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貴方が面白かったから  作者: ささめ
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気がついたら三ヶ月が過ぎていたけど

いきなり飛びます。いちゃいちゃって難しいですね・・・。


ハウンドと暮らしはじめて三ヶ月が経った。

特別なこともなく、強いて言うならば至極あっさりと二人の生活に慣れて普通に暮らしていた。ハウンドはまだ飽きていないようだった。本当に変わった人間だ。


彼と暮らしはじめてからの一番の驚きは、ハウンドが所謂ハイスペックだったことである。

彼の第一印象で、勝手にずぼらで面倒くさがりなのだと思っていたが、料理は普通にうまいし、つい散らかしてしまう部屋の片付けも完璧でまめだった。


洗う手間がかかるためつい後回しにしてしまっていた分厚い外套も新品さながらに洗い上げてくれた。ハウンドに勝てる家事といったら料理くらいだろう。あれは調合と同じで決まった分量をいれるだけで美味しくなるから私にもできる。


どうやら彼は、暇をもて余しすぎていろんなことに手を出した結果、天性の器用っぷりを発動してしまったらしい。

ちょっとやっただけで身に付いちゃったんだよ、とは本人の談だが、道理で人生退屈な訳だ。何でもすぐできてしまうことほどつまらないものはない。


「ところで、ハウンド。」


「何?」


「暑い」


さっきから腹に回っていた腕を押す。

びくともしない。ただ、どかしてほしい私の意思を汲んだのか、腕が少し緩んだ。

緩んだ腕のぶんハウンドから距離をとる。


もう夏も初めだというのに最近何をトチ狂ったのか、ハウンドが引っ付いてくるようになった。私も不快じゃないからいいのだが、なにぶん暑い。


私は暑いのと寒いのが苦手だ。夏は溶けそうだし、冬は凍りそう。


「いいじゃないか、俺が面白い。」


わずかにできた隙間を利用してハウンドのほうを向くと、実に楽しげに笑っている。それを見て、まあいいかと思ってしまう私も大概だが、そんな私にくっついて面白いとのたまうハウンドもハウンドだ。


「何が面白いの?」


「君の全部。」


間髪いれずに答えるハウンドは、さらに笑みを深めて私を抱き締める腕の力を強めた。


「暑いっていってるじゃない。」


「俺は暑くない。」


「あんまりしつこいと夕飯抜くわよ。」


「えー、それは嫌だ。」


途端に、さっきの上機嫌はどこへいったと言いたくなるくらい不満げな顔に変わる。楽しい。


「まあ、この調合終わるまでだったらくっついていてもかまわないわ。邪魔しないでね。」


「暑いんじゃなかったの?」


「貴方が面白いから、しばらく我慢してあげる。」


「へぇー。俺って面白い?」


いつかした質問を、そのまま返された。少し考えてから答えた。


「そうね、解剖して中身を調べたいくらいには面白いと思っているわ。」


私の肩口に額をすり付けていたハウンドは、その動きをピタリと止めて視線を私に合わせた。相変わらず楽しそうな顔をしている。やっぱり彼は変わった人間だ。


「猟奇的だね。」


「研究者の性よ。まあ、そんなことしたりしないけと。」


私は薬の調合師だ。町で薬を売ることで生計を立てている。そして、研究者でもあった。何でも知りたくなるし、知るまで満足できない。そのせいで諸々知り尽くして退屈の虫に憑かれているのだが。


「他の人のことも解剖したいって思う?」


何気ない様子でハウンドが言った。


「思わないわ。他の人たちは解剖するまでもないもの。わからないのは貴方だけだし、面白いと感じるのも貴方だけ。」


特に、ハウンドが笑顔の仮面の下で何を考えているのか、とか。言いはしなかったが、彼には伝わったようだ。笑う気配がする。


「君という人ほど、訳のわからない存在はいないさ。俺が特別面白いと思うのは君だけだよ。」


彼は本人曰く「最上級の褒め言葉」である「面白い」を惜しみなく私に使う。町に出ても、私以外の誰かに「面白い」とは言ったことがないので、より不思議だ。

私はそんなに面白いだろうか。ただ、賛辞は賛辞なので笑顔で受けとる。


「あら、ありがとう。ところでそろそろ調合に戻ってもいいかしら。早く終わらせてしまいたいのよ。」


「俺としては、しばらくこのままがいいけど。」


耳元で不満が駄々漏れな声がする。ハウンドの大きな体ですっぽりと包まれた状態の私は、手を伸ばして彼の頭を軽く叩いた。


「邪魔したらしばくわよ。」


「もうしばいてるじゃん。というか、邪魔はしないって。」


その言葉通りに腕の力を緩めて私を机の方に向けたハウンドの頭を、もう一度振り替えって撫でた。ハウンドは、一瞬キョトンとしたものの、すぐに破顔した。その顔に満足してもう一撫でする。


「わかっているならいいのよ。この後くっつかないでいてくれたら、夕飯のデザートにアイス出してあげる。」


「それなら我慢しないと。君の料理は何でも美味しいから。」


そう、何を隠そう、彼は私に胃袋をガッチリ持っていかれている状態なのだ。ハウンドが食べたがるせいでここ三ヶ月の間にレパートリーが増えた。今ではお菓子もお手のものだ。


「おだてたって何もでないわよ。」


「アイスは出してくれるんだろう?」


その台詞にあきれつつも笑いが止まらなかった。ひとしきり笑ったあとハウンドの頬をつつく。肌目細やかな肌はすべすべで、少しひんやりしていて気持ちがいい。されるがままのハウンドに嫌そうなそぶりはないのでしばらくその触り心地を堪能する。


「そうね。おまけに昨日焼いたクッキーもつけてあげる。」


「ラッキー。楽しみにしてるよ。」


「期待していてね。」


私は作業台に向き直って、今度こそ調合を再開した。

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