第58話 解ってはいても遠ざかる安寧の二文字
ハリエット宰相を救出して反攻作戦へと移行したその頃、エリクスティアの王城内は慌ただしく動いていた。役職に就いている面々らが書類を持って行き交っている。
その様子を傍目で見ている国王はため息を吐く。それは別に怒りや呆れといったものではなく、一流の冒険者として名を馳せたことのある自分ですら及びもしないような功績の数々を目の当たりにして、常識というものはいったい何なのだろうと思ってしまう。
すると、そこに王妃が姿を見せた。先程伝えられたノースリッジ公爵の行方について聞いたようで、心配そうな表情を見せていた。
「あなた、宰相殿は……」
「解らぬ。それを危惧したからこそ、シュトレオンはわしに許可を取ってまで新街道の敷設をしていきおった。実績作りが上手い甥じゃの」
公にはされていないが、王妃とシュトレオンの父バルトフェルドは血の繋がった兄妹。なので国王からすればシュトレオンは義理の甥でもある。その彼が成したことで北部の未開発地分与の話が持ち上がっているところに、ノースリッジ公爵が行方知れずという一報が届く。最悪の事態になってほしくはないと願う二人のもとに、一人の来客が姿を見せる。
「失礼します、陛下」
「おお、バルトフェルドか。奥方が大変な時期にすまぬな」
「私もそう思ったのですが、逆に叱咤されてしまいました。2年前の心遣いのお返しを今こそすべきであると。コホン、先程リクセンベール外務卿よりの報告を受けまして……ハリエット・フォン・ノースリッジ・コーレック公爵は無事に救出、そしてネルガイヤー将軍伯の捕縛・説得に成功。現在はチェリへの反攻戦に移行した模様とのことです」
その報告を聞いた時、国王と王妃はそろって目を見開いていた。あの武人として名高いネルガイヤー将軍伯を捕らえるどころか抑え込んだことに夢でも見ているのかと思いたくなった。それを一刀両断するようにバルトフェルドは報告を続ける。
「軍を動かしていたチェリ大公名代の三男は討伐、現在は全国土の約4分の1を切り取ったとのことです。ただ、そろそろ降雪のこともありますので、よくて約3分の1までが限界と思われます。占領地の治安も考え、先んじてミッターマイヤー軍務相に王国軍の動員要請を掛け合いました」
「うむ、真に助かるぞ。さすがにあやつの騎士団だけでどうにかなることでもあるまい。……しかし、占領地のことは迂闊に言えぬぞ。派遣されておる東部の騎士団の連中は?」
「それなのですが……どうやら大部分は大規模な衝突に乗じてそのまま逃げ帰ったようなのです。恐らくは一直線で領地に帰ったものかと。陣地は綺麗にもぬけの殻でしたと報告を受けました」
レーディン領邦騎士団とオルメック領邦騎士団の大半は戦闘をするまでもなく姿を消したと報告があった。その痕跡は南東方面に続いていたために自らの本拠地へと帰ったようだ。
つまるところ、国王への義理立て程度の行動であり、王国のために戦うということなど初めからなかった。ここでしっかり働けば評価に繋がるなど考えてもいなかったのだろう。
「大部分と言ったな。では、その残りはどうしたのだ?」
「はい。レーディン領邦騎士団で残ったのはカリスと呼ばれた平民出の騎士だけ。元々後方支援というか雑用で連れてこられたものと。そしてオルメック領邦騎士団のほうも残ったのはシューベルト・フォン・ナスタニアだけ。彼はナスタニア準男爵家の四男です」
「ナスタニア……昨年、ジークフリード君の結婚式で大捕り物を見せた騎士爵の血縁者でしたか?」
「ええ、そのようです。その二人は剣術に才があるようで、大公名代を討ち取ったとのことです」
不甲斐無いと思っていたが、中には気概と才能に溢れた者がいる。これには国王もすっかり笑顔を浮かべていた。その二人には大義を成した意味も含めて謁見を執り行う必要があると感じた。
「バルトフェルド、その二人を東部の連中に利用させぬためにも協力を頼む。期を見計らって叙爵しようではないか。にしても、そのきっかけを作ったおぬしの息子は如何すべきか……」
「それは私も同意見です」
北部への新規街道敷設による経済効果はかなり高くなる。占領した新領地への差配だけでなく、そこへの復興による特需は計り知れない。未だ発展途上の南部に加えてなので、王都はかなりの好景気に沸くことだろう。
それに加えて軍事的才能の一端を示した。国王としては王国随一の実力を持つシュトレオンには懐刀としたい思いもあるが、無理強いもしたくない。ならば、無理に褒美を渡すのもおかしな話なのだ。
「ひとまず保留じゃな。バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ外務相、バーナディオス・セルデ・エリクスティアの名を以て総務相補任を言い渡す。外務についてはお主の息子が粗方片づけたおかげで落ち着いておるゆえ、ハリエットが戻るまで代理を務めてくれ」
「承りました」
その2週間後、シュトレオンは王都に帰ってきた。報告をベルシュタイン子爵に任せて屋敷に戻ろうとしたところ、兵士に呼ばれてしまったので付いていくことになった。その先はというと、総務庁の執務室。中にいたのは自分の父であるバルトフェルドだった。
「ただいま戻りました、父上」
「報告は聞いた。まさか、宰相を救い出すだけでなく将軍伯を寝返らせるとはな。王女殿下が心配なさっていたから、後で会っていくがいい」
「はい。それで、今回の褒賞はどうなるのでしょうか?」
「それなのだがな……」
街道敷設による未開発地の分与、占領地となった場所の分与が主だったことになるのだが、功績分配で行けば全体の7割は持っていっても文句は出ないであろう。これにはシュトレオンも難色を示した。その理由はというと、確実に飛び地となるだけでなくその開発利権を狙って余計な連中が出しゃばる未来しか見えないからだ。
「そう言うと思っていた。現にお前が敷設した新街道沿いの分与だが、ロゼッタス国土相が出張ってきている。おまけにオームフェルト公爵とリッツェルト公爵まで出張ってきた」
「……陛下も心労が嵩みますね」
「尤もなことだ。とはいえ、その分与権限はお前に一任されている。ベルシュタイン子爵の報告によって公的なものと認定されているからな」
「あの連中が出張っても、1ルーデルすら渡す気はありませんよ。現にオームフェルト公爵はお披露目会で顰蹙を買ったのですから」
とりあえず新街道に接する貴族に打診し、その上で分与の度合いを決める。この場合は貴族の家柄でなく領地の運営実績を重視する、とバルトフェルドに述べると、彼も納得したように頷いた。今回の分与には王宮から支度金としての補助金も出るため、ある程度の色は付けるつもりだ。
「これがそのリストだ。あと、チェリの占領地についてだが……」
「今回の占領地のうち3割はネルガイヤー家とノースリッジ家に任せる予定です。残り7割……とはいっても、面積だけでいえば広大なので、貴族家を新設して分与が妥当かと。一部を一時的に直轄地として、カエサル王子が貴族として叙爵された際に分与するのが宜しいかと思うのですが」
「考えておこう。あと、大公名代を討った二名の叙爵もだな。どんな人柄だった?」
「そうですね……燻っていたのが正直信じられなかったです。恐らく、才能がある故に飼い殺ししていたものかと。心は腐らず、騎士としては度胸ありと見ました」
カリスは、聞けば先祖は貴族だったが遠い昔に没落して平民へと落ちてしまったそうだ。その時に下賜された剣は家宝として秘蔵されているらしい。剣術についてはレベルが高く、王都騎士団でも十分通用するだろうと思った。
シューベルトは領邦騎士団で雑用しかさせてもらえず、剣すら与えられていなかった。自分の身を守るために格闘術をはじめとした体術を独学で会得し、大公名代との戦いでは相手の持っていた剣を奪って戦ったそうだ。
「それで、カリスの生まれを調べてみたところ……第七代国王の分家、ユークリッド公爵家であることが解りました。家宝として隠し持っていた宝剣で判明した次第です。このことはハリエット宰相にも確認済みです」
「昔に没落して途絶えたかと思っていたが、彼の功績で貴族に再び名を連ねるか。レオンのリクセンベール家に続く御家復興となれば、王国にとって慶事となろう。十数年ぶりに聖典礼が執り行われるかもしれないな」
「父上、それはどういう儀礼なのでしょうか?」
「謁見をより格式高いものとした儀礼だ。それが執り行われた場合、定例の謁見と例大会は行われない。出席できるのは国王と王妃両陛下、直系の王族、大司教クラスの聖職者、宰相・外務相・財務相の三大臣、それと当事者に加えて国王が参加を認めたものとなる。少なくとも、私とレオンは呼ばれることになるだろう」
国の将来と安寧を願い、儀式化した謁見が聖典礼ということらしい。余計な連中を極力入れずに国の行く末をしっかりと定める方法として取られる。それに、今回はネルガイヤー元将軍伯が内密で王都に来るため、これを機に動こうとする貴族連中に知らせないための策でもある。
「二人の騎士には騎士爵が叙爵され、領地はチェリの占領地からということになるだろう」
「そうなると、東部の連中は押し込もうと画策してきそうですね。僕も他人事ではありませんが」
「ゆくゆくはな……済まないが、お前への褒賞はひとまず勲章授与ということとなる。それと、内密に頼みたいことがある」
それは、ネルガイヤー元将軍伯の護衛という形で転移させること。相手方には転移のアーティファクトを使うということで話は通す予定だ。そのためだけにアーティファクトも準備済みである。なお、転移魔法自体使える存在がかなり限られているので、国家機密同然の扱いだ。彼の安全を考えるならばそれが一番良いとその提案に賛成した。
その後、アリーシャのところを訪れると泣き付かれてしまった。なので、王城で一泊してから屋敷に帰ることとなったのだが、そちらでもメルセリカに泣き付かれてしまった。女性を泣かすようなことはできる限りしないと心に決めた。
「領地に住まう民を第一に考え、自ら裏切り者と誹りを覚悟の上で降ってくれたことを高く評価する。このわしバーナディオス・セルデ・エリクスティアの名において、ネルガイヤー家の忠義を高く評価する意味で、エドガー・フォン・ネルガイヤーを侯爵に叙爵する。あと、少しばかりではあるが支度金を用意させてもらった。領民が飢えないよう取り計らうことも約束しよう」
「そこまでの過大な気遣い、感謝に堪えません。これよりわが剣と忠誠はエリクスティアに捧げることを神々に宣誓いたします」
聖典礼が執り行われてネルガイヤー家は異例の侯爵へと叙爵された。広大な領地を有するだけでなく、ノースリッジ家と長年戦いながらエリクスティアの侵攻を食い止めてきた。その武勇の高さをもっていることが高く評価された形となる。恙無く困窮に喘いでいる占領地の領民を早急に救うことこそ喫緊の課題であると位置づけることで、チェリとの違いを鮮明に打ち出すこととした。
そして、大公名代を討った二人の騎士に騎士爵が与えられた。カリスはユークリッド騎士爵家当主として、シューベルトはかつて軍功で名を馳せたヴァレンティン騎士爵家当主として貴族の仲間入りを果たすこととなった。
その寄り親なのだがリクセンベール男爵家となる。シューベルトの兄であるラルフの繋がりから後者は理解できたのだが……ユークリッド家を立たせるとなれば、それなりに軍功を挙げた人物とするのが道理。ノースリッジ家が寄り親となると東部の連中が縁故を使って利権を押し込んでくる風当たりが強くなるので、それを押し付けられた形だ。
「で、その詫びに陞爵ですか」
「お主ならオームフェルトや東部の連中が騒ぎ立てるのも躊躇うであろう。あれだけあからさまに殺気を受けたのだからな」
「先日は申し訳ありませぬ。やっと出発点に立てたと思えば、いきなり強権を言われてしまったものですから」
「あれはあ奴が悪い。しかし、殺気で黙らせるあたりは流石バルトフェルドの子よ」
公式の発表は年明けとなるが、シュトレオンは子爵へと陞爵する。10にも満たない人間が子爵というのは何だか落ち着かないが、過去には5歳で公爵という前例がある以上その程度などさしておかしくもない、という国王の判断だった。それに加えて10歳を迎えたら直轄地を任せると説明を受けた。
「その場所の説明はしていただけるのでしょうか?」
「無論じゃ。まぁ、それはこの聖典礼が終わってからな」
その他の発表も恙無く終わり、聖典礼は終了する。そして例大会の代わりとなる晩餐会が執り行われた。そこで宛がうこととなる直轄地の説明を受けたのだが、シュトレオンだけでなく国王以外の参加者も驚きを隠せない。
「あの、正気ですか?」
「無論じゃ。というか、資金面も物資面も困っておらんお主に渡せるものとなれば、これしかなかったのじゃ」
「それは解りますが」
提示されたのは南東部の直轄地というか未開発地であった。その面積はというと、セラミーエ領の倍以上はある。普通にそれだけの広大な面積を真面目に開拓しようとすると100年単位の計画になる。逆に言えば、好きにしてもよいという場所を得たことになる。
「一先ず調査のために足を運びたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「それならば問題はなかろう。かの地は王宮としても解らぬところが多い。じゃが、無理だけはしないでくれ」
屋敷に戻るとエドワードが出迎えてくれた。ここ最近のことを尋ねると、特段変わったことはなかったと報告を受けた。
「年明けには正式な発表となるけど、子爵に陞爵となった。10歳を迎えたら直轄地の一部を領地として与えることも伝えられた」
「それはおめでとうございます。して、その場所はどちらに?」
「南東部の広大な森林地帯と聞いた。エドワードは何か知ってることとかあるかな?」
「あの地ですか……確か、街といくつかの村があります。あの場所を治めろとは、中々に大変なことです」
聞くところによると、いくつかの貴族家が各々村を管理しており、それを統括する街に代官が置かれているそうだ。その街は代官の力が強すぎて、領主が派遣されても逃げ帰る事案が多い。加えて、周辺の森は強力な魔物が徘徊していためか討伐は専ら冒険者の仕事となっており、増長して幅を利かせているとのこと。
「でも、国王陛下からそんな話は聞いていないんだけれど……誰かが情報を隠蔽しているのか?」
「貴族籍の管理は総務庁ですが、領地の管理は国土庁の管轄です。加えて、地勢的に東部の影響を受けているものかと。こればかりは推測でしかありませんが」
「いや、その可能性はあるかもしれないね。私見でも言ってくれれば参考にもなるからありがたい」
「恐縮です」
しかし、代官の力が強いというのは気になる。恐らくはオームフェルト公爵家の息がかかった人間の可能性があり、国土庁もグルの可能性が出てくる。エドワードにいろいろ差配を頼むと、念話でアスカを呼び出す。彼女の存在は他の使用人にも伝えており、リクセンベール家の要でもあると伝えている。メイド服を着せてはいるが、政務の補助を専門に取り扱うと説明はしてある。
「ご用でしょうか、主」
「南東部の情報が欲しい。些細なことでもいいから、洗い出してほしいんだ。これから降雪の時期だから、僕が動くのは春の雪解けを待ってからになるかな。雪の中を酷使させることは申し訳なく思うけれど」
「いえ、そのようなことは。寧ろ、主の頂いた装備で大分楽になりましたので」
アスカにはエンチャントを施した武器と防具を渡している。状態異常無効に加えて、緊急時は契約魔法の召喚で呼び出すこともできるので、特に問題はないだろう。一応魔封じ対策のエンチャント装備も持たせている。一通りのお願いを聞き、アスカは影に溶け込むようにしてその場を後にした。
そして、シュトレオンは久々に徒歩で市街地にある冒険者ギルド総本部に足を運んだ。すると、丁度一階にギルドマスターであるバストールがいて、彼はシュトレオンの姿に気づいて声をかけてきた。
「おや、これはシュトレオン君。今日は冒険者稼業かな?」
「今日はそちらでなく、バストールさんに聞きたいことがありまして」
「ふむ、ならば善は急げだな。君、さっきの手筈通りに頼むぞ」
彼の案内で二階の執務室に通された。早速南東部の直轄地について話をすると、彼の表情は次第に曇っていった。その様子からしてエドワードの言っていたことを裏付けているに他ならなかった。
「あの街のギルドマスターなのだが、昔ちょっとしたトラブルがあって当時いた領主と揉め事になり、領主を斬り殺したのだ。本来それは重罪なのだが、代官が『正当防衛』という形でお咎めなしとなった」
「その代官は今でも?」
「ああ。そのことで領主が着任できない以上、街を統括できるのは代官だけだからな。その解消のために王宮はもう一人の代官を送り込んだのだが、彼は事実上の飼い殺しにあっているそうだ」
殺されていないのは、その代官がウェスタージュ家現当主であるニコル財務相の五男だかららしい。もし殺したとなれば、財務相権限で補助金の一切を切られてしまうこととなる。『治りようがないのなら、一度更地にしたほうがまだ傷は浅くて済みます』と財務相本人から聞いたらしい。
「今は南部と北部の特需がある。多少放置しても問題はないと判断した。だが、これ以上の放置は王国にとっての利益とはならない。そう考えてシュトレオン君に託したのだろうね」
「……万が一、代官とギルドマスターが黒なら容赦なく断罪しますが、問題はないと?」
「仮に私でもその判断を下す。組した者は揃って鉱山奴隷行きだな。ミスリル鉱の話はすでに聞いている……力の使い方を間違えている連中には良い就職先を斡旋してやるだけのことさ」
元々問題のある奴だが実績からして下手な断罪はできなかったとバストールは説明する。しかし、今度赴くシュトレオンは既にS級の冒険者。加えて子爵の爵位と外務卿の従位を持つ人間。SSS級単独討伐経験を持つ人間を相手にするほうが自殺行為であると結論付けた。
王宮と冒険者ギルドのトップはその方向で進んでいる。こうなると特に異論はない。ひとまず情報収集を行って実情を調べ上げる。実地調査は来年の春になってから進めると伝えた。
別段文句を言いたいわけではないのだが、面倒事に放り込むような精神はやめていただきたいものだ。ともあれ、まだ先とはいえこれで借り物ではなく正式に自分のやりたいことを進められる地を得たこととなる。
とりあえず一旦屋敷に戻ると、エドワードから来客のことを伝えられた。応接室にはハリエット宰相とニコル財務相の姿があり、頭を下げた。
「すみません、突然の訪問に驚かれたでしょう」
「いえ、こちらこそ訪問の際不在で申し訳ありません。少しばかり冒険者ギルドに出向いておりまして。それで、なぜに態々こちらの屋敷へ?」
「王城では盗み聞きしている輩もいますからね。ここならその保証もできるというわけです。部下の連中だって内心僕のことを化け物の若造だと揶揄する連中だっているわけですし。まぁ、近い将来冷たい紅茶でも飲ませてあげる予定ですが」
冷たい紅茶を飲ますというのは『冷や飯を食わす』みたいなものであり、降格処分をきっちりするという意味合いで使われていることが多い。その言葉には思わず冷や汗が流れる。それはともかく、と言いつつニコル財務相が口を開く。
「直轄地のことについてです。あの場にいる人たちを信用していないわけではありませんが、立場というものもありますので」
渡す予定の直轄地なのだが、実はその国境ラインが度々変わっているらしい。それを疑問に思ったのだが、国土庁のロゼッタス侯爵は過去の地図の提出を拒否したとのこと。なので、王家の限られた人間しか入れない書庫から正式版の地図を調べ上げたところ、勝手に東部の貴族が領地として切り取っていたのだ。
「これ、問題にならないんですか?」
「出来なかったんだよ。君が治める予定の代官が『そのような事実はない』と言ってのけた」
領地の境界線となる個所には国土庁で管理する魔道具が置かれていて、その操作は国土庁が取り仕切っている。下手に東部の連中が結託して王国に反旗を翻すぐらいなら、と国王は放置という苦情の決断を下したとのこと。
それに、南東部の問題を北部や西部の人間が関わるのはおかしい話になる。利権を求めて動いたと騒ぎ立てるのは明白。それを避けるためにニコル財務相は自分の子を直轄地の代官として送り込んだが、軟禁状態となっているらしいと説明を受けた。
「まぁ、辺境侯家の僕としては貴族の法を守らないのなら、給与没収も吝かではありません。ハリエット宰相は難色を示していましたが、先日の一件がご立腹だったようで」
「あればかりは私も許せない。戦の働きもせずに帰るなど言語道断。今思えば、コレットをバルトフェルドの息子に嫁がせたのは良かったと思っている。直轄地で諍いが起きても、君の立場を我々が保障する。これは陛下と三相のご決定だから、君の思うとおりにやると良い」
降爵・改易も選択肢の一つだとハッキリ述べたうえ、シュトレオンの後ろ盾として名乗りを上げてくれた。こうなると、そのお返しとして南東部の開発利権には関わってもらう腹積もりだ。そして、好き勝手にしていいと公言してくれたので内心ガッツポーズしていた。
何にせよ、この2年は動けないのでしばらくは外務相補任としての仕事と情報収集に努めることとなるだろう。その一歩として、ニコル財務相から直轄地にかかわる財政書類の閲覧許可を取り付けた。補助金の適正拠出についてはこの人の眼をうまく掻い潜っているとなると厄介事になるだろう。
一難を片付けてもまた一難。思わずため息が漏れてしまった。




