第41話 無理という道理を魔法で抉じ開ける
成人の儀のことはバルトフェルドに伝えた。だが、現状リクセンベール家の屋敷の目途が立たない以上、お祝いは先送りにしてほしいと頼み込んだ。その理由はというと、割と単純なものだ。
「今の時点で成人だけして屋敷がどうにもなっていないのなら、絶対突っかかって来る貴族がいますので。それならば、屋敷の落成と貴族のお披露目と成人祝いを纏めてしまったほうがいいかなと思ったのです」
具体的な名前は出さなかったが、最も当てはまりそうなのはオームフェルト公爵家だ。それを察したのか、バルトフェルドも溜息を吐いた。
「その方がいいだろうな。執事とメイドなどはどうすると?」
「屋敷の完成目途が立ち次第募集すると……それで、父上。お願いとして、カナンをうちのメイドとして雇いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「私も元よりその考えのつもりだった。とはいえ、それだけで済ませてよいものか悩むところだ。そういえば、お前に貴族お披露目のことを教えておかないとな」
貴族のお披露目は新興・復興貴族が出来た際に行われるパーティーで、基本的には王国にいる全ての貴族に招待状を送らないといけない仕来りがある。断絶していた貴族家の襲名は数十年ぶりのことであり、一番最近だと現国王の弟が貴族家の襲名を行って以来だそうだ。
で、招待状を送る対象である貴族の数なのだが……ざっと数えただけで軽く300を超える。これは領地を持たずに王都で暮らしている役人系の在都貴族が結構多いためでもある。それを聞いた瞬間、シュトレオンは引き攣った笑みをこぼした。
「流石に全部の家が来ることはないだろう。精々挨拶文ぐらいのところも少なくない。嫌だろうがオームフェルト一派の貴族にも招待状を送るのが礼儀だ。あと、王族には招待状を送らないのが通例だ」
「それなのですが、一昨日陛下と会談された際にお披露目会を楽しみにしているという言葉をお聞きしまして。執事などのお願いの際に、一応招待状も渡すつもりです」
「あのお方は……そうなると、確実に陛下は参加だな。十中八九、王妃とアリーシャ王女も来るだろう」
王妃は昨年、第七子の女子を出産した。その子の名前なのだが、何故か俺がその名付け親に抜擢された。理由を聞いたところ、王妃の『アリシア』の名付け親は何とレオンハルトだった。また英雄補正か。
何を言ったところで断り切れないと諦め、悩みに悩んだ結果……第五王女の名前は『メアリティア』とした。単に王妃の名前とエリクスティアの名前を混ぜた形だ。現状アリーシャ王女の婚約はほぼ確定なので、いっその事神礼祭で知り合ったクロードに押し付けることも考えることにした。
話が逸れた。
王妃とアリーシャ王女は確定として、そこまで呼んでおいて……ということにはしたくないので、レクトール第一王子とカエサル第二王子もリストに加える方針で動くと述べた。ティファーヌ第一王女は現状ヴェイグの通い妻状態で、結婚式は今年の秋ぐらいになるらしい。発表はまだだが。
「うちからも料理人などの手伝いは送ろう。護衛についてはミッターマイヤー軍務相から辺境騎士団の南方方面を派遣してもよいと聞いたので、差配を頼んだ」
「ありがとうございます、父上」
一通り話を終えたところでシュトレオンは徒歩で屋敷を出て、その敷地へと向かう。古びた門と外壁、そして奥の方にひっそりと佇む古びた小さな館。周囲は雑草が生い茂っている。いかにも『出ますよ』と言わんばかりの代物だが、先日のような澱みは全く感じられない。ここから見える分でも相当痛んでいて、建て直した方が無難だろうと思う。
シュトレオンは一度その屋敷を後にして、市街地に向かう。アザゼルから教わった大工が働く工務店を探すことにした。一応店の名前は教わったのだが流石に場所までは解らないため、アルノージュ商会に足を運んで聞いてみることにした。
すると店の中に色白だが、がっしりとした体型を持つ偉丈夫がいた。頭部は漆黒の角が生えており、漂わせているオーラは歴戦の猛者を感じさせるほど。その男性はシュトレオンの気配に気づき、鋭い視線で値踏みするように見てきた。
「えと、すみません。何か悪いことでもしましたか?」
「……っと、ああ、すまない。昔の癖がつい出てしまった。すまんな、坊主」
「いえ、お気になさらず」
「お待たせしました、ウェスカーさん……って、レオン様? 今日は如何様で?」
その男性が謝ったことに言葉を返したところで、ブラッドが出てきて言葉をかけてきた。すると、ウェスカーと呼んだ魔族の男性はまたこちらを見ていた。
「えと、ブラッドさん。こちらの方はどなたです?」
「お隣のメーヴェル工務店を営んでいるウェスカーさんです」
「え、アザゼルさんが言っていた工務店の名前……」
「あ、アザゼル様だと? お前、うちの元上司を知ってるのか?」
どうやら、アザゼルの関係者のようで紹介状を手渡したところ、涙を流していた。その手紙のどこに感激する内容があったのかはさておき、そのままこの店の奥で話を聞くことになってしまった。どのみち家具などの伝手を頼ることになるので、早いか遅いかの違いぐらいだろう。
「俺はウェスカー。しがない大工だ」
「はじめまして、シュトレオン・フォン・アルジェント改めシュトレオン・フォン・リクセンベール男爵といいます。呼びにくければ『レオン』で構いません。公式の場ではありませんので、喋りやすい話し方でいいです。よろしくお願いします、ウェスカーさん」
「アルジェント……そうか、レオンハルトの子孫か。時が経つことを実感する。それで、俺に頼みたいことでもあるのか?」
「はい、実はですね……」
俺はウェスカーに新たな貴族の屋敷を建てたいと願い出た。魔族が貴族街に出入りすることはめったにないことを知っているので、そのための方策は一応考えている。そして、俺は破格の条件を出した。
「土台工事と建築資材の準備はすべて此方で整えます。で、ウェスカーさんらにそのあたりのノウハウをお教えしようかなと思っています」
「なっ……いいのか? 確かに人権は保障されているが、貴族の中には魔族を嫌うものもいる。それは気にしていないのか?」
「ぶっちゃけますけど、それってこの国の貴族である資格がないと思ってます。『全ての種族はエリクスティアの法と理念を信ずるものである限り、最低限の権利を平等に有する』……国の法と理念を重んじていて、国という枠組みにいる貴族がそれを守れないというのは、明らかにおかしな話だと思いません?」
軽く現代知識の技術も組み込むが、そうでなくともウェスカーらの技術力は高いとアザゼルは太鼓判を押していた。それに後押ししてやるだけの話だ。それに、将来人族と亜人族の貴族家の屋敷を魔族が建てたとなれば、それはそれでいい宣伝材料にもなる。こちらとしてもウェスカーらの存在を利用してしまう以上、見返りはあってしかるべきだと考えたからだ。
「それに、こちらとしてもウェスカーさんたちを利用してしまうような形になるでしょう。それに対する迷惑料だと思ってくれれば幸いですが……私は、是非お願いしたいのです」
「レオン様!? そんな簡単に頭を下げては……」
「アザゼル様の紹介もそうだが、ここまでとは感服した……いいだろう。最高の屋敷を最短で作ろう。ブラッド、メーヴェルの奴に連絡してくれ。奴ならたぶんコーレック領で魚釣りしてるはずだ」
「解りました。速達で送りましょう」
「ありがとうございます、お二方に改めて感謝します」
「フッ、本当に貴族とは思えないな」
「家を建てるのなら、専門の人に頼むのは筋だと思うのですが、いかがでしょう?」
「確かに、道理だな」
そして、ウェスカーの案内でメーヴェル工務店に案内されると、その中は木材の香りで満たされていた。中には見たこともないような魔道具が置かれている。おそらくは木材加工用の代物だろうと思われる。ウェスカーは奥にいた連中に手を止めるよう指示をする。
「聞いてくれ。こちらにいらっしゃるシュトレオン男爵の屋敷建設の依頼が入った」
「え、貴族様? こんなガキがあでっ!?」
「馬鹿野郎! あいつの魔力を見てみろ! アザゼル様に匹敵…いや、それ以上なんだぞ!」
え? 今の俺の魔力量って先代の魔王超えちゃってるの? 正直怖くてステータス見てないんだよ? あ、そういや仕事の報酬支払って国持ちだけれど、この世界の大工相場っていくらなのか解らないんだよな。
工務店の中にいるのは約20名ほどだが、その一人一人の魔力量は上級クラスである。少数精鋭部隊です、とか言われても納得できるような感じだ。この人らと本気で戦ったらこの国簡単に滅びそうだ。
「そういえば、魔族って特有の魔法で転移できるらしいと聞きましたが」
「あの人はそこまで教えたのか……そうだな。ただ、一度その場所に行かないといけないが」
「それでしたら、問題はないです。似たようなことできますので」
とはいっても『魔術転移』使うんですけれどね。目標対象は建物も含めることができるので。
そして、俺はアイテムボックスから一枚の大きな羊皮紙を取り出した。それは、現代知識を用いて設計した屋敷の予定図だ。これにはウェスカーらが感心したようにその図面を見つめる。
元々城とか作れないかなと空いた時間を利用して勉強していたのだ。今回は洋風の屋敷にしている。規模としてはお隣のノースリッジ公爵邸を目安にしたものだ。これは度々王都に来た際、『世界地勢』で読み取ったデータを一度書き起こし、そこからアレンジを加えたものだ。一からは流石に今の段階だと難しいし、そこまでの美的センスは持ち合わせていない。
「外壁あたりに認識阻害の結界を張るので、ウェスカーさん達が気にせず作業ができる環境を整えておきます」
あとは、金属製の足場や風除けなど、魔法を使うとはいえ安全な作業ができるような配慮や、木材同士の基本接合方法を『世界書庫』から得た知識で教えていく。ウェスカーらに教えたのは、彼らを紹介してくれたアザゼルへの恩返しも含んでいたりする。
そういえば、他に担当したりする家屋とかはないのかと聞くと、今の時期は木材の流通が少ないために木材の加工品などで腕を錆びらせないようにしているらしい。
「あとは屋根や壁面の塗装……って、どなたが担当されるのですか?」
「それはメーヴェルの仕事だ。で、そいつも元四天魔将の一人なのだが、気難しいやつでな。悪い奴ではないと言っておく」
そうして始まったリクセンベール家の屋敷の工事。元々ある館の撤去はアイテムボックスで片づけて、屋敷建設予定地に特殊なエンチャントを施した杭を十数本打ち込んだ。雑草は一回火魔法で綺麗に焼き払い、土魔法で屋敷の予定箇所に窪みを作る。
その上で、強度を上げるためにオリハルコンやらアダマンタイトやらミスリルを混ぜた特殊コンクリートで屋敷の土台を作り、時空魔法で硬化時間を短縮。ここまでするのに要した時間は3分。ここまでを『術式構築』一つでやり遂げた。俺からすればこれも魔法の訓練の一環でもある。
さらに、屋敷を立てるのに必要な分の木材は適当に積み上げた。その木材なのだが、ここでもファンタジー色満載の樹木が存在する。名前は『トワープマツ』という。通常の鉄製品では切れない硬度を持ち、加えて常温でもかなりのしなやかさを持ちうる矛盾の樹木。これを使って建てられた建造物にあのリスレットにある子爵邸が挙げられる。予備も含めて大小の角材や合板などを多めに用意した。
ここから先は本職であるウェスカーらの仕事だ。とはいえ、本当に手早い。何せ魔法やら魔道具を駆使するので、3日で基本の骨組みと屋根の天板張りが完了。床板・壁板・断熱処理・配線や配管まで含めると1週間程度だ。魔法は本当の意味で暴力だと思った。
そして、屋根や壁面の塗装を担当するメーヴェルと顔を合わせたが、ある意味強烈なキャラともいえた。
「あらぁ、あなたが話にあったシュトレオン男爵ね。アタシはメーヴェル、工務店の店主で愛に生きる狩人よ」
見た目は男なのに言葉遣いは女……所謂漢女という部類である。とはいえ、その仕事ぶりは凄まじいほどに正確の一言に尽きる。たった1日で外装や内装の塗装・装飾を終わらせたのだ。こうして完成したのはコの字型の屋敷。家具や調度品はアルノージュ商会に頼むこととなるだろう。
で、ここまでかかった金額はというと、メーヴェルとウェスカーが提示したのは22万ルーデル。そこに色目をつけて50万ルーデル(金貨50枚)とした。最初提示した金額でも問題ないと二人は揃って言ったが、ここは押し通した。
「王都はやや物価が高いですし、今後何かしらお願いするかもしれませんので、今回は挨拶料として高めにさせていただきました」
「いやはや、レオンハルトといい肝が据わっているな。その時は是非声をかけてくれ。今度は全部自前で揃えよう」
「そこまで高く買っていただけるだなんてアタシも嬉しいわ。いいわよ、今後ともうちを御贔屓にね」
28万ルーデルは自腹で支払い、22万ルーデルは後日王家に請求とした。月に最低300万ルーデル入ってくる現状だと28万は小さい金額ではないが、今まで使わずに貯め込んだ分をほんの少し吐き出しただけに過ぎない。
これを機に、メーヴェル工務店はアルジェント家やリクセンベール家のお得意先としてその名が知られるようになっていく。
ついでに外壁と正門・裏門を立派にし、それぞれの玄関に通じる道は御影石の石畳にした。材料は言うまでもなく先日のグランディア帝国の兵士を錬金変換して浄化したものだ。等間隔に弱めの「ライト」を付与することで、夜でも迷うことなく屋敷まで歩けるようにした。何も生えていないところに草を植え込み、時空魔法で一気に増殖。風魔法で適当に均しておく。
正門玄関の前にはリヴァイアサンを象った円形の噴水を置いた。中心に置かれたリヴァイアサンのミニチュア像の口から水を吐く仕様である。なお、大きさとしては4メートル程度に留めた。等身大40メートルの噴水って最早塔クラスだし、屋敷より目立ってしまうから仕方ないね。
そして、個人的に魔改造を施した業務用魔導家電をキッチンに置いた。基本性能は転生前の世界でいう上位性能の家電製品に準じている。シャンデリアなどの照明器具は『世界書庫』から王族クラスのものを引っ張り出し『創造具現』でこの世界に合うようすべて製作。トイレはシャワー洗浄機能付きのものをベースにして魔力による洗浄・清潔機能を取り付けている。
風呂についてはかなり気合を入れて作った。トワープマツをふんだんに使った大浴場である。桶や椅子までトワープマツから作った。このモデルはリスレットの子爵邸の大浴場をベースにしたものである。一応露天風呂もある。一応眺めをよくするために日本式の庭園まで仕上げてしまった。
あと、防犯システムも一応取り付けた。細かい設定はこの屋敷で暮らし始めてからになるだろう。
こうして、建築開始から2週間足らずで新築の屋敷が完成し、それを聞いた国王らが唖然としたのは言うまでもなかった。全部魔法という暴力のおかげということにしておいた。なお、認識阻害の結界はお披露目の時まで解かない方針とした。面倒な連中にうろつかれても困るので。




