亡命希望の第四王女は美麗な腹黒王と愛を育む
私の一日は、酷く憂鬱な時間から始まる。
「第四王女様。お支度の時間です」
「ええ。お願い……」
読んでいた本が丁度気になるところ。けれど、「待って」とは言えない。
言われた通り、大人しく鏡台の前に座った。
「っ!」
寝起きで絡まる柔かな空色の髪を、遠慮なく根元から荒く梳られる。けれど、私は痛みを堪え、顔色を一切変えない。
鏡に映る翡翠の瞳に輝きはなかった――
聞こえは良い肩書きを持つ。ヒーズール王国第四王女のマノン。それが私だ。
「「……」」
侍女も私も互いに言葉を発しない。淡々と作業をされていく。梳かした髪を結い上げる時も、思い切り引っ張られるが、真っ直ぐに鏡を見つめるだけ。
それがこの戦いに勝ち、無駄な時間を使わない一番の方法だと悟っていたから……。
「フン。――終わりました。失礼致します」
海に囲まれた島国のヒーズール王国は閉鎖的だ。自国が優れていると思う人間ばかり。平穏に暮らしていれば、この暮らしに疑念は抱かなかったかもしれない。
でも、名ばかり王女の私は、いつかこの状況から脱け出してやろうと考えていた。
一切表情を変えない私を憎らしげに睨めつけ、侍女は部屋を出て行った。
「フウ」
この後は暫く放置される。冷えきった朝食が運ばれ、誰も見ていないのをいいことに、五分で食べ終える。やっと僅かばかりの自由時間だ。
この間に着々と準備をする。着せられたドレスは数年前姉が着ていた物。王族なのに有り得ないと思う感情はとっくに捨てた。
目立たない場所に縫いつけられていた真珠を外し、隠し棚に仕舞う。あっという間に時間が過ぎてゆく。
「公務のお時間です」
今度は衛兵に連れられ、公務室という名の強制労働部屋に移動する。ここからは、ひたすら公務をこなすだけ。
「南西部で陰の気が滞ってきています。至急陽の気を送ってください」
私は、火・水・風・地・光・闇の全属性を持っていた。その力を使い、陰の気を抑えるのがこの部屋での主な仕事……。
それ以外には押し付けられた書類に姉の名前でサインする。勿論、内容も精査しなくてはならない。適当な事をすれば、体罰が待っている。
「国王代理ローザ・ヒーズール……」
他国の情勢なども知れるからマイナスばかりではないけれど、魔力を使う日はヘトヘトだ。その後の事務仕事は、地味に身体にくる。
民のためと思い、これまでずっと我慢してきた。
母が亡くなってからは、年の離れた腹違いの姉たちにいびられ、こき使われ、家臣もそれに習って私を蔑ろにする。
年老いた父の先はもう長くないだろう。一日をベッドの上で過ごし、最近では意識のある日が殆どない。
長姉が女王気取りで内部を仕切っていた。
「国王代理兼第一王女ローザ・ヒーズール…………」
最初は私を擁護してくれた家臣もいたが、次々と降格したりクビになったりした。今となっては誰しもが私から距離を置く。立場が危うくなるのでは致し方ない。彼らにも、親がいて伴侶がいて子があるのだ。
「終わったわ……」
「おや? 休憩されなかったのですか? 熱心ですねぇ」
ニヤついた公務補佐官だ。ティーセットを眺めている。何が入れられているか分からない物なんて、飲める訳がない。
身の危険を感じるようになってからは、少しずつ毒物も摂取していたので、何とかエロジジイから逃れる事が出来たが、痺れてきた時は冷や汗が出た。
大半は保身のため私を貶めるのだろうが、中にはこの様に愉しんでしてくる輩もいるから始末に負えない……。
「部屋に戻ります……」
「この後はローザ様がお呼びです」
一刻も早く解放されたかったのに……。
この地の恵みを頂いて魔法を使うとは言え、媒介となる身体は酷使すれば悲鳴をあげる。そもそも魔法を扱えない人間に、説明しても理解されないのが腹立たしい。
気だるい身体を引き摺るようにし、憤りを覚えながら王の執務室へと向かう。そこいるのは優しい父でも誠実な家臣でもない――
――コンコンコンコン――
「失礼致します。マノンです」
扉は面倒そうな衛兵によって開けられ、中に入ると私を無視し姦しく話し続ける姉たちがいた。
「貴族の住む島が落とされたという、物騒な国でしたわね? しかも、三十路になるのに女性に興味がない御方なのでしょう? 私は遠慮したいですわ……」
「だが、王太子即位式の時に欠席している。さすがに戴冠式には誰かが出席しなければならない」
やる気のなさそうな次姉を、強い口調で長姉が窘める。
「そうは言っても、誰が行きますの? 私だって、何のメリットもないのに嫌ですわ」
澄ました三番目の姉の問いに、暫し沈黙が流れる。
「でも、一応は王族で、暇な人間がいますわね?」
「あ~ぁ」
「そうでしたわねぇ」
三人の姉が一斉に私を見る。どうやら、ここまでがシナリオらしい。
「マノン、これは公務だ。お前が行きなさい」
「……」
「いやですわねぇ。お姉様に返事も出来ないなんて」
「頭が追いつかないか、耳が聞こえていないんじゃなくて?」
「どこもかしこも、二流妃に似たらしいな」
クスクスと嘲笑う姉たち。母の事を悪く言われるのは、自分の事より腹が立つ。唇を噛みたくなるが、意識して顔の力を抜いた。
この人たちは、私が悲しんだり悔しがったりするのを見たいだけ。そう言い聞かせ、何も知らないふりをして殊勝に尋ねた。
「それはシャンダール王国のお話でしょうか? 私、無知でよくわかりませんが、例えどんな国であろうともお姉様たちのお役に立てるのであれば、そのご公務をどうか私にお任せください」
しおらしくする私を見て、満足そうな姉たち。やっぱり馬鹿で御しやすいとでも思っているのだろう。
確かにシャンダール王国は貴族の暮らす島を魔女の手によって落とされ、混迷の時期があった。
この人たちは大きな話題にしか興味がなく、そこしか記憶がないのだろう。
だが、今は違う。その後の復興には目を見張るものがあり、以前にも増して国力を強めていた。
「でしたら、シャンダールの王の戴冠式には、第四王女のマノンが出席するということで……」
「決まりましたわね!」
「では、そのように親書を送れ」
三人の姉たちの決定で、私のシャンダール王国行きが決定した。
「シャンダール王国は、商人の出入りが多く、今、とても賑わっているのよね……。彼の国なら私でも……」
この時、私は固めていた決意を実行に移すことにした。母親が違うからとずっと私を貶め、公務を押し付けてきた姉たちから解放される時が訪れたのだ。
亡命だ!!
「ああ、リル! やっと貴女が来てくれたわ。この時をずっと待っていたの!」
「マノン様。なかなか顔を出せずに申し訳ございません。侍女長たちが、こちらのお部屋に来る人員を減らしているのです……」
「大丈夫、知っているわ。それよりも聞いてほしいの。私、来月シャンダールに行くのよ!」
唯一この国で信頼の置ける侍女のリルに、事の次第とその際に亡命を考えていることを話した。
「まあ! それはまたとない機会ですね!」
「それでね――」
正式に長姉が女王となった後、私はより身動きが取れなくなるだろう。母が天国へ行き、父の意識がなくなってからは、このヒーズール王国に未練はない。
ずっと搾取されて虐げられる生き方はもう御免。
シャンダール王国の戴冠式に出席して一通りの公務をこなした後、そのまま行方を眩ますことにした。
公務を押したけられていたから、一通りの知識はあったが、より、シャンダール王国と平民の暮らしについて学んだ。
公務をこなす以外では放って置かれる身。準備を一つ一つ終えていく。誰からも興味を持たれないことに感謝した。
「第四王女様……」
父の侍女が嫌なものでも見るように私を見る。ここに来るのさえ望まれていない。だが、最後に父の顔を見たかった。
(お父様……。勝手をお許しください……)
そして、私がシャンダール王国に出立する日がやって来た――
他の使者も見送りの人間も誰もいない。案の定、従者は殆どつけてもらえなかった。
一人だけシャンダール王国までついてくることになった侍女のリルは、損な役回りを押し付けられたと思われているらしい。可愛い笑顔でそう教えてくれた。
彼女とは実の姉よりも強い絆で結ばれている。
「戴冠式が終わったら、この国に帰らずそのままシャンダールで暮らすけど、リルは本当に来るの?」
「はい! どこまでもお供致します! 天涯孤独になった私を拾ってくれたマノン様に、生涯ついて行きます!」
数少ない従者も、私とリルを港に降ろすとさっさと引き返して行った。以降は船旅。乗船客と船乗りたちしかいない。
私たちは亡命後の打ち合わせをしたり、これからどんな事をしてみたいかなどを話し、穏やかな時を過ごした。
不安はありながらも、姉たちから解放される期待で胸が膨らむ。
「今のシャンダールは就任する新国王の人気が高くて、他国からもどんどん観光客が訪れているの。宿場なんかは猫の手も借りたい程らしいから、住み込みで働ける人間を欲しているそうなのよ」
「まあ、私の今までの経験がマノン様のお役に立ちますね!」
リルは私を支える気みたいだけれど、この時のために、私だって侍女たちの動きをよくよく観察してきたのだ。嫌々ながら私の世話をする彼女たちは、腐っても王城に雇われる一流たち。その動きは学ぶところが多くあった。
自由な時間には自分で練習してきたし、さらに、されてきて嫌なことをしなければいい。
「私、ベッドメイキングもお茶の入れ方も完璧なのよ? さすがにお料理は出来なかったけれど、レシピなら沢山覚えてきたわ!」
「さすがです! マノン様!」
いざとなれば、こっそり集めてきた宝飾品もある。
こうして私とリルの二人は、これからの暮らしに目を輝かせていた――
そして、ヒーズールの王女として最後の務めとなる、シャンダール王の戴冠式の日――
私は最後の公務でお会いする、王族たちの煌びやかな姿を目に焼き付けようと思っていた。
天色の瞳と王冠を戴いたプラチナブロンドの髪の新王ステファヌ様は、女神様かと見まごう程美しく、その柔らかい雰囲気から穏やかな人柄を読み取れたが、隙のない佇まいはなかなかに食えないお人そうな感じもした。
「ヒーズール王国から参りました、第四王女のマノンです。この度は誠におめでとうございます」
「遠路遙々ありがとうございます。ゆっくりお過ごしください」
ステファヌ様にご挨拶もしたし、後は計画を実行するだけ!
リルが出掛けられる時間があれば城を出て、必要になる物を買い出したり、仕事を探したりしてくれていた。
その後の祝賀会等の関連行事も滞りなく終わり、私とリルは帰国が早まったと早々にシャンダール城を出た。
押さえていた宿で服を着替え、街に繰り出す。従業員募集の張り紙のあった宿を回るのは緊張したが、リルが一緒にいてくれたから平気だった。
「ああ、ああ。直ぐにでも働いておくれ。こんな綺麗な娘さんが二人も来てくれたらありがたいよ」
人気のあるステファヌ様の戴冠式効果もあって、調べていた通りシャンダール王国は賑わい、働き口が多くあった。
その中でも、二人一緒に雇ってくれると言う、年老いた夫婦が経営する宿に住み込みで働く事に決めた。
人手が足りなくて宿泊を断ることも多く、助かるとまで言ってくれた。
「やりましたね! マノン様!」
「そうね! これから二人で頑張りましょう!」
そうは言っても、十六年間王女として生きてきた。有能なリルがいたからこそ、難なく住み込みで働ける場所を見つけられたと思う。
接客するとボロが出て恐縮させてしまいそうなので、私は主に、掃除や片付けを担当するようにしていた。
リルと一緒に働き、優しい老夫婦に可愛がられ、充実した日々だった。
――亡命から順調に三週間が過ぎ――
たまの休日。一人ずつしか休めないので、リルは一緒ではないけれど、人がごった返す街に出かけるのが楽しみだった。
シャンダール王国はとても活気に溢れ、隣のレイダルグ帝国や海外からも多くの商品が入ってくる。
「あっ、嬢ちゃんごめん! 急いでるんだ!」
「きゃっ!」
お店に気を取られ、忙しそうに走っていたおじさんとぶつかってしまった。バランスを崩して転びそうになる。
楽しみにしていたのに、買ったばかりの串焼きが落ちてしまった……。
「大丈夫かい?」
私自身は転ぶ前に、裕福そうな商人風の男の人に手を取られていた。
「ありがとうございます……」
エスコートさえ誰からもされてこなかったから、異性に手を取られとても恥ずかしい……。
「これは……。可哀そうに……。私がすぐ、新しい物を買って来ましょう」
男の人の使用人が、新しい串を買いに行く。
「いえ、そこまでしていただく訳には参りません」
「この国の人ではないのでしょう? 観光で来てくださったのに、嫌な思い出は残させませんから」
長い前髪から覗く端正そうな顔が、私に向け微笑んでいるのが分かる。直視出来ない……。
それにしてもなぜ、この国の人間ではないとバレたのだろう?
「そうだ。是非こちらをお使いください。気に入ったなら、お土産に買って帰ってくださいね」
と、自身の商会で取扱中のカンザシとやらを紹介してくれる。
「えっ!?」
男性は器用ににくるくると私の髪を纏め、カンザシを差した。さっと鏡まで取り出している。
久しぶりにアップにした髪型と、男の人に触れられた緊張で心臓が痛い程激しく打つ。
「お似合いですよ。またどこかでお会いできるといいですね」
「え、ええ? あのお代は?」
「商品の宣伝ですからいただきませんよ。何かこの国でお困り事があれば、遠慮なくこちらに来てくださいね」
スマートに名刺を渡され、思わず受け取っていた。
「ルブラン商会のエティエンヌさん? ありがとうございます」
スタイルの良い方だなと、またもやポウっとなってしまう。チラリとだけ伺えるお顔は絶対整っている筈。
でも、どこかで会ったことがあるような……。
真っ赤になる私の手に串焼きを握らせ、手をヒラヒラとしながらエティエンヌさんたちは去って行った――
「マノン? 今日は何か良い事でもあったの?」
リルの声に我にかえる。惚けてしまっていた。やっと敬称を外すことに慣れてくれたのが嬉しい。本当の姉妹みたいだ。
「ちっ、違うの。こーゆー人と会って」
リルにエティエンヌさんから貰った名刺を見せる。
「街でナンパされたの!?」
「もう! 違うんだってば!」
私も大分、ここでの生活に馴染んでいた。普通の女の子二人が、寝る前に他愛もない話で盛り上がる優しい夜。
幸せだ……。リルにもしっかり幸せになって欲しい……。
それからも、私の忙しいながらも穏やかな日々は続いた。宿屋の老夫婦は変わらず親切だし、身体を動かす仕事は面白い。最近は厨房にも立たせて貰えるようになり、やっと一通りの仕事を覚えられた。
ある日、宿屋は一件の予約客で一杯になった。大商人のご一行が全部屋を貸し切ったのだ。
各部屋を整え、その後は食堂の手伝いに回る。お客様がお見えになってからは、出来上がった料理を客席に忙しなく運び続けている。
温かいうちにと慌てたのがいけなかった。バランスを崩し器が傾く。
「こ~ら! 危ないよ?」
「すみません」
頭を下げようとした私のおでこに、細く長い指がピタリと添う。
「まだ帰っていないのかい? 私の情報網を甘く見ないでほしいな。マノン王女様」
「!?」
耳元で囁かれた言葉にドキリとする。咄嗟に相手を確認した。
「貴方は……、エティエンヌさん?」
「今はエティエンヌ。でも、初めて会った時は――」
警戒する私に、長く垂らしていた前髪を上げ、後ろ髪と合わせ一つに結わえた。顔の全容が露になる。
「あっ!」
私に綺麗な笑みを向けていたのは、一月前戴冠式で冠を戴いていた、シャンダール王国の王ステファヌ様だった!
「ステフ――モゴモガッ」
口を押さえられてしまう。
「だから~、今はエティエンヌだよ? 君に行方不明になられたら、私の国も巻き込まれるんだ。困ったねえ。と言う訳で、一緒に対応を考えようか?」
うんうん。と頭を振る。確かに一応形だけの捜索をされるとしても、最後の滞在先のシャンダール王国に迷惑を掛けてしまう。
「で、私にはちゃんと事情を聞く権利があると思うんだけれど、それも協力してくれるかな?」
もう一度大きく頷いた。私が観念したのを確認したエティエンヌさんは、塞いだ口を自由にしてくれた。
「ハアアー」
「ご主人、彼女をお借りするよ?」
「「えっ!?」」
老夫婦もリルも何事かと目を見開いている。
「大丈夫。扉はきちんと開けておくから」
それならまあ安心なのかと思ったらしい。が、私は身バレもあり、尋常じゃない程の冷や汗が出ている。
エティエンヌさんと部屋に二人きり……。顔が赤くなったり青くなったり忙しい。
そんな私の緊張を解すように、彼が自分の出自を語ってくれた。
「君も知っての通り、私はこの国の王ステファヌだよ。でも、十五歳の時、城を出て平民として暮らしていたんだ」
「そうだったのですか……」
とても驚いた。この国の事を調べていたが、表沙汰にならない事情は知らない。出せないような内容だったのだろう。
他国の王族と知った上で、エティエンヌさん否、ステファヌ様は私に話してくれたのだ……。
王妃より身分の低い第二妃の子として生まれ、片身の狭い思いをしてきた事。
争うことなく弟が跡継ぎになれるよう、城を離れた事。
ところが、国の政治や身内を魔女に利用されていた事。
そして、その危機に一緒に立ち向かった仲間がいた事。
その一人に好意を寄せ、ふられた事。
それからは王太子として表舞台に戻ったが、それ以降女性に興味を持てなかった事――
全てを話してくれた。魔女討伐の話しは歌劇にもなっているから知っていた。けれど、その裏で色々あったのだろう。
「どうして私に、そんなところまでお話しくださるのですか?」
とても誠実で一途だけれど、計算高く掴めない人だと思った。
「君のヒーズール王国での立場は大体把握しているよ。悪いけれど、少し調べさせて貰った。私と似た境遇だったのかな?」
「はい。そうかもしれません……」
「そして少し後悔もしている。残したお父上や国民の事、連れて来た侍女の事なんかをね」
「……」
その通りだった。ヒーズール王国には病床のお父様も民もいる。完全に捨てたくても、心のどこかに心残りがあった。
「どうも私は長兄気質らしい。君を放っておけないんだ。私にちょっと良い案があるんだ。任せてくれないかな?」
「有り難いお言葉ですが、何をなさろうと?」
やはり何かありそうだ。
「それは秘密。でも、絶対悪いようにはしないから、もう少しここでお世話になるといい。またその内顔を出すよ」
「は、はい」
思わず素直に返事をしていた。空気は和やかだが、有無をいわさない圧が出ていた――
***
それから。ヒーズール王国は、形ばかりの第四王女の捜索を取り止めた。
最後の滞在先となったシャンダール王国の新王ステファヌは、その捜索の続きを引き受け、自らの手で王女マノンを見つけ出す。
シャンダール王国の発表によると、王女は侍女一人しかつけられておらず、見知らぬ地で賊に財産を奪われ途方に暮れていたところを、親切なシャンダール王国の老夫婦に保護されていた。
そして同時に、ステファヌ王はマノン王女との婚約を発表。可哀そうな境遇の王女を救ったステファヌ王の人気はますます磐石となる。
***
「ステファ――エティエンヌさん! 殆ど嘘じゃないですか!? しかも、婚約だなんて……、ちょっと早過ぎます……」
「そう? 君の身を守るために、最善策を取ったつもりだよ? これなら姉君たちを懲らしめられるし、君もリルもこのままシャンダールで一緒に暮らせるよ? 里帰りだって堂々と出来るしね」
ぐうの音もでない。その通りだ。
「ですが、その……。あの……。もう少しだけ愛を育む時間が……」
公務をこなしながら、私たちの所に何度も顔を出し、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたエティエンヌさんに、憧れ以上の気持ちを抱くのに時間はかからなかった。
好きか嫌いかなら、人としても男性としても好き。
とても綺麗で優しくて、十六歳と二十九歳という年の差なんて関係ないとまで思っていたけれど……。
「恋すら知らなかったのです……。やっとエティエンヌさんへの気持ちを自覚したばかりでしたのに……」
何とか気持ちを伝えた私の頭を、「よく言えました」と撫でてくれる。
「これから時間はたっぷりあるんだよ? ちゃんと二人でそれ以上の気持ちも育てて行ける。同じ様な境遇のマノンを妹みたいに感じ、放っておけなかったのは本当だけれど、ずっと観察していたら手元に置きたくなったからどうしようもないね」
「手元に置くって、私はペットじゃありません!」
「ああ、そうだね。とても可愛い私の婚約者だよ?」
「っ!!」
額に口づけられ、それ以上何も言えなくなった私は、目を細めた彼に抱きしめられていた。
その天色の瞳がちょっと暗い色を帯びた気がしたけれど、そんな所も好きだと思ってしまう。
私はこれからもこの人に可愛がられ、二人で一緒に愛と言うものを知ってゆくのだろう。
一方その頃、ヒーズール王国では――
「ブククククッ! マノンがシャンダール王に見初められたって!」
「まあ! ずっと妃も娶らない、偏屈男色王に?」
「よろしいじゃないですか。でもお姉様、マノンにまで先を越されましたわね?」
クスクスと吹き出す妹二人に、長姉がわめき散らす。
「はあ? 黙りなさい! 誰があんたたちの嫁ぎ先を世話してやったと思っている!」
「まあ! お姉様が選り好みをして、要らないボンクラ侯爵を私にあてがったのではないですか! 慣れるまでずっと身の毛がよだっていましたわ。今でも恨んでおりますのよ!」
「私だって、干からびたジジイ公爵のところに嫁がされて、お姉様を殺してやろうと思っていましたわ!」
「はあ!? 王の代理として自分を犠牲にしてきた私の苦労も知らないで、贅沢三昧のあんたらに何がわかる!」
「自分を犠牲にですって!」
「ただの行き遅れですわよね?」
「このっ!!」
三姉妹の取っ組み合いが始まった。王女としての品も何も無い。幼い頃からすぐこうなる王女たちに、周囲は呆れ果てている。誰も止めようとはしない。
ただ白い目で見るだけ。
「失礼致します。シャンダール王国の発表以降、次々と各国から抗議文が届いております」
マノン王女の待遇を知ったシャンダール王国の隣のレイダルグ帝国をはじめ、各国がヒーズール王国に抗議を始めていた。
「国王代理として謝罪しないと事態は終息しません」
「なぜ、私だけが……。お前たちも道づれにする」
「「はあ!?」」
輸入品に頼る島国のヒーズール王国は、諸国との関係悪化を避けるため、国王代理のローザ・ヒーズールが妹二人を伴い、正式に第四王女マノンに謝罪した。
だが、それだけでは終わらない。マノンがいなくなり、残された者たちは彼女がこなしていた仕事量に愕然となった。
その穴を埋めるべく必死になる三姉妹。だが、どうしようもなくなった時、エティエンヌは手を差しのべるつもりだった。
当然、それに見合った報酬はいただくつもりだが……。
「エティエンヌ様~!」
「マノン、とうとう城に来てくれたね」
「少しでもお側に居たくて……」
純情な王女マノンは、助けてくれた美しい王ステファヌに恋をした。その気持ちは今も募るばかり。
少しでも一緒にいたいと思うのは、恋する十代の女の子なら当然だろう。
ステファヌもまた、同じ様な境遇で負けずに生きてきたマノンにたっぷりと惜しみない愛情を注ぐ。
過去も年の差もなんのその。二人は互いに支え慈しみ合う、仲睦まじい王と王妃として幸せに暮らした。
「婚約者の王子らに『物理的』に突き落とされましたが、変わり者侯爵令嬢の私は牧場でのんびり暮らしています」のエティエンヌがフラれっぱなしでしたので、その後のお話を書きました。
最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました。