15話カレーのちから
日が暮れ始め、夕陽に山が美しく輝いている。
山の斜面に造られた石造りの小屋の前で、ザンキが足を止めた。
「今夜は、ここに泊まろう」
その小屋は、牛飼いが山に放牧にきた際に寝泊まりするだけの小さな小屋であったが、姫と侍女の2人が寝るには十分であった。
侍女は早速、夕食作りに取り掛かる。
明日の夕方頃には、山を下りドランゴンの領地に入ると言っていたので、残った食材を全て使いカレーを作った。
「うっひょーっ!旨そうな匂いだ!」
侍女がカレーを順々に配るのを、オルファは早く食わせろと言わんばかりに、鼻息を荒げ侍女を睨み付ける。
「はい、どうぞ!オルファ様!」
オルファは、手に取ると一気に腹の中に掻き込み
「もう一杯!」
「オルファ様・・1人一杯ですよ。食材を全て使い切りましたので、明日の朝の分が無くなってしまいます。オルファ様には多めに入れたんですよ」
オルファが物足りない顔をする目の前を、カレーが通り過ぎ、両手を縛られた男の前に置かれた。
オルファの目がキラッと光る!
「てめぇ!黙って食えると思うなよ!」
オルファが男を睨み付けると、姫は
「オルファ様、そんな意地悪しないで下さい」
と言い、男に向かって
「どうぞ!気にせず、召し上がって下さい」
男は姫の瞳に深い優しさを見た・・・
「ダメだ!誰に雇われたか言わねぇ限り、絶対に食わさねぇからな!」
オルファの鼻息が荒くなる・・・
男は、カレーをじっと見つめ、オルファもカレーを見つめた。
「・・・話してもいいが条件がある・・・」
男が口を開いた。
「何じゃ。その条件とは?」
ザンキが聞くと、男は
「私が死んでしまった事にしてほしい・・ザンキ・ワン・カップと戦い死んだ事に・・・」
「はぁ?てめぇを倒したのは、じじいじゃねぇぞ!このオレだ!」
とオルファが言ったが、ザンキは
「話を聞こう・・・」
「私が死んだ事になれば、もう主人の元へ帰らずに済む。相手がザンキ・ワン・カップとなれば、故郷にも顔が立つだろう・・・名の知れぬ若僧に敗れたと言った恥をさらしたくないからな・・」
「恥?恥ってどう言う事だぁ!」
オルファが怒り出すのを、ザンキが制し
「よかろう!お前さんの名は」
と言うと男は「ドロック」と答えた。
「では、フンガリ族のドロックは、ザンキ・ワン・カップとの戦いに敗れ、首をはねられた!これでよいか」
「あぁ・・」
男は溜め息を付く様に応えると、話し始める・・・
「私の主人は、マクロイ王国のペドロ大臣だ・・・大臣は、ナルルの姫がドランゴンに嫁ぐ事になれば戦争が始まるだろうと言い、そうならぬ様に姫を殺せと私に命じた」
それを聞いた姫が
「・・・そんな・・戦争だなんて・・・では、私がドランゴン王国に嫁がなければ、戦争を防げるのですか?」
男が考え込むと、オルファが
「ドランゴンの王子と結婚するのは、止めるべきだな!」
姫は、自分で決められない事とはいえ、自分に関する事に頭を悩ませていると、オルファが更に
「ナルルに引き返そう。だって、戦争になるんだぜ!」
と言うと、男がしゃべり出す。
「姫が、嫁いでも嫁がなくても・・生きていようが死んでいようが、戦争は止めれないだろう・・・・私は、もう10年以上ペドロ大臣に仕えて来た。大臣は恐ろし男だ!口では平和の為だと言いながら、大臣が望んでいるのは、世界中が戦火に包まれる事。その為に私は色々と働かされて来た・・・大臣は、世界中に戦争となる火種を仕込んでいて、そこに火が着けば一気に燃え広がるだろう。姫の命を狙ったのは、その火種に火を着けるためだ!」
男の話に姫は、目の前に戦争が迫っている事に驚きと不安を感じた・・・そして男は・・・
「私はもう、大臣に仕える事にうんざりしてしまった・・と言うより、恐ろしくて逃げ出したいのだ。魔剣を渡され、大臣には人とは思えぬ恐怖を感じる様になってしまった・・・」
そう言うと男は、オルファの顔を見て
「私が話せるのはこのくらいだ。食べてもいいか?」
尋ねると、オルファはカレーを見つめ考える・・・
「う~~ん・・・仕方ねぇか・・・」
男は縛られた手にスプーンを持ち、一口食べ・・・「うまい」と言うと、オルファは「ゴクッ」と生唾を飲み込む・・・しばらく食べている様子を眺めていると急に
「よぉーーし!明日はナルルに引き返すぞーっ!」
元気よく声を出したが、誰も何も応えず静まり返った・・すると、また男を見て「ゴクッ」と唾を飲み込む。
沈黙が続く中。ザンキが口を開いた・・・
「・・・世の中には、戦争を望む者がおる・・・が多くの者が平和を望んでいる。平和の為に戦う時が来た時、そこから逃げ出せば、この世は闇に支配されてしまうじゃろう・・戦う事を恐れてはいかん!常に、戦いに備えておくんじゃ!」
と言って、みんなを見渡し
「明日は、ドランゴンへ向かう!ワシは姫を無事に送り届ける様に頼まれておるからのぉ!」
男がカレーを食べ終え、満足した様に一息付くと、ザンキが立ち上がり近付いて行く・・・
鞘から剣を抜くと、男は目を閉じ下を向いた・・
「フンガリ族のドロックは、ワシが首をはねた!」
と言い、剣を振り上げる!
みんなが『えっ・・まさか?』と思った瞬間!剣を振り下ろし「スパッ」と縛っていた紐を切り落とした!
「自由にしてる!好きな所に行くがいい!」
ザンキがそう言うと、男は両手を地面に付け、頭を下げると暗闇の中へ姿を消した・・・
「何で逃がした!また襲って来たらどうすんだ!」
オルファが言うと、ザンキは
「その時は、また、お前が相手をすればよい!」
「はぁ?」
オルファの怒り出す気配に、侍女は姫を連れ小屋の中へ、レオンは逃げる様に離れて行った・・・
真夜中・・・侍女がふと目を覚ますと、姫が小屋の窓辺から月を眺めている・・・
「姫様。眠れないんですか・・・」
侍女が心配そうに声を掛けた・・・
「ううん・・大丈夫・・少し考え事をしていたの」
姫が微笑み掛ける・・・
「姫様・・もうすぐ戦争が始まると思いますか?」
「分からない・・けれど、私達の知らない所では、いつそうなってもおかしくないみたいね」
そう言いながら、姫は月に目を向けた・・・
「もし・・戦争が始まって、世界中が戦争する事になったら、姫様どうします?」
姫は黙ったまま、何かを思い込む様に月を眺め・・侍女はそんな姫の瞳に・・・
「もし、そうなった時・・・お願いするんですか?ドラゴンナイトに・・・」
恐る恐る尋ねた・・・
「そうね・・・」
姫が優しく応えると、侍女はギュッとくまちゃんを抱きしめ目を閉じ、そのまま眠ってしまった・・
姫はドラゴンナイトを胸元から出し、じっと見つめ夜はふけて行く・・・