第81話 フラグって立てるものではない、立つものだ
結果的にはパルメイス辺境伯のお茶会を乗り切ることに成功した。その一件があって、結婚したばかりのカリスとその妻であるスピカの仲も深まったようで何よりだと思う。その道中にそのバカップルならぬバカ新婚ぶりを目の当たりにさせられることになろうとは、さすがの想定外だったが。
「あの、レオン様?」
「何も言わないで。向かいに映る光景を邪魔したくないんだ」
「うん、まあ、わかるかな。お母様からも『恋路を邪魔すると地獄に落ちる』って教わったし」
そう、これは自身の安寧のためだ。安寧のため……そう言い聞かせながら、パルメイス辺境伯領とユークリッド“男爵”領を無我の境地で乗り切ることに注力した。王都の屋敷に帰った後は、死んだように眠りに就く。朝起きると、両端にはアリーシャとメルセリカがいる……慣れというのは人を鈍化させる、とは的を得ている言葉である。
春の季節。出会いの季節であると共に、人の動きも活気が出てくる季節である。そんな中、一足先に夏でも来ているかのような発熱した言い争いが王城の一角で起きていた。
「何故ですか!? 国王の譲位、王太子殿下が即位なされるという国を挙げての行事! その式に我が騎士団を招き入れないとは如何なることです!?」
「招き入れないとは申していません。ですが、貴方の口振りからするに東部と南東部はほぼ全軍を参列させろという言い分……どこにそれを補えるだけの物資や土地があるというのですか? 無論、自前で用意していただけるなら文句などは仰いませんが、今先ほど公爵殿は『すべて用意しろ』と仰った。これだけを聞けば、断らざるを得ませんが?」
言い争っているのはオームフェルト公爵とニコル財務相。
こうなった経緯を話すと、オームフェルト公爵がアポなしで突然財務庁を訪れて財務相を呼び出すという慣習破りを発揮。これにはニコル財務相も半ばキレ気味だったのだが、どうせ居留守を使ってもこのまま引き下がらないだろうと鑑みて通したまではよかったのだが、公爵は『我が騎士団と南東の領邦騎士団のほぼ全軍を参列させる。したがって、財務庁にはそれら全ての動員予算をつけろ』と厚かましく言い切った。
ニコル財務相もこれが侯爵のままだったら『適当に予算をつける』といいたいところだが、こちらの都合も無視して面会の約束もなしに押し掛けた上、爵位が同じ第三位の辺境侯に対しての言葉遣いとは思えぬ態度。そんな言い方はまるで国王への侮辱とも取れる言い方になるため、ニコル財務相はそれを断った。
結果として、お互い言い争いになるという事態になった。
「それに、最大で従軍させられる兵の数は5000まで。これは過去の即位式に倣ってのものです。2つの騎士団の総兵力数十万を許容できる設備など王都にはありません」
「ならば、王国軍の施設を一時的に開放すればよいでしょう。強権を使えばそれぐらい可能では」
「王都の守りを削げとおっしゃるのですか? 北方戦役では何の功績も得ず、ただ領地に帰っただけの騎士団に何を期待できるのでしょうか? ……参列させたければ、東部の開けた領地と十分な食糧などの軍備があること。これが条件となります。それを即位式の1ヶ月前までにご提示ください。公爵殿をお見送りしてくれ」
「ま、待ちたまえ、ウェスタージュ財務相! 話はまだ―――」
もうこれ以上言い争いをしていても無駄だと判断し、ニコル財務相は警備兵を呼び出すと財務庁の外へと追い出した。彼の声が扉に遮られたところで深い溜息を吐くと、隣にいた補佐官が声をかけた。その補佐官はニコル財務相の長男でもあった。
「お疲れ様です、父上。いえ、財務相閣下」
「今は別に構わないですよ、ルーク。しかし、予想通りとはいえ少々焦りというか、まるで存在感を示したいと言わんばかりだね。アルジェント家なんていつもの通例通りで100人だそうだ」
「ホント謙虚と言いますか。まあ、あの家だからこそ、ではあるのですが」
100人の兵士。それはアルジェント家の前身である王国が滅ぶ直前、大軍で押し寄せてきたオームフェルト家をたった100人で覆した。それを可能にしたのは彼らの魔法技術の高さを証明していた魔導兵装であった。王国の本拠地であった王都は燃えてしまい、その技術の粋を綴った多くの書籍が消失……今となっては、その兵士が使っていた兵装の残骸ぐらいしか残っておらず、現在の一般的な汎用術式ではただの頑丈な装備でしかなく、今はどこかに仕舞われているという。
「こちらやノースリッジでも1000は出すというのに……確かに、国威掲揚は解るけどね。いろいろ懸念材料は多いし」
「……グランディアの内戦がこちらに飛び火するかもしれないと?」
「あの馬鹿どもならやりかねない。ガストニアとイスペインはひとつとなったけど、バルトフェルドに入れ知恵して軍事同盟は結んでもらっていない。それは連中にガストニアの領土通行権を与えたくないからだ。勝手に暴れてグランディアの連中に複数派閥の合従なんてされたら困る。実際のところ、争いが帝都近辺に止まっているからまだ大きい声は言わないんだろうけれど……」
ニコル財務相は彼が何かしら焦っている節があるのも理解できている。彼の健康状態が思わしくないことも聞き及んでいる。ここでその大軍を動員させるアピールをするというのは、自身の健康問題を払拭する狙いもあるとみている。何せ、王都でも一部の人間からオームフェルト公爵の様子がよろしくないという噂が聞けるほどだ。
それは隣に立っている自身の息子も噂として聞いていると頷いた上で、こう呟く。
「そうなると、最近大幅に開拓した南東部に何かしらの形で騎士団を入れてくるかもしれません。例えば『国王譲位のために手薄になりかねない直轄地を警護する』などという理由付けをしてでも動かれる可能性が高いかと」
「そうなりますよね……仕方ありません。王都東部郊外の王国軍の2か所を開放しましょう。そこに駐留している軍はレンベルク南の演習場にとミッターマイヤー軍務相に相談しましょうか。動員の予算は……せいぜい5万が限界だとオームフェルト公爵家に伝えるように書状を書きます」
「はっ、了解しました閣下」
南東部の領土を我が物顔で踏みにじられるのは面倒なため、ある程度の譲歩はしておく。それでも5万は多いが、万が一余計なことを起こしても王都内外に40万の王国軍が配置される。どうしてここまでの警備体制を敷くのかというと、それは先日王宮に入った情報からであった。
「グランディアの第四皇子、ですか?」
「うむ。どうやら、その人間がエリクスティアに流れ着いたのでは? という噂のようだ」
「でも、確か生まれてすぐ行方不明になったと聞き及んでいますが……何故今になって?」
「可能性としてはレクトールの存在じゃろうな。病弱だったという情報は秘匿しておったが、どうやらそれを第四皇子を匿う言い訳に使ったのでは? という噂もあった。これはわしと王妃で声明を出して収めた。特にわしは生まれたばかりのレクトールを見ておるからな」
「第四皇子は生きてさえいれば22歳、確かにレクトール殿下と同い年……でも、髪の色などは何も情報がないんですよね?」
「噂では翠の瞳だということぐらいだな」
その出所はとある政商からのものだ。彼も気になって様々な伝手をあたってはいるが、未だ噂の域を出ない話だという。未だ内戦中のグランディアがエリクスティアも内戦へ引きずり込もうとしているのでは……それを警戒して王国軍を動員しているのだ。これがニコル財務相の『余裕がない』ということに繋がる。
国王の譲位で王都が慌ただしくなる中、シュトレオンは一枚の書類に目を通していた。それは今後の領地運営に関わることで、自身の親衛騎士の身分調査であった。ラルフの一件は流石に驚きであったので、改めて4人の身辺調査を行うことにした。すると、ハイネはあの家で“養子”だったことが判明した。これはハイネの家を訪れたのだが、その父親である商人曰く、これは本人が成人したら話そうとしていたことであると。
『お前を本当の息子と同じく育てていたことは本物だ。うちの家系は女系家族の傾向が強くてね。嫁いでいった子どもたちも娘ばかりで……22年前のことになる』
当時はまだまだ精力的に活動しており、昔は危険だった山脈越えをしてまでグランディア帝国まで商談に出かけていた。そんなある日のことだった。その日の帰り道は普段吹雪きやすい山脈にしては珍しく晴天だった。これも神様の恩恵だと思い、道なき山道を降りていくと何かの泣き声が聞こえた。
『冬の山脈はちゃんとした装備がないと厳しい。私は火属性の魔法が使えましたから、暖を取るのにさほど苦労はしなかった。話が逸れましたね。その泣き声の場所に積もった雪を避けると、生まれたばかりの赤子がそこにいた』
メッセージには“ハイネ……”という文字が辛うじて見えただけで、その後は掠れていて読めなかった。男性が抱き上げると、その赤子は安心したのか眠りに就いてしまった。孤児院に預けるべきかと思ったが、男の子を欲しがっていた妻のことを思い出し、この捨て子をエリクスティアに連れ帰ったという。
「まさかの事実にはちょっと驚いたけど……今王都に流れている噂は、ハイネも聞いてるでしょ?」
「ええ、まあ。でも、流石にそれはないかと思うんですけどね」
「……第四皇子は名前を付けられる直前に帝都から消えた。内密に名前を与えていたなら筋は通る。でも、何でそんなことをしなきゃならなかったのか……父から聞いてみるか」
ハイネの事は一応隠して、その第四皇子が生まれた22年前に何があったのか……少なくとも父はその時点で当主の座に就いていたはずだ。流石に山脈二つを挟んでの大国の事情なので、どこまで聞けるか不明だったが……父バルトフェルドはその仔細を知っていた。何故なら、父自身も巻き込まれていたからだ。
「22年前の事か……俺は勿論、レナリアやエリス、ミレーヌも知っている。何せ、新婚旅行ということで外国を旅したいというレナリアの推薦でグランディア帝国に滞在していた時だった」
第四皇子が生まれる前後で軍部による小規模のクーデターがあった。そこに偶々冒険者名義で滞在していたバルトフェルド達が襲撃され、返り討ちにしたらしい。両親揃って冒険者をやっていたこともそうだが、正規軍相手に勝ってしまう実力持ちというのは流石に驚きを隠せなかった。
「そのクーデターで第四皇子の母親が亡くなった。急遽エリクスティアの国王代理として葬式に引っ張り出されるとは思ってもいなかったがな。エリスとミレーヌが機転を利かせてそういった服装を準備していてくれたのが幸いだった」
「正直誰も予想できないと思います。父に言われてからそういう服装はボックスに入れてありますが」
「大丈夫だシュトレオン、それが普通だ。第四皇子については結局遺体が見つからず、消息不明で処理された」
でも、仮にレクトール王太子が皇族だとした場合、グランディアは外戚として操ろうという魂胆なのだろうか……それだったら、鑑定結果にもそれに対応する文言が出るはずであると父は述べた。
「ふむ、それならシュトレオン。確かお前の鑑定は“超級”だったな。人物鑑定でどこまで判定できる?」
「他人のプライバシーをあまり覗きたくなくて、実はあんまり試したことがないんですよ。記憶を引き出すなら闇属性の魔法でもいけますし、それこそ闇ギルドか盗賊団相手にしか使ってませんし」
あんまり覗きたくないのもあるのだが、実は一度だけ超級鑑定をフィーナ相手に使ったところ、基本ステータスどころか、本人のスリーサイズやら生理周期やら本人の好き嫌いとか、挙句の果てには本人の秘密とか……本当に詳細なところまで見えてしまったのだ。それを見て、フィーナって意外と着やせするタイプだなと思ってしまったことはともかく……そのことがあって、超級鑑定はあまり使いたくないのが本音だった。便利すぎるのも困りものだと思う。
「ふむ。なら、称号などに絞ることはできるか?」
「まあ、それならいけるかと……試してみてもよろしいですか?」
「ああ」
父も覚悟を決めたということなのだろう……超級鑑定でかなり絞って見てみたところ、こうなった。
──────────
【名 前】バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ
【種 族】人間(仮)
【性 別】男
【年 齢】48
【称 号】アルジェント辺境侯家当主
エリクスティア王国外務相
剣戟の極地
限界突破者
閃光の勇者
聖父(聖女の父)
【レベル】555
──────────
結論。父も人間じゃありませんでした。どう見ても人外です、本当にありがとうございました。って、人間(仮)ってツッコミテラMAX状態である。というか、隠し子である聖女の影響で増えた称号もあって、それで人間を辞めてしまったのだろう。これでジェームズ子爵に勝てないって……いや、子爵に聞いた話では最後に手合わせしたのが10年前の話であり、それからはお互いに忙しくて勝負できていないらしい。この時点で勇者がどうだとか、そんなことはきれいに吹っ飛んだ。
今の父なら勝てるのではと正直思わなくもない……そして、どうなのかと伺っている父に対して、俺はにこやかにこう告げた。
「おめでとうございます、父上。貴方も人間の壁を超えられたようです」
「……そこまで見えたのか」
父は綺麗に机に突っ伏した。事情を聴くと、隠し子発覚後の蜜月で色々精力的な父の姿に疑問を感じていたらしく、妻たちに色々言われたものの何とか回避していたそうだ。その兆候が俺にも継がれていることはおそらく母経由だろう……つまり、現法王は……それ以上は発禁になりそうなので言葉にしない。
そして、事情を国王に説明した上でレクトール王太子を鑑定したが、エリクスティアの正式な王族であるという証明ができ、一応サイゼリア様に正統なるエリクスティア王族であるという神託を出来ないかお願いすることにした。供え物として化粧品類を贈ったところ、『全力でやります』という力強い言葉を貰った。やはり女性にそういったものは効果覿面のようだ。
で、こうなるともうフラグ満載になっているハイネにも超級鑑定で真実をハッキリさせるしかない。そう意気込んで超級鑑定を使ったところ、真実は小説より奇なり、とはまさにこのことであるという結果が出た……彼の称号の中に“グランディア皇帝エルヴァンス12世第四子”…つまり、彼がグランディア帝国第四皇子であるという事実を知った。
……このことはしばらく秘匿し、とりあえずグランディア帝国の皇室典範を探ってみることにした。使うのは大分久方ぶりの『世界書庫』である。前世だけでなく、今世の情報まで得られるのはありがたいが、情報がありすぎると変な先入観に縛られることになる。なので、あまり多用していない。
ただ、ひとまずエドワードとアリーシャ、メルセリカには話した。最低でも国王と宰相にはこの事実を知ってもらい、最悪は後ろ盾になる約定を取り付ける。こういった時に功績の貯め込みをしておいてよかったと思うシュトレオンであった。




