2話黒い思惑
少女と老婆が別れた場所から、遠く離れた地にある国。マクロイ王国の王の寝室。
中央に大きな天蓋付きのベットがあり、その隣で、椅子に腰掛けチェスをする2人・・・
1人はペドロ大臣。太い眉毛につり上がった目、鷲鼻の下には眉より太い口髭があり、その髭の両端はピーンと反り返っている。いかにも、神経質で執念深そうな男と言う感じである。
もう1人はクロイ国王、この国の王である。その名とは正反対の真っ白な肌で、顎の下と腹にはタプタプした肉があり、いままで豪華な食事を腹いっぱい食べてきたぞ!と言わんばかりのメタボ体型をしていた。
よく王が贅沢をして国民がひもじい思いをする話があるが、ここマクロイ王国は、国民も豊かに暮らしていた。国民が豊かな事が、王室の安泰に繋がると言う王の信念があり、国民から広く愛される王であった。
そんな王には、寝る前にチェスをする習慣があり、執事やメイドが日替わりで相手になり、いつも王が勝って、気分良く眠りに付くのがお決まりであったが、今夜は大臣が「是非、陛下のチェスのお相手をしたい」との申し出に受けて立った訳である。
大臣はとても手強い相手だが、王として負ける分けには行かぬと、次の一手に頭を悩ませている所であった・・・
王が悩んだ末にビショプの駒を動かし、すぐに大臣がナイトで迎え撃つと、王はしまったと言う顔をして
「あっ!いや・・・今のは・・」
頭を抱えると大臣が
「今のは、間違いですかな?」
と聞いたので王は「うん」と頷く。
大臣が2人の駒を一手ずつ戻すと、王はホッとして、また、次の一手を考え始めた・・・
チェス盤を睨み付け、眉をしかめ顎の肉をつまみながら、ぶつぶつ独り言を呟く・・・
「ここにこれを・・いやまて・・こっちかな・・」
大臣はその様子を静かに見守っていた。と言うより話を切り出す機会を伺っていた・・・
大臣にとってチェスの相手を申し出たのは、王と2人で話をする為の口実で、内密な話をしたかったからである。
もう勝負の行方は見えていたため、大臣は今が頃合いと見て話を切り出す事にした。
「陛下!陛下は、ご存知ですかな?ナルルの王女がドランゴンに嫁ぐ話を・・・」
チェス盤を睨み付けていた王が、サッと顔を上げ、嬉しそうに応える。
「おぉ!その事なら知っておる!祝いの品を届けたいのじゃが、何がいいか悩んでいる所でなっ!」
大臣はそれを聞いて呆れ返った。
「知っておられて何を悠長に構えておられるのですか!この婚礼が我が国にとっていかに不利益をもたらすか、陛下はお気付きになられないのですか!」
王はポカーンとした顔をして・・・
「・・・めでたい事では・・ないのか?」
と聞くと大臣は顔をしかめ
「めでたいですと!我らの隣国の姫が、ドランゴンに嫁ぐと言う事は、我が国にとっては、国家の危機です!」
ハッキリ大臣が言うと、王は益々分からんと言う顔をして、顎の肉をつまみ始めた・・・
その様子に、大臣は小さく溜め息を付くと
「いいですか陛下! 我が国で産出させる鉄や銅、絹織物から農作物に至るまで、その大部分をドランゴンに輸出していますが、それが今後、ナルルが取って代わる事になるでしょう。これは我が国にとっては一大事です!」
それを聞いて王は、顎の肉を引っ張りながら
「他に買ってくれる国を探せばいいではないか?」
と尋ねると、大臣がすかさずに答える
「値段が違うのですよ、値段が!ドランゴン王国は高値でしかも大量に買ってくれているのです。我が国の豊かさは、ドランゴンによってもたらされてると言ってもいいのですよ!陛下!」
と更に大臣は立ち上がり
「いいですか、陛下!ドランゴンの後ろ盾を得て、ナルルは豊かになって行くでしょう。国力は上がり軍事力も強化して行く!我が国の隣の国がですよ!とてつもない脅威ですぞ!これは!」
と言って近付いて来る大臣に、王は
「それは、そちの考え過ぎではないのか・・ナルルとは昔からの同盟国であり、友好国じゃぞ。」
近付く大臣をなだめる様に、両手を上げた・・・
「いままでそうだっただけです!時がたてば、人も変われば国も変わります。いいですか!私は陛下の為を思って申し上げているのです。」
大臣は近寄り、王の目の前まで顔を近付け話を続ける。
「かたや我が国は火の車です。いままで豊かに暮らしてきた生活を切り詰めねばならなくなります。国民は生活が苦しくなれば、手の平を返したように国や王に反感を抱き、秩序も乱れる事でしょう。貧しさのあまり、我が国の兵が勝手に他の国へ攻め込み戦争になるやもしれません。反感を持った民衆が、怒濤の如く城に攻め込んで来るかも知れないのですよ!このままでは!」
「では、どうすればいいのじゃ!わしが、ナルルへ行って婚礼を止める様に頼むのかっ!」
王は、大げさに不安と危機感をあおられ、話を聞くのが面倒になっていた・・・
「いやいや、陛下にそんな間抜けな事はさません。陛下は、ただ私の言う事を理解し、承諾していただければよいのです」
「承諾するとは、何をじゃ!」
すると、大臣は2人以外誰も居ないにもかかわらず、辺りを見渡し、王の耳元で囁くように小声で話した。
「・・姫を・・・殺してしまうのですよ・・・」
小さな声であったが、王はハッキリと聞き取った。そして、大臣の悪意に満ちた目を見てゾッとした!
「そ・そちは、何と恐ろしい事を言い出すのじゃ! わしは姫を子供の頃から知っておるのじゃぞ!自分の娘の様に可愛がっておるのじゃ。そんな事断じて認める訳にはいかん、いかんぞ!」
大臣の言う事を突っぱね、その勢いで部屋から追い出そうとしたが
「陛下!私は大臣として国の為、先の事を考え申し上げているのです。落ちぶれて行くのを黙って見ている訳には行かないのです。今動かねば、後悔する事になりますぞ!」
「・・し・しかしだな・・もっと他に平和的な方法があるであろう・・・」
王は、何かいい方法を絞り出そうと、天井に視線を向けた・・・と、何やら、部屋の空気が暗く淀んでいるのに気付く・・・
その出所を目で探って見ると・・・その先で大臣がこっちを睨んでいた。
大臣の体から、黒い湯気の様なものが立ち昇っているのを見て、王は思わず目を擦る・・・
「いいですか陛下・・・戦争になれば多くの命が失われます・・姫1人の命で戦争にならずに済み、今の暮らしを守る事が出来るのですよ。これは、平和的な方法ではありませんか?」
王は反論したかったが、言葉が出て来なかった・・部屋の空気が重く沈み、深く息をしても苦しくなっていた・・・
「陛下の喉元に、刃物を突き付けられてから、後悔しても遅いのですよ!国が滅んでから悔やんでも、もう遅いのです!チェスの様にやり直す事なんて出来ませんよ!」
と、大臣が迫って来たが、淀んだ空気が部屋の中に充満した息苦しさで、大臣が何を言っても王の耳には聞こえていなかった・・・
「陛下は私を信用していれば、よいのです・・」
「・・・私は陛下の為を思って・・・・申し上げているのですよ・・・」
大臣が王の寝室から出て来て、廊下の窓から見える満月に足を止める。
満月を眺め、指で口髭を整えながら、不敵な笑みを浮かべ呟いた・・・・・
「これから、忙しくなりそうだな・・・」
王は寝室で、どっと疲れた様子でチェス盤を見つめ暗く沈んでいた・・・
大臣の恐ろしい思惑を止める事が出来ない不甲斐なさと、大臣に操られ支配されてしまう様な感覚に恐怖し、大臣の時折見せる悪意に満ちた目が、自分を暗い渦の中へ引きずり込んで行く様に思えていた。
そして、王はこの夜を最後に、もうチェスをしなくなってしまった・・・