第1章〈別れ〉2
「おやまあ」
娘の話を聞いた魔女イトゥカは、驚いた声で言った。
「オトマルの、頭の硬いこと。石頭よ」
養い子を、そう扱き下ろす。その言葉を聞いて、ユーニスの溜飲は、やや下がった。
あのあと、ユミトは宣言通り、ユーニスを城まで送ったあと、振り向きもせず帰っていったのだった。しばらく呆然として、とぼとぼ歩くユーニスが向かったのは、母のいる塔だった。
イトゥカは、彼女の仕事だという、特別な糸紡ぎをしていた。しかし、ユーニスの暗い顔を見て手を止め、話を聞き出したのだった。
「ユミトには、あなたが必要」
と、イトゥカは、愛娘を見て微笑んだ。
「そんなことないわ。わたし、嫌われてしまったのかも」
ユーニスは弱音を漏らしたが、イトゥカは笑みを絶やさない。
「今頃、ユミトも悔いているはずよ。あなたも、ユミトも、若いわね」
ほほ、と声を上げてイトゥカは笑う。そんな母を、ユーニスは困り顔で見つめた。
魔女は、千年生きると言われる。その伴侶も、魔女の命続く限り、傍らにあり続けるという。母は、既に、三百年ほど生きている、と父が話してくれたことがある。
だが、魔女の娘であるユーニスの寿命は、只人と同じ。
イトゥカにとって、まだ十一であるユーニスの悩みなど、赤子がお腹を空かせて泣くのと変わりないであろう。
ユーニスは、母の頬にキスをして、彼女の愛情に感謝を伝えると、母の塔を辞した。次に向かうのは、父の元である。
「お父さま」
ユーニスの訪問に、衛兵が執務室の扉を開けると、父エルトムートは破顔して迎え入れてくれた。傍らには、側近たちの姿もあるが、ユーニスは意に介さない。
「ユーニス! 」
「あのね、いただいた話、受けようと思うの」
挨拶もせず、思い詰めた顔で言う娘に、父は眉根を下げて答える。
「王太子殿下のお妃選びか? 」
側近たちがどよめくなか、ユーニスは頷いた。
「おぉ、姫様! とうとう……」
「明日にでも行くわ」
向こう見ずなユーニスの発言に、エルトムートは焦った。父は正直、この話をのらりくらりとかわしたかったのである。だが側近たちは、持て余しているお転婆姫が、ようやく身の振り方を考えてくれたと小躍りしている。
「ユーニス、父の元に来てくれたかと思えば、その話か。それは断るつもりだと言っただろう? うん? 」
「でも、まだ断っていないのでしょう。だから、いいわ。そのまま断らないでください。わたし、決めたの」
エルトムートは、ユーニスの発言に、思わず椅子から立ち上がったものの、再び座り込んだ。
「どうしたんだい? 三日前は、断ると言ってたじゃないか。一体何があったんだ」
父の問いに、ユーニスは唇を噛み締めた。今更、都の生活に憧れると、お転婆姫の自分が言っても、納得するはずないだろう。ユミトがいる、このフォーサイスを離れたい、といえば、自分の領地を愛する父はショックを受けるかもしれない。では……。
「……友達。そう、友達を探しに行くの。だって、お妃候補として、国中の有力な貴族の娘が集まるんでしょう。だから、その中に誰か、わたしと友達になってくれる人がいるかもしれない」
そう話しながら、ユーニスは、本当にそんな気持ちになってきた。自分には、友達がいない。いたと思ったけれど、拒絶されてしまった。だから、新しい友達を見つけなくてはならない、と。
「おぉ……、そうか……」
友達、と言われて、エルトムートは、明らかにほっとした顔を見せた。
「そうだな。フォーサイスでは、ユーニスの友達を探すのは難しいだろう。うん、たしかにそう考えれば、都に行くのは名案だ。よし、では、すぐ陛下へ返事を出そう」
「お願いします」
ユーニスは、畏まった硬い声で言った。