閑話1 私の兄は、この世界では手に余った
私の名前は杉山麻椰。今年の春から高校生として生活を送っている。
普通ならそんな新生活に胸を躍らせるのだろうが、今の私はとてもそういう気分にはなれなかった。なぜなら、入学式の日……私の兄である杉山篤志はこの世を去った。急性心不全だったそうだ。
「とても、そういう風には見えなかったんだけどなぁ……」
葬式も終わり、私は学生として学校に通っている。そこでも、兄という存在を非常に強く感じてしまう。兄は剣道部に所属し、一年生ながら昨年のインターハイ個人戦で優勝。なお、中学生の時は運動部ではなく吹奏楽部に所属していた。
剣道部を選んだ理由は本人に聞いたら『やってみたくなったから』という答えだった。文化系から運動系の部活にして結果を出したものだから、まるで意味が分からない。
本人曰く『運が良かっただけだ』とか言っていた。だが、偶々知り合いの撮ったビデオを見たとき、兄の振るった剣がもはや機械でも追い切れていなかった。偶に夜の庭で素振りをしているのは何度か見かけたが、振るっていたその速度は最早手に持っているはずの竹刀が見えないほどだった。
これのどこが普通というのだろう……私には兄という存在が『バグキャラ』という風にしか理解できなかった。
学業に関しても、学年でトップ10に入るほどの成績。これは、家でも結構勉強していたのは知っているが、それを一切自慢することはしなかった。ただ努力が結果に結びついただけなのだ、というだけであった。
家にある仏壇の前に座る私の隣には、兄の幼馴染である少年がいた。
「アイツのいう普通って、多分お前の親父さん基準なんだろうな」
「かもしれないね」
彼の名は三条廉太郎。向かいの家に住んでおり、両親は海外出張で不在のため一人暮らしをしている。それを聞いた私の両親が気遣って、夕食を一緒に食べることが多い。そんな彼も兄の非常識さを知る一人だ。
「だって、以前轢かれそうになった女の子を助けるだけでなく、そのまま車を飛び越えたんだもの。そんなアイツがポックリ逝くだなんて、だれも思わないさ。学校の連中だって『肉体だけ残して魂がそのまま異世界まで飛んでいったんじゃない?』とか言い出す始末だ」
「私は普通なんだけれどね……兄がそんなバグキャラみたいな存在というほうが、何というかうまく言えない」
「いや、それが普通だと思う。俺もつくづく篤志という存在に毒されすぎたのかもな」
私の父親は料理人をしている。母と結婚する前は文字通り世界各地を飛び回っており、本来国家元首クラスしか乗れないはずの政府専用機に乗ることを許されている。一体何をどうしたらそんなことになるのだと尋ねたが、『まぁ、料理を作ってあげただけだ』としか返ってこなかった。ありえないから、と思う。それを証明するかのように以前現職の総理大臣が遊びに来たんだよ? 私なんて終始表情が凍り付いたよ。
母はフライトアテンダントを務めており、その道においても敏腕なのだが……外見が20歳にしか見えない。既に30歳を超えているのにだ。二人で買い物に行ったら姉妹にしか見えない。母の接客術は神憑り的であり、政府専用機の応対も任されるほどの実力を兼ね備えている。父との出会いもその中だったそうだ。
言っておくが、私は馬鹿げた力や才能など持っていない普通の人間である。
兄の性格は冷静沈着といえた。時折熱血じみた一面を見せたりしていたので、割と好感を持っていた。言っておくが、恋愛感情は持ち合わせていない。あと、彼氏の条件基準にもしていない。兄を基準にしたら世の中の同年代男性が可哀想だと思うからだ。そんな風に思ってしまうあたり、私も兄の存在に毒されたのだろう。
「周りが普通じゃないと、私も普通じゃないって見られるのが解せないって思う」
「そう言いつつ、こないだバドミントン地方大会の個人戦で優勝したじゃないか。雑誌でもインターハイ最有力候補ってなってたが?」
「ギリギリよ。全部の試合で相手に1セットは取られたし……兄様の有名税ね」
こうやって仏壇に位牌が置かれていても、どこか現実味がないと思ってしまう。今にでも姿を見せて声をかけてくるのでは……そう思ってしまうほどに、兄の死を受け入れられなかった。一年前に祖父が亡くなり、その一周忌と重なるように兄も亡くなった。まるで運命の悪戯なのかと思ってしまうぐらいだ。
「でも、悪くはないって思う。兄様の存在を感じられるようで、ね……」
でも、私は兄が遺していったものを咎めるつもりはない。身内だったからというのもあるが、人見知りの激しい私を気遣って構ってくれた優しい兄のおかげで、今こうして普通に学生生活を送れているのだから。
もし、もしもだ。突然亡くなってしまった兄を不憫に思ってくれた神様がいるのなら、兄を生まれ変わらせてほしい。きっと、兄にとってこの世界は狭すぎたと思うから。