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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第67話 すればするほど深みに嵌るのはよくある話

「レオン君には本当に頭が上がらないよ」


「だからと言って嫁とかはこれ以上勘弁願いたいです……」


「うちは正直リリエル姉さんがネックだったけれど……感謝というほかない」


 王都にあるアルジェント辺境侯家の中庭で園遊会が開かれている。そこには南部に領地をもつ貴族や、その貴族と縁のある在都貴族、商人や職人などもいる。前世のように電話やメールもなく、通信手段が限定されている以上こういう催しを開いて人の繋がりを保つのはよくあることだ。


 アルジェント家の場合は行事を平民と一緒に取り仕切ることが多く、南部の貴族とは外務相という職業柄顔を合わせることが多いため、南部の園遊会は年に一回程度でしかない。どうしても出席できない場合は当主が自ら出向いて狩りや晩餐を共にしたりするなどというフットワークの軽さを見せている。表向きは外交官としての査察という職務でもある。

 これは貴族になる前―――既に滅びた王国の王族としてやっていたことをそのまま引き継いでいる。元王国民を説得させると同時にエリクスティアの他の貴族に対して隔意はないと示すためのものだった。それでも納得できない輩がいたのは否定しない。主に王国東部の連中ではあるが。


 例大会に出席できるのは男爵以上という制約があるのと、定期謁見は余程の事情がない限り出席を義務付けられているため、アルジェント家としてはそのタイミングで園遊会を開いて準男爵家や騎士爵家の領地運営をねぎらったり、ほかの貴族とのコネ作りの場として提供している。南部貴族の結束や連携を深めて王国の土台を固める狙いもあり、先日のガストニアの一件は他人事ではないと感じている貴族が多い証左でもあった。

 独立した在都貴族とはいえリクセンベール子爵家は血縁上アルジェント辺境侯家に連なる貴族なので、当然出席する流れとなった。シュトレオンは同じく参加しているルイス子爵とのんびり会話を交わす。今は同じ爵位とはいえ、従位の関係で気兼ねなく話せる関係にしようとお互いに決めた。8歳と15歳で対等というのはおかしな話なのだが、成長の関係で5歳年上に見られるシュトレオンが並ぶと見た目は2歳程度の違いしかなくなる。


「リリエル姉さんの事に関してはありがとう、レオン君。これで残るはグレイズ兄さんだけなんだけど」


「何か心配事でも?」


「あれで結構モテるんだけれど、当の兄さんは仕事一筋だから」


 カイエル家の相続に関して、初期の案はグレイズが次期当主の予定だった。しかしグレイズ本人はその能力がないとして継承権放棄を宣言し、次期当主にルイスを指名した。なので、それに基づいて裁定案を詰めたのだ。


 名誉の爵位とはいえ騎士爵である以上嫁を娶らなければ部下に示しがつかない。だが、グレイズはというと騎士としての仕事に夢中で妻を迎える発想に至らない、とルイスはそう零した。血縁上叔父ではあるが年の離れた兄のような存在であり、ルイス自身グレイズを兄と呼び親しんでいて、グレイズもそれを受け入れていた。


「ああなったのは僕の父のせいでもあるんだよね。だから、子爵家の当主である僕としては叔父である兄さんもいい加減幸せになるべきだと思う」


 ルイスの父親の浪費癖により、その対応でグレイズは苦労していた。本来なら剣を抜き放って斬り捨てられていてもおかしくはなかったほどの苦難。それをなんと21歳まで背負わされていたのだ。ルイスの祖父であるカイエル子爵もそれに気付いたのが倒れる直前だったと零した。その原因となる輩はすでにいないのでもう悩む必要はないと思うのだが……当の本人はこのまま独身でもいいと思っているらしい。


「レオン様、こちらにいらっしゃったのですか。それにカイエル子爵も。お二人でどのようなお話を?」


「うん。グレイズさんのお話をちょっとね」


 すると、そんな二人の会話に入ってきたのはアリーシャであった。このパーティーにはアリーシャ、メルセリカ、シャルロットも同席という形で出席している。アリーシャとメルセリカで脇を固め、側室や妾の押し込みを回避するためでもあるとのこと。自分としてもこれ以上増やす気は毛頭ないので正直ありがたい。


「……あの方ですか。女性受けは良いと噂が絶えませんね」


「これは王女殿下。先日は殿下の姉上のお蔭で助かりました。中々礼も言えず、申し訳ありません」


「いえ、寧ろこちらが詫びを入れなければ申し訳が立ちません。父もカイエル前子爵に申し訳が立たないと零していたぐらいですので。それはさておいて……女性の近衛騎士も彼を狙っているものが多いです」


 物騒な言葉が聞こえたが、聞かなかったことにしようと思う。何せ、先日の一件で父の隠し子のことが判明した。それも相手はティアット教の先代聖女。その二人の娘が今代の聖女という有様で、俺にとっては従妹でもある。王族の直系ということでアリーシャにも伝えられており、それを聞いたときは表情をキョトンとさせていた。当然の反応だと思う。


「(父の話題は避けたほうがいいな……)でも、そのままというわけにはいかないでしょ?」


「風聞としては、ですね。曲がりなりにも第一騎士団副団長という身なりですので、父もそのことを苦慮なさっておりました」


「ん? どうしてそこで陛下が?」


「実はですが……」


 カイエル子爵家は古くを辿れば王族の剣術指南役を担うほどの大物貴族。だが、下手に目立っての諍いを嫌ったため、指南役は五代目就任を機に辞してその代わりに王都近郊の領地を賜ることとなった。前カイエル子爵は国王の剣術指南をしていた縁で繋がりができ、来年国王へ即位するレクトール王太子やカエサル王子の剣術も彼から学んだものだと説明した。


「前子爵閣下からもどうにかして嫁を迎えられるようにしたいと……」


 そもそも、王都騎士団の存在は言わば『花形』。貴族・平民問わず実力と品性を兼ね備え、王国への忠誠を誓う者がそこに在籍することを許される職。その第一騎士団副団長が独身というのは風聞的にも宜しくない。なので、カイエル前子爵も内密に国王へ相談していた節があるとのこと。


「懸念材料であった第一騎士団長の件は解決してしまいましたので、その流れで片づけてしまおうということだそうです」


「何と言うか、ルイスさんも大変ですね」


「うちはただの子爵家なんだけれどね。周りはそうさせてくれないようだ」


 嫁といえば、ラスティ大司教も例外ではなかった。先日枢機司教の位を貰ったが、あくまでも従位としての箔付けなので表向きは大司教から総司教に格上げとなった。本来二十代での総司教就任は前例がないのだが、現法王がエリクスティアとの関係強化を念頭に入れれば安いものと割り切ったらしく、与えられた当の本人は深い溜息を吐いていた。その当人はこの園遊会にも来ており、単価の高い肉料理を食しているのが見えた。


 アリーシャはメルセリカのところに行くと伝えてその場を後にした。彼女を見送った視線を別の方角に向けると、着飾った服が着慣れてない面々が目に入った。彼らの手に持つ皿には肉料理が山盛りのように積まれていた。少なくとも見たことのない面々に首を傾げると、ルイスが彼らに気付いて説明してくれた。


「レオン君、彼らは南部の騎士予備校の生徒だよ」


 エリクスティアの教育水準はエントワープ大陸の中では抜きん出て高い。ただ、広大な領土と身分の関係で教育格差があるのは言うまでもないが。南部ではそれを解消するため、冒険者や騎士などの育成に力を入れている。この辺りは大体曽祖父であるレオンハルトの功績であるのだが。

 王都にある王立高等学院は高倍率ということもあって、それなりの数の不合格者が出る。それの受け皿として王都や地方には騎士予備校や冒険者予備校、商業学校や魔法学院といった専門性の高い各種学校が充実している。無駄にも見えるかもしれないが、子どもの教育は将来の国への投資であると王国の最高法規で位置付けられている。事実、それらによって国の利益となっているのは言うまでもない。


「騎士予備校……話には聞いたことがありますけれど、知り合いがいるのですか?」


「あそこにいる一人が僕の母違いの弟だよ。折角だから挨拶に行こうか」


「では、ご一緒させていただきます」


 貴族の爵位を継げるのは基本的に当主の長男。なので次男以下は騎士や冒険者、家臣などで生計を立てることが多いのだが、貴族の家臣は基本的にコネ優先となる。何かしらの繋がりがないと安定した職に就けないのは悲しい性だが。シュトレオンはルイスと一緒にその面々を訪れる。そこにいたのは男子二人と女子三人で、そのうち一人は慣れていない貴族服に渋々納得しつつ、食事を楽しんでいた。


「堪能しているかい、ミゲル?」


「ん? おう、ルイス兄さん。えと、隣の人は貴族っぽいけれど……誰だ?」


「こら、ミゲル! 彼は……」


「初対面なので自己紹介しますね。僕はシュトレオン・フォン・リクセンベールと申します。僭越ながら子爵であり、外務卿でもありますが」


 ミゲルと言われたルイスの弟はシュトレオンに対してややぞんざいな口調を見せたことに女子の一人が慌てて取り繕ったのを見つつ、シュトレオンは自己紹介をした。それを聞いた5人の男女は顔を青褪めていた。これに対して真っ先に対応したのはミゲルであった。


「も、申し訳ありません!」


「いえ、こちらも知らなかったのですからおあいこで構いません。ルイスさんもそれでよろしいですか?」


「ええ。寛大な配慮に感謝いたします」


「……ところで、そちらの方に質問が。どこかでお会いしましたでしょうか?」


 別に誹謗中傷されたわけではないので、簡潔に事を収めるのがよいと判断し、ルイスもそれで納得した。それを聞いたうえで、シュトレオンは先程ミゲルを咎めた女子の一人に尋ねた。少なくとも記憶の限りで面識を持った覚えはない。すると、その女子は頭を下げつつ口に出した。


「あ、えと……私はモニカ・フォン・レインリリースと申します。シュトレオン様に以前ミランダで助けていただきまして」


「あー、あの時追われていた船に乗っていたわけですか。大丈夫でしたか?」


 ミランダでの漁業支援の一環で討伐をしていた際、魔物に追われる一隻の船がいた。放置するのも拙いと考え、その大半を水属性斬撃魔法『アクアスライサー』で三枚おろしにした。大半は素材だったり食料として無償で提供したところ、ギルドに貯め込まれている漁業支援依頼の総貯蓄額がとうとう10億ルーデルを超えた。何でも、儲けの一部を報酬としてギルドに渡したらしい。

 それは置いといて、その船に彼女ことモニカが乗っていた。追われていた理由は魔物の好物であるブラックソニックを釣り上げて持ち帰る途中だったそうだ。


 余談だが、アトランティスは俺の見知った魔物が自動的に生成される仕組みとなっており、とある区画ではブラックソニックが大量に繁殖していた。地味に怖かった。きっと黒船を見た人たちの気持ちってこういうことなんだろうなと、ほんの少し思った。その半分ぐらいは料理や鰹節を極める研究の犠牲となってもらったが。


「はい。あの時はお礼もできず、後でセルディオス辺境伯より事のあらましを聞きまして……聞けば、姉が親衛騎士として務めていると聞きましたが、大丈夫でしょうか?」


「職務に関しては問題ありません。毎日ハイネにちょっかいかけるぐらいですよ」


「姉様……相変わらず素直になれないのですね」


「それも一つの楽しみとしてるのは否定しませんけれど」


 他の女子二人なのだが、一人は商人の娘で、もう一人はジェームズ子爵家の陪臣の娘だった。彼女らの顔立ちはいいのだが、婚約者が既に6人いる身としては気が進まない。それは置いといて、もう一人の男子に視線を向けると、どこかしら警戒するような対応を取られたことに苦笑した。髪の色は黒髪で、瞳の色は灰色。顔立ちは整っており、モテそうな雰囲気を感じる。


「うーん、何か悪いことしたかな? 何か言ってくれないと僕も困るから」


「えと、すみません。何分、こういったパーティーに呼ばれたことがないもので」


「その言い方からすると、君も貴族ってことかな?」


「領地はありますが、うちは最下層の騎士爵なもので……失礼しました。エシュハルト・フォン・オイゲンブルクと申します」


 彼の自己紹介にルイスは『そんな貴族あったかな?』と首を傾げていたが、一方の俺はというとその名前に聞き覚えがあった。その知識を思い出しつつ口に出す。


「オイゲンブルク……王国南東部の国境沿いに位置する騎士爵家、という認識で間違いないよね?」 


「え? あ、はい。確かに間違っていないのですが……どうして知っているのですか?」


「まぁ、ここら辺は(王国の事情もあるから)詳しくは言えないんだけれど、ちょっと訳があってね。その際に調べさせてもらったというわけ。これでも外務相補任なもので」


 南東部の調査はほぼアスカに任せっきりだが、その調査は粗方済んでいる。南東部の税収や王宮から出ている補助金の執行状況、冒険者の活動状況もすべて調査済みだ。その過程でエシュハルトの実家のことも知っただけの話。

 何も知らない状態で足を踏み込んで罠にかかるのは御免である。昔の人曰く『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という言葉を律儀に実行しているに過ぎない。


「正直驚きました。王都やここだとうちの実家のことを知らないのが殆どだったので」


「僕の方も偶然知ったという言い方が正しいかな」


 なにせ、南東部の貴族はどちらかといえば東部貴族の勢力下にある。特段何かの理由でもない限り知らずに過ごしていた可能性だって大ありだ。というか、エシュハルトを園遊会に呼んだのは間違いなく父バルトフェルド。彼とどんな因果関係があるのかと思慮していると、そのバルトフェルド当人が姿を見せた。


「レオン、ここにいたのか。エシュハルト君も一緒とは手間が省けたようだ」


「何か訳アリのようですね」


「……ここでは差し障りがある。続きは私の執務室で話そう」


 その言葉に頷き、ルイスや他の面々に断ってその場を後にした。果たして今度は何が飛び出してくるのかと思うと、正直溜息を吐きたくなるような気分だった。執務室に入ると、中にいたウォルターが何かを察して執務室を後にすると、数分後には紅茶と茶菓子を用意する完璧な対応。

 エシュハルトは緊張しているようで、体がカチコチしていた。これにはバルトフェルドも苦笑を浮かべてこちらに視線を向けた。


「レオン、彼はどうしてここまで緊張しているのだ?」


「まぁ、父上は第三位の辺境侯ですから。騎士爵家の息子からしたら顔を合わせるかどうかもわからない位の貴族ですし、彼の様子は至極尤もかと。エシュハルトさん、ひとまず落ち着いてください。別に咎めようという気はないです……ですよね、父上?」


「ああ、それに違いはない。エシュハルト君、園遊会に呼んだのはセラミーエ領と隣り続きであるオイゲンブルク領の人間と面識を持ちたかったからだ」


 セラミーエ領南東部に広がる霧の森。その全容はしっかり解明されていないが、約百年前に当時王都で暮らしていた男爵家の六男が奮起して約100人程度の行軍で森の北東部へと足を進めた。その数年後、未開発地の開拓に成功したという知らせがフューレンベルク辺境伯家経由で届き、襲爵されたのがオイゲンブルク家の起こりである。

 だが、オイゲンブルク領は交通の便が非常に悪い。霧の森は方向感覚を狂わせるだけでなく、そこに生息する魔物は平均でA級、下手するとSSS級という場所。ただ、一部の特殊な魔物や特殊な条件を除くと魔物の領域から出ることは滅多にないため、リスレットは霧の森と面しながらも安全が保たれている。

 別のルートとなると山越えなのだが、それも不便という有様。山道は幸い魔物の領域に入っていないものの険しい山道を歩くことになるので、オイゲンブルク領からフューレンベルク領の一番近場の村でも最短で片道2週間。往復するだけで1ヶ月を長いとみるかどうかだ。


「にしても、どうして南部の騎士予備校を選んだのか聞いてもいいかな?」


「実家にいた時でも東部の状況は偶に来る商人から聞き及んでいまして。南東部のフューレンベルク領もあまり口に出したくない有様です。正直うちとどっこいどっこいな所では期待もできないと考えたのです」


 地勢的にオイゲンブルク領は南東部に広がる霧の森とその先にある大きな湾が存在し、その対岸はガストニア皇国である。数年前のクーデターではグランディア帝国が湾を船で横断して侵攻していた事実も後で知ったのだが、彼らにとっても霧の森は鬼門だったらしく、数万にも及ぶ兵士がもの言わぬ骸へと化していた。これを知ったのは2年前にガストニアを訪れた際、その地形調査をして判明した。なお、骨諸共消滅した痕跡があり、それを成したのは古代竜クラスの魔物であるとブレックス皇帝が述べていた。


 話が逸れた。

 エシュハルトは最底辺の状況にある実家や南東部、コネが優先される東部の騎士予備校に未来を見出すよりも、比較的門戸の緩い南部の騎士予備校に行く方がよいと考え、自力で路銀を稼いで入学した。騎士予備校での成績は座学と武術で共にトップであるとバルトフェルドが付け加えた。


「文句なしの特待生というわけだ。シュトレオン、彼を家臣として召し抱える気はないか?」


「なるほど、そういうことですか。でも、よろしいので?」


「法王猊下のお蔭で表向きの批判はなくなった。こちらとしても守りに徹するのは貴族としての矜持に関わるからな。レオンのお蔭でもある」


「あの、宜しいのですか? 確かに貴族の子息ではありますが……無論、断るつもりはありません」


 家臣は基本的に貴族のコネが優先される。優秀な平民を召し抱えようとしても『彼は実権を握ろうとしている』などと陰口を叩く人間がいるのもまた事実。なので、その場合は第三者となる別の貴族が養子として縁故を作り、そこから家臣として推薦されることが多い。

 エシュハルトはどこかの騎士団に入ってやっていけるだけの実力を既に持っている。彼自身は正直戸惑いがちだが、相手は辺境侯という貴族のトップ。ここで断って実家に迷惑をかけたくないという思いからその話を受けるつもりのようだ。

 彼の家は騎士爵家なので問題はないのだが、ここでバルトフェルドは一捻り入れることとした。彼の策というよりは国王の策なのだが。


「そうか。ならば略式だがエシュハルト・フォン・オイゲンブルク、本日を以てオイゲンブルク家より貴族籍を抜けてリッツェルト騎士爵家当主として任命するとともに、シュトレオン・フォン・リクセンベール外務卿の従士として扱うものとする」


「………え? 貴族、ですか?」


「領地は持たないが、隣にいるシュトレオンは将来的に上級貴族となるための措置だ。それに、シュトレオン。従士長は決まってなかったはずだな?」


「ええ。それは父上が人選をしたいというのでポストは空席のままです」


「そこに入るというわけだ。彼の従士たちは元々セラミーエ領邦騎士団の精鋭で、すでに話は通した。……驚いたかな?」


「えと、まあ、はい」


 エシュハルトに色々と渡し終えた後、執務室の中は二人となったところでバルトフェルドに話しかけた。


「まさか、レナリア母様の家名を継がせるとは……よもやと思いますが、彼をオイゲンベルク家の本家に仕立て上げるつもりで?」


「元々フューレンベルク辺境伯家はおろか、オームフェルト公爵家ですら歯牙にかけないほどの引き籠り体質のようでな。まあ、貧困ともいえる東部や南東部の貴族に頭を下げたところで困窮に喘ぐのは火を見るより明らかだ」


 好き好んで体裁だけ気にする貴族に頭を下げに行ったところで飯の種にもなりはしない。プライドで飯が食えるのならば、どれだけ楽なことかと思う。寧ろオームフェルト家が噂で聞こえてくる無茶をしておいて降爵や改易されてないだけ温情と言うほかない。そもそも、オームフェルト家の影響が強い東部を代わりに治めろとか言われたら拒否しかない。

 フューレンベルク辺境伯家も似たようなものであり、これで下手に頭を下げようものなら民が困窮しかねないと突っぱねているのだろう。反発しても大規模な軍で片道2週間もかけて討伐するのはもはや苦行のレベル。


 オイゲンブルク領の税金は年に数回訪れる商人が商業ギルド経由で納めているため、これについては問題ない。ただ、今度譲与される直轄地の範囲にオイゲンブルク領も大いに関係してくる。自分が南東部を治めることでどのような変化を齎すことになるのか。


「それに比べたら南部は好景気ですし、地勢的にはガストニアにも近い……直轄地整理という一環でオイゲンベルク領の未開発地を取り上げろとか言いだしそうではありますが」


「それもあるだろうが、その前に王国南東部の巨大な森林地帯の大規模開発だな。少なからず南部も影響を受けることになる」

 

 それに、オイゲンブルク領を南部の勢力に引き込むことができれば、霧の森をある程度残しつつ大規模な街道を敷設することも視野に入れている。その戦力として俺も含まれているのだろうと思うと、正直溜息が出る。そんな心情を察したのか、バルトフェルドは徐に呟いた。


「レオンにはすまないと思っている。それ以上に北部遠征をはじめとした功績の褒賞も与えられていない。寧ろ何を与えればよいのか私も陛下も困っているのだ」


「下手すると四聖貴族クラスの領地が3つぐらいできそうな直轄地を与えても、ですか?」


 年齢はまだ少年なのに、それだけ広大な領地を与えるということは少なからず貴族の反発を招く。だが、それでも今までの功績を埋めるには足りないとバルトフェルドは説明を続けた。


「それでも精々王都の屋敷浄化の件ぐらいだろう……事はジークフリードとエリザベートから聞いた」


「いつかバレるとは思ってましたけど」


「魔力の感覚ぐらいは察せるからな。レオンだと直に察した。陛下もそんなことができるのはお前ぐらいだろうとな。それを受けての直轄地譲与だ」


 魔神討伐の際の褒賞金割引はニコル財務相から好意的に見られ、北方遠征の件でハリエット宰相からの信任を得た。ついでに北方遠征の片づけをしたところ、ネルガイヤー侯爵から『今後とも懇意な付き合いを』と好印象を得られた。その影響は王宮やアルジェント家にも良い影響として齎されている。


「直轄地がリクセンベール家の領地として与えられれば、アルジェント辺境侯家も例外とはいられなくなる。無論、開発の利権のために動くこととなるだろう。その主体となるのはジークフリードの役目だ」


「そうなると、来年には?」


「襲爵してもらう。ジークフリードには領地運営だけでなく、貴族としての駆け引きも学んでもらわねばならんからな。私は当分外務相補佐として王城残りだろうな……」


「あの国王が父の狩り三昧を許すとは思えませんからね」


「全く……妻や子どもたちを愛でて、狩りに明け暮れさせてくれと言いたい」


 貴族の駆け引きに関してはお前の方が上だろうな、と父に言われたが……俺だって精神年齢25歳の人間です。強いて言うなら、色んな圧力や暴言に屈しなかったグラハム辺境伯の教え方がよかったというぐらいだろう。その彼は『君なら神様さえ騙せるんじゃないかな?』とか言われてしまったが、心読める相手に勝つのは無理があります。マジで。


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