第4話 未来設計の仮組み
意識が戻ってきて瞼を開けると、まず目についたのはラスティ大司教の驚きに満ちた表情であった。彼は驚きを隠せぬままバルトフェルドに話しかけた。
「私も多くの祝言に立ち会ってきましたが、八つすべてが光るのは初めてですね……侯爵殿。シュトレオン君は将来有望のようです」
「これは驚きだな。レオン、何かしたいことがあるのなら私に言いなさい。確約はできないが、相談には乗ろう」
「はい、わかりました」
バルトフェルドの言葉に対して、笑顔だがしっかりとした表情でそう答える。そして、ライディースとメリルもまるで自分のことのように喜んで、シュトレオンに話しかけてきた。
「レオン、ほんとすごいな!」
「すっごくきれいだった」
「うん、ありがとう。ライにメリル」
本来は兄であるライディースが先に受けるはずなのだが、『怖いからレオンが先にやってほしい』と頼んでいたそうだ。こういうところは3歳らしいと思う。逆に言えば精神年齢合計20歳の俺がおかしいともいえることに内心で溜息を吐いた。
続いてライディースの『祝言』を見たのだが、光った球は三つで光の色からして火・土・光属性と思われる。なお、三属性の資質がある時点で天才級だそうだ。ラスティは帰る際、シュトレオンに小声で話しかけてきた。
「君の力は計り知れない。でも、その力は大切なものを守るために使ってくれ」
その言葉に俺も小声で「はい」と頷くと、彼は振り返ることなく馬車に乗り込んで屋敷を後にしたのだった。
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その日から数日後、ラスティ大司教を乗せた馬車はエリクスティア王国の王都に到着した。彼は御者に大聖堂ではなく王城へ向かうよう指示した。ほどなくして王城の前に馬車が着くと、ラスティ大司教はキャビンから降り立った。
何事かと近づいてくる門番の兵士にラスティ大司教はお辞儀をしながら話しかけた。
「驚かせて申し訳ありません。ティアット教が大司教、ラスティ・カーティス・ハイデリッヒです。少し込み入ったお話があり、国王陛下への面会をお願いしたいのですが」
「畏まりました。すぐに案内を呼んでくれ!…ご案内いたしますので、少々お待ちを」
「ええ、解っております。急な対応をお願いして申し訳ありません」
こちらが目上とはいえ、急なお願いをしたのはこちらに非があるとラスティ大司教が述べると、兵士らは申し訳なさそうな表情で伝令を飛ばした。
すると、王城のほうから矢のごときスピードで走ってくる騎士服の男性が姿を見せた。かなり速かったにもかかわらず衣服の乱れが見えないことにその人物の凄さが滲み出てくるようだ。
「お待たせしました、大司教殿。自分は王都第一騎士副団長のグレイズ・フォン・カイエルと申します。僭越ながら、騎士服での案内をお許しください」
「それぐらいはお気になさらず。ティアット教が大司教、ラスティ・カーティス・ハイデリッヒです。陛下との面会は大丈夫でしょうか?」
「はい。宰相も同席となりますが、よろしいでしょうか?」
「ええ。彼は信頼の置ける人間ですので問題ありませんよ」
「では、ご案内いたします」
副団長もといグレイズの案内で辿り着いたのは王城のとある一室。グレイズがノックをした上で中に聞こえるよう声に出した。
「失礼します。陛下に宰相閣下、ラスティ大司教殿をお連れしました」
『うむ。入ってくれたまえ』
「では、どうぞ」
「ありがとうございます。……失礼します」
案内してくれたグレイズに頭を軽く下げて中に入っていくと、やや大きめのテーブルに国王と宰相らしき人物が座っており、ラスティ大司教は二人に対して深々と頭を下げた。すると、宰相らしき人物がラスティ大司教に声を掛けた。
「大司教殿、久しぶりだね。先日は祝言を執り行っていただいて感謝するよ」
「いえ、それが私の職務ですので。陛下、急な面会を申し出てしまい、大変申し訳ございませんでした。非礼をお許しください」
「気にするでない。お主の様に気兼ねなく話せる相手ならば万難を排してでも時間を空けよう。ちょうど政務も片付いたところにハリエットが来てな。お主も付き合うがよい」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
そうしてメイドが入れたての紅茶と甘めの茶菓子を出し、それに舌鼓を打ちつつラスティ大司教が切り出した。
「陛下に宰相閣下、私が面会を申し出たのは先日セラミーエ領に出向いたことに関してです」
「確か、アルジェント侯爵家の三男と四男が祝言の歳だったはずですね」
「はい。三男は三属性の適性ありと有望です。しかし、四男はそれ以上の資質を秘めています。私もそれなりの数の祝言を執り行ってきましたが、八属性全ての適性ありという結果…過去数百年にわたって光ることのないとされていた時属性の適性を示したのです」
ラスティ大司教の言葉に国王と宰相の表情が凍り付いた。
八属性全てというのはそれこそ大魔導師と呼ばれた人間でさえも成り得なかったことなのだ。更には過去数百年に渡ってその使い手がいない時属性の資質。以前、その資質を見せたのは当時稀代の魔術師と謳われた人族の男性であった。
聖職者という立場ならば本来はレインラース本国へ報告すべきことなのだが、ラスティ大司教は真剣な表情を浮かべてこう言った。
「私の本来の職務であれば、即刻本国へ報告して彼を連れていくのが筋です。しかし、私はバルトフェルド殿をはじめ、この国に多大なる恩を受けて今ここにいることができる身。されど、秘密を隠すのが下手な故、こうして陛下と閣下にご相談申し上げた次第です」
本来の職務から外れるが、彼を今家族と引き離すような残酷なことなどできない。何より、若くして大司教という位に立てるのはこの国の存在あってこそだと。
その思いのありったけを込めたようなラスティ大司教の言葉に、嘘や偽りはないと感じつつ、国王は言葉を発する。
「ふむ……ラスティ大司教よ。確か貴族の当主となれば、それは免除されるのであったな?」
「ええ。その認識に違いはありません」
「でも、現状三歳だし手柄はないからね……もしそれが本当なら、同い年のうちの娘を嫁に差し出したいぐらいだ」
「親馬鹿のハリエットがそこまで言うとはな。あいわかった。その話が真なら我が国にとって有益な存在になるであろう。それこそ、かの英雄レオンハルトの再来になるやもしれぬ。もしくは、レオンハルトの置き土産としてその子を遣わしたようにも思えるのう」
「申し訳ないですが、陛下は人のことを言えないかと。アリーシャ王女のことはいいですが、可愛がりすぎると王妃様がまた拗ねられますよ? もしかしたら、また子供が欲しいと強請られるかも知れませんね」
「うぐ、やるではないかハリエット」
「ははは……」
こうして、シュトレオンの知らないところで人生が若干決定してしまったのであった。