5話ナルルの王女
日が暮れ始め、パサの港では暗くなる前に仕事を終わらせようと、男達が慌ただしく動き回っている。
トロルの宿の前には、ザンキが立っていた!
朝から走り続け、疲れた様子など全く見せず
「ここじゃ、着いたぞ!」
ザンキの足元ではオルファが、両足を投げ出し『ぜぇーぜぇー』大息を付き地べたに座り
「めちゃくちゃ遠いじゃねぇか!ちきしょー!」
と嘆いたが、ザンキは気に掛ける事なく宿の中へ進み、オルファは『こんちきしょー!』よろけながらも後に続いた・・・
酒場では男達が仕事の疲れを酒で癒していて、それを横目に2階へ通じる階段へと向かって行く。
2人が酒場に入ると、直ぐにレオンが気付き、メルボさんと侍女にドランゴンからの助っ人が来た事を伝え、ザンキとオルファが階段を上がると、そこにはメルボさんとレオンが大歓迎で待っていた。
「いやぁー!ようこそおいで下さいました!あなたがドランゴンで将軍をしていたザンキ殿ですね!」
メルボさんはザンキの手を取り握手をし
「こちらのお若い方もよくぞ参られた!」
オルファとも握手を交わした。
ザンキは初対面で、なぜ直ぐに気付いたのか不思議に思い
「なぜ我々だと、分かったのかのう?」
メルボさんに尋ねると
「ドランゴンの使者の方が、お2人の特徴を言っておられましてなっ。1人はドランゴンの元将軍で、ザンキと言う頭の禿げた老人で、もう1人は頭の悪そうな若者だと、更に2人は汚ならしくボロボロの格好をしているので直ぐに分かりますよ!と言っておりましたので!」
そう言うとザンキは納得したが、オルファは不満な顔を見せた。
「じぃ!その様な言い方をしては失礼です!お2人は私達を守る為に遠くから駆け付けて下さったのですよ!」
メルボさんの話を耳にした姫が、怒りながら近付いて来ると、メルボさんとレオンは頭を下げ、姫に道を開ける。
姫は、薄い紺色のワンピースに白のカーディガンと地味な身なりをしていたが、艶のある長い髪に輝く瞳、歩き方と仕草から王女としての品格を感じさせた。
「執事のメルボが失礼な言い方をして、申し訳ありません」
姫が深々と頭を下げると、ザンキは
「気にしなくてよい、事実を言ったまでじゃ!」
と言い、オルファも
「悪いのは、ドランゴンの使者だ!」
と言った。
姫は、2人が気を悪くしていない様子に安心すると、改めて挨拶をする。
それは、ナルル王国の正式な挨拶の作法で、左足の膝を床に付けてしゃがみ、両手を右足の付け根に添え背筋を伸ばし、腰を曲げ頭を下げた。
「ナルル王国王女、ソフィア・レイリエラと申します。この度はドランゴンまでのお供をお受けいただき、心から感謝しています」
と言って立ち上がり、ザンキに近付き
「ザンキ様!どうか!よろしくお願いたします」
両手を添えて握手をし、続いてオルファの手を取り、オルファの目を真っ直ぐに見つめ
「お名前をお聞きしても、よろしいですか?」
と尋ねた。オルファは、姫の純粋でキラキラした優しい瞳に見とれ、自分の名前を忘れた様にボーっとしている・・・
「何とお呼びすればよろしいですか?」
姫が再び尋ねると、オルファはハッとし、見とれていた事をごまかす様に
「オッ、オレの名前はオルファってんだ!オレは姫を守る為、5つの山を越えて来た!オレが姫の事を命懸けで守ってやっから安心しなっ!」
オルファが偉そうに言うと姫は
「頼りにしていますオルファ様!どうか!よろしくお願いします」
頭を下げると、オルファの顔がほんのり赤くなった・・・
姫は侍女がお茶を用意している事を伝えて部屋に招き入れると、中では侍女が
「お茶の用意が出来ています。どうぞ!お掛け下さい」
と迎え入れる。
侍女の名はメアリー。姫よりも3歳年下の13歳とまだ若くお茶目な少女ではあるが、物事をテキパキこなすしっかり者であった。
部屋の中央に白いクロスの掛かった四角いテーブルがあり、その上に幾つもの小皿やカップが並べられ、テーブルを囲む様にソファーがあった。
姫は奥のソファーに腰掛け、右側にはメルボさんとレオンが、左側にはザンキとオルファが座る。
姫のカップにお茶が注がれ小皿にクッキーが2つ、次にザンキ、オルファと手際よく配られ皆に行き渡ると侍女が
「姫様、私も少し頂いてもよろしいですか?」
「もちろん!メアリーも一緒にどうぞ」
侍女は嬉しそうに、自分の分を注ぎ入れると
「みなさん!このお茶は、ナルル王国では最高級のお茶ですので、どうぞゆっくりと!その風味を味わって下さい!」
と言ったが、オルファは既に飲み干し、クッキーを口の中にほり込んでいた・・・
「どうでした!ナルルのお茶は気に入りましたか?」
姫が尋ねると、オルファは
「熱かった!」
と答えた・・・
姫はオルファにおかわりを勧め、侍女は注ぎながら
「とっても高価なお茶ですので、ゆっくりと、少しずつお飲み下さい・・・」
と小声で伝える・・・
お茶を飲みながら、今後の予定を話し合い、明日の早朝ドランゴンに向け出発する事となった。
レオンは、今夜の見張りの事が気になっていたので
「あのう・・・今夜の見張りの事なんですが・・」
と話し出すと、オルファが
「見張りはオレにまかせときな!みんなは安心してぐっすり寝てていいぜ!」
それを聞いてレオンは『ホッ』とし、若いのに頼りになる人だなぁと、感心していた・・・
侍女が小皿やカップを片付け始めると、それに合わせる様に一同は姫の部屋を後にする。
メルボさんは、ザンキを部屋に案内し、夕食は宿の使用人が運んで来る事を伝えると、自分の部屋へ行き、明日に備え荷造りを始める。
レオンはオルファの元へ行き
「酒場で飲んでいる人の中には、海賊も紛れ込んで居るので、気を付けて下さい」
一応、忠告するとオルファは
「海賊なんか、屁でもねぇさ!奴等は、いい加減で大雑把な木偶の坊の集まりよぉ!」
と自信ある態度にレオンは、『助っ人で来た人は、やっぱり違うなぁ』改めて感心して荷造りを始める。
夕食を食べ終え、オルファ以外は早めにベットに入った・・・
レオンは久しぶりにベットに入った喜びを感じると見張りをしているオルファの事が気になって来る。
『自分は、オルファさんのおかげで、ベットで寝る事が出来るんだ・・・自分は、オルファさんに一声掛けてから眠るべきだな!』
と思い、ベットから出てドアを開けると、オルファが廊下に寝転びスヤスヤと眠っていた・・・
レオンは、見てはいけないものを見たかのように、そぉーとドアを閉め考え込む・・・
『もう!寝てしまっているじゃないか!まだ、見張りを始めたばかりなのに・・・どういう事だ・・そうかっ!遠くから駆け付けたばかりで疲れてるんだ!自分の様に、ついウトウトしてしまったに違いない・・・少し時間を置いて、まだ眠っている様なら起こして上げよう・・そうしよう・・』
と、ベットで少し横になっていたら、連日の徹夜の疲れから、つい眠ってしまい、目を覚ました時には朝になっていた・・・