第2章〈都〉1
都へは、父エルトムートを泣かせつつ、城の皆に見送られて五日間、馬車に乗り、ようやく到着した。お転婆姫と呼ばれるユーニスであっても、所詮箱入り娘、生まれてはじめての長旅、外泊である。しかし、ユミトへの怒りが続いているため、里心に枕を濡らすこともなく、王城に入った。
父から聞いた話によると、これから六月もの間、王城に滞在し、王太子殿下のお妃選びの審査として、淑女教育を受けるらしい。国中から集められた令嬢のなかから、特に優秀な一人を妃として選ぶらしいが、もちろん、ユーニスは選ばれるつもりもなく、ただ、ユミトの鼻を明かしたいだけである。
王太子殿下とお妃候補者の面々とは、王城に着いた三日後に、一堂に会した。王太子殿下は、ユーニスより八歳も上、候補者の中では、ユーニスが一番身分が高いものの、一番年下でもあった。とはいえ、最初に王太子に声をかけられたのは、身分順からユーニスであった。
「フォーサイスの妖精、ユーニス姫、お可愛らしいですね」
そんなふうに言われて、手を取られ、手のひらに口づけを受けるなど、生まれて初めての経験である。妖精?お転婆と言われたことは数あれど、妖精に例えられるなんて、ユーニスには驚天動地、ただ目を見開いて王太子にされるがまま。王太子は、そんなユーニスを見て、くすりと微笑んだ。
そして、次の候補者へと移る。
「ディオーズの宝石、フアナシィー嬢」
呼ばれ出た令嬢は、思慮深そうな顔つきで、ユーニスは、自分とは性格が全く違いそうだと思った。ただ年は、他の候補者と比べて、一番近そうである。友達になれるだろうか。
候補者は、全部で、ユーニスも入れて7人であった。王太子は一人づつ、出身地と名前を呼び、それぞれを紹介すると、簡単に挨拶をして、この六月の滞在が快適に過ごせるよう、配慮すると言って去っていった。
残された7人のうち、3度目に名前を呼ばれた令嬢が口を開き、言葉を発すると、他の令嬢も続々とおしゃべりを始める。
「お美しい方」
「そして、とても優雅でいらっしゃるわ」
「王太子殿下の口づけを受けられるなんて」
まさに、はしゃいでいると言った雰囲気である。ユーニスは、その輪に加わるつもりはなく、視線で、先程フアナシィーと名を呼ばれた令嬢の様子を見てみた。彼女もまた、会話の輪に加わろうとせず、無表情である。
ユーニスは、彼女の隣へ近づいた。
「ねぇ、わたしたち、友達になれるかしら」
「友達?」
フアナシィーは、美しいアーモンド形の青い瞳をパチパチとさせて言った。
「さあ、どうでしょう」
「わたしは、友達を探しに来たの」
ユーニスが言うと、フアナシィーは、思わずというように笑った。
「そうでしたの。それはそれは…」
「ねぇ、わたしの部屋に来て。お茶を飲みながら、お話しましょ」
さらにユーニスが誘いかけると、フアナシィーは、にっこりと目を細めた。
「ありがとうございます。また後日、お受けいたしますわ」
フアナシィーは、そう言うと、侍女を連れ、その場を辞していった。
「姫さま、お断りになられたということですわ」
ユーニスは、呆けて、その後ろ姿を見送ったが、自らの侍女に耳打ちされ、ハッとなった。
「明日から、いよいよご教育が始まりますし、ここは日を改めたほうがよろしいですよ」
「そうなのね」
ユーニスは、内心がっかりしたが、未だはしゃぎ合う他の令嬢に、視線を移しながら考える。自分は、あの人たちのような気持ちを、王太子には抱けなさそうである。話が合いそうにない。やはり、先程のフアナシィーが気になる。
「諦めないわ」
その強い決意の根底には、やはりユミトへ、見返してやりたいという気持ちがあった。