1話赤い龍の夜
人里離れた山奥の、更に奥の洞窟から聞こえる呻き声が数日前から激しくなり、時には洞窟の外にまで響いていた・・・
「ウゥ〜ッ!」「ウゥ~~~ッ!ウッ・ヴェッ!」
「ビシャーーッ!」
洞窟の中では呻き声や液体の飛び散る音、ドタバタのたうち回る音が響いていたが、その音がピタリと止んだ・・・
静けさが訪れたと思った瞬間!
「ヴゥギャーーーーァ!!」
一際大きい叫び声が響き渡り、ドタバタ凄まじい勢いで長く大きな影が飛び出し、夜空に向かって飛び上がった!
その影は激しく夜空を飛び回り、月の光に照らされ見えてくる姿は、ヘビの様な胴体に足が4本あり、前足には鋭い爪を備えている。
満月の夜空に龍が狂った様に飛んでいるのである。
目は充血し血の涙を流し、口からは、血に染まったよだれが垂れ、鱗の隙間からにじみ出る血が、龍の体全体を赤く染めていた。
血まみれでもがき苦しむ龍が、満月の光で幻想的で妖艶な輝きを放っている。
「まぁ!何て綺麗なの!」
少女が被っているフードを上げ、生まれて初めて見た龍に、思わず声を上げた。
その傍らには老婆が佇んでいる。老婆は、少女が赤い龍の美しさに感動と興奮で目を輝かせ見上げている様子とは対照的に、ボロボロのフードを目深に被り、うつむき、震えながら口を開く
「恐ろしい事じゃ・・・」
少女が老婆の言葉に目を向けると、震えているのに気付く・・・
「どうしたの?おばば・・・」
心配になって尋ねると。老婆は、うつむいたまま話し出した・・・
「赤い龍・・不浄の血に染まりもがき苦しむ龍・・人々の心に増悪の念が満ちている証・・・恐ろしい事じゃ・・・」
老婆のただならぬ様子に心配と不安を感じ、じっと見つめていると、老婆は顔を上げ、赤い龍に目を向け強い口調でしゃべり出す!
「時代の裂け目に赤い龍!動乱の時代の始まりじゃ!」
震えていた老婆が、カッと目を見開いている。
その目は齢80を越えたとは思えぬほど力強く、少女には何かを決意したかの様に思えた。
「サラ!おばばの頼みを聞いておくれ!」
老婆の言葉にサラはすぐに応える!
「うん!何をすればいいの?」
いままでサラは、おばばの言う事を素直に聞いてきたし、出来ない事を頼んだりしないと思っていたからだ。
「わしは赤い龍の行方を追わねばならん!お前は、ある男を探し出し、赤い龍が出現した事を伝えて欲しい・・・おばばの古い友人でな・・・」
そう言うと昔を思い出し、遠くを見つめ話しを続けた。
「かつて共に戦い、涙した仲間・・・ガムガダンの騎士ザンキと言う男じゃ!まだ、この世界の何処かにいるはずじゃ・・・」
遠くを見詰めるおばばの目には、若かりし頃の日々が見えているようであった・・・
「その人をどうやって探すの?」
サラの言葉に、ハッと我に返ったおばばは
「そうじゃのう・・・ドランゴンの国王ならザンキの行方を知っているじゃろう・・・まずは、ドランゴン王国を目指すんじゃ!」
それを聞いてサラは、不安な表情を見せる・・・
なぜなら、ドランゴン王国はここから遥か西の方にある事は知っているけど、行った事もない国であったし、それより王様に会うなんて事が出来ると思えなかったからである。
「おばば・・・王様に会うの・・私が・・・」
本当にそんな事が出来ると思って言っているのか、確認する様に尋ねた。すると、おばばはキッパリ「そうじゃ」と答える。
「でも・・どうやって・・」
サラの困った様子に、おばばも当然の事だと感じていた。
「サラ!お前が1人で王に会いに行った所で城の中に入る事すら出来んじゃろう」
そう言いながら、おばばが、いつも鞄代わりに持ち歩いているズタ袋に手を突っ込み、中から何かを取り出す。
「これはロメロ金章と言ってな!昔、わしがドランゴンの国王から戴いた物じゃ。これを城の門番に見せ、バルモント山のジルバの使いで来た事を伝えれば王に会えるはずじゃ!決して無くすでないぞ!」
そう言ってサラに手渡す。サラの手にズシッと重みが伝わって来る・・・
直径10㎝位の金のメダルで、表と裏にいろいろと細やかな彫刻がしてあり
「これを見せれば、私でも王様にお会いする事が出来るのね」
サラが念を押して尋ねると「そうじゃ必ず会える」と自信ある態度でおばばが答えた。
サラはその様子に、このメダルは特別な働きをした者に、王様から授けられる栄誉の印なのだと思い、ボロを纏うおばばであったが威厳がある様に見えた。
メダルを無くさない様に袋に入れ、紐で口をグルグルに縛ると、首から下げれる様にして胸の中にしまい込む。
「長い旅になるやもしれんが、のんびりする訳にはいかんぞ!」
おばばはそう言うと、懐から巾着袋を取り出し
「馬を買わねばならん!食事もせねばならん!何より急がねばならん!」
と言いながら、巾着袋から金貨を2.3枚取り出し、自分の懐にしまうと残りを袋ごとサラに持たせた。
サラは巾着袋から自分が成すべき責任の重さを感じる・・・更に、おばばが
「若い女子の1人旅じゃ、危険な事もあるやもしれん!」
と腰から短刀を外そうとしたが、サラが首を横に振ると元の位置に戻された。
「いいかサラ!用心せねばならんぞ!」
おばばの言葉にサラは大きく頷く!
おばばは赤い龍に目を向けた・・・
龍は上へ行ったかと思えば下へ、北や南とグルグルもがきながら飛び回っていたが、2人からは随分遠ざかっていた。
「そろそろ追い掛けねば・・・」
おばばはそう言うと、サラの目をじっと見つめて
「用心せねばならんぞ!」
もう一度念を押した。
サラは分かったと言う感じで小さく頷く。
サラの年齢は15歳。黒く艶のある髪が肩まであり、まだ幼さの残る顔立ちと体型ではあるが、誠実さと何事に対しても精一杯ぶつかって行く勇気と根性を持っていた。
サラはおばばに、体に無理をかけないよう気遣い、ここから一番近い町に向かって走り出す!
赤い龍を目撃したこの夜、いままで一緒に歩んで来た2人が、この夜を境に別々の道を歩み出す事となる・・・