第75話 ある日、小屋の中、人間に出会った
エリクスティア王国南東部。その印象をあえて言葉にするのなら一言に尽きる。
「森ばっかりだな」
「相変わらずっすね、ここも」
「森だらけですね」
「あの、色々聞きたいことがあるのですが、ここはどこでしょうか?」
今回はお忍びということで馬車を使わず、全員冒険者という形で転移させた。メンバーはシュトレオン、アリーシャ、ランドルフ、メリヴェールの4人。むろん服装も冒険者用のものを仕立てている。
場所的には直轄地とナスタニア準男爵領、その南東にあるクライナッハ騎士爵領の境界線上。そこに建てられていた山小屋の中に転移した。偵察の時は住んでいる人の気配はしたものの、特に気にすることなく地点登録しておいたのだが、シュトレオンの視線の先には泡を吹いて倒れている一人の青年の姿があった。
すると、アリーシャがその人に気付いて声を上げた。
「あれ、この人は……以前、王城内で一度だけお見かけしたことがあります」
「そうなると、王宮関連の人かな?」
「そうなるっすかね」
「あの、あのあの、ここはどこなんですか?」
メリヴェールに簡単な説明をした上で気絶している青年に『状態調整』をかける。そして何故か掛けられていた隷属魔法を強制的に解除した。すると緑髪の青年はその場で上半身を起こした。
「あはは、いけないな。とうとう疲れからか幻覚まで見え始めたよ」
「どうもはじめまして、現実です」
「あいえええええ!?」
挨拶は大事って古文書にもそう書かれている。それはさておき、この青年だがアリーシャの姿を見て、その場で片膝をついて挨拶をした。
「!? あ、アリーシャ殿下! ご無沙汰しております。ウェスタージュ辺境侯が五男、ヴァイスと申します。して、何故こちらに」
「やはり、どこかでお会いした方と……今回は彼らに護衛をお願いしたのです。それにしても、何故代官であるあなたがこのような場所にいらっしゃるのでしょうか?」
「……お話しいたします」
今のやり取りの中で枷を外されていることに内心驚きつつも、ヴァイスはここに至るまでの経緯を説明した。
ヴァイスはここから北東へ行ったところにある南東部の街レンベルクの代官として赴任した。だが、そこにいるフューレンベルク辺境伯家出向の代官が補助金横領の疑いという嫌疑を掛けられ、その疑惑が晴れるまで隷属魔法を掛けられてこの場所での自足自給を強いられていたと説明した。
「しかし、まさか隷属魔法の解呪とは……まさか、殿下が?」
「いえ、こちらにいらっしゃるレオン様のお蔭です」
「レオン……もしかして、シュトレオン・フォン・リクセンベール子爵というのは」
「えと、僭越ながら自分です。一応これが証明ですが」
子爵の証明書を見せると、ヴァイスはその場できれいな土下座をした。これには流石に4人ともドン引きである。ひとまず土下座を止めさせたうえで、これからのことを話し合うこととした。彼のことを考えた場合、このままナスタニア準男爵領に足を運べば厄介な事になりそうだと思ったからだ。
「ラルフたちのことを考えるとナスタニア準男爵領に行くべきなんだけれど、間諜がないとも限らない……クライナッハ騎士爵領に足を運ぼうと思ってる」
「クライナッハ家ですか……あの家は魔族の貴族ゆえ、話を聞いてくれるかどうか」
東部貴族の娘が嫁いでいない数少ない貴族の一つ。そして歴史を紐解くと、なんと初代国王から細長く続いている騎士爵家で、その最大の特徴は魔族の領民が大半を占めていること。出世に欲を出すことなく、農業で生計を立てている。人族主義の多い東部貴族は彼らを排斥しようとしたが、その悉くを追い返している。
「喧嘩しに行くわけではないからね」
ある意味楽観視している部分は否定しないが、こちらとて初代国王の分家であるリクセンベール家を受け継いだ身。いざとなれば魔族との交流があることを打ち明けるつもりだ。ひとまずの方針も決まり、ヴァイスを加えて一路クライナッハ騎士爵領へと向かう。すると、運が味方したのか、シュトレオンが知る一人の男性の姿に目を見開いて声を上げた。
「アザゼルさん!?」
「ん? おお、レオン君じゃないか。こんなところで会うだなんて奇遇だね」
「はい」
そしてお互いに自己紹介をする。アザゼルの規格外の魔力を感じ取ったのか、アリーシャが自分の後ろにしがみついた。これを見たアザゼルは自分の娘に同じような態度をとられたことがあり、苦笑を浮かべていた。
「それで、アザゼルさんはどうして?」
「ああ。ここの現当主は僕の妹婿でね。セラミーエに来る際はよく世話になっているんだ。勿論お土産付きだよ」
そう言ってS級クラスのドラゴン丸々一頭を軽く担ぐアザゼル。状態保存魔法を掛けているので腐敗はしないのだが、態々持ち運ぶ理由は領民たちを驚かせたいというお茶目な理由にシュトレオン達は冷や汗を流した。
街の検問はアザゼルの紹介で通ることを許される。そのままアザゼルに付いていくこと数分。豪農の家を少しばかり豪華にしたような屋敷に到着した。その玄関前では動きやすい服装を身に纏った女性が一行の到着を見てため息を吐いていた。
「はぁ、またドラゴンなんて狩ってきて……高すぎる宿泊代ですよ、兄様」
「タダで泊めてもらうわけにもいかないから、駄賃代わりとして解りやすいだろう? それに、飛んでくると何かしらと遭遇してしまうのだよ」
「まあ、いいですけれど……にしても、人族の方々とご一緒とは」
「ああ。彼らは王国での知り合いでね。偶々一緒になったから僕が誘ったんだ。これぐらいは構わないでしょ?」
常識外れの行動を起こす兄と常識的な行動をする様に諌める妹。この二人のやり取りを見ていると、とても先代魔王とその身内には見えない。ある意味人間らしい一面ともいえよう。そしてその女性はこちらに視線を向けて挨拶をする。
「見るからに東部の方々ではなさそうですのでご挨拶を。現当主の妻、オルディーネ・フォン・クライナッハと申します。このような片田舎ですが、どうぞゆっくりしていってくださいね」
屋敷の中に招かれ、居間のような場所に案内されると一人の魔族の男性が読んでいた本を傍らに置き、アザゼルのもとに近寄った。
「兄上、またいらっしゃったのですか。それもドラゴンとは……早速領民たちが歓迎会の準備をしておりますぞ」
「今回は南部のほうにも顔を出したくてね。レオン君、紹介するよ。彼が現当主で義理の弟でもあるクライナッハ騎士爵だ」
「はじめまして、リクセンベール子爵家当主シュトレオン・フォン・リクセンベールと申します。此度は冒険者という形でのお忍びですので、冒険者服でのご挨拶をお許しください」
「シュトレオン……すると、レオンハルト・フォン・アルジェントの縁戚ということですかな?」
「はい、私の曾祖父にあたります」
「なるほど。レオンハルト殿とはよく酒を飲み交わしたものです。クライナッハ騎士爵家当主ミッシェル・フォン・クライナッハと申します。これでも200歳は過ぎておりますが、爵位はそちらが上ですので、ご容赦を」
そしてシュトレオン以外の面々も自己紹介したのだが、アリーシャの存在はかなり吃驚していた。そりゃあ現国王の直系で第四王女だからな。驚かないほうが難しい。そしてラルフも自己紹介したのだが、こちらも驚きというような感じであった。
「ふむ、あの長男と違って砕けた感じですが、実力は確かなご様子。そしていい伴侶を得られたようだ」
「えと、恐縮です」
どうやら、ご近所ということでナスタニア準男爵家とも面識があるようだが、ラルフは特に面識がなかった。その辺は引きこもり体質所以であるとミッシェルは呟いた。それならば逆に好都合と考え、ヴァイスを一時的に預かってほしいと願い出た。一応その費用として100万ルーデルほど拠出した。
「あの、レオン様。何故にそこまで……」
「ヴァイスさんの実務能力は貴方の父親であるニコル財務相から聞き及んでます。それを無駄にするのは大きな損失ですし、私としても大事なことですので」
ヴァイスとミッシェル騎士爵は揃って首を傾げていたが、将来の領地運営では一人でも多くの優秀な代官や事務官が必要となる。その為のコネづくりの一環でもあったりする。そして、シュトレオンは立ち上がると一人で部屋を出ていこうとしたので、ラルフが問いかけた。
「レオン様、外出っすか?」
「ちょっと王都にね。それといろいろ用事を思い出したから、ついでに片付けてくるよ」
それから3時間後にシュトレオンは戻ってきたが、バルトフェルドに必要な申し送り事項を伝えてきただけだと述べたので、ほかの面々もそれ以上は追及しなかった。
翌日、ヴァイスをクライナッハ騎士爵領に預けた一行はナスタニア準男爵領に入る。しばらくすると、昨日泊まった館よりも大きい屋敷が見えてきた。規模だけで言うならセラミーエのアルジェント家の屋敷に追随すると思う。明らかに不釣合いだと思いつつ、家の関係者ということでラルフが先頭を切った。
『ほら、お泣きなさいこの豚が!!』
『ああっ、お許しください女王様ぁ!!』
ラルフは反射的に扉を閉めた。そして周囲を確認した。間違いなくナスタニア準男爵の屋敷のはずだ。夫人が当主を躾けるなどというのは幻覚だったようだと判断して、扉を開けた。
『フフッ、我慢が出来ないなんて卑しい豚ね。どうせ直に果てちゃう。情けないわ』
『アオオオッ!!』
現実は非情であった。シュトレオンとラルフは反射的にそれぞれアリーシャとメリヴェールの視線を隠した。間違ってもこんな趣味に目覚めさせるわけにはいかない。というか、こんな趣味など無い。ラルフは扉を閉めてこう呟いた。
「帰りましょうっす」
「その必要はないぞ! よく帰ったな、弟へぶちっ!?」
「あの、何故殴ったんですか!?」
「……イラッとしたので、ついっす」
そんな提案も空しく、扉が開いて先ほど虐げられていた人が出てきた。前だけ隠して後ろは丸見えというわけではなく、体感的に30秒でよく着替えられたものだと思う。あるいは魔法なのかもしれないが、無駄遣いにもほどがあるのだろう。現にラルフの目から光が消えていて、出てきた人をためらいなくグーで殴り飛ばした。
思いっきりのびている男性に代わり、先ほどまで鞭を振るっていた女性も瞬時に着飾っていて、丁寧に頭を下げた。
「あら、ラルフ。ごめんなさいね、うちの夫ったら弟や妹たちが連絡をくれないことに寂しがっちゃって。その分甘えてくれるから嬉しいのよ。そして、改めてナスタニア準男爵領にいらっしゃいませ。今絶賛のびているナスタニア準男爵夫人、ファリス・フォン・ナスタニアと申します」
とりあえず自己紹介を交わすと、彼女からクロードやアッシュのことを尋ねられた。その二人のことを話すと、ホッと胸を撫で下ろすかのように一息吐いていた。
「実家の馬鹿兄や馬鹿姉もここに極まれり、ですか。リクセンベール卿、本当にありがとうございます」
「いえ。元々目を掛けていて偶然が重なっただけですから」
「といいますか、そんな悪口を言っても宜しいのですか?」
「構いませんよ、殿下。兄達には手紙で思いっきり罵っておりますので」
しばらくするとラルフの兄であるナスタニア準男爵も目を覚まし、アリーシャがいる手前踵を正した。今更取り繕っても遅いだろうというツッコミを入れたくなったが、敢えて堪える選択をとった。
「コホン。アリーシャ殿下とリクセンベール卿、そしてメリヴェール嬢。私がこの領の当主であるジョーリッジ・フォン・ナスタニアと申します。先程は拙いお姿を見せたことに謝罪いたします」
「いっそのこと埋まっちまえばよかったのに……そういや、兄貴。父上と母上はいずこに? 亡くなったとか聞いていないんだが、どうしてこの屋敷にいない?」
「辛辣ぶりは『死神』と呼ばれるだけあるな。……二人は人質だよ。その安全を保障する代わりに宝石を格安で売れとな。その値段ははっきり言ってほぼ原価。利益など出るはずもない」
人の親を捕まえて、宝石を根こそぎ奪っていく。それらが東部の連中の資金源となっているのだろう。これは他の貴族家でも同様で、人質を取られていないのはクライナッハ家ぐらいであると述べた。全く碌なもんじゃないと思いつつ、彼の説明を聞くことに専念する。
「ラルフやシューベルト、アイシャに連絡を繋がなかったのは下手な諍いになるのを危惧したからだ。とはいえ、この状況では王宮すら巻き込んだようなものだ」
「では、なぜ今になって連絡を?」
「脅されたのですよ。弟経由でリクセンベール家との伝手を取れと。恐らくはリクセンベール卿の莫大な資産を狙ったものかと。例えばメリヴェール嬢を誘拐して身代金を取ったり……ですな」
予想していたとはいえ、困窮しているからと言ってそこまでやっていいものかと思う。というか、前世の戦国時代や江戸時代でやったような人質戦術をここで聞く羽目になるとは思わなかったが、王国法ではこれを全面的に禁じている。表向きは『田舎では教会の対応が遅れるため、健康面を考えて』という建前だが、これはこれでティアット教を侮蔑しているに等しいのは言うまでもない。
「ちなみに、辺境伯家を含めた東部貴族が巡視などをすることは?」
「うちはありませんね。西や北にいる貴族はそれで結構搾り取られているようで……しかし、何故そのことを?」
「メリヴェールさんをここで一時的に預かってほしいのです。ラルフとアリーシャは一緒に来てもらう形になるけど」
「えと、レオン様? もしかしてなのですが……」
どうやらアリーシャはこちらのやろうとしていることが推察できたようで、心配そうな表情を向けていた。その点については直轄地の話が出た時点でこの一帯の情報を片っ端からかき集めたのだ。その為の布石もすでに仕込んである。
「ええ。王国の法に背くというのなら、見て見ぬふりをして黙っているのも罪。フューレンベルク家に喧嘩を売る形ですが、リクセンベールの名において彼らを断罪いたします」




