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4月1日生まれの彼女と4月2日生まれの俺は、幼馴染であり先輩後輩でもある

作者: 墨江夢

「お誕生日おめでとう!」


 綺麗に装飾された部屋の中で、クラッカーの音が鳴り響く。

 豪勢な料理も大きなホールケーキも、この部屋にある全ては俺たちの為に用意されたものだった。


 俺・鶴見憐(つるみれん)と幼馴染の東雲美麗(しののめみれい)は、幼馴染だ。その上美麗の誕生日が4月1日で、俺の誕生日が4月2日と続け様に訪れるわけだから、毎年こうして一緒に誕生日を祝っている。


 この日は4月1日。日曜日で互いの両親が休みだったので、1日早いけど俺の誕生日も同時開催してしまおうということになったのだ。


 誕生日を祝って貰えるのは、素直に嬉しい。だけどどうせ祝ってくれるなら、出来れば2日以降にして欲しいというのが本音だった。だって――


「いや〜、私ももう七歳。いつの間にか、立派なレディーになってしまったものね。……ところで憐、あなたは今、現時点で何歳かしら?」

「……六歳だよ」

「そう、六歳なの。六歳の憐はまだお子様だから、お姉さんの私に甘えたって良いのよ?」


 満面の笑みを浮かべながら、美麗は俺の頭を撫でる。

 4月1日になり、一つ年齢の上がった彼女は、年下の俺を子供扱いしてくるのだ。


「唐揚げ食べる? それともポテトサラダが良い? 食べたいものを遠慮なく言いなさい。お姉さんが、とってあげるから」


 心底楽しそうにマウントを取ってくる美麗を見て、この誕生会がエイプリルフールの嘘だったらなぁとつくづく思う。

 ちょっと日にちが遅くなったって良い。来週末にでも、仕切り直しといこうよ。


 だけど俺は祝って貰っている身。そんなことが言えるわけもない。

 今はひたすら我慢だ。美麗が俺より年上なのは、今日一日だけ。

 4月1日の間はお姉さんぶっている美麗だけど、一晩寝て2日になれば俺も誕生日を迎え、同い年になるのだ。


 長い人生を考えれば、一日なんて誤差の範囲で。確かに美麗は年上だけれども、俺にはどうしても彼女がお姉さんだと思えなかった。

 友達感覚というのが、うん、やっぱり一番しっくりくる。だけど――


 あの誕生日から、およそ10年。

 現在美麗は高校二年生で、俺は高校一年生。美麗は先輩で、俺は後輩。

 たった一日生まれるのが遅かった。ただそれだけで、俺は美麗と同級生になる資格を失ったのだ。





 たった一年、されど一年。人生で3年間しかない高校生活を謳歌している俺たちには、その言葉が重くのしかかってくる。

 俺と美麗が先輩後輩関係にある以上、どんなに頑張っても同じ高校に通える期間は2年間だけ。

 僅か一日の誕生日の差が、俺と美麗の間に一年間のブランクを生じさせている。


 一学年違うと、学校生活にも様々な違いが現れてくる。例えば……美麗が修学旅行に行っている間、俺は学校で留守番してなければならないとか。

 

 美麗たち二年生は、高校最大のイベントである修学旅行を明日に控えていた。


 修学旅行前日の夜。美麗の部屋を訪れていた俺は、持ち物の最終確認をしている彼女に話しかける。


「美麗は明日から、修学旅行だったよな? 京都に二泊三日だっけ?」

「うん。金閣寺に銀閣寺に二条城……行きたい場所が山程あるわ」

「龍安寺の枯山水なんかも風流があって良いよな」

「流石は憐。わかってるじゃない」


 俺も美麗も、結構歴史好きなところがある。だから城やお寺に人一倍魅力を感じていた。


「お土産は何が良い? 木刀?」

「使い道がないし、絶対に要らない。……美麗の思い出話が、何よりのお土産だよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。……で、本音は?」

「八つ橋買ってきて。有名店のやつ」


 格好付けたかと思ったら、手のひらを返して素直にお土産をねだる俺を見て、美麗は苦笑をこぼした。

 

「了解。八つ橋は、生のやつで良いかしら?」

「そうだね。色々な味を買ってきてくれると嬉しいな」


 京都といえば八つ橋で、俺はとにかく八つ橋をいっぱい食べたい。そう思っているのは事実だ。

 でも人生で一度の高校の修学旅行だから、美麗に沢山思い出を作って欲しいという気持ちも確かにあった。


「あーあ。俺も一緒に京都に行きたいなぁ」

「何? たとえ三日間でも、憐は私と離れたくないの?」

「そういう意味で言ったんじゃないって。俺も早く京都に行きたいって意味で言ったんだよ。一年後の修学旅行なんて、待ってられるか」


 嘘だ。本当は美麗と離れ離れになりたくなくて、ついあんな発言をしてしまったのだ。

 美麗を好きな気持ちは、小さい頃から変わらない。好きな人とずっと一緒にいたいと思うのは、ごく自然な感情だろう。


「楽しみは後に取っておくもの。そう考えれば良いんじゃないかしら?」

「それはそうだけど……」

 

 俺を幼馴染或いは弟としか見ていない(甚だ不本意である。特に二つ目が)美麗は、当然俺の気持ちになんてこれっぽっちも気付いていなかった。


「よし、わかった。憐も京都に行った気分になれるように、向こうの風景を写真に撮ってスマホで送ってあげる」


 翌日の夜。

 俺が宿題に取り組んでいると、ピロリンと、美麗からメッセージが届いた。

 そういえば、京都の風景を写真に収めて送るとか言っていたな。流石は美麗。有言実行だ。


『思い出のおすそ分け』というメッセージの後で、数枚の写真が送られてくる。

 送られてきたのは風景写真だけではなかった。


 新幹線の中で、お菓子を頬張る美麗。金閣寺の前で、班員たちと集合写真を撮る美麗。旅館の部屋で友人たちと枕投げを楽しむ美麗。

 沢山の写真が送られてきたが、そのどれにも共通して言えることは、美麗が笑顔だということだ。


 その笑顔が本物か作り物かなんて、幼馴染の俺なら一目で見分けがつく。美麗は心底修学旅行を楽しんでいた。


 チクリ。


 美麗が笑っているにもかかわらず、俺の胸に痛みが走る。

 写真は何枚もある。その全てで、美麗が笑っている。だというのに……何で俺は、その中に写ることが出来ないのだろうか? 

 たった一日、誕生日が遅いだけなのに。





 美麗に会えない三日間は、思っていた以上に長く感じた。

 一日目と二日目はまるで勉強に身が入らず、三日目に至っては更に輪をかけてボーッとしていた。

 登校時、間違えて東雲家の玄関チャイムを鳴らしてしまったくらいだ。


 ……美麗に会いたいな。早く帰って来ないかな。 

 会えない時間だけ想いは募るというけれど、まったくその通りである。


 そうこうしている内に、ようやく美麗が京都から帰ってきた。

 服装は制服のままなので、恐らく自宅の玄関に旅行鞄だけ置いてすぐに我が家を訪れたのだろう。

 一分一秒でも早く俺に会いたかったと言われているような気がして(あくまで気がしているだけだ。願望かもしれない)、少し嬉しくなる。


「ただいま、憐」

「おかえり。京都は楽しかった?」

「えぇ! それはもう、最高だったわよ!」


 そうだろうね。この三日間絶えず送られてきた写真を見れば、美麗が楽しんでいたことは明白だ。


「これ、お土産。頼まれていた八つ橋」

「ありがとう。私の分も入っているから、早速お茶にしましょう。あったかいお茶淹れてきて」

「お土産に自分の分も混ぜるか、普通? しかもお茶まで用意させるって……。まぁ、良いけど」


 二人分のお茶を淹れた後、八つ橋をつまみながら、美麗は写真では伝えきれなかった修学旅行の思い出を、それはもう満足気に語り始めた。

 金閣寺は壮観だったとか、お昼に食べたラーメンは関東とは味付けが違って美味しかったとか、生の舞妓さんを見たとか。

 出来ることならその思い出を、美麗ともっと共有したかったな。


「楽しかったのなら、何よりだ。……他に、何か良い思い出はなかったのか?」

「そうねぇ……良い思い出かはわからないけど、記憶に残ることなら。私……クラスメイトに告白されたの」


 ……は?

 俺の思考が、一瞬停止した。


 美麗が告白された? 修学旅行に行っていたわけだから、相手は十中八九同級生の男子生徒だろう。

 美麗は可愛いし、修学旅行という一大イベントともなれば、そういう不貞の輩が現れるのも頷けた。


「返事は? 何て返事をしたんだ?」

「返事はしてないわ。する前に、どこかに行っちゃったから」


 つまりまだ、美麗はその男子生徒と付き合っていないということか。

 しかし返事をしていないということは、僅かでも付き合う可能性が残っているというわけで。

 ……美麗が俺以外の男の彼女になるなんて、そんなの嫌だな。絶対に耐えられない。


「美麗はその男子と付き合うつもりなのか?」


 恐る恐る尋ねると、美麗は「んー」とどっちつかずの反応を返した。


「私もそろそろ彼氏を作っても良い年頃だし、告白してきた男子も悪い奴じゃないし。お試しで付き合ってみるのも悪くないのかなーって思ってる」

「……それって、結構不純な動機じゃないか? 好きでもない人と付き合っても、幸せになれないぞ?」

「そうなのよね。だから迷ってるっていうのが、正直なところ。でも……いつまでも宙ぶらりんというわけにはいかないわよね」


「よし!」。美麗は覚悟を決めるように、気合を入れ直す。


「明日の放課後、彼を呼び出してみる。そこできちんと答えを出すわ」





「明日の放課後、校舎裏に彼を呼び出すわ。どんな結果になっても憐には教えるから、安心してね」


 美麗にはそう言われたけど、彼女の報告を待っていられるか。俺はホームルームが終わるなり、駆け足で校舎裏に向かった。

 

 美麗と男子生徒は、まだ来ていないようだ。俺は近くの木の陰に隠れる。

 数分後、男子生徒が校舎裏にやって来て、それから間もなく美麗も到着した。

 俺は二人の会話に、耳を傾ける。


「俺とのことを真剣に考えてくれて嬉しいよ。早速だけど、東雲さんの気持ちを聞いても良いかな?」

「そうね。私は、あなたと――」


 ムカつくくらい爽やかな男子生徒が、美麗に返事を催促する。

 果たして美麗の答えは――


 ……きっとそれは、一種の防衛本能だったのかもしれない。美麗が口を開いたその瞬間――俺は木の陰から飛び出した。


 美麗と男子生徒の間に割り込むと、両腕を大きく広げる。

 そしてここが校内だということを忘れて、全力で叫ぶのだった。


「美麗は俺の女だ! お前になんか、絶対渡さねえ!」


 突然の乱入者に、男子生徒は唖然としている。

 一方美麗はというと……然程驚いている様子がなかった。


「えーと、君は誰かな?」

「私の幼馴染よ」


 俺の代わりに、美麗が答える。


「幼馴染といっても、ちょっと特別な幼馴染ね。そういうことだから、ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」

「……そっか」


 美麗にはっきり「付き合えない」と言われた男子生徒は、ゆっくりと目を伏せる。


「俺の気持ちと真摯に向き合ってくれて、ありがとう。二人とも、お幸せに」


 最後まで良い人を貫いて、男子生徒は校舎裏を去っていった。


 男子生徒の姿が見えなくなったのを確認してから、俺は美麗に先程の発言の真意を尋ねる。


「ちょっと特別な幼馴染って、どういう意味?」

「さあ? どういう意味でしょう? それとも……憐は何もかも女の子に言わせる気なの?」


 男子生徒はフラれる覚悟で告白したというのに、俺は良い返事が貰えるとわかりきった今でも自分の気持ちを言葉に出来ないでいる。なんとも情けないことか。


 もう俺の知らないところで美麗が誰かに告白されるなんて、嫌だ。俺の知らない内に誰かと付き合うなんて、絶対に嫌だ。

 美麗の彼氏になるのは、俺以外にいない。


「美麗、好きだ。ずっと前から好きだった」

「はい、よく出来ました」


 よしよしと、俺の頭を撫でる美麗。もしかしてとは思っていたけれど、美麗の奴、こうなることを予測していた?


「まさか、美麗……」

「告白されたのは本当よ? でも、受けるつもりなんてはじめからなかった。……憐に素直になって欲しくて、ちょっと揶揄っちゃった」


 何だよ、そういうことかよ。

 美麗の手の上で転がされていたのだと気付いた俺は、己の道化ぶりに笑うしかなかった。


「あと一日早く生まれていたら、美麗と同級生になれたのに。そうしたら修学旅行にも一緒に行けて、こんな恥ずかしい思いをしなくて済んだのにな」


 そうなっていたら、多分美麗に告白なんてさせなかった。全力で阻止した挙句、ちゃっかり俺が告白していた。


「そう悲観することもないんじゃない? 学生時代なんて、小中高合わせても10年ちょっとでしょ? 私はこの先あなたとその何倍もの時間を、共に歩きたいと思ってる」


 誕生日が一日違いなだけで、色々なものを共有出来ない俺と美麗。だけど今日という記念日だけは、これからもずっと一緒に祝っていくとしよう。

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