計画通りの婚約破棄
「メリリア・オークルディア!」
とある夜会の場で、第二王子ルクリカが、突然一人の令嬢の名を怒鳴り上げた。
驚いたメリリアが言葉を発するより先に、ルクリカが用件を口にする。
「ルイティアーヌ・フェンツへ数々の嫌がらせを行ったその性根、到底我慢出来ぬ。よって、お前との婚約を破棄する!」
会場は静まり返り、メリリアとルクリカ、そして、彼の背後に幽鬼の様に立つルイティアーヌに視線が集まった。
そのルイティアーヌは男爵令嬢だが、とても有名だった。悪い意味で。
令嬢に相応しい礼儀作法も教養も身に着けておらず、社交も下手で息をするように暴言を吐く。
それで無事でいられたのは、彼女の母方の祖父が重鎮だったからと、余りにも礼儀作法や教養が身に付いていないが為に、知能に問題があると思われていたからだ。
そんな彼女が最近第二王子に付き纏っている事は、多くの貴族の耳に入っていた。
当初は相手にしていない様子のルクリカだったが、こういう女が好みなのか、何時しか恋仲に進展したようだった。
それでも、メリリアとの婚約を破棄したがるだなんて、両親ですら思っていなかった。
「私は、その女を苛めてなどおりませんわ!」
メリリアは、冤罪をかけられて憤慨した。
オークルディア公爵も、険しい顔でルクリアとルイティアーヌを睨んでいる。
「黙れ! ルイティアーヌが、そう言ったのだ!」
「私より、その女の言う事を信じるのですか!?」
「当然だろう? 大体、お前がルイティアーヌを『頭が悪い』と言ったのは、私の目の前だったではないか!」
「その女の頭が悪いのは、事実ではありませんか!」
「好い加減にせぬか!」
醜い言い争いを続けようとする二人を制したのは、ルクリカの父である国王だった。
「ルクリカ! 場を弁えよ!」
「しかし、父上!」
ルクリカは、愚かにも食い下がろうとする。
「この女は、次期国王たる私の未来の妻に危害を加えたのですよ!」
「恋に溺れた痴れ者が! 誰が其方を次期国王と認めたか!」
「ルイティアーヌが、兄上より私の方が相応しいと言ってくれたのです!」
「やだっ! もう~!」
ルイティアーヌが、何故か照れたようにルクリカを叩いた。
己の恋人に王太子の決定権が有るかのような発言に、国王は益々怒りと失望を深くした。
「この様な騒ぎを起こした其方の方が相応しいとは、到底思えぬ。其方の王位継承権は剥奪する! 己の愚かさを理解するまで、自室で謹慎せよ!」
「そ……そんな! 父上!」
ルクリカは、ガクリと膝を着いた。
「そして、ルイティアーヌ・フェンツ!」
「な、何ですか?」
ルイティアーヌは、旗色が悪くなった事に青褪めていた。
「ルクリカを堕落させた魔女め! 王都を追放する! 二度と足を踏み入れる事許さん!」
「わ、私は悪くありません! 放して! ……ルクリカ! 何をしているの! 助けなさい!」
連行されて行くルイティアーヌは、ルクリカに助けを求めた。
「ルイ~!」
座り込んでいるルクリカは、手を伸ばして叫ぶしか出来なかった。
こうして、愛し合う恋人達は、権力によって引き裂かれた。
「上手く行った……」
自室に戻されたルクリカは、安堵の息を吐いた。
先程の騒動は、オークルディア公爵へのほんの些細な嫌がらせであった。
メリリアの父親は、ルクリカを玉座に着ける為に、兄である第一王子の暗殺を企んでいたのである。
上手く行くかは賭けだったが、ルクリカは、望み通りに王位継承権を剥奪される事になった。
もしかしたら、今後、オークルディア公爵が父と兄を害し、自ら玉座に座ろうとするかもしれないが、これ以上の策は、ルクリカには思い付かなかった。
「やっと終わった~!」
恋人役に選んだルイティアーヌは、何も知らない。
恋人面で付き纏って来た彼女は、会話の九割が誰かの悪口(ルクリカとその家族に対するものもあった)だった。
おまけに、何故か叩いて来る。
そんな彼女を利用する事に、躊躇いは無かった。
「ふ~!」
ルクリカは、ベッドに転がって伸びをした。
「久し振りに、ぐっすり眠れそうだ……」
そうして、直ぐに眠りに落ちた。
三年後。
オークルディア公爵は、謀反に失敗して捕えられ、処刑された。