡い石けんの香りがする。
香水作りの次はフィールドアスレチック、僕ら従者はフォローとサポートなのだが、桜木さんもエミール君もホイホイ進んでしまう。
鈴木さんは最初は不安がっていたものの、大人リズさんと一緒に何とかクリア。
問題は、1番酷いのはエナさん。
直ぐに仔鹿の様に震えてしまって、桜木さん達は遠慮無しに大爆笑するし、目の前で笑いを堪えるのに非常に苦労する。
『笑えば良いでしょ』
「後でそうさせて頂きます」
細かく休憩を挟みながら全員がクリア、最後に到着したエナさんに拍手の後、再び笑いが。
疲労からか足がガクガクと震え、紫苑さんに抱き着いていないと立てないらしい。
「いひひ、桜木、あれ、マジ仔鹿」
「やめて、リズちゃん、お腹ねじれるぅ」
『ブフッ』
「エナさん、治そうか?」
『おねがい』
天使が姿を表すと、エナさんのガクガクが収まった。
笑ってはいけないと思うと、余計にキツい。
「ショナ、笑えば良いと思うよ」
「ブフッ」
「もー、リズちゃん汚いー」
賢人君も合流し、次は水着着用の温泉レジャー施設へ。
リズさんは一軒家で元の姿に戻り、桜木さんと着替えに向かった。
「ショナ君、マジでコイツやばいな」
「なにか有ったんですか?」
「男と間違われたので、下ろした」
「え、見せたって事?」
「はい」
「はいって」
はいって。
今後外出中は、本当に紫苑さんの方が良いんだろうか。
それ以外は、桜木さんがオンドルで寝てしまった以外は何事も無く、ウォータースライダーやワイン風呂を全員で楽しんだ。
「幾ら心地良くてもっすよ、あそこでマジ寝はヤベェっすよ」
「だって、アレで寝ない方が可笑しいでしょうが」
「うん、アレは俺も無理だわ」
『暖かさが心地良いんですよね』
そして夕飯はお蕎麦、エミール君は練習したらしく普通に啜って食べている。
桜木さんは天ぷら付きのとろろご飯膳と山菜蕎麦、自然薯の味噌漬けとムカゴを皆さんでツマミながら、賢人君と日本酒を飲んでいる。
「はぁ、旨い」
「最高っすね」
「堂々と飲まれるとムカつくな」
「良いもーん、もう浴びたしぃ」
そして夜の美術館へ。
ライトアップされた屋外を周っていると、リズさんが撃沈。
お酒を抜いて貰った賢人君が抱えて周り、宿へ。
宿は温泉付き旅館。
あぁ、この感じ。
「ふふ、ドリームランドのに似てない?」
「ね、不思議な感じ」
リズちゃんを早速布団に寝かせ、ジャンケン大会。
賢人君と蜜仍君の大勝利、以降は各自自由に入浴する事になったので、スーちゃんとショナと共にロビーへ。
観光案内のチラシや雑誌を漁る。
「ステンドグラスかぁ」
「万華鏡はなぁ、貰ったし」
「ガラス工房も有りますけど」
「赤玉再始動ぞ、バレたら困る」
「また始めるの?!」
「バレるまでやる」
「もー、私は無理だからね、嘘つくの慣れて無いんだから」
「嘘じゃないよ、信じてれば出るから大丈夫」
「本当にもう、あんなのが何処から違和感無く出るって言うのよぅ」
「最初は筋子の粒位で、空気に触れてあのサイズになる」
「もー」
「なるほど」
「ふふっ」
「鈴木さんのは小さめにしておきましょう」
「ショナ君までー」
「ふふっ、小さい理由も無いとな、ふふっ」
「無理無理、無理だってばぁ」
「大丈夫ですって、痛く無いですし」
「もー」
「一応、賢人君とも話さないとですね」
「任せたぞショナ」
「はい」
一緒に悪ノリしてくれるのは嬉しい。
桜木さんの悪ノリに付き合い、蜜仍君とエミール君が勉強をしている隙に賢人君と広縁で文字情報の遣り取り。
サムズアップで了承してくれた。
エナさんが入浴するとの事なので、指名を受け入浴介助へ。
『次はスーちゃんかショナだ、アレクが先に見せてしまったから』
「地道に継続してたんですね」
『うん。はぁ、疲れた』
「お疲れ様です」
『動くは大変、むつかしい』
「日頃から同行し、運動されては?」
『そうなるとハナと一緒になる、ずっとハナと一緒は子供達がヤキモチするから、同行は頃合いを見て行っている』
「そこまで気を使って頂いているとは」
『私の外見は子供だから、同じと何処かで思っている。ショナも大人として羨ましがられたから、勉強してるって驚かれた。大人は子供の延長線上、まだまだそれを分かって無い』
「お2人ともですか?」
『うん、ハナが大人の見本みたいになってる。アレは大人にさせられた、良い見本では無い』
「子供っぽいですけど、そんなにダメでしょうか」
『アレは例外、一般的な経験と知識はまだまだ君より下、だから空気を読むのに必死。良き大人の見本はココの人間、君や賢人が担うべき』
「結構、プレッシャーなんですが」
『なら良き見本の数を増やせば良い、ハナにも良い効果になる』
「善処します」
自分の身の回りで考えるなら、ウチの両親や兄、リズさんのご両親。
柏木さんは保留としても、後は誰が。
まだまだ寝ないエミールの為に、ライトアップされた夜の公園へ。
上空には神獣化したパトリック、そしてショナと大人エミールと見て回る、子連れ少なめ、ほぼデートスポット。
エミールにも好きな人が出来れば良いんだが、大丈夫かね、この子は。
「エミール、本気でお相手を見付ける気が無いなら、会うのを控えるつもりなんだが」
『え』
「こうして手を繋いで歩いてるのは君が子供だから、大人の女が良いなら他にもっと良い見本が沢山居る、ワシは良い見本じゃ無い」
「桜木さん、何も今」
「ワシは君の保護者、そして保護者不適格だから、保護者の親戚程度にしてくれ」
『僕がハナさんの好みじゃ無いから?』
「いや、可愛いと思えば大概は平気だが。君がワシの立場なら受け入れるのかね、もし受け入れるなら、ちょっと君を軽蔑するぞ」
『難しいと思いますけど』
「逆なら、刷り込みだと心配するし、外の世界を沢山見て欲しく無いかね」
『思いますけど』
「他に手が有るのかも知れないが、上手く立ち回れる知能も経験も無い。かと言ってそれを頑張る気力は無い、独りで立つのも精一杯なバンビちゃんなのよ、君を背負ったり努力する程の好意は無い」
『でも』
「諦めろだの何だのとは言って無い、外の世界をそう言った目で見るべきだと言ってる。比べろ、比較して良い悪いを見極めろ、ワシは例外が多過ぎて軸にはなれない。君があるべきだと思う女性像、男性像を構築してから、また話し合おう」
エミールも。
泣かせる気も、傷付ける気も無いのに。
舞い降りたパトリックとショナにエミールを任せ、近くの喫煙所で一服。
《一体、何人泣かせる気じゃろうか》
「誰1人、泣かす気は無いんだが」
『さ、アナタは誰に慰めて貰いましょうかねぇ』
「アレク犬」
『誰、と言ったんですが?』
「じゃあ、白雨」
《来れぬと思うて舐めた口を、良かろぅ。我は樹、樹にはウロ、ウロは穴、穴は未知への道となり、通じるは世界のウロなりや。さぁさぁ、来い来い白雨や来い》
まるで不思議の国の絵本の様に、樹のウロが広がり、白雨が出て来てしまった。
気付かれたらエミールが余計泣くのでは。
「バカ、余計な事を」
《舐めた口を利くんじゃもん》
「つかそんな事を出来るなら」
《最近じゃしぃ》
『ククノチとカヤノだ』
『ハナ』
「間が悪い、戻せ」
《我の任意じゃもーん》
「バカ、ごめん白雨、戻れ」
『何か有ったのか』
「修羅場はゴメンだ、後で話すから帰れ」
『分かった』
《チッ》
「チッ、じゃないの、何してんねん」
《イベントじゃよイベント。やっぱり上手くは行かぬなぁ》
「エミールが余計に泣くだけじゃろうが」
《お主のイベントじゃしぃ》
「ゲームちゃうねんぞ」
《小説は事実より、じゃろ?》
「おま、意図的に」
《お主がイベントをこなさんから、強制イベントが発生したんじゃよぅ》
「屁理屈を、つか何もイベント無かったでしょうが」
《第2、第3を含んでおるが?》
「ぁあ、燃やしてぇ」
《コレは所詮仮りの樹じゃしぃ》
「はぁ、マーリンよ」
うっかり、つい、名をよんでしまった。
助けを求めると言うか、愚痴を言いたくて、口から溢れてしまった。
現れてしまった、見られてしまった。
コレも神々の一計だとしたら、本当にイベントから逃げられないじゃないか。
神獣パトリックがエミール君を慰めるのと、桜木さんがドリアードと揉めているのを交互に見ていたのだが。
桜木さんが肩を落とし俯いて直ぐ、マーリンさんが現れた。
優しい目で、しゃがみ込む桜木さんの頭を撫でる。
エミール君もそれを見てしまった、そして桜木さんと目が合ってしまった。
本当に失恋してしまった様に、今度は静かに涙を零して。
「エミール君、アレは」
『大丈夫です、そう言うのじゃ無いって分かってます。ハナさんが落ち込んでるのが嬉しくて、だから自分は余計に子供なんだと思ったら、違う意味で悲しくなっちゃって、すみません』
「エミール、ごめん、ちょっと揉めて」
『すみません、子供で、ありがとうございます、ごめんなさい』
「いや、ドリアードが白雨出しちゃって」
「出しちゃってって言うのは」
「ウロから吐き出した、元の場所には戻したけど、対応に疲れてうっかりマーリンの名を言ったもんで」
《だって、舐めた口を利くんじゃもん》
『すまんな、こんな時に』
落ち込んだ風に見えたのは、僕の事ですら無かった。
子供は自分中心の自己中だって知っていたのに、子供の思考をしてしまった。
早く大人になりたかったのに、一緒に居たかったのに、全然ダメだ。
「ごめんよ、向こうに戻るね」
子供なら引き留めるし、縋り付かない。
でも大人なら、直ぐに諦めるんだろうか。
《すまんすまんて、アレでもお主の事で少しは落ち込んでおるんじゃ》
『え?』
《断る苦痛も慮ってやっておくれ》
『でもだって、対応に疲れてって』
《今さっきじゃ、誰に慰めて貰いたいか聞いたんじゃが、アレク犬だ白雨だと言うのでな、ちょっとイジメるつもりが、ヤリ過ぎたのかマーリンに泣き付きおってのぅ。今、我、2人からめっちゃ怒られとる》
『ショナ坊、エミール、コレで分かっただろう。灯台は子供には諸刃だ、アレもまだ幼い、明日からは互いに適正な距離に戻るだけだ』
《無理に変わる必要は無いんじゃからな?ハナも言うておったろう?》
『そうですけど』
『焦って功を急げば歪さが生じる』
《まぁ、それが分かるのも先じゃろうが》
『今は良く泣け、止めずとも良い。思いを見せ付けてやると良いさ』
ボロボロに泣かしてしまった。
《すまんて、誤解は解いたんじゃし、許すのも大事じゃよ?》
「おま、もう良い」
《大丈夫じゃて、童の時には》
『童の時には語る事も童の如く、か』
「最後が解せん、大人と子供は連続し、繋がってるだろう。捨てる理由が分からん、捨てた大人を見ても納得は無理だ」
『宗教概念、そしてべきであろうも一緒くたに語られているのなら、さもありなんだ』
『翻訳次第ですよ。真っ直ぐでまっさらな視野を持っていた子供の頃の視野を、捨ててしまった。との翻訳も有りますからね』
「ほう」
『次なんかは特に良いと思いますけどね、認知の歪みも含みますから。今現在は歪な鏡で自身を認識しているに過ぎず、物事と相対し全てを認識されてこそ、全てを認識するであろう』
《まぁ、認識の手助けにはなったんじゃ》
『大人としてはまぁまぁだろう』
「後はショナがどう思うかだ」
桜木さんがコチラを見たので、泣き止んだエミール君と目を治してくれた天使さんと共に、再び園内を回る事に。
桜木さんを視界に入れないのはとても不安だが、桜木さんの意思に沿う事が1番。
『本当に、ハナさんが?』
《はい、コリントの信徒への手紙、第13章。あの映画のお陰ですね》
『ハナさんは、どう思っているのでしょうか』
《お聞きになれば宜しいのに》
『童の時には語る事も童の如く』
《幼子らしく、で宜しいかと。幼子らしさを、主が悪だと仰った事は無いかと。良くも悪くも、幼子らしさを捨て去ってしまう大人も居ますが、それも良いか悪いかは別かと》
『あの、お話ししてきます』
《はい、いってらっしゃい》
『あの、コリントの信徒への手紙のお話をしていたって』
「あぁ、あの節だけね、全体は流し読みだったけど」
『お話ししても?』
「どうぞどうぞ」
愛や思い遣りが無ければ、苦言も何もかも五月蝿く思われるだけ。
どんな力も知識も信仰心が有ったとしても、身や財産を投げ打とうとも、無、だと。
妬まず僻まず、例え失礼な敵であっても、忍耐強くあれ。
高潔に耐え忍び、望み、信じろ。
知識や予言、流言は廃れるが、愛や思い遣りは滅びない。
子供の真っ直ぐな視野と心で居れば、愛と思い遣りは滅びない。
そうして最初に戻る、と。
『僕の意訳です』
「良いと思うが、中抜きしたろ」
『心得ですから。常に目が曇り、全てが見えてはいないと思えって』
「良いと思う、素晴らしいと思うけど。耐えるの大変だぞー、ちょっと介護しただけで何度心が折れたか、思い出し泣き余裕だもの」
『そう言う時は、どうしてたんですか?』
「スベスベの毛布やヌイグルミと、映画とか漫画見て一時現世から離れる。それにすら集中出来無い時は、もう、お薬よ、思考力を物理で落として、一時凌ぎを続ける」
『それでもダメなら』
「ダメなら潰れてたと思う、潰れかけたから過食が出たり、急に、偶に食べられなくもなった。でも体は病弱に慣れてるからか、腹が減って食えてた。1番辛かったのは寝れない事、どんなに体が疲れてても、すっと寝れないわ途中で起きるわ。それを理解されない、否定されるのが辛かった。ただ、なるほどねとか、そんな事もあるんだね、で良かったのに」
「否定しないと、死んでしまう呪いが掛かった方なんでしょうね」
「でも少しは寝れてるんでしょ、食べれるなら大丈夫派もか」
「マウンティングし続け無いと、息が出来無い呪いかと」
「可哀想に。居ないからって言いたい放題やんな」
「なんせ居ませんから」
《居ったら本当にそうしてヤるから大丈夫じゃよ》
『僕からもお願いしますね』
「ちょ」
「大丈夫ですよ、愛や思い遣りが有るとは到底思えませんし」
《そうですね、我々からもお願いしておきましょう》
「自分達にその呪いが来る心配は無いのかね」
「無意識に傷付けたままよりは良いかと」
『そうですね、呪われたら自分がした事が分かるんですし、便利で良くないですか?』
《便利は悪では有りませんし》
《しょうがないのぅ》
「おま」
本当にその呪いが掛けられたのか、ただ魔素が光っただけなのか。
園内に光が広がり、人々のざわめきも聞こえた。
「じゃあ、もう帰りましょうか」
「そんな平然と」
『悪い呪いじゃ無いんですから、戻って温泉に入りましょ』
旅館に戻るとミーシャが加わり、アレクがゴロゴロしていた。
どうしてか、どうにも八つ当たりしたくなる。
「おかえり、え、なに」
「本当に、すまないと」
逆エビ固め。
エビ好きなら、エビ技関連を覚えるべきか。
「桜木様、もっと決めたいなら頭にケツ乗せる位に反らせないと」
「それ死にそうだが。他にエビシリーズ有る?」
「いや、他はちょっとドギツいんで。ロメロスペシャルとかどうすっか?」
「どんなん?」
「ショナさん」
「いや、今回は遠慮します」
ジリジリと、さながら本当のプロレスか空手の試合でも見ている様な手さばき。
倒されたら最後、見事に賢人君に掛けられた。
「痛い?」
「ももうら、ひざうらが」
「痛くしましたし。崩れる時が大変なんで、どいてて下さいね」
ドスンと落としても、小さな拍手でも起きないリズちゃん。
「凄いなリズちゃん」
「そっちっすか?!」
「だって、蜜仍君かエミール位じゃないと無理では」
「あぁ、アレクさん用って事ならパロスペシャルは」
「痛く無さそう」
「あれ」
「絶対知ってますよね」
「詳しいやり方は知らない」
「んー、じゃあ、これっすかね」
キャメルクラッチ、試しに適当にやったせいで手を舐められた。
「逆エビが至高」
「ロープ無いですしね」
「ギブっすか?」
「ギブギブ」
「ロープもレフリーも存在しないモノとします」
「え、ごめん、ごめんなさぃい」
「本当に辛いのか?」
「マジ、やろうか?」
「スーちゃんなら良い」
「私?!無理無理怖い怖い」
残念。
鈴木さんの寝る時間になったので、部屋を分け、休憩の合間に釣りの話しになり、釣り針作りへ移行してくれた。
女性、まして召喚者様にプロレス技を掛けるのは、僕には。
「次は、紫苑でだな」
「え、受けんの?」
「おう、花子でエグい顔は流石に見せたく無いし」
「そこか」
「そこは女の子なんすよねぇ」
「何故そこまで」
「受けないとどうすれば痛いか分からない」
「その探究心を」
「ヘアメイクには無理っすよねぇ」
「プロレスは料理、ヘアメイクは外で食うケーキ」
『こうやってハンドメイドみたいに、自分を作るって考えるワケには?』
「土台から変えちゃいたいし、それは最終手段で」
「スポンジが気に食わないんすもんね」
「オレンジ風味はちょっとな」
「どんな風味なら良いんすか?」
「香ばしいキャラメル、望ましいご尊顔様達です」
「これ、メンクイの好み出て無いっすか?」
「殆どハーフやクォーターの方ですし」
「私見で、不遜を承知で言うが、この顔ってだけで幸せだろうと思い込んでます」
「じゃ、プライベート探ってみます?」
「いや、個人情報はちょっと」
『フルパワー灯台のハナとそう変わらない筈』
「フルパワー灯台にはどうなれますか」
『それはちょっと言えない』
「不穏よなぁ、せめて気構えは教えて欲しいわ」
『それも難しい』
「エミールは、何か知ってる?」
『うん』
『はい』
「ごめんねエミール」
『いえ、大した事は無いので大丈夫ですよ』
釣り針作りを終え、エミール君の少し早いお昼寝へ。
桜木さんも就寝、明日は早朝からルアーフィシング。




