面白い存在
間が空いてしまいました・・・・・・。とりあえず新キャラ、シュース君をぶっ込んだ上にハウンドsideです。次回はシュースsideになる予定です。
三ヶ月前、俺は彼女に出会った。
その日俺は、いつもは失敗させる転移魔法を何故か成功させ、しかもそれを俺に向けて発動した大馬鹿者の同僚のせいで母国から遥か遠い国の、名もよく覚えていない町に転移させられた。
戻るのも面倒くさいし、戻ったとしても退屈な毎日が待っているだけ。
いっそのこと行方をくらまそうかとも思った。
それはそれで楽しそうだった。国での俺はそこそこの地位にいたし、抜ければ穴も空く。
おまけに国政のいらない裏事情なんかのストックが腐るほどある。
逃げれば追っ手がかけられて血まみれの鬼ごっこが始まるのは目に見えていた。
考えているうちに、それがものすごく楽しいことのように思えて、そうしてしまおう、と決めた。
いや、まさかその数瞬後に決意を覆すことになろうとは思ってもみなかったけどさ。
意志を固めてとりあえず他の街まで移動するかと加速の魔法をかけようとしたとき、俺は殺戮鬼ごっこより面白いものを見つけた。それが清水のような薄青の髪を持つ娘、ことフロウだった。
一目見て、彼女が「面白い」ことに気がついた。彼女は、ぐちゃぐちゃではないのに統一されてない、汚くはないのに奔放な、そんな色をしていた。
話してみれば、やっぱり彼女は面白い。
面白味に欠ける日常が退屈でたまらないのだろうといきなりこちらの心情を当ててきた理由は不可思議で探求意欲をそそられるし、俺がいくら自分の異常性を提示しても動揺が薄いのは面白い。
彼女の訳のわからなささは異常だが、それがまた面白い。
彼女という存在は、面白さでできていた。
気がつけば彼女の申し入れを受け、一緒に暮らして三ヶ月も経っている。
最近、彼女に抱きつくとより楽しい気持ちになることが発覚したため必要以上にくっつくようになったこと以外は、とりわけて変わったことはなかったように思う。
そもそも最初に彼女について行ったとき、彼女が俺の面倒くささに手を焼いて放り投げることに賭けていた。
が、フロウは基本的に俺の要求に対して受け身で、張り合いもないので五日でやめた。
そして、やめてから気がついたのだが、フロウは俺に甘すぎる。
俺が彼女にとっての「面白いもの」であるからかもしれないが、それにしても度が過ぎている。
その甘さは、いつもの俺ならうざったくてぶん殴りたくなるくらいだ。
だが、なぜだか俺は、彼女のその甘さも含めて面白いと思っている。
思い返せば、出会ってから今までにフロウを殴りたいと思ったことはなかった。
不思議なことに邪魔がられても腹も立たない。一緒にいてただただ楽しいだけ。おかしなこともあるものだ。
ぽやぽやと笑うフロウを思い出す。
「せんぱーい。いつまでここにいるつもりですかぁ・・・・・・?」
情けない声で我に返った。
ああ、そうだった。
今は夜で、ここはフロウの家の外だ。
フロウはもうとっくに寝てしまっている時間帯。
当然ながらフロウはいない。
「あー、忘れてた。ごめんね、シュース。」
そう言ってヘラっと笑うと、タコ殴りにされた後のようなヘロヘロした声の主が本格的に嘆き始めた。
「まだ怒ってるんですか?間違えて飛ばしてしまったのは謝ったじゃないですか。土下座しても帰ってきてくれないんですか?」
彼はシュース。俺の後輩であり部下だ。
上層部は俺が逃げ出さず、この街に留まっていることから、緊急性はないと判断したようだ。
使者として、俺が鎮圧できる程度の戦力保持者しか送ってこない。それはありがたい。
フロウとの穏やかな日々を壊されるのは不愉快きわまりないから。
「イヤに決まってるよね?あそこ、特別面白くないし、つまらないし、挙げ句の果てに馬鹿にこんなところまで飛ばされるし。」
「いや、ですから、飛ばしちゃったのは悪いとは思っていますけれど、こうしてお迎えに上がったのですからおとなしく帰りましょうよ、ねっ!」
「ヤダって言ってる。」
「でも、先輩いないとこっち回らないんですよー!」
「知らないし。帰らないよ、俺。」
その代わりといってはなんだが、使者としてとかではなくここ最近顔を見せるようになったシュースは、しつこいくらい俺に帰るよう促している。
あのクソつまらない国に。
俺を娯楽から離して。
面白くもない、得もない仕事をしろと。
シュースが来て感謝したことといったら、自分が特別寛容になったのではなく、フロウに対してだけ苛々しない、ということを確認できたことぐらいだろうか。
関係ないことを考えつつ頭を冷やしていると、シュースは、俺が無視していると感じたのか情けない声でなおも言葉を重ねる。
「そんなにあの女の人気に入ってるんですか?先輩らしくない。どうせすぐ飽きるのなら、面白いと思えているうちに早く帰っちゃいましょうよ。」
聞き流すつもりだった言葉に聞き捨てならないものが混ざっていた。
「シュース?」
「はい?」
「今、何て言った?」
「え?早く帰っちゃいましょうよ、って」
「その前。」
自然と声が低くなる。何か感じ取ったのか、シュースが目に見えて怯え始めた。
「な、何ですかいきなり。えっと、どうせすぐ飽きるんだから面白いと思えているうちにってひいぃ?!」
ガン、とシュースの足を貫く勢いで氷塊が落下する。
季節は夏なので、氷が自然に発生するわけがない。勿論俺が魔法で作った。
ただ、おかしいことが一つ。脅す程度の速度で、ギリギリずらして落とすつもりだったのに、あの位置では、シュースが避けなかったら血だまりができていた。コントロールには自信があったのに。
「シュース、俺もう何度も帰らないって言っているよね今すぐ帰れ帰らなかったらピーしてピーしてピーしてからピーするからというかフロウに飽きる日なんて未来永劫来ないよ不用意なこと言わないでくれるすごく不快そりゃあもうお前の顔永遠に見たくないって思うくらい不快不愉快存在が邪魔わかったらとっとと去れ俺の目の前から消えろいや消す一生を振り返る時間を一秒与えるからそれまでに覚悟決めて未練捨てて地獄に落ちろカウント始めるぞいーt」
「待って待って待って、先輩、落ち着いて!」
「この上なく冷静だけど、何?」
「ひいぃぃぃ、冷気漏れてる、冷気!確かに冷めてて静かだけど、やっぱり怒ってますよね先輩!」
勿論自覚している。自分が怒っていることくらいは。俺はいつも、腹が立つと熱気より先に冷気がにじみ出るから。わかっていながらうっそりと笑い、シュースの不安を煽る。
「さあ?怒ってるのかな、俺。本心から言えば、今すぐあんなこと言ったお前の口を引き裂きたいんだけど。」
「こわい!先輩そんなキャラでした?!転移魔法でいつもの寛大な心まで転移しちゃったんですかね?!」
「だとしたらお前の自業自得だな、ドンマイ。」
サムズアップをかますと、シュースが死にそうな顔になった。
「せんぱーい、本当にどうしちゃったんですかぁ?」
「さあ。俺は面白いものを見ていたいだけだからね。」
「それがそもそもおかしいんですって。いっつも世の中全部がつまらなさそうだった先輩が、どうしてそんなに生き生きしてるんですか?!」
どうして。
「考えたこと、なかったなー。」
出会ってからフロウは「面白い」ものだった。他とは明確に違う。でも、それはどうしてだろうか。割と長く一緒にいた後輩に指摘されるほどの変化の原因は、言うまでもなくフロウだ。
「どうしてだろうね。」
フロウ以外に煩わされるこの時間がいやだ。
前の俺はそれなりにシュースを可愛がっていて、会話も苦ではなかったはずなんだけどな。
今は興味関心諸々全てフロウに向かっているせいかもしれない。その事すら俺を楽しませる要因にしかならないことに笑いだしたくなる。
フロウは今は夢の中だ。どんな夢を見ているのだろうか。
最早日課となりつつある彼女の翌朝の夢報告に思いを馳せる。
今度は邪魔しないつもりらしいシュースは、結構な間半泣きで突っ立っていた。
バカだなぁ、さっさと帰ればいいのに。
なにやら鬱陶しかったので強制転移で国に送りつけてやった。今頃ラッピングされたシュースが大通りに転がっていることだろう。
さて、問題は追い返したし、俺も寝るか。夜明けまでの時間はあまりないが、少し寝るだけでも気分は違う。
何より寝て起きた後のほうがフロウの作る朝食がうまい。
今朝のメニューに期待しながら布団に潜り込み、すぐさま意識を落とした。




