正しい盗作 〜僕と歌姫の物語〜
高校3年の夏休み。
僕はある『特技』を活かして自由課題に
取り組んだ。
軽い気持ちで、簡単に終わらせるつもりだった
でも、彼女との出会いが平凡なはずの夏休みを
波乱万丈なものに変えてしまった・・・
(1)夏休みのアルバイト
もうすぐ夏休み。
高校3年の僕には、これから1ヶ月の夏休みに
なると言ったところで、ワクワクすることが
特にあるわけでもなかった。
宿題なんていってみても、僕たち就職組は真面目に
やるはずもなく、そんなことだから一応配られて
いるのも数枚の申し訳程度のプリント。
あとは先生の、余りに漠然とした、
『何か高校生活の想い出になる物を残す事』だって。
これが小学生だったら昆虫採集とか、絵日記とか、
半分は親に言われてやるんだろうけど、高3にとって
の自由課題って、考えるだけでも夏が終わってしまい
そうな、かと言って何にもしない夏休みって言うのも
最後だけに勿体ないっていうのは十分解かっていた。
こんな時、部活にでも打ち込んでいれば最後の夏をチームメイトと共に燃えて過ごせてよかったんだろう、
って思ってみても後の祭り。
これまで長続きしたのは、高校入学と同時に始めて、ここ半年触っていないギターくらい。
あとは特技と言っても…
・・・あった!絶対音感。
それと一度じっくり聞いたメロディラインは何故か
二度と忘れないってこと。
母曰く、ススキノで流しをしていたらしい曾祖父の
遺伝らしい。
おかげで他人のカラオケで一度聞いた歌をきちんと
修正して歌える、なんてことは朝飯前。
アマチュアバンドのライブなんかを聞いていると、
ちょっとしたチューニングずれで不快になる、
なんて経験もあったっけ。
あと、例えばどこかのバンドがオリジナルと偽って、
誰かのフレーズをちょっと拝借してたとする。
パクりの元歌が何かっていったことも、僕が聞いた
ことのある曲だったら、すぐさま脳のライブラリが
反応して意識しなくても見つけてしまう、といった
具合だ。
パクり・・・ 自由課題・・・
そうだ!
僕の特技を持ってすれば、いろんな曲の一部分を
パクってつないで、誰が聞いてもパクりと気付かない曲に仕上げる、なんてこともできるはずだ!
それも、マイナーなアマチュアバンドの曲まで混ぜてしまえば完璧。
デモテープを作って、友達のアマチュアバンドに演奏してもらうってのもいいかも。
早速僕は曲作り、正確には『曲合成』に取り
かかった。
さて、まずはベースになる曲を探そうか。
これは大体のコード進行を決めるもので、この段階で曲のイメージ、メジャーかマイナーか程度は決まってくる。
勿論、合成の過程で原曲は完全に埋もれていくから、何の曲かなんて誰が聞いても分からなくなるんだ
けど。
そう言えば、地元のFM曲で最近よく取り上げられているインディーズがあったっけ。
サビの一部しか聞いたことがないけど、確か化粧品のCMに採用されて、その後メジャーデビューするんだとか。
メンバーはみな地元出身。でも経歴とかはあまり知られてなくて、それがまた人気上昇の一因で、よくある話とは思うけど。
あとはジャンルにとらわれない、それでいてしっかりした曲作りと地道なライブ活動でファンを増やしてきた苦労人だということらしい。
メジャーになる前も精力的にライブをこなしてるっていうんで、僕はある晩友達とワンマンライブに行くことにした。
ライブ当日。
こんな日に限ってバイトが長引いて、僕はすっかり
遅刻してしまった。
会場に着くとすでにラストの曲前のヴォーカルMC。
『みんなが私達をここまで押し上げてくれました。
メジャーになってもここでのライブはずっと
忘れません!』
盛り上がり最高潮でメジャーデビューする曲の
イントロ。
曲はギターの重厚なリフにヴォーカルのハスキーな
声が絶妙にマッチしていた。
始めてイントロからちゃんと聞いたけど、
こんなにパワフルな演奏するバンドだったんだ。
これならCMに使われるのも、メジャーになるのも
納得できるかも。
曲を聞きながら、音楽にノリながら、一方で僕は
この曲をベースに合成をスタートして、どんな風に
膨らませていこうか、
なんてよこしまな考えも頭の中で平行していた。
・・・
・・・・・・
・・・あれっ?
何だろう??
この胸に込み上げるもやもやした感じ・・・
これって時々微妙に音程のずれたハーモニー聞いた
時の、絶対音感の持ち主にしか分からない不快感に
似てるけど・・・
でも、こんなちゃんとしたバンドでそんな事有り
得ないし。
だとしたら客席の雑音を僕の耳が拾ってしまって
るってこと?
演奏に集中してると思ってたのに、やっぱりよこしまな事は考えちゃだめってことか。
でも、エンディングの途中で、僕はある仮説を持ち
始めていた。
その仮説は、アンコールの一曲目では確信に変わり
つつあった。
そして、アンコールの二曲目で絶対的な確信に
なった。
家に帰ったその夜、僕はなかなか寝付けなかった。
ライブラリの出し入れが僕の脳の中でフル回転で
行われていたから。
それから何日か、僕はそのバンドの曲を聞き
まくった。
普段は一回じっくり聞くだけで覚えるところを、
二度、三度と繰り返して聞いた。
あるルールを見つけるまで・・・
そしてとうとう見つけた。
このバンドの、いわゆる名曲と呼ばれる部類の曲に
共通するアイテム、というか高等テクニックといった方がいいかもしれない、そのルールを…
こんな経験は初めてだった。
僕はどうすべきか考えた。いや、どうもしないことも含めて考えた。
別にこのバンドの曲にまつわるルールが明らかにする必要なんて全然ないし、そうなったところで誰も
得なんかしないだろうし、ましてや他人に理解できるものでもないし。
夏休みの残り半分、僕は頑張って3曲の合成を
やり切った。
量産しなければいけない訳があったから、曲調は
平凡なものだったけど、それぞれの曲は共通の
暗号と、そしてある目的を持っていた。
僕はその3曲をギター伴奏とキーボードで吹き込み、ご丁寧に楽譜まで付けて郵送した。
送り先は、バンドのマネージャー宛。
熱心な1ファンが、メンバーに自分のオリジナル曲を是非聞いて欲しい、といった内容の手紙も添えて。
多分、ネットに書き込んで他人の意見を募るだとか、他にも方法はあったかも知れない。
でも僕は、このデモテープを、聞く人が聞けば必ず
暗号に気付くはずだと信じていた。
新学期が始まって1週間後、返事が届いた。
『デモテープ、拝聴いたしました。メンバーも大変
興味を持っております。つきましては貴方さえ
よろしければ今後の活用方法等につきまして、
具体的に相談させていただきたいと思います。』
とても丁寧な返事だった。
数日後、僕は先方と決めた待ち合わせ場所に行って
みた。
そこには女性が一人。間違いない。バンドのヴォーカルの娘だ。
『始めまして。デモテープ聞かせてもらいました。
とてもよくできてるわね、3曲とも。』
『ありがとうございます。えっと、あの…』
さすがに僕もいきなりでは緊張して声が出ない。
彼女は回り道もせず核心に入る。
『君、知ってるのね。私たちの曲のヒミツ』
『あっ、えっと、多分そうなのかなと思って』
『でもすごいわね。あの曲に合成されてる曲を
探し当てるだけじゃなくて、同じ曲を使って
別の曲を合成するなんて』
『オマケに3曲目、これってベースになってるの
私たちのデビュー曲よね。恐れ入ったわ。
何これ? 何かの挑戦のつもり?』
彼女はほぼお見通しだった。
『あの、きっとメンバーの関係者に、僕と同じ特技を持った人がいるんじゃないかと思って、
合成し直せばきっと気付くんじゃないかと思って。
挑戦とかそんなんじゃなくて、勿論、悪気もないし』
『…君、年いくつ?』
『18です』
『高校生?』
『来年就職します』
それからちょっと間を置いて彼女が言った。
『君、よかったら卒業までバイトしてみない?』
『…え?』
『君の特技を目一杯活かせるバイトよ。
それも私と組んで。
私達、いいパートナーになれるんじゃないかしら。
君も絶対後悔しないと思うわ。』
彼女は一気にまくし立てる。
『べ、べつにいいですけど。』
まんまと相手に取り込まれてしまった感じも
するけど、どうせ卒業式まではヒマだし、
時間の制約もないってことだったんで、
僕は彼女の依頼を受けることにした。
その後間もなくして、彼女のバンドはCMソングを
引っ提げメジャーデビュー。
ライブやTV出演と、バンドの知名度もすこしずつ
上がっていった。
彼女は超多忙にも関わらず、地元に戻った時は必ず僕に連絡を入れてくる。
隠れて会う関係でもないので、僕も堂々とスタジオに行くようになった。っていうかほとんどスタッフの
一員になっていた。
一部のスタッフは僕が何の為にいるのか怪訝そう
だったけど。
バンドは新曲を精力的にリリースし、どれも
メガヒットとは言わないまでも、オリコンの
5位前後が指定席になる売れようだった。
(2)盗作疑惑
ある日のこと、彼女から電話があった。
ちょっと厄介なことが起こってるの。
スタジオまで来てくれる?』
僕が行くと、初めて見る初老の男性がいた。
『…どちら様ですか?』
『こちらの方、どうしても君とお話したいみたい』
『お話って?』
『ごめん。ちょっとしゃべっちゃった』
男性は某音大の講師をしているという。
『いやあ、驚きました。彼女のバンド、デビュー前と後でどこか曲調が変わったと感じてたんですが、
あなたのような編曲家がいらっしゃったとは』
デビュー前はどうも盗作というか、似た曲がありそうな感じがあったものの、デビューした後は、
よりオリジナル性が高まった。ひょっとしてゴーストライターでもいるのでは?と言うのが男性の主張
だった。
その後も話を聞いてみるうちに、どうやら男性は
僕の仕事を完全には見破っていないのが分かった。
本当に編曲に第三者が携わるようになったと
思っていたようだ。
彼女は僕のことを、若くて有望な編曲家、
として話を出していたらしい。
僕は自分の仕事が完璧だったと更に自信をつけた。
いや、少し天狗になっていたかもしれない。
あの記事が雑誌に掲載されるその日までは…
記事は何の前触れもなく、ある日突然僕たちを
驚かせた。
【某人気バンドに盗作疑惑】
記事の内容はこうだ。
『そのバンドは他人の曲を盗用し、少しアレンジを
変えただけで平然とオリジナルとして発表している』と。
それだけじゃ終わらなかった。
『世の中には【合成師】が存在して、いろいろな曲を組み合わせて全く違う曲に仕上げてしまう』
『彼らはそれを平然と行っているかも知れないが、
それは合成の名を語った単なる盗作である』
『我々取材班は独自に合成師を雇い、その結果
このバンドの盗作疑惑を解明するに至った』
書きたい放題だ。
記事の反響は思いの他大きく、ついにはバラエティで特番が組まれることになった。
【合成師の悪事を暴く!】
すっかり悪人呼ばわりだ。
番組の内容はこうだ。生放送で曲を分離、つまり
数ある曲のデータベースから、その曲に含まれてる
”要素曲”を順番に抜いていき、最後にベース曲だけにする、というものらしい。
それもいろいろなメジャー曲を試した結果、
彼女のバンドの曲だけが分離できた、
というシナリオだという。
『私達、潮時かしら』
彼女は諦めたように呟いた。
『大丈夫。僕の技術を信じて』
僕にはそう言って慰めるしか手がなかった。
大丈夫の根拠は自分でも半信半疑だったけど。
そうして、生放送の公開番組が始まった。
僕は彼女とテレビに見入っていた。
『…それでは、次のバンドの曲を分離してみます。
今流行りのこの曲が、まさか盗作だなんて、
皆さんには信じられないと思いますが。』
番組に雇われたという合成師が司会者の合図で
ミキサーを操作する。
ミキサーは数万曲もの曲が入ったデータベースに
繋がっていて、数秒で対象に含まれている曲を
1曲ずつ見つけ出しては抜き出していくらしい。
『処理の途中の段階では曲として成り立って
いませんが、簡単なもので3,4回、よく合成された
曲でも5,6回この処理を繰り返せば、
ベースの曲が突然姿を現します』
司会者は得意げに話を続けていく。
ミキサーが4回目の処理をしていることを
モニターに表示している時だった。
その処理には結構な時間がかかり、
合成師が司会に何やら伝えているのがわかった。
その直後、司会者は嬉しそうに話し出した。
『新たな発見がありました!』
『この曲の合成師は別の曲のサビの部分だけを細かく抜き出し、更にはそれを転調した上で合成している
ようです。』
まずい!ここまで分離できてしまうとは。
普通、長めのフレーズを合成すると、ある程度の
合成師には気付かれてしまう。
だから彼女は、僕と知り合う前から、細切れのサビの部分を、転調した上で合成させるという、いわゆる《アクセント》という高等テクニックを使っていた。
まさか、《アクセント》を分離するなんて、
このミキサーも合成師も、かなりのやり手には
違いない。
『…おしまいね。今度こそ』
彼女はテレビ画面から目を反らさずにはいられな
かった。
『…もう少し待って』
僕は合成師としての自分の腕に望みを託した。
『さあ、おそらく次の分離でベース曲が現れるはず。盗作の元にされた名誉な曲は一体誰の曲だったの
でしょう!?』
皮肉たっぷりに、しかし喜々として司会者は
叫んでいる。
・・・その時だった。
ミキサーが最後の分離をなかなか処理しきれない。
合成師と、司会者が慌て出しているのは明らか
だった。
そして…
ミキサーのモニターに【Err】の文字が。
会場全体が何事か理解できずにしんと静まっている。
『申し訳ありません。最後の過程で操作上のミスが
出てしまったようです。生放送にてお送りして
おりますので、ご理解願います。
もう一度正しい操作で分離し直しますので
しばしお待ちください。』
しかし、司会者のフォローも、合成師の再三の
努力も虚しく、ミキサーはエラーを繰り返すばかり。
結局、最後の分離はできずに終わった。
(3)初勝利
…勝った。僕の技術はこのTVの合成師のそれを
上回っていた。
『…どうして、最後まで分離できなかったの
かしら?』
彼女は半分安堵の表情を浮かべて言った。
『君、一体合成以外に何をしたの?』
『・・・実はね…』
僕は、彼女が《アクセント》まで使って合成した曲をベースに、そこから一度合成した曲を分離し、順番を変えて合成し直した。
そうすると、まれに合成した曲が突然変異を起こし
全く違う曲になる事を発見していたんだ。
突然変異を起こすまで僕はいろいろな順番を試した、というわけだった。
『…でも、よくそんなテクニック身につけたわね』
『ねえ、プリンに醤油をかけると、ウニになるって
聞いたことある?』
『…何それ?』
『誰かが偶然見つけた食べ合わせなんだって。
あと、キュウリにハチミツつけるとメロンだ
そうだよ。
曲を合成している時にふと思いついたんだ。』
『何か、あまりに例えが飛びすぎて、
よくわからないんだけど。
まあ、君の才能を信じてよかったわね。』
結局、ご想像のとおりその番組のエンディングは
超シラけたものとなり、同時に彼女のバンドの
盗作疑惑も、一番理想的な形で晴らされることに
なった。
それ以降はメディアも騒がなくなったし、
元々彼女のバンドは疑惑に対して何もコメントして
いなかったから、この話題自体、程なくして世間の
興味から消えて行った。
そして春。
僕は地元の自動車販売店で営業スタッフをしている。
彼女からは就職祝いのネクタイと、何故か自分の
バンドの発売したてのベスト盤を貰ってからは、
しばらく連絡も来なかった。
彼女のバンドは一時期の勢いこそなくなってきた
ものの、そこそこの人気を保っていた。
もちろん、彼女自身の力だけで。
仕事に打ち込んでいるうちに、学生バイトの事を
忘れかけていた時だった。
久しぶりに彼女から電話がきた。
『久しぶり。来週の月曜日、空いてるでしょう?
ちょっと出てこない?』
相変わらずの一方的なリクエスト。何故か休日も、
それに暇なこともばれてるし…
『実はね、今、映画の挿入歌の話がきているの。』
『…よかったじゃないですか』
『それがね。前の盗作の件、まだ終わってなくてね、記者で一人しつこいのがうろちょろしてて。
そこで久々に君のお出ましってわけ。』
既に結論が出ている彼女のリクエストに、
悲しいかな僕は慣れてしまっていた。
『つまりこういうこと?次の曲は映画の挿入歌
だけに、誰にも分からないよう、完璧な合成を
しなくちゃいけない。』
『さすが、社会人になって少し物分かりが
よくなったわね。』
何かバカにされてるような・・・まあいいか。
僕は久しぶりに彼女の曲の合成を引き受けることに
した。
数日後、彼女は僕にデモテープを持ってきた。
彼女いわく、久しぶりの自信作だと言う。
『実は、〆切まであんまり時間がないの。
急いでね。』
彼女は既に僕が仕事を持っていることを忘れている
ようだ。完全にバイト学生扱いだ。
一週間後、僕は彼女に完成した曲を持っていった。
『ありがとう。もう時間がないの。
これ、そのままプロダクションに持ち込むわ。』
その曲は予定どおり映画の挿入歌に使われ、
映画もヒット、彼女のバンドの人気も再浮上した。
しかしながら、こうした人気に何としてもケチを
つけたがる輩はいるものだ…
映画の人気が一段落した頃、
彼女が一通の手紙を持ってきた。
『読んでみて、とにかく。』
…手紙は以前、彼女のバンドの盗作疑惑解明
バラエティに出ていた合成師からのものだった。
内容はこうだ。
-----------
突然のお手紙お許しください。
先日のバラエティでは大変失礼なことを
いたしました。
実はあの後、どうしても納得がいかず、
自分なりに貴方の曲を再検証してみました。
何度も検証を重ねた結果、私は貴?方の
合成テクニック、《突然変異》を発見いたしました。
私は貴方を攻める気など毛頭なく、
同じ合成師として、ただただ尊敬申し上げる
次第です。
しかしながら、この結果を番組のプロデューサーに
申し上げたところ、彼は今度こそ貴方の曲を
徹底して暴く、そのために《突然変異》まで
分離できるよう、ミキサーを改良したとの事です。
私は次回の番組を降りる旨をお伝えいたしました。
しかしながら、番組の方では、私よりも腕のたつ
合成師を手配したとの事。
今となっては遅きに失するとは思いますが、
私の行動が貴方にご迷惑をおかけすることに
なってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
-----------
『・・・困ったわね。』
『放っておこうよ。』
僕には前にも増して揺らぐことのない自信があった。そう、たとえ相手が《突然変異》を発見できる術を
持っていたとしても…
数週間後、前回と同じ特番が組まれた。
対象はもちろん、映画の挿入歌に使われた彼女の曲。
今回のプロデューサーには、次はないという
背水の陣で臨むオーラが、ありありと窺えた。
そして本番。
今回はいきなり挿入歌のミキシングが始められた。
・・・
・・・
一回目の分離からすでに時間がかかっている。
そして1曲も分離されることなく、モニターには
【Err】の文字が…
『そんなバカな!ちゃんと《突然変異》は見つけられるはずなのに!』
プロデューサーも、新しい凄腕?の合成師も驚きを
隠せない。
二回目も結果は同じ。1曲も分離することなく、
モニターには空しく【Err】が表示されるだけ
だった。
もちろん、プロデューサーの言い訳が聞き入れられるはずもなく、そのコーナーは直ちに打ち切られ、
別のコーナーに切り替えられた。
翌日のスポーツ紙には、小さな記事で、お粗末な特番について取り上げられていた。
あのまま、新しいミキサーで、挿入歌以前の曲を分離していれば、ここまで酷評されることもなかっただろうに。
僕たちは、奢ったプロデューサーの焦った演出に助けられた、というわけだ。
『でも、どうしてあんな結果になったのかしら?
君、今回はどんな細工をしてくれたわけ?』
久しぶりに会った彼女は挨拶も抜きに質問攻め
だった。
(4)オリジナル
『今回はね、僕はなんにもしなかったんだ。』
『・・・え?』
『ねえ、今回の曲、お姉さんはどうやって
作ったの?』
『どうやってって?
ただいつもどおりに頭の中で、ベースの曲にいろいろ合成して…』
『じゃあ、ベースの曲はなあに?』
『え?そう言われると何だったかしら・・・。
確か、ちょうど思い浮かんだメロディが
あったんだけど。』
その後、彼女は僕の言おうとしている事を察した
ようだった。
『まさか…?この曲って?』
『・・・そう。この曲は何も合成なんかしていない、純然たるオリジナルなんだよ。急成長だね。
無意識のうちにオリジナルのメロディを思いつく
なんて。』
『じゃあ、君はこの曲を受け取ってから1週間、
何をしてたの?』
『何にも。〆切が近いっていうのはハラハラしてた
けど、放っておいただけ。
だから、特番の件も全然気にならなかった。』
『あきれた!一言くらい言ってくれてもいいのに。』
『最初、この曲を聞いた時から思ったんだ。
もうお姉さんは合成師なんかじゃない。
ちゃんとしたミュージシャンになったんだなって。
これからは意識せずに素敵なオリジナル曲を
聞かせてくれるんだろうな。
もう、僕のバイトは必要なくなったね。
今日からは一ファンとして応援させてもらうよ。』
『・・・そうは問屋がおろさないわよ!』
『君のおかげで、私たちはここまでメジャーに
なれたのよ。私だって、そりゃ、始めのうちは
合成はあんまり良くないなって思ってたけど。
でも君と出会って、合成もひとつの芸術だって
思えるようになったし、私がオリジナルを
作れるようになったのも、ある意味君のおかげだし。
それから・・・』
『どうしたの?』
『とにかく私と君はくされ縁だってこと!
これでおしまいなんて勝手に決めさせないわよ。』
こうして、未だに僕は彼女のよきアドバイザーと
して、編曲を手伝っている。
彼女はオリジナル曲を作れるようになったとは言え、時々明らかに合成バレバレの曲もある、
といった不安定感があって、
そんな時に《突然変異》を加えるのが、
僕のもっぱらの仕事になっていた…
少なくとも、その時は、それ以上の大仕事をやる
羽目になるとは思っていなかった…
(5)新たな試練
ちょうどその頃からだった。ヒットチャートの
順位がいつもより目まぐるしく代わるようになった。
理由はひとつ。とあるアイドルグループがいくつものユニットを結成し、取っ替え引っ替え新曲を乱発しているからだった。
『ねえ。聞いた?このアイドルユニット。
何か感じない?』
彼女はそのユニットが代わる代わるヒットチャートを席巻していることが疑問みたいだった。
『べつに。ただ若くてかわいいからじゃないの?』
『いいから真面目に聞いてみて!』
僕は彼女からそのグループ関係のCDを全部
渡された。
こんなふうに編曲以外も気安く頼んでくる最近の
彼女を、僕は苦もなく受け入れるようになっていた。
最初は仕事の途中に、車内でBGMとしてのんびり
聞いてみるつもりだった。
しかしながら、僕の特技の部分がそれを許して
くれなかった。
何度も同じ曲を真剣に聞くのは、彼女のバンドの
メジャーデビュー前以来かも。
いや、ひょっとしたらその時以上に真剣に聞いて
いたかもしれない。
とにかく、その曲たちが僕にかつて味あわせたことの
ない衝撃を与えてきたのは、紛れも無い事実だった。
『これ、今まで聞いたことのない技術が
使われてる!』
次に彼女に会った時、僕は興奮を抑えられず、
一気にまくしたてた。
『僕の《突然変異》なんて全く相手にならない何か
なんだ。
最初はオリジナルかと思ったんだけど、
この変な感じは絶対オリジナルじゃないんだ。
それが何か今は分からないんだけど。』
『よし、じゃあ解明しよう。手伝ってあげる。
いつも助けてもらってばかりじゃ、割に合わない
もんね。』
『えっ?手伝うって、どうやって?』
『任せといて。とにかく一週間後にスタジオに
集合ね。』
一週間後のスタジオ・・・
僕は来てみてびっくりした。
さすが、彼女らしい手伝い方だ。
そこには、これまでTVで僕たちに挑んできた
二人の合成師と、なんと番組から干された、
あのマヌケなプロデューサーの姿があった。
『君に協力して欲しいって頼んだらみんな快く
引き受けてくれたわ。』
『・・・ってことは?』
『ごめんね。全部話しちゃった。
もちろん《突然変異》のことも。』
・・・やってくれた。まあ、いつかはばれてしまう
ことだからしょうがないか。
『あと一人、呼んでいるんだけど・・・
あ、お見えになったわ。』
そこにはいつぞやの音大の講師さんが来ていた。
最近、教授に昇格されたらしい。
『みんな、君の疑問を解決したいっていう、
同じ目的で集まってくれたの。昨日の敵は今日の友、
ってね。さ、がんばんなきゃね。』
・・・敵にした覚えは全然ないんだけど。
翌日から僕たちは、早速アイドルユニットの曲の
解析に取り掛かった。
作業は、僕を含めた3人の合成師グループと、
ミキサー&大学教授の科学的アプローチグループの
2班体制で行った。
解析をしてるうちに、ある徴候が表れていた。
一人の合成師が、繰り返し同じ曲を聞いていると、
必ず耳鳴りに似た症状が出る、というものだった。
結局、みんな夏休みの大半を解析に費やして
しまった。
こんなふうに特技に没頭できたのは、
高3の夏休み以来だった。
そうして、僕たちは驚くべき事実にたどりついた。
『このユニットの曲、絶対に合成師を潰す目的で
作られてる!』
『どういう事?』
『曲の裏にわずかだけど不協和音を忍ばせてる。』
『まだ成熟してない合成師が聞くと、頭痛や耳鳴りを
引き起こすように。』
『君は大丈夫だったの?』
『僕は絶対音感のおかげで、不協和音にすぐ気付いたから。
でも、他のみんなは症状に悩ませられてる。
下手すると二度と合成ができなくなるような事に
なりかねないよ。』
こんな、特定の相手を狙い撃ちするようなやり方は、
合成師の風上にも置けない。
こうした、明らかに悪意を持った相手を放っておく
わけにはいかない。
それが、僕ら共通の意見だった。
僕たちは、この悪意に満ちた《サブリミナル》
使いを、何としてもやめさせなければいけないという
点で一致団結していた。
『世の中の、たくさんの正しい合成師たちの
ためにも、間違った合成をやめさせよう!』
『でも、一体どうやって?』
彼女は聞いてくる。
『…試したいことがあるんだ。ここにいるみんなが
協力してくれれば、きっと成功すると思うんだ』
『試したいこと?』
(6)歪んだ盗作
アイドルユニットには、専属のプロデューサーが
いた。
彼は、若い頃小説家になることを夢見ていた。
しかし、彼の作品は全く良いところがなく、
出版社からは総スカンを食らう日々が続いていた。
また、彼は皮肉にも音楽合成の特技を備えていた。
しかし、音楽を合成するように小説を合成することは
できず、彼のイライラは募るばかりであった。
そのイライラが彼を盗作に導くことになる。
ある日彼は、新着の他人の携帯小説を、
ほぼまるパクリで出版社に持ち込んだ。
素人の作品、おまけに新着であればばれることも
ないだろう、とつい魔がさしたのも事実だった。
しかし、パクリ元がたまたま持ち込んだ出版社の、
趣味で携帯小説を書いている担当者であったことが、
彼を2度と業界に関わらせない結果となった。
いつの間にか彼の夢は、全ての合成師に対する
妬みに変わっていった。
世の中から合成師がいなくなれば、世の中から
合成という行為がなくなれば、自分はこんな辛い
思いをすることはなかったのに。
彼のこういった歪んだ思いが、彼を『合成師狩り』に
かきたてることになる。
『お姉さん、今度の新曲は僕たちに作らせてよ。』
『・・・え?アレンジだけじゃなくて?』
『そう。今度だけは最初から作らせてほしいんだ。』
『何か考えがあるんだ。いいわよ、別に。』
『それから、今回はすっごい売れる曲を作るつもり。
ただ、どんな合成師が聞いても、すぐに合成した
曲だってばれると思うけど。』
『いいわ、君の好きにしたら。』
今回の作曲は正直、かなり大変なものになった。
僕は合成の大部分を他の二人の合成師に任せ、
自分は合成の目的を達成するために、ライブラリの
中から、効果のある曲を選択する部分に力を入れた。
そうして1ヶ月後、僕たちは新曲を作り上げた。
新曲は同じメロディラインの曲が、アレンジ違いで
2パターンあるというものだった。
『いい?この曲をメディアで演奏する時は、
絶対に交代交代で、一般の人が同じ数だけ聞くように
してね。』
『・・・よく分からないけど、
いいわ、全部君の言うとおりにするから。』
『よろしくね!』
売れるように、売れるように作ったその曲は、
予想どおりの大ヒットになった。
彼女は、依頼したとおり2パターンを半半で
演奏してくれた。
そして、彼女の曲のヒットとはうらはらに、
アイドルユニットの人気が何故か急降下をしていく
ことになる。
『すっごい。今度の新曲、ここまでヒットするとは
思わなかったわ。』
『うん。この曲だけだったらここまではヒット
しなかったと思う。
あのアイドルユニットのおかげだよ。』
『ねえ、そろそろ教えてくれてもいいでしょう。
今回の曲にどんなからくりがあるの?
みんなで1ヶ月何をしてたの?
だって、この曲ができてから、君以外の合成師さん
たちも、不調を訴えなくなったわよね。』
『…今回はね、二つの新技を使ったんだ。』
(7)迎撃のカラクリ
『…新技?』
『そう、このメンバーが揃わなかったら、
できなかったと思う。その点ではお姉さんに
感謝しなきゃね。』
『なんで二つなの?』
『一つ目は、合成師を困らせようとした相手から、
合成師を守るための《ワクチン》、
合成師達が、曲の中に合成した要素を繰り返し聞く
ことで、悪いアレンジに対して耐性ができるように
したんだ
これで、他の合成師達が不調を訴えなくなったって
いうわけ。』
『二つ目は?』
『二つ目は、《×××××》、
これが思いのほか大変だったんだ。
これはね、普通の人が繰り返し聞くことで、その後に
《サブリミナル》の入った曲を聞くと、ちょっとだけ
気分を害するような不協和音になるんだ。』
『つまり、《サブリミナル》を逆手にとったって
こと?』
『うん。でも、合成師達には不協和音が増強されて
しまうから、《ワクチン》と交代交代で演奏して
もらう必要があったんだ。』
『だから、私達の曲がヒットするにつれて、アイドルユニットから人が離れていったのね。』
『これは、ある意味形を変えた《サブリミナル》だと
思うんだ。だって、聞く人の意識下に作用して、
不調を喚起するものだから。
だから、メンバーのみんなも、使うかどうか相当
迷った。でも、悪意のある合成は許しちゃいけない
から、今回1回だけっていう条件で使わせて
もらったんだ。』
『…そうなの。君なりにかなり悩んだ合成だった
んだ。
・・・お疲れ様。』
彼女からねぎらいの言葉を聞いたのは、
後にも先にも、この1回だけだったと思う。
アイドルユニットのプロデューサーは困惑していた。
ある日を境に、他の音楽合成師が体調を崩したとか、
そういった話が全く聞こえてこなくなった。
おまけに、自分が手塩にかけて育ててきたアイドル
たちの人気が、なぜか急降下している。
どうして?誰かが自分の企みに気付いて邪魔を
しているのか?
彼は自分の最後の楽しみを奪おうとしている相手を、
何としても見つけ出してやろうと考えた。
そんな彼に、幸か不幸か、驚くべきアクシデントが
舞い込むことになる。
回数は減ったものの、未だ彼はほそぼそと小説を
書き続けていた。
ネタに困り、苦し紛れに今回の顛末をフィクション的
に綴った短編ものがコンクールに入選することにる。
彼の頭の中が驚きと喜びで真っ白になったのは
言うまでもない。皮肉にも自叙伝が唯一支持を
得られることになろうとは。
この先しばらくの間、彼は再び小説に没頭することに
アイドルユニットのプロデューサーは困惑していた。
ある日を境に、他の音楽合成師が体調を崩したとか、そういった話が全く聞こえてこなくなった。
おまけに、自分が手塩にかけて育ててきたアイドルたちの人気が、なぜか急降下している。
どうして?誰かが自分の企みに気付いて邪魔をしているのか?彼は自分の最後の楽しみを奪おうとしている相手を、何としても見つけ出してやろうと考えた。
そんな彼に、幸か不幸か、驚くべきアクシデントが舞い込むことになる。
回数は減ったものの、未だ彼はほそぼそと小説を書き続けていた。
ネタに困り、苦し紛れに今回の顛末をフィクション的に綴った短編ものがコンクールに入選することになる。
彼の頭の中が驚きと喜びで真っ白になったのは言うまでもない。皮肉にも自叙伝が唯一支持を得られることになろうとは。
この先しばらくの間、彼は再び小説家に没頭することになる。
音楽の合成師を困らせることも、アイドルユニットのプロデュースまでもそっちのけで・・・なる。
音楽の合成師を困らせることも、アイドルユニットの
プロデュースまでもそっちのけで・・・
(8)正しい盗作
『解散しちゃったわね、あのアイドルユニット。』
『うん、何人かはバラエティーとか出てるみたい
だけど。悪いことしちゃったのかな。彼女たちに
悪気はなかったのに。』
『仕方ないじゃない。あのまま放っておいて、
周りの人に迷惑かけ続けるわけにはいかなかったん
だから。』
『…ねえ、お姉さんに相談があるんだ。』
『…相談? 何の?』
『うん。これからの事で。』
『これからの事?
…まさか!この業界から足を洗う、とか言うんじゃ
ないでしょうね?
前も言ったでしょう。あなたと私はくされ縁なの!
私たちは最高のコンビなの!
あなたがいないとダメなのよ。
だから、そんなこと・・・』
『・・・違うよ。』
『えっ?』
『僕、ずっと考えてたんだ。自分の特技をもっと
人の為に役立てられるんじゃないかって。、困ってる人を救った時に、何て言うか、その、
使い方によっては、ヒーリング以上の事も
できるかもしれないって考えたんだ。
だから、仕事をやめて本格的にそういう事に
取り組みたくなったんだよ。』
『…なんだ。そっちの方向なわけ?
私ったら熱くなって、バカみたい。
でも、仕事もやめるっていうのは、
いきなり過ぎない?』
『その点だったら大丈夫。
実は、あの大学教授に相談したんだけど、
そしたら、自分の研究室で働かせてくれるって。
思う存分やってみたらいいって言ってくれた。』
『本当、君って思い立ったら早いのね。』
そして今、僕は営業の仕事を辞めて、
大学の事務員として、教授の雑務を手伝うかたわら、
自分の合成師としての力を世の中の役に立てるべく
日々様々な合成に邁進している。
以前のチームメンバーとも、定期的に会っては
意見を交わし、充実した毎日を送っている。
時々、高校3年の夏休みの自由課題のことを
思い出しながら・・・
これで、高3の夏休みから始まった僕の、
少しだけ波瀾万丈な物語はとりあえず終了です。
最後に、僕とバンドのお姉さんとのその後の
顛末ですが・・・
それは、皆さまのご想像にお任せします。
これからも、どうなるかはわかりませんが、
くされ縁を続けていくんだと思います。
時々、彼女の持ってくる合成曲を『正しい盗作』に
変えながら・・・
(おしまい)
お読みいただき本当にありがとうございます。
どんな感想でも良いのでいただければ幸いです。