第1章〈別れ〉1
魔女の娘ユーニスは、おてんば姫として、領内で名を馳せている。
今年の夏前に12歳となり、そろそろ婚約の話が出始める頃だが、本人は我関せずとばかりに、父の城を飛び出しては野山を回ったり、街に降りたりと、およそ姫には似つかわしくない行為をしていた。
フォーサイスの領主、ユーニスの父エルトムートは、王の異母弟にあたるので、ユーニスはまさに呼び名のごとく姫といえる立場にあるのだが、ユーニスの母イトゥカが魔女であるため、のびのびと育てられていた。
今日もまた、お供のユミトを捕まえに、城の裏手にある森へ行く。そこはイトゥカの森。ユミトの養父オトマルは、元々イトゥカの拾い子で、イトゥカが城に住まいを移したあとも森を守っている。
「ユミト! 」
ユーニスは、勝手知ったる、親子住まう小屋に着くと、おざなりに扉を叩き、返事も待たず入る。
「これは姫様」
床に座り、小刀で何かを削っていた様子のオトマルが、驚いた様子で顔を上げた。
「ユミトに何か、御用ですか」
「…そうなの。どこかしら? 」
「仕掛けを見に行っていましたが、……そろそろ戻る頃合いかと」
「わかったわ」
勇んで来たユーニスだったが、出鼻をくじかれて勢いを失ったところに、ちょうどよく、扉が開いた。
「ユミト! 」
ユーニスが、入ってきた少年を見て、喜色満面になる。だが、一方の少年は、眉根を潜めて気難しげな顔だった。声変わりが始まって、かすれた声が、ユーニスを咎めるように低くなる。
「姫様」
その呼び名に、ユーニスこそムッとしたが、オトマルがいることを思い出し、眉根を下げた。
「行きましょう! 」
そう言うなり、ぱっとユミトの手を取って駆け出そうとしたユーニスに、引きずられるようにしてユミトもまた、小屋を出かける。その背に、オトマルの強い声が飛んだ。
「ユミト! 」
半身を振り返ると、養父が厳しい顔で、ユミトを見ている。ユミトは、ぐっと口を噛みしめると、訝しげに待つユーニスを、今度は自分が引っ張って、小屋を出た。
「どこに行こうか? 」
わくわくした様子で、こちらを見てくるユーニスに、ユミトは短く答えた。
「滝まで」
二人にとって滝といえば、小屋の東側にある小川を遡った先の沢である。時には、危ない場所で、手をつなぎながら、半刻ほど森の中を歩く。
岩場に立ち、春の、まだ冷たい水の流れを、ユーニスはしゃがみこんで、楽しげに覗き込んだ。その様子を、後ろに立つユミトは、もどかしげに見つめる。しばし、時が流れて、
「なあ」
と、ユミトが声をかけた。
「なあに」
一心に、流れを見つめるユーニスは、振り返らない。だが、
「もう、会いに来るなよ」
と、ユミトの口から思いもよらぬ言葉が帰ってきて、飛び上がるように立ち上がった。
「何で? そんなこと言うの? 」
「何でって…、おれ、もう十三になったんだ」
ユミトは、最近目を合わせるのを避けていた幼馴染を、今日ばかりは、と確かに見つめた。黒と緑の目の視線がぶつかる。
「お前だって、もう十二になるだろ。もう、一緒にいられない」
「いやよ! そんなのいや! 」
癇癪を起こしたように、ユーニスが叫んだ。鳥が鳴き、せせらぎの音が美しい森の中で、その声は、陽気を切り裂くように響いた。
「また、オトマルに何か言われたの? 」
「父さんが言おうが関係ない。もう、無理だよ。会いに来るな」
ユミトの厳しい物言いに、ユーニスは、ショックを受けて、顔から表情を無くした。
「今日は、城へ送っていってやる。それで最後だ」
ユミトはそう言うと、呆然としているユーニスの手を取った。その手の冷たさにはっとしたユーニスは、連れて行かれるものかと手を引いたが、ユミトは再び、その手を握った。
「行くぞ」
ユミトは、宣言通り、ユーニスを城まで送ってくれた。生気をなくしたユーニスは、手を引かれるままにその後を付いて行った。