偶然の出会いって本当にあるのね
こういういちゃいちゃ恋愛ものを書くのははじめての試みです。いちゃいちゃしていなかったらすみません。どうぞ暖かな目で読んでください。
彼と出会ったのは、本当に偶然だった。
偶然靴が溝にはまり、偶然私が転げて、苛立ち紛れに蹴り飛ばした石ころが偶然お隣のポチ(去勢前の雄犬。気性が荒く、だと言うのに放し飼いにされている)に衝突し当然のごとく追いかけられた。
逃げている途中、偶然見つけた横道にそれて、そこで私は、『偶然』彼を見つけたのだ。
なんだかひどく困った顔をして、彼はぽつんと立っていた。彼の身につける白いシャツと黒のズボンは丁寧に縫製されていて、結構な値段だったのだろうな、と無難に思った。
「どうしたの、こんなところで。」
声をかけたのは彼が、あんまりにもじっとこちらを見ていたからだ。
じっと見られているはずなのに、あまり視線をくどいと思わないのは、彼が私を見るつもりがないからだろうか。
その藍色の瞳がどんなに私を映していようと、硝子玉を向けられているようにしか思えないのだ。
うまい表現は見当たらないが、強いて言うならば、彼の視線は「何も見ていない」のではなくて「私を素通りして別の何かを探している」ような感覚に近かった。
「何を見てるの?それって面白い?」
訊ねると、少しのタイムラグの後、彼は少し目を丸くした。彼の中で、やっと私の存在が認知されたように思えた。
「どうして、そんなことを聞くの?」
「だって貴方が、とてもつまらなさそうなんだもの。」
そう、そうだ。彼は、つまらなさそうなのだ。やっと適当な表現を見つけて満足する。
「つまらなさそう?」
彼は、そう言って頬に手を当てた。自分の表情を確かめるように。
「ええ、すごく。」
「初対面の君に指摘されてしまうくらい、分かりやすかった?」
困った顔を一転、キョトンとさせた彼に、肩をすくめてみせる。
「さあ。他の初対面の人がそう思うかはわからないけど、少なくとも私はそう感じたのよ。つまらなさすぎて、暇潰しのためだったら、王城に武器持って単身で乗り込んで行くくらいしそうな人だなって。違う?」
「違わない。むしろ俺の心情そのものだ。実は今、ものすごく退屈していてるんだよ。君が言った、王城に殴り込む話が魅力的に思えるくらいにはね。」
彼は冗談とも本気ともつかない台詞を口にして笑った。予想は、冗談3割本気7割だ。
「じゃあ、どうしてこんなところにいるの?暇潰しにしたって、こんな場所、面白味の欠片もないわよ。」
「そう?少なくとも君は、とても面白いじゃないか。」
「それは褒めているの?」
「勿論。俺の中では最上級の褒め言葉だ。」
「あら、じゃあ、ありがたく受け取っておくわ。」
「そうしてくれると嬉しい。」
「話を戻すけど、貴方はどうしてこんなところにいるの?何をしに来たのかしら。」
「そうだね、巻き込まれたから、かな。馬鹿な同僚がトチってね。飛ばされてきたんだよ。」
「転移魔法?」
この世界には魔法がある。
偉い学者さんによると、魔素という微細な粒子が生物の体内で発生する生命力、所謂魔力を練り合わせながら、複雑な手順を踏み方向性を導くことによって水だの火だのを発生させたり、超現象を起こしたりするのだとか。
だから、魔法を使うのは当然の如く難しい。原理をきちんと理解していないと、どんなに頑張ったところで水一滴、ろうそく並みの火一つ作り出せないのだ。
その中でも空間魔法、特に転移系の魔法の難易度は格別で、まず術式がややこしい、詠唱は長く、イタさは十四歳病罹患者向け並みで、なおかつスキップ不可能、しまいには発動が超絶不安定で気まぐれなものなのである。
例え緻密すぎて最早嫌がらせレベルの魔方陣を描き、メンタルをごりごり削られながら詠唱を終えても、転移魔法が発動しない、つまり疲労しただけで終わることが多いのだ。
だというのに、彼の「馬鹿な同僚」とやらは奇跡の確率を引き当ててそれを成功させてしまい、彼をここに送ってしまったのだろう。彼も難儀なことだ。
「そんなところ。何だか戻るのも面倒だなって思っていたんだよね。別にあそこが特別面白かった訳じゃないし。」
「へぇ。私、貴方の面白いの基準がさっぱりわからないわ。間違って飛ばされたのは面白いことじゃないの?転移魔法なんて珍しいもの体験できたんでしょ?」
「うーん。転移魔法は使えるからな。新鮮味に欠けるよ。」
その言葉に少なからず驚く。
先ほど熱弁したように、複雑な魔方陣、確実に黒歴史史上最大の黒歴史となるであろう詠唱、成功確率が限りなく低い発動。それでも、転移魔法の魔方陣を覚え、詠唱を諳じられることは、魔術師にとっての最上級の誉れと言ってよい。例え魔法が発動しなくても。そう、骨折り損であっても。
だがしかし、私は、彼が発動率がこんなに低い魔法を「使える」と言うような人物ではないと、何故だか確信に近い考えを抱いていた。実際に、彼は転移魔法を使ったであろう同僚を馬鹿だと貶している。彼が、世間一般でいう「転生魔法を使える」レベルだったとしたら、同僚を見下すようなこと言わないはずだ。何せ件の同僚も、転移魔法を使えるだけの能力が備わっているはずなのだから。
改めて考えても私の推理は正しいと思う。ただ、その考えから必然的に導き出される答えとしての彼がちょっぴり人外じみているだけで。
「それは、いつでも、どこでも、任意で発動できるってこと?」
発動率が高い、もしくは確実に発動するのかを、遠回しに聞くと、彼は非常にいい笑顔で答えをくれた。
「当然。勿論、魔方陣とか詠唱は省いてるよ。あれ面倒くさいしね。だから転移魔法は便利に使っている魔法のひとつなんだよ。特に魔力も削られないし。」
「・・・・・・へぇー。」
すっごいことを聞いた気がするが、気にしないで流してしまおう。彼が規格外であることは十二分に理解した。
そもそもこれ、国家機密とかじゃないだろうか。転移魔法なんて、戦争で一番役立つ魔法だ。ローリスクハイリターンで敵将を、何だったら敵国の王の首をかっさらえるのだから。
それをポンポン使えるらしき彼は、一体何処の国の人なんだと、声を大にして言いたいが、問題なのはそれを知った私が抹消されるかもしれない可能性。そして、転移魔法以外も使えそうな彼の危険性だ。
転移魔法は馬鹿みたいに魔力を喰う。それを「特に削られない」と評した彼の魔力の量は想像するだけで恐ろしい。
でも、不思議なことに、彼本人を怖いとは思わなかった。むしろ、面白いとさえ思っていた。
職業柄「知る」ことに重きを置きすぎて、いつの間にか知らないことなどほぼなくなっていて。
知らないことにも興味を持てなくなってしまった。
けれど、わかる。彼は同士だ。退屈すぎて人生がつまらなくなった人間だ。絶好の暇潰しが向こうから飛ばされてきたのをみすみす逃がすほど愚鈍ではない。
「ねえ貴方、うちに来ない?」
「どうしたの?今からお誘い?真っ昼間だよ?」
急にピンクな話をぶっ込んできた彼を、パンチを入れる代わりに罵った。
「違うわよ、頭わいてるの?」
「わぁ、辛辣。」
ただ、嫌味は全然効果をなしていないようだった。彼の飄々とした態度は崩れない。
「暇なんだったら家においでって言っているのよ。私は面白いんでしょう?最上級の褒め言葉を使うくらいには。」
「そりゃあもう。しばらく観察していたいくらいには。」
「私も同じ。貴方が面白そうだから、暇潰しに観察していたいの。飽きたら出ていってくれて構わないわ。どう?どっちの利にもなるでしょ?」
「君が飽きたら?」
「無論、即刻に出ていってもらうわ。」
「横暴だ。」
「だって、そうじゃないとフェアじゃないもの。」
「うん。まあ、そうだね。ところで君の家ってアパート?」
「一戸建てよ。町中にあるからちょっと手狭だけどね。」
「じゃあ問題なしだ。よろしく、えっと・・・」
「フロウ」
「フロウか、いい名前だね。改めて、よろしく。俺はハウンドだ。」
「ハウンド?似合わないわね。」
あれは貴方みたく自由奔放ではなく一途だから、と付け加えると、彼は意地悪げに笑った。
「俺は案外一途だよ。」
「さあどうだか。」
笑っている彼に釣られて私も愉快な気持ちになる。
「まあ、とりあえずよろしくね、ハウンド。」
こうして、私と彼ーハウンドの共同生活が始まったのだ。
フロウたちの世界には魔法があります。エルフや獣人、魔人もいる設定です。基本的に設定が緩く、二人のいちゃいちゃ(になっているかは不安ですが)を書くのが主なので、あまりストーリー性はないです。
感想や誤字脱字等、感想の方に書き込んでくださると励みになります。