第49話 新たな使用人と共に舞い込む来客
「すまないな、レオン」
「仕方ありませんよ。尤も、その原因を作った側としては申し訳ないと思います」
「謝らなくてもよい。外交官の話を聞いたときは思わず椅子から転げ落ちたが」
セラミーエに着いたという連絡をもらい、バルトフェルドを王都の屋敷にまで転移させてきた。実は、魔神討伐の時に通信用の魔道具はないのかと尋ねたところ、それを見せてもらって、その上位互換となるアーティファクトを作成した。
アーティファクトは所謂現在の技術で再現するのが非常に難しい魔道具を示す言葉だ。通信用のアーティファクトは国家機密扱いになるため、現状シュトレオン、バルトフェルドとジェームズ子爵、それとグラハム辺境伯とフィーナの5人しか所持していない。
外交官の件もすでに話した。とはいえ、外務省補任という役職なのでその報告は全部現職であるバルトフェルドに行く形となっている。できるだけ書類仕事は少なく済むようにしているのだが、それを見るたびに父はため息を吐く。曰く『どんな礼をすればいいのか解らない』だそうだ。ならば、時期尚早かもしれないがメリルの嫁ぎ先を探せばいいと正直に言った。
「幸いにして王族やノースリッジ公爵家との繋ぎができましたから、無理にこだわる必要もないかと。尤も、彼女の条件に見合う人間が出てくればいいんですが」
「無理難題と思うが……お前のような才覚を持つ人間が出てくるとは思えんぞ」
「高望みしすぎだと思うんですよね……それは父上とエリス母様の領分ですので」
今日はリクセンベール家で雇うこととなる使用人たちとの顔合わせ。本来ならすでに完成している屋敷での顔合わせとしたかったのだが、バルトフェルドも屋敷が見たいということでこうやってセラミーエから連れてきた。さらに……もう一人。
「ごめんなさい、レオン。我侭を言ってしまって」
「いえ、母上のお蔭でもありますので、これぐらいはお安いご用です」
そう、実の母であるミレーヌも一緒に来ていた。俺がここまで自由にやれたのは他でもないミレーヌがいてくれたおかげである。その母が息子の住む屋敷を見たいといったのだから、それを断る理由はない。だから転移魔法でバルトフェルドと一緒に連れてきたのだ。
すると、屋敷の玄関前に一台の馬車が止まる。割と大型で10人ほど乗れそうな馬車。それを見たバルトフェルドは表情を引き攣らせていた。
そこから降りてきたのはなんと、バーナディオス国王その人であったからだ。ただ、動きやすさを重視してか冒険服を身にまとっている。服装はどうあれ国王の登場にはアルジェント家全員が最上級の敬礼をする羽目に。
「頭を上げよ。いやはや、先触れも出さずの訪問を許してくれ。今回はわしの我侭ゆえ、気にすることはない。バルトフェルド、そういうわけでいつものように話せ。さもなくば」
「わかった、バーニィ。……これでいいのか?」
「それでよい。ここにいるのは一介の冒険者である『バーニィ』だ。今回は使用人の護衛ということで頼む」
そのやり取りには周囲の人間が呆気にとられている。王族は自らを守るために武術を学んでいることは知っていたが、まさか国王自身が貴族の使用人を護衛するという破天荒ぶりに、隣にいるバルトフェルドに小声で尋ねた。
「セルゲイ殿がS級ということは、バーニィ殿は……」
「SS級だ。言っておくが、俺にそこまでの実力はないからな」
立ち振る舞いだけでも隙が感じられない。聞けば、レオンハルトから直々に剣を学んでいた弟子の一人だそうだ。彼の弟子は他にもジェームズ子爵やリリエル、さらにはラルフもその一人であったことを知る。そら強いわけだ。
すると、国王はシュトレオンのほうを向いて話しかけた。
「使用人については、妻とノースリッジ公爵、それとラスティ大司教で選定した精鋭だ。安心してくれ」
まずは執事ということで、二人の人物が紹介された。一人は還暦を超えたぐらいの老獪な雰囲気を持つ執事。だが、その立ち振る舞いはしっかりとしている。もう一人は青年で20歳ぐらいと思われる。
「セバスと申します。つい先日まで離宮の執事をしていたのですが、老いには勝てず息子に役目を譲りました。今回、陛下からのご要請があり、使用人の教育係として任ぜられた次第です」
元とはいえ離宮の執事ということはアリーシャのことも無論知っている。彼女としても見知った顔がいるというのはやりやすいし、お披露目会のことを考えると多彩な経験を持つ人間はいてくれたほうがよい。その意味で国王は彼を推挙したのだろう。
続くように青年のほうも頭を下げて挨拶をする。
「此度、リクセンベール家の執事に就くこととなりました、エドワードと申します。シュトレオン様の非才ぶりは父であるウォルターより聞き及んでおります。何卒よろしくお願いいたします」
「彼は非常に見どころがあります。あと数年で教えることがなくなりそうで、お役御免も近そうです」
「これは御冗談を、セバスさん」
執事の公募の試験は受験者が書類審査の段階で1000人を超えたと後で国王から聞いた。その狭き門を潜り抜けて勝ち取ったのは、貴族がらみのコネではなく紛れもないエドワード本人の実力であるとセバスも太鼓判を押した。父の執事であるウォルターも笑みを零すほどだ。
「レオン様のお世話ができて、本当にうれしく思います。これからもよろしくお願いします」
「僕としても見知った顔がいると心強いよ」
メイド長としてカナン、その部下としてメイドが5人ほど。
メイドの選定には王妃がかかわっている。なんでも、近衛騎士団の試験に人数制限ではじかれたものの有望な人材についてはチェックしており、彼らを一時的に王都騎士団予備役という形で王都に置いていた中から選抜したらしい。
その他には料理長、料理補助、馬丁兼庭師が各一人ずつ。
料理長と補助の人はなんと親子で、料理長は王宮料理人に抜擢しても遜色ないレベルである。元々働いていた料理店はミッターマイヤー侯爵家が関わっているとのこと。昔はどうあれ、今は問題ない。馬丁兼庭師はウェスタージュ辺境侯家お抱えの牧場主の四男だったことが後で判明した。
それと親衛騎士が実質5人なので、合計すると16人。ここまで一気に雇っても、計算上は月当たり4万ルーデル(金貨4枚)ほどあればお釣りが出るとのこと。収入がぶっ飛びすぎてて使用人の給料が誤差の範囲内でしかなくなっていることにため息しか出てこない。
「そしたら、行くのはいいのですが……目立ちますよね」
「仕方ないだろうな……」
諦めて、使用人らをアルジェント家の幌馬車に乗せ、王族の紋章が付いた馬車は悠々と貴族街を進む。そして馬車に揺られること5分。目的地である屋敷に到着した。使用人らは認識阻害の結界で見えている小さな屋敷を見て、大丈夫なのかと不安がっていた。
「それじゃ、開けますね」
立派な門に付け替えられていることは、中に入らないと解らないようになっている。シュトレオンは馬車から降りて門の鍵を開け、門を開いた。二台の馬車はそのまま屋敷の中に入ったことを確認すると、アスカに念話を送った。
『見張っておいて。他の護衛が立ってくれているけど、一応ね』
『畏まりました』
そして、態々止まってくれた馬車に乗り込んだのだが、席について早々国王から興奮じみた感じで言葉を投げかけられた。
「シュトレオンよ、あれほどの屋敷を建てたのは真に僥倖と言っておく」
「もしかして、冒険者としてきた理由は……お隣さんに先を越されたくなかったからですか?」
「……否定はせぬ」
わざと直方体ではなく研磨した適当な形の石を並べたような感じの道だが、間には屋敷の土台に使った特殊コンクリートを使い、馬車が脱輪しない程度に排水のための機構も備えられている。その道を進みながら、国王の子どもじみた理由に馬車に乗った面々は冷や汗を流していた。
続いて目に入るのは、三階建ての立派な新築の屋敷と玄関の前に置かれたリヴァイアサンのモチーフの噴水である。ジャンルが違うとはいえリヴァイアサンも竜に連なる魔物の一種とされていて、その鱗は家内繁栄と安定を願うお守りとして重宝されているそうだ。
「そしたら、エドワード。鍵をお願いしてもいいかな?」
「はい。確かにお預かりいたします」
屋敷は、正面は執務や来客の対応をしたり、執事・使用人の部屋がある応接館。正面から見て左側は迎賓館となっており、来客の食事や宿泊はこちらで対応する。正面から見て右側は自分や家族の居住空間である。
正面玄関を入ると、ホールは3階までぶち抜いた形となっており、奥の壁には巨大な絵画が飾ってある。その絵はエリクスティアとガストニアの国境沿いにある山脈の山頂から東方向を望んだ夜明けの絵となっている。これはリクセンベール家を示すとともに、夜明けというのは明るい展望を示すというジンクスがあったからだ。
「これは、すごい……あのシャンデリア、王城のよりも煌びやかだな。シュトレオンよ、あれ以上のものを作ってくれ。期間は設けぬ。報酬は出す」
「あ、はい……」
左側の迎賓館だが、主会場となるホールは二階部分まで吹き抜けとなっている。中央の天井にはシャンデリアが飾られており、下手すると王城にあるものよりも立派な有様であった。なので、国王から王城にあれ以上の豪華なシャンデリアを作るよう言われてしまった。
そして迎賓館の残りのスペースは、一階と二階は来賓の護衛などの寝室や、ホールに料理などを運び入れるための準備室などがある。では、三階はというと……ワンフロアぶち抜きのスイートルームである。
「レオン、これはどういう目的で作ったのだ?」
「想定したのはガストニアの皇帝夫妻などの目上の方々が宿泊されることですね。……バーニィ殿、お泊りになられたいのならば、配慮は致しますが」
「本当か!? いやー、今回はあやつを出し抜いてきた甲斐があったというものだ」
「……よかったのか、レオン?」
「あの状態のバーニィ殿に対して断るほうが失礼かと……どの道、お帰りになったら王妃陛下から説教だと思いますが」
「言うまでもないな……あと、アリーシャ王女から数日間口を利いてもらえないだろう」
こちらで止めることが無理なうえに、この後で他の人が説教するのだから無理に止める理由もないとシュトレオンは判断し、それが合理的だとバルトフェルドも頷いた。
次に普段の生活を送る居住スペースを案内したのだが、食堂・調理場を見たバルトフェルドは貴族の当主であることを忘れて興奮していた。
「これは凄いな。レーガン、お前は果報者だぞ。こんな理想の環境で料理ができるんだからな」
「バルトフェルド様、とりあえず鏡でご自分の顔を見てください」
レーガンと呼ばれた料理長はバルトフェルドの知り合いだった。何でも、彼が偶に足を運んでいる料理店で、王都では『隠れた名店』と呼ばれているそうだ。彼の息子も調理場とは思えない環境に目を白黒させていた。
そろそろお昼時なので、昼食をさっそくお願いすることにした。その際国王とバルトフェルドが調理場に立とうとしたが、ミレーヌに止められて説教されていた。曰く『使用人の仕事を奪うような真似はするな』と。
今回は魚介類をふんだんに使ったシーフードパスタ。冷凍処理をした魚・イカ・貝などのシーフードミックスを解凍し、あらかじめ茹でておいたパスタを投入して、調味料で味付けをする。そのレシピは俺謹製である。正確には『世界書庫』から引っ張り出したものだが。
折角なので使用人も一緒に食事とした。割と簡単なものにしたのだが、大好評であった。特に国王が。
「シュトレオンよ、レシピをくれぬか?」
「構いませんが、それでしたらお披露目会の時に別のレシピも合わせてお渡ししますが、いかがいたします?」
「なんと……うむ、そうしてくれ」
そうして少し寛いでいると、エドワードがシュトレオンの傍に近づいてきたのでそちらに視線を向けた。国王がいることも考慮してか、彼は小声で用件を述べた。なので、小声で問い返す。
「シュトレオン様」
「何かあったの?」
「はい。ノースリッジ公爵夫妻と令嬢が挨拶にと。現在は門の前に留め置いておりますが……いかがいたしましょう?」
おそらく、二台の馬車を見て何事かと察したのだろう。お隣さんからわざわざ挨拶に来たので、断る理由もなかった。それに、将来は縁戚の人間となるので仲良くして損はないと思った。
「いいよ、通してあげて。……一応、国王陛下がお忍びで来ていることも伝えておいて」
「畏まりました」
そうなると、屋敷の主として寛いでいるわけにはいかないと踵を正し、正面玄関前に立つ。すると、ノースリッジ公爵家の紋章が入った馬車が到着し、ハリエット宰相とその夫人、さらにはメルセリカも姿を見せた。彼女に至っては屋敷を見て目をキラキラさせていた。
「これはノースリッジ公爵。本来はこちらから挨拶に伺うべきところをご足労頂き、感謝いたします」
「いやはや、押しかけたのはこちらだから謝る必要はないよ。しかし、ここまで立派な屋敷とは恐れ入る。娘にいたっては夢見心地といった感じだね」
「それについては申し訳ありません。何分、面倒な事は避けたいと思っておりまして」
そう言いつつ、三人を屋敷の中に案内する。食堂に入ると国王がムッとした表情を垣間見せていた。
「まったく、バーニィは相変わらずですね」
「何を言う。仮にわしが来なくても、かこつけて挨拶に来ることぐらい読めておる」
これはさすがに長くなりそうなので、言い合っている二人を放置して居住空間である居間や寝室、そして浴場を見せた。風呂は迎賓館にも大浴場はあるのだが、こちらはリクセンベール家の関係者のみが利用できると説明した。
「レオン、うちの屋敷の浴場もこれぐらい立派なものにできないかしら?」
「できなくはないですが、大体1週間はかかると思ってください」
結果的にセラミーエと王都のアルジェント家屋敷、それと王城の離宮の浴場も改修することとなったため、メーヴェル工務店に相談する羽目となった。メーヴェルは風呂にもかなり拘りがあり、シュトレオンが作った浴場を見てアイデアが湧き出るようになったらしい。発破をかけられたのは結果的によかったのだろう。
引っ越しについては元々私物をアイテムボックスや異空間に保持しているのが幸いして、持ち出すものは少なかった。王都の屋敷の空いた部屋はライディースかメリルに譲るように言い含めておいた。引っ越しを終えた時にはお披露目会まで残り二か月となっていた。




