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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第60話 誰か平穏を寄越せください(懇願)

 ヴィクトリアス教国。エリクスティア王国の北西に存在する島国。

 先日のチェリ大公国において内密に食糧支援を行っていた。とはいえ、結果としてチェリは敗北して国土の3分の2を喪失。その余波として多くの難民がヴィクトリアスへ流れていた。その多くは宗教的に受け入れられない者が多い。


 その中心となる大聖堂。その中の一室で、着飾った一人の人物が机に座ったまま黙りこくっていた。言葉には出さないものの、触れれば怒号が飛んできそうな雰囲気であり、誰も好き好んで触れようとしていなかった。すると、そこに修道服を纏った一人のシスターが怯えつつも彼の前に立った。それを見た彼は聖職者としてあるまじき態度だと一息吐き、それを聞いたシスターが身を強張らせる。


「……何か、報告かな?」


「は、はい。占術師からの報告です」


 占術というものは教会において神聖視されている。神の祈りを捧げて信仰を集める行為に準ずるものとされているが、この国では未来を占うことによって国を永らえさせる行いとして重要視されている。シスターから手渡された書類に目を通すと、男性は何時ぶりだったかと自問自答するぐらいに笑みを浮かべていた。


「聖女が生を受ける、か……これは、運が向いてきたと思うべきだろうな」


 本来ティアット教の聖女と呼ばれる人物はレインラース法国にその身を置かれるため、ヴィクトリアス教国にその権限はない。保守派に名を連ねるヴィクトリアスの教皇は名ばかりで対外的な権威を持たないのだ。

 聖女の存在はこれ以上ないほどの力を持ちうる。なぜなら、レインラース法国の法王は聖女から神託を受けた者がその座に就くことを許される。同じようにして聖女を戴くことができれば、教皇としての権威も生まれると考えた。


「今年は王国と法国が千年の節目となるのだったな……連中をエリクスティアに入れろ。死にぞこないを救ってやったのだ。ただ飯食らいは許さないとな」


「か、畏まりました」


 かの国から少なくとも聖女か法王は来るであろう……そう考えた男性はシスターにそう言い放った。部屋の中は再び一人となり、男性は喜びを露わにした。まるでこの時を待ち侘びていたかのごとく、立ち上がって両手を広げ、高らかに笑った。


「くくく……はは、あははははは! これであのクソジジイに一泡吹かせられる! 歳の重ねよりも能力を重視するなど神の信仰を蔑ろにしようとする愚か者のすることよ! 聖女を手にして、かの国とエリクスティアに亀裂を入れてやるわ!!」


 だが、男性は非常に愚かであった。その行為が『二兎を追う者は一兎をも得ず』という結果しか生まないということを、彼はまだ知らない。


――――


 年が明けて8歳になった。昨年は色々あったが、今年も何かしらのイベントがある。アルジェント家で言えば、母であるミレーヌの出産予定、姉であるエリザベートの結婚式とメリルのお披露目会。今回は神礼祭にならないだろうと思っていたのだが、バルトフェルドはこう呟いた。


「実はな、神礼祭になる公算が高い」


「何かあるんですか?」


「今年はエリクスティア王国とレインラース法国が国交を結んで1000年の節目を迎える。法国からは今代の聖女様がお披露目会に合わせて出席なさると聞いている」


 聖女はその特有スキルを持って生まれる。その当人は特別な事由がない限りにおいて法国へと送られることとなる。神聖属性よりも厳しい条件であり、行く末を勝手に決められる側としてはたまったものではないと思う。

 それはさておき、二国間の国交が1000年目の節目となれば大々的な国事となる。そのため、神礼祭として取り扱われることとなるらしい。聖女という存在は何かにつけても重要視されると述べたうえで、バルトフェルドはこう付け加えた。


「歳を聞いて驚いた……7歳だそうだ。その歳で聖女に就くのは、珍しい話ではないのだがな」


「……護衛として参加しろと?」


「陛下からは直接言われていないが、十中八九そうなるだろうな。早速東部の連中が騒ぎ立てた」


「……いっそのこと、彼らに任せてみては? あそこまで啖呵を切ったのなら、証明してもらいましょう。尤も、保険は必要なのでしょうが」


 ここまでしつこいようなら、いっそのこと護衛を主導させてその大言壮語が飾りでないことを証明してもらったほうが彼らのプライドを必要以上に逆撫でしないだろうと思った。ただ、それには保険も必要だと思うので、少なくともシュトレオンは参加しなければならないだろう。それを察したのか、バルトフェルドも深い溜息をついた。


「そうするしかないだろうな。ただ、私はメリルのことを優先するゆえ、手助けはあまりできないと思ってくれ」


「解りました」



 屋敷に戻るとエドワードとカナンが出迎えてくれた。そしてちょうどセバスも姿を見せたので、まだ内密と前置きした上で今年のお披露目会についての話をした。


「というわけで、今年の護衛は東部の方々にしてもらう予定だけれど……少しでも変わったことがあれば、遠慮なく報告してほしい」


「畏まりました。王城のほうへは私が取り次ぎましょう」


「それでお願いするよ」


 実は、アリーシャがアトランティスで訓練したいというお願いを聞き、転移魔法を付与した姿見型のアーティファクトを設置したのだ。王城のアリーシャの私室、王城のノースリッジ家にあるメルセリカの私室、そしてシュトレオンの私室につながっている。一応本人以外にも秘密を厳守できるメイド数名しか通過できない仕組みとなっていて、それとセバスも王城との連絡役として動いてもらうこととした。


 一通り指示を送って、再び一人となって執務室に戻ってきた。扉を閉めて振り返ると、そこには黒装束の人間が立っていた。首元には苦無らしきものが突きつけられていた。気が付くと、背後にも黒装束の人間が立っている。


「動くな。動けば命は」


 目の前にいる人物が言い切る前に、『同時並列加速』を20倍にセットして中庭まで前後に立っている二人ごと転移。問答をする暇もなく二人を瞬時に気絶させた。命を狙った以上は反撃されても文句はない。刃を向ける以上、向けられる覚悟がなければ話にならない。


 しかし、結界魔法をすり抜けてきた……いや、おそらくは門が開いているときに入り込んだのだろう。これは今後対策が必要である。すると、こちらの危機を察したのかアスカが姿を見せた。そして、その二人を見て驚きを隠せなかった。


「アスカ、知り合い?」


「知り合いといいますか……私の身内です。この不始末は」


「あー、とりあえず罰するよりも前に武装解除を手伝って」


「あ、はい。そうですね」


 いろいろ疑問は尽きないが、二人から武装をすべて取り払った。念のため、二人にとある魔法を掛けて自決しないようにしておく。人殺しの覚悟はあるが、目の前で勝手に死なれたら気分が悪い。

 片方は男性だったが、もう片方は女性だったためアスカに任せた。装束自体は特に問題となるような機能はなかったため、着せたまま縛り上げた。そもそも全裸の男性の姿を見て誰得だと……そして、二人とも目を覚ます。一応アスカは他に侵入者がいないか確認してもらっている。


「ようやく目が覚めたね。ああ、ちなみに言っておくけれど自決手段はすべて意味をなさないようにしてもらったから」


「くっ……なら、殺せ! 姿を見られた以上、依頼主に殺されるのは道理」


「じゃあ、その依頼主を教えてもらおうかな?」


「………」


 二人の様子を見る限り、その依頼者を思い出そうとするも思い出せない状態となっているようだった。そういった類の魔法があることも当然知っている。少なくとも契約魔法の一種であると結論付け、アイテムボックスから一冊の本を取り出す。俺は徐に中のページをめくると、魔法を唱える。すると、白紙だったページに次々と文字が刻まれていく。それを読み取ってから声に出した。


「なるほどね。で、君達は依頼主の元に帰れなくなったけれど、この先どうするつもりかな? これ以上敵対しないのなら、強制的に国外追放処分となるけれど」


「そんな……! 折角お姉様の手掛かりを手に入れたのに……!」


「諦めるんだ……生きてさえいれば、まだチャンスはある……」


「……」


 どうやら、何かしらの目的があって俺を襲ったとみるのが一番だろう。そうなると、一番可能性が高いのはアスカ絡みしかない。すると、一通り確認を終えて戻ってきたアスカに二人は声を上げた。


「アスカ!?」


「お姉様!?」


 これでこの二人はアスカの身内だということが判明した。その一方、アスカは笑顔を浮かべているが口元は笑っていない。あ、これ怒っているってことですね。すると、アスカはこちらを向いて尋ねた。


「申し訳ありません、主。少しばかり二人とお話ししてよろしいでしょうか?」


「ああ、いいよ。積もる話もあるだろうし。1時間ぐらいあればいいかな? 結界は張っておくから、遠慮なく」


「それだけいただけるなら十分です。感謝いたします」


 笑みを浮かべるアスカに対し、捕まった二人は表情が蒼白となっていた。一応遮音の結界を張った上で、シュトレオンは徒歩で執務室に戻った。椅子に座ったところで意識が遠のき、気が付くとアスカの姿が目に入った。どうやらソファーに移動して膝枕されていた。


「えと、ありがとうでいいのかな?」


「これぐらいはさせてください。私にとって主は命の恩人なのですから」


 少し大げさだな、と思いつつも上半身を起こすと……床に横たわっている二人を見つける。それは中庭で縛られていた二人であり、完全に意識が飛んでいた。仕方ないので魔法で強制的に叩き起こす。『状態調整』はホント便利だと思う。ついでに敵方がかけていた魔法も解除した。正直児戯にも等しいような術式だったのには内心呆れたが。


「で、俺もずっと聞かなかったけれど……そろそろ、素性を教えてもらえるかな?」


「はい」


 アスカはミヅマ国の姫君。男性の方は兄のノブユキでミヅマ国の当主の息子。女性の方はイブキといい、アスカと同じ姫君にあたる。それがなんで三人とも忍びみたいなことになっているのかというと、その理由をノブユキが答えた。


「わが国では当主の決めた跡継ぎ以外を持ち上げぬよう、表向きには殺して裏働きをさせるのが常。そのために身をやつしたのだが……」


 ミヅマ国は最近東から入ってきた異教による動乱が相次ぎ、その過程で二人は捕えられた。アスカが暗殺に失敗した相手というのは、何とヴィクトリアス教国の教皇であった。前半の動乱を聞くと、前世で言う戦国・江戸時代あたりの事件をなんとなく思い出してしまう。


「こうやって喧嘩を売られた以上、買うしかなくなるけれど……連中の目的に何で俺が関係してくるの?」


「先日のチェリとエリクスティアの一件。当初の予定を大幅に狂わされた要因である貴方を最優先の排除対象としたのです。尤も、私らで無理ならば他の者でも無理でしょう」


「いいの、兄様? そんなこと喋って」


「事ここに至って、もはや帰ることも叶わぬ。ミヅマに帰っても口封じのために葬られるのは是非もない。ならば、せめて彼とアスカの許しを得たい」


 こちらは規格外のやつと戦って勝利してきた。とはいえ、油断も慢心もしない。敵対するなら情けはかけない。民のことを慮って手打ちにすることは認めるが。今回は他の人に迷惑をかけず真っ先に向かってきたので、まだ内々で済ませられる。一息吐いてこう提案した。


「なら表向きは使用人で、裏向きは情報収集役を担ってもらう。アスカが今やっていることをしてもらおうかな。アスカ、二人の実力はわかる?」


「二人でしたら隠密には問題ないかと」


 そのままアスカの部下として組み込むこととし、契約魔法をかける。同じように守護者となり、自分の寿命が尽きるまで年を取らなくなる。その寿命は不明というほかないのだが。しかし、ヴィクトリアスがここまで敵意をむき出しにしたとなれば、その狙いはおそらくエリクスティアとレインラースの仲違い。それに最も効果的となるのは……それを考えたとき、ため息が出た。


 どうやら、今年も平穏という二文字が遥か彼方へと飛んでいったかのようであった。


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