第57話 不殺というのは得てして難しい
書いていたら1万字になってました。
チェリ大公国の南端に位置するネルガイヤー将軍伯領。その国境を睨むかのように佇むのは一人の男性であった。
身に纏った鎧はよく見ると傷は見られるが、そのどれもが防御力低下を窺わせることはない。彼の傍らには巨大な戦斧があり、単なる飾りではなく彼の武器であることが窺い知れる。それ以上に、その男性の纏う闘気は正に将軍と呼ぶに相応しき佇まいである。
すると、男性のそばに一人の兵士が近づく。
「失礼します、将軍、全軍の配置が整いました!」
「ご苦労。下がるがよい」
「はっ!!」
それをただ聞いて兵士を下がらせた。周囲には誰もいないことを確認すると、彼は徐に戦斧を片手で振りかざし、地面を割るかのごとく振りかざす。だが、戦斧は地面に衝突するすんででその刃を止めた。それだけの行為で彼の持つ技量はかなり高いと窺い知れる。そんな男性に気付いた女性の騎士が声をかけた。
「気が立っていますね、あなた」
「……言わずとも、解っているのだろう。心配するな。自軍を怯えさせるような真似などするつもりもない」
「それぐらいは承知しております。いつからの付き合いだと思っているのですか」
この二人は夫婦であり、互いに背を預けられるだけの信頼を持っている。女性は男性の苛立ちの原因を知っていた。だが、それに逆らうこともできない。自分たちは所詮中央の連中からすればただの南の抑えなのだから。
彼こそが現ネルガイヤー将軍伯。女性は将軍伯夫人にして副官である。女性が副官というのは珍しいことでもあるが、それだけ優秀な人材だということは自領だけでなく周囲にも知られた事実だからだ。
「メロックスやヴェラジールとの戦端が拡大している中でエリクスティアに侵攻する……最悪の一手だ。ノースリッジの連中だけならまだしも、相手が増派なんてしたら確実に詰む。ヴィクトリアスからの食糧援助は確かにありがたいが、所詮は島国よ」
「打ち切られると?」
「現に成果を挙げていない。メロックスはヴェラジールと共同歩調の構えをとった。中央はグランディアに援軍を頼み込んだが難しいだろう。過去の栄光にしがみ付くのは勝手だが、それでとばっちりを受ける側は堪ったものではない」
過去の繁栄を取り戻す。聞こえや受けは良いが、具体性の無い主張など机上の空論であると男性は吐き捨てた。
ネルガイヤー将軍伯家はおおよそ500年にも及ぶ長い間ノースリッジ公爵家と相対してきた。正直なところ、下手な軍事対立などせずに王国と誼を結ぶほうが領民の安寧に繋がると歴代の将軍伯たちも考えていた。しかし、中央の貴族達は『南の蛮族共に下げる頭などない』という考えから、ネルガイヤー将軍伯家は常に矢面に立たされ続けてきた。
「そうして被害を受けるのはお互いの領民だ。彼らに罪など無いし、そもそも国が違うだけで同じ人族なのだぞ。父も、祖父も、先祖達も……名誉は捨ててもこの心だけを捨てるなと口酸っぱく伝えてきたのは、せめてもの償いなのだろう」
皮肉にもネルガイヤー家の人間は武術に秀でていた。だからこそ強大なエリクスティアの抑えとして重宝されてしまっている。そして、一定以上の力をつけないよう度々侵攻命令を発している。しかし、現在メロックス・ヴェラジール連合軍と戦闘中であるにもかかわらず、更にエリクスティアと事を構える……軍の規模から考えて、多方面作戦は愚の骨頂なのだ。
「ですが、やらなければなりません」
「解っている……万が一、ノースリッジ公爵本人が出てきたら決して殺すな。軍功欲しさに破ったものは一人の例外なく俺自ら処断すると全軍に伝えよ。きっちり末端にまで言い聞かせろ。聞きませんでしたという言い訳は認めん」
「分かりました」
副官を見送ったネルガイヤー将軍伯は一息吐いた。自身の立場というより自身らを慕ってくれている領民を見殺しにしたくはない。せめて2年前のような手打ちにできれば、とあまり期待のできない考えに内心苦笑を浮かべていたのであった。
その頃、シュトレオンは北方へ向かう馬車に揺られていた。中にはベルシュタイン子爵も同席している。単独ならば『魔術転移』で向かうところなのだが、国王としては特使を向かわせるための護衛としての側面も考えてそうしたと推測する。
「しかし、どうも腑に落ちません」
「と、言われますと?」
「チェリ大公はともかく、ネルガイヤー将軍伯はチェリの民にとっての英雄なのです。領地に重税を掛けることなく、必要とあらば自ら動くほどの御仁。義の化身とも謳われるほどです」
ベルシュタイン子爵は平民だったころに一度だけ将軍伯本人と会ったことがあるらしい。
貴族でありながらも領民の生活安定を第一に考えて統治している。そのため、同じ国でありながらも他の貴族から疎まれている。声を大にして言わないのは、ネルガイヤー家がエリクスティアの抑えとしての功績を上げているからだ。下手なことをして裏切られるようなことがあれば、それこそチェリ大公国にとって大損失となる。
「他領の民も移住が絶えないそうで。それを目敏いと感じて、中央の貴族たちが軍拡と言って発破をかけているのでしょう」
「随分と詳しいですね」
「仕事柄北方にはよく足を運ぶのですよ。コーレック領には多くの商人がおりますので、そこから情報を得たりしています。平民時代に培った人脈なのです」
「彼らからすれば、ベルシュタイン卿はお得意様というわけですか」
「はは……貴族の金銭感覚には慣れません。こればかりは一生変わることなどないでしょうが」
平民がいきなり貴族になったのだ。当然妬む輩は少なくない。なので、その後ろ盾というわけではないが、伝手を作ることにしておいた。ノースリッジ家とは懇意だが、それ以外の総務職に就いている在都貴族とのコネはあっても損しないだろう。
話を戻すが、ネルガイヤー将軍伯がそこまで大規模な軍を編成していることに疑問が尽きないと話す。チェリの状況としてはここ数年不作が続いていて、外国から食糧を調達している状態だ。アスカの報告によれば、その輸入先はヴィクトリアス教国とのこと。
だが、ヴィクトリアスだけでチェリの不作で損失した食糧を埋めるには足りない。なので、ここ数年豊作で安定しているメロックス王国とヴェラジール共和国に攻め入った。ここに加えてエリクスティア王国へ攻め入る。完全な多方面作戦へと移行しつつあるのだ。
経済的に豊かな領地を有するネルガイヤー将軍伯としてはお抱えの軍を固めて抑えに回りたい。けれども国全体で見れば困窮しており、一時的な税の徴収ではなく軍を動かして侵攻しろと中央の連中が突き上げた。おそらく中央の命令を聞かせるために中央からの派遣軍も混じっていると思われる。
本来、馬車なら王都からだとコーレック領まで2週間程度かかる。だが、シュトレオンは思い切って未開発地である森を分断するように街道を敷設したのだ。この許可は予め国王から取り付け、未開発地自体国王直轄地の扱いであるため、問題なく進んだ。
ここまで派手にやるつもりはなかったが、想定している最悪の事態を鑑みると悠長に2週間は長すぎると判断。街道敷設の実績は既に持っているので、特に異論は出なかった。結果、一直線で約9日にまで短縮に成功した。
「……凄いですな。この功績はきちんと記録しておきます」
「恐縮です」
これに合わせて、新街道に沿った未開発地の分与が検討され始めた。王都とコーレック領は二本の主要街道を持つこととなり、今回敷設された新街道の周辺の貴族らは領地分与を求めて詰めかけることとなった。これを好機と見たのか、オームフェルト公爵家が未開発地を管理している国土相を利用していろいろ混乱しているらしい。それが王国に忠誠を誓う貴族の成すことかと呆れ返った。
さて、いい加減自身のステータスを見てみるべきだと判断した。この先足りないものがあるかもしれないし、怖いけれど自分のことを客観的に見れる材料は欲しい。そう思ってステータスを見た俺は絶句した。
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【名 前】シュトレオン・フォン・リクセンベール
【種 族】人間?
【性 別】男
【年 齢】7
【称 号】<転生者>
アルジェント辺境侯家四男
リクセンベール男爵家当主
八天竜の剣聖
剣戟の極地
天魔将
限界突破者
<神々に愛された使徒>
【レベル】1 <683>
【体 力】25/25 <2,372,680/2,372,680>
【魔 力】50/50 <267,780,806/267,780,806>
【能 力】
攻撃:C <SSS+>
防御:D- <SSS>
俊敏:C- <S×4>
知力:C <S×5>
抵抗:C <SSS>
【スキル】
武芸の極み Lv15
(武術+威圧+闘気+気配感知・遮断・隠蔽)
身体強化 Lv20
上級解析 Lv10
魔術の極み Lv18
(無・火・水・風・土・光・闇・時属性
+魔法消費軽減+魔力感知・制御・収束
+魔力隠蔽+複合術式)
生活魔法 Lv10
創造魔法 Lv15
固有魔法 Lv15
<隠蔽時>
剣術 Lv2
身体強化 Lv1
魔力制御
魔力収束
水魔法 Lv2
風魔法 Lv2
土魔法 Lv2
光魔法 Lv2
【加 護】
六神の加護 Lv2 <八神の加護 Lv14>
<創造神の加護>
鍛冶神の加護
商業神の加護
農耕神の加護
技巧神の加護
生命神の加護
魔術神の加護
<遊戯神の加護>
【固有魔法】
『世界地勢』
○現在位置、敵味方の判別、平面・立体図切り替えなど地図全般の能力を有する。また、検索機能によって店などの所在や人口の構成なども把握可能。
『世界書庫』
○スキル保持者がいた世界の知識を事細かに引き出せる能力。俺の場合だと俺の転生前の世界の知識を引き出せる。
『創造具現』
○自身の思い描いたイメージのものを作り出す能力。必要素材が足りない場合は魔力の消費によって補う。
『同時並列加速』
○思考・行動を加速させる。倍率によって消費魔力が上がる。
『世界の扉』
○自身が作成した異空間への扉を出現させる。任意で維持・解除可能。
『術式構築』
○複数の異なる系統魔法を同時に発動させる。発動タイミングや効果範囲・威力などの調整も可能。
『状態調整』
○動植物を含めた環境を任意の状態に変更させることができる。人間を含めた動物全般の感情もコントロールできる。
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本気で頭を抱えた。まず各々のレベルが常識とされているレベルの限界を超えてしまっている。初級の魔法でおかしいことになっていたのはこれが原因だろう。称号については見たくもない。加護なんてさらにレベルアップしている。
あと、強いて言うなら種族が半ば人間に疑問を投げかけていた。こうなると、俺の寿命は一体何年あるのかと聞きたい……これ、うっかり本気だしたらチェリという国が滅ぶと思う。いや、世界から存在が消えそうだ。冗談ですよ、と言っても信じてくれなさそうである。
アトランティスで好き勝手やってたら自身の能力がおかしいことになって若干落ち込みつつ、王国北端に位置するコーレック領の領都に到着する。ベルシュタイン子爵は特使のため、護衛の騎士と一緒にそのまま領都北部にしかれた陣地へ向かっていった。門番の案内で領主邸に案内されることとなり、シュトレオンはハリエット公爵の第一夫人と面会することとなった。
「先日ぶりですね、リクセンベール外務卿。それとも、シュトレオン君とお呼びしたほうが宜しいでしょうか?」
「後者でお願いします。こちらとしてもメルセリカ嬢との婚約は嬉しきことですし、ハリエット卿から娘を見捨てないでほしいと念入りに頼まれましたので」
「そうですか……」
この人はコレットとメルセリカの母親でもある。ただ、男子には恵まれなかったことだけが悔やむところであると以前聞いたことがあった。長男は第二夫人が産んでおり、彼への継承に異存はないとハッキリ示している。
「あの人は、ここで決着をつけるつもりなのでしょう。三日前、軍を動かしたようで」
「急がれる理由は解ります。もう雪が積もっても可笑しくはありませんので」
月は11の月。高い山々では既に雪が積もっており、平地でも雪が降る季節に差し掛かっている。この時期を逃せば次に攻め入れるのは年を越してからということとなる。飛翔魔法は存在するが、そこまで高レベルの魔法使いが大勢いるわけでもない。魔法を使えても戦略や戦術に生かせるレベルの人間は数少ないのが現状だ。
すると、公爵夫人は深々と頭を下げた。
「お願い、シュトレオン君。旦那を助けてほしいの。うちの息子たちはまだ未熟の身で、夫の仕事を十全にできるわけではないの。身勝手なことかもしれないけれど」
「元々そのつもりでしたし、構いません。お礼とかは保留でお願いします」
すると、部屋の中に飛び込んでくるように一人の兵士が息を切らせながら中に入ってきた。そして、叫ぶように言い放った。
「大変でございます! 公爵軍とネルガイヤー軍の衝突により、状況が混乱! 公爵閣下の行方が解りません!」
その言葉により、第一夫人がソファーに横たわるように倒れてしまった。それを見たシュトレオンはアイテムボックスから上品な布を彼女に掛ける。そして、その兵士に向き直った。
「僕は陛下より命を受けて来たシュトレオン・フォン・リクセンベール男爵です。軍全体に混乱はありませんか?」
「は、はい! 幸い長男のヴァイス殿が一喝して統制を直ぐに立て直しました。公爵閣下のことも箝口令が敷かれていますゆえ、いますぐ影響は出ないものかと」
「解りました。軍についてはお任せすると言伝を。僕は独断で動きますので、今は耐え忍んでください」
そう言い含めると、近くにいたメイドに第一夫人の面倒を任せてシュトレオンは領主邸を後にした。街郊外の森の中に身を潜めると、『世界地勢』でハリエット宰相を探す。まだ生存はしているようだが、反応が薄い。近くには敵対する反応がある。
事ここに至ったと判断し、シュトレオンはアイテムボックスから一本の剣を取り出す。それはライナーがかつて振るっていた聖剣。こんなところで神刀・星凰を使うわけにもいかない。
「……行くか」
『同時並列加速』を15倍に設定し、『魔術転移』を使用。座標はハリエット宰相の前1メートル。そして、シュトレオンは光となってその場から消えた。
次にシュトレオンの目に映ったものは、迫りくる戦斧の刃であった。だが、シュトレオンは手に持った聖剣を振りかざし、側面で戦斧を弾き飛ばした。その勢いで持っていた人間がすさまじい勢いで岩山に激突した。
「レ、レオン……君……?」
「どうやら、間一髪だったようですね」
直ぐに回復魔法を掛けて完全に傷を癒した。あと少しで死んでいたと思えるような状態だったので、間一髪であった。あの時無理にでも街道敷設をした甲斐はあったというものだ。その一方、ハリエット宰相は苦笑を浮かべていた。
「バルトフェルドの気持ちが今になって解った。君のような忠誠の高い人間に金品は逆効果だからね」
「そこまで大それた人間ではありませんよ」
すると、先ほど吹き飛ばした人間を見たのか、敵軍の兵士と思しき連中が『将軍の敵だー!』と言って襲い掛かってくる。面倒なので、ここはお帰りいただくことにした。
「はいはい、命を無駄にしないの」
全員追い返した。デコピンで。
だって、本気で殴ったら相手の体が弾け飛びそうな気がしたからだ。試しに近くの木を本気で殴ったら、突き抜けるを通り越して粉々になった。その衝撃波で拳を突き出した方角の木々が消えていて、綺麗に抉られた土が残っていた。ついでに空に浮かぶ雲が綺麗に消えた。解せぬ。
「とりあえず、お送りしますね」
そういって有無を言わさずにハリエット宰相をコーレックの領主邸に飛ばし、シュトレオンは反射的に飛ばした人物が飛んでいった方角を見つつ『世界地勢』で反応を見た。どうやら、岩山4つほど貫通したところで止まっていた。
現場に行くと、白目を剥いて気絶している男性の姿があった。着込んでいる鎧からして兵士の言っていた『将軍』なのだろう。傍に落ちていた戦斧をアイテムボックスに放り込み、男性に触れると領主邸に飛んだ。ちょうど飛んだ先にはハリエット宰相だけだった。
「戻りました」
「……いやはや、レオン君は大したものだよ。大捕り物だ」
「えっ? 敵の将軍クラスとは思ったのですが」
「彼がネルガイヤー将軍伯だよ」
『嘘だと言ってよ、ハリエット宰相!』と言いたかったが、現実であった。尚、転移魔法については秘密にしてくれると約束してくれた。そして、とりあえずネルガイヤー将軍伯は地下牢に入れられることとなったのだが、相手の軍は一向に引く気配がなかった。
仕方ないのでネルガイヤー将軍伯に聞くと、彼は素直に話した。こちらとしてもチェリの良心である彼を処断するのは良くないというハリエット宰相の判断もあったからなのだが。
「実は、中央から大公名代として大公の三男坊が出張ってきた。攻撃が止まないのはそのためだろう」
「多方面作戦自体愚策かと。それに、グランディア自体満足に動けないことをご存じでないとは」
「大公は野望に妄執しておられる。何度もお諫めはしたが、聞いてもらえずじまい。事ここに至っては、素直に話して戦後の処分を軽くすべきであると判断したのだ」
彼はチェリの大公に従っているのではなく、治めている領地で暮らしている民の安寧を第一に行動している。なので、シュトレオンは一つの提案をした。
「それならば、エリクスティアに鞍替えしては如何です? もし防御面に不安があるようでしたら、遠慮なく仰って下さい」
「……正気か? 事情が事情とはいえ、ノースリッジ家とは長年争ってきたのだぞ?」
「私は認めますよ、ネルガイヤー将軍伯殿」
「……ノースリッジ公爵」
すると、その場所にハリエット宰相が姿を見せた。先ほどの邂逅で既に素性を明かしているのだろうが、ネルガイヤー将軍伯は先程まで死に掛けだった人物が元気な姿となっていることに目を見開いていた。
「ここにいるリクセンベール男爵は多少規格外でね。僕も命を救われてしまったよ。……ネルガイヤー将軍伯。確かにノースリッジ家は長いこと争ってきた。でも、大きな諍いはなかった。その気になれば暗殺などを仕込むことだってできたはずだ。私は貴方達を高く買っている。生前の父も先代ネルガイヤー将軍伯は真の武人だと褒め称えていたほどにね」
「………」
「幸いにしてノースリッジ家は陛下に上奏できる地位にある。君らの立場と領地については安堵を保障しよう。尤も、こうなった場合は子爵からのスタートとなるけど、経済援助は惜しまない」
主君である国の鞍替え……そう簡単なことではない。それはハリエット宰相とて解りきっている。だが、長年争ってはいても滅ぼすほどに憎いというわけではなかった。寧ろ相手への尊敬の念があったぐらいだ。そういう存在がいたからこそ、ノースリッジ家は今代に至るまで宰相職を務め上げて来れた。なればこそ、礼こそすれ仇など無い。その意を示した。
それを聞いたネルガイヤー将軍伯は少し考え込んだ後、こう言った。
「ならば、条件が二つほど。それを呑めるのならば、私は家臣と領民を説得しよう」
「それで、向こうはその条件は飲まれたのですか?」
「飲むどころか見事に成し遂げられてしまった。魔神討伐の噂は聞き及んでいたが、武だけでなく魔法にも長けた人物……シュトレオン・フォン・リクセンベール男爵は、エリクスティアにおける怪童であろうな」
ネルガイヤー将軍伯が提示したのは領地を守るための外壁設置と大公名代の討伐。前者など数年単位は覚悟していたにもかかわらず、1週間後には立派な外壁が完成していた。その外側には幅6メートル、深さ4メートルの堀まで設けられた以上駄々をこねる理由も無くなってしまったことにネルガイヤー将軍伯は笑みを零していた。
大公名代が討たれたこととネルガイヤー将軍伯の内応によってチェリ側は敗北。更に威勢を買ってチェリ南部の領土を支配下に置いた。チェリの国土の約3分の1を切り取った形となったため、エリクスティアは急遽防寒装備を整えて王国軍を派遣、治安維持に努めるよう厳命した。略奪を働こうものなら容赦なく罰することも付け加えられた。
その勢いに鼓舞されたのはメロックス・ヴェラジール連合軍。5万の兵で約15万のチェリ大公軍を壊滅させ、国土の約3分の1を切り取ってその半分ずつを自国の領土に加えた。これによってチェリを治める大公をはじめとした一派は首都を脱出し、北西部に暫定の首都を置いた。いまだ野心が消えていないことに現実が見れていないとネルガイヤー将軍伯はバッサリ切り捨てた。
「家臣たちも領民たちも、貴方の決定に従うと。これ以上戦火など見たくはないという意思の表れです」
「そうか……説得するつもりが、逆に説得された気分だ。これで娘でもいれば、リクセンベール男爵に嫁がせるつもりだったのだが……」
「ごめんなさい」
「いや、私も詮無きことを言ってしまった。すまない。さて、行こうか」
「はい。お供いたします」
そして戦争の裁定が始まるのだが、その裁定は双方共にシュトレオンを指名したため、已む無く外務相補任として裁定役を務めることとなった。被害や賠償などの部分は全部ベルシュタイン子爵に丸投げした。戦果や被害の取り纏めをしているので、適材適所と言えるだろう。
「では、双方共に依存はありませんね?」
「ノースリッジ家に異存はありません」
「ネルガイヤー家も異存はありませぬ」
そうして、戦闘は終結する。
お互い大規模な戦争なので、かなり被害が出ていた。不幸中の幸いなのは領地や占領地に大きな被害が出ていないことだ。なので、兵士の兵糧や遺族への慰謝料はエリクスティア基準での算定とし、ネルガイヤー家には1万ルーデルの拠出を求めた。
本来の額でいえば2億ルーデルになるのだが、ここまで減額になった理由はいくつかある。
一つは占領地内に大規模なミスリルの鉱脈が眠っていること。それを全部掘り起こしたら億どころか兆単位の額になる事が解った。チェリ側が知らなかったのは、山脈ではなく平地の地下深くという理由だった。その近くの川沿いでは砂金ならぬ砂状のミスリルが見つかり、それで調べた結果から判明したのだ。
もう一つはネルガイヤー将軍伯に占領地への口利きをお願いするため。チェリにとって心ある人間がエリクスティアに付いたということを知らしめるとともに、敵であっても王国の法と理念を守るものなら等しく扱うという建国以来の理念を示すためだ。
とはいっても、一応他の貴族への建前をきちんとすべきであるということから、賠償金として1万ルーデルの拠出とした。正直億単位の賠償を要求されるのかと思っていたらしく、ネルガイヤー将軍伯や同行していた家臣たちは夢でも見ているのかと思ったそうで思わず笑みが零れてしまった。
「ありがとう、レオン君。娘だけでなく私も助けられてしまった。何か礼をと考えたのだが……メルセリカの成人の儀を早めて、リクセンベール家に嫁がせたいと考えている」
「……大分思い切りましたね」
「それと、レオン君は将来的に家臣が必要だろうからその教育を任せてほしいんだけれど、これでどうかな?」
「そこは父も考えているでしょうから、直にご相談していただけるとありがたいです」
こちらとしては格下になるので、その決定に異を唱えるつもりはなかった。それに、将来必要となる家臣候補を見繕ってくれることには感謝したいと思うが、北方の国境線が北上したからにはノースリッジ家も忙しくなるだろう。無理のない範囲で構わない、と念を押しておいた。
それにしても、こちらが7歳で相手は同い年の嫁入り……実現の可能性は流石に低いし、これを国王が聞いたらどう思うのか想像に難くなかった。何せ、国王自身が負けず嫌いなのは既に知っているからだ。
戦後復興などの細かい事務仕事は当事者であるノースリッジ家の仕事。これ以上できることはないと判断し、ベルシュタイン子爵の帰り道の護衛として馬車に乗り込み王都へ帰ったのであった。
解ってはいても、骨すら残らないから大変な主人公の巻。
戦闘は犠牲となったのだ……
感想については一通り目を通しています。ただ、個別の返信についてはしない方針です。
これは今まで投稿してきたものとこれから書いていく予定のものとの齟齬をできるだけ生まないようにしていくためです。別件でコメントに返信した結果、それで齟齬が生じてしまったという経験をしているためです。申し訳ありませんが、ご了承いただければ幸いです。
それと様々なアイデアも頂きましたが、採用するかどうかは現時点で未定です。
これも先述した物語の齟齬を発生させないようにするためですので、予めご了承ください。




