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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第35話 婚約者と無慈悲の特大爆弾

 シュトレオンは王城の執務室に通された。今は一人ソファーに座って、出された紅茶を飲んでいた。

 来てすぐに控えていたメイドや執事に服を脱がされ、サイズを計測されて真新しい貴族服に着替えさせられた。その際、以前贈られた八天竜勲章を身に着けるよう言われたので、左胸のところに着けている。その勲章は白金の竜のレリーフに八色の金属や宝石が使われており、これだけでも相当の値段になりそうだ。


「この様子だと、父も似たような感じかな……」


 先日の魔神討伐の件はとうに伝わっているだろうし、これ以上の案件は流石にないだろう。他にも国家に関わるような案件は確かにあるのだが、それについて今更確認する事項もないはずだ。すると、扉が開いて姿を見せたのは、立派で豪華な服を纏った男性と貴族服の青年のような容姿を持つ男性。そして服装は違っていたが、先日助けた二人の少女に違いなかった。

 これには流石に立ち上がって手に胸を当て、頭を下げた。瞬時に判断できた自分自身を今ほど褒めたいと思ったことはない。


「失礼致しております」


「貴方は、あの時の……あの、ありがとうございました!」


「あ、リーシャったら抜け駆けはずるいですよ! 私のほうも、ありがとうございます!」


「えと、いえ、お二人がご無事で何よりです」


 やはり、あの時の推測は間違いではなかったことにホッとしたが、ドレス姿の少女は俺の左手を両手で包んでおり、貴族服の少女は右手を両手で包み込むように握って、それぞれお礼の言葉を述べた。これに対して笑顔で言葉を返すと、二人とも頬を赤く染めて見つめてくる。え? 何この状況? とか内心苦笑していると、それを察してくれたのか豪華な服を着た男性が話しかけた。


「はっはっは、やはりであったか。魔神殺しの英雄とはいえ、慣れないものか」


「無理を言わないことですよ、陛下。彼はもともと継承権を持たなかった人間ですから。アリーシャ様、彼が困っていますよ? それにセリカもだよ?」


 その助け舟に二人の少女は慌ててシュトレオンの手を放し、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝った。助けられた恩人にまた出会えた喜びというのは素直に受け取りつつ、何も悪くないという気持ちも込めて諭した。


「あっ……ご、ごめんなさい!」


「その、つい嬉しくて……」


「いえ、お気になさらず……バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ外務相が四男、シュトレオン・フォン・アルジェント準男爵と申します」


「エリクスティア第四王女、アリーシャ・セルデ・エリクスティアです。先日は本当にありがとうございました」


「ハリエット・フォン・ノースリッジ・コーレック宰相が次女、メルセリカ・フォン・ノースリッジといいます。盗賊たちをあんな簡単に捕まえるだなんて、本当にすごかったです!」


 ともあれ、お互いに自己紹介を済ませたところで、陛下と呼ばれた男性の言葉で5人はソファーに座る。何故か俺の両端に二人の少女―――アリーシャ王女とメルセリカが座っている。何故に? え、これフラグ立ってた?


「さて、書状では挨拶しておるが……第29代国王、バーナディオス・セルデ・エリクスティアじゃ。此度はわが娘であるアリーシャを救ってくれたこと、一人の父親として誠に感謝する」


「ハリエット・フォン・ノースリッジ・コーレック宰相という。よろしく、シュトレオン君。そして、メルセリカを助けてくれて本当にありがとう」


「二人とも、頭をお上げください。私のほうこそ挨拶に行けず、申し訳ございませんでした」


 あの時はカイエル子爵家の相続裁定がしっかり実行されたことを確認しなければならなかったし、二人を助けたのは自分がお披露目会へ行く際に襲撃されては困るため、その偵察へ行ったついでの救出だったことも併せて説明した。すると、国王とハリエット宰相は感心したようにこちらを見ていた。


「ふむ、さっそく案件の解決に携わるとはな。それでいて、かなりの功績をあげておるにも関わらず、出世にはあまり欲がない……これほどの優良物件、他にあると思うか?」


「ないでしょうね。正直婿養子で欲しかったぐらいですよ。まったく、陛下もお人が悪い」


「早い者勝ちは基本じゃわい、ハリエット。コホン……シュトレオンよ。正直お主のような者を素直に手放すのは、我が国の将来に関わると思うておる。なので、これは提案じゃが…お主の両隣に座る二人を婚約者として考えておる。わしも隣におるハリエットもこの件には賛同の方針じゃ」


「誠にうれしい限りですが、本人たちにこの話は?」


「勿論、二人とも君が良ければという言伝を貰っている。それと、君の父親であるバルトフェルド外務相から君が既に婚約者持ちだということも伝えた上での了承だよ」


 そんなことだろうとは思いましたよ、はい。視線をそれぞれ二人のほうに向けると、恥ずかしそうに目線を逸らした。耳まで真っ赤になっている始末だ。そもそも、父から婚約者として王女を降嫁させることも聞いているし、自分も承諾済みだが……まさか、助けた少女が王女と公爵令嬢だなんて予想できませんよ。


「父から王女殿下の降嫁について既に聞かされており、若輩ながら自分も承諾した身です。それだけでなく、宰相閣下の令嬢まで婚約者としていただけること、存外の喜びにございます。非才の身ではありますが、ありがたくお受けいたします」


「……お主のことはバルトフェルドから聞いておったが、あやつの子とは思えんほどじゃ。この後、お主には謁見してもらうことになる。そこで陞爵の件も話すこととしよう」


「解りました。陛下に宰相閣下、誠に勝手ながら一つお願いしたいことがございます。実は―――」


 男爵への陞爵の件に関してはすでに予定通りとなっている。さて、折角国王と宰相がいることだ。俺は一息吐いて、真剣な表情をした上で二人にお願いをすることにした。それを聞いた4人が目を見開いたのは言うまでもない。



 所変わって、謁見の間へと続く扉の前。覚悟を決めたとはいえ、緊張していた。すると、執事服の男性が声をかけてくれた。


「未成年で謁見は基本ありませんからね。大丈夫でしょうか?」


「はい。何せ、身内がその中にいますので」


「そういえばそうでしたね」


 すると、扉が開いたので前に進む。貴族らが並んでいる中にはバルトフェルド、グラハム辺境伯、ジークフリードにヴェイグもその列の中にいることを目視で確認できた。その中には王妃と思しき人物とその子どもたちである王子・王女の姿もある。当然アリーシャ王女もいて、こちらの姿に気づくと笑顔を見せていた。

 そして絨毯の切れ目に来ると、その場で片膝をつき頭を下げる。謁見の作法はグラハム辺境伯との勉強で学んでいたので、この時ばかりは本当に感謝である。


「アルジェント準男爵、頭を上げよ」


 玉座には先ほど身に着けていなかった王冠を被っている国王と、その横にはハリエット宰相と文書を運ぶための文官が控えていた。宰相は一歩進み、手に持った書状を読み上げる。


「先日、アリーシャ王女殿下およびメルセリカ・フォン・ノースリッジ嬢が盗賊団『紅蓮の荒鷲』に誘拐されたのは周知の事実だが、これをシュトレオン・フォン・アルジェントが単独で全員捕縛せしめた上、二人を無事に逃がすためと盗賊団を全員連行するための経路確保まで成した」


 これには貴族らがざわめく。聞かされたシュトレオンも内心驚きを隠せなかった。


 え、あいつら結構有名な盗賊団だったの? そういえば、あまりに気にしてなかったけど、壁のほうに鷲を象った旗が壁に貼り付けられていた。盗賊団の団旗はかなり実力のある盗賊団にしか許されない代物だそうだ。

 義賊なら酌量の余地はありそうだが、二人の少女を誘拐した時点で余地なしだろうな。それも王族と公爵令嬢だ。ご愁傷様。


「したがって、相応の恩賞を与えるべきものと判断する。では、陛下」


「シュトレオン・フォン・アルジェント準男爵よ。お主の活躍がなければ、そこにいるアリーシャやメルセリカ嬢を無事に救い出すことはできなかったであろう。魔神討伐を成したのは真と信ずる。よって、シュトレオン・フォン・アルジェントを男爵に陞爵とし、白金貨20枚を与えることとする。後日王都に屋敷を与えよう」


「ありがたくお受けいたします。我が剣と神々に誓い、より一層の精進を宣誓いたします」


 宰相と国王の言葉に対し、素直に受け取る旨をしっかりと言い放つ。さて、本題に入ろうかなと思ったところで、待ったをかけた人物がいた。それは先日見たキンバリーと同じような体型だが、もっとどぎつい印象しか出てこない感じの貴族。その人が纏っているのは、橙色の貴族服なので、その人の出自はすぐに理解できた。


「お待ちください、陛下! まだ未成年の辺境の貴族が男爵などと言うのは信じられません。それに、先日の魔神討伐を彼が成したというのはあまりにも荒唐無稽かと存じます! 彼の胸につけられた勲章とて偽物の可能性が」


「黙れ、オームフェルト公爵。ならば貴様は、単独で魔神討伐を成せるというのか? そしてあの屈指の盗賊団相手に無傷で捕縛できるというのか?」


「い、いえ……」


 えー、あれが武門の一族と言われたオームフェルト公爵家の現当主? こないだのキンバリーをより成金ぽくした印象しか出てこないんだけれど、これは俺だけなのかな? 自分が身に着けている勲章は珍しいから疑うのもわかる気はするけれど。

 そんなことはさておき、俺はそれに割り込むように声を発する。


「陛下、もしよろしければ発言の許可を賜りたく存じます」


「なっ、貴様アルジェント家の分際で」


「黙れと言ったのが聞こえなかったのか! 黙って下がるがよい! ……よい。申してみよ、シュトレオン男爵」


 シュトレオンの発言にオームフェルト公爵が怒りを向けてくるが、国王の一喝によって大人しく下がりつつも睨み付けてくる。だが、正直魔神の比にもならないほど威圧が弱い。とは言っても仮想敵みたいなものだから油断はしないけど。

 国王の発言許可を聞いた俺は、真剣な表情をしつつ話し始める。


「はっ。こうして男爵位を賜ったことは非常にありがたいことと存じます。ですが、それと同時に危惧も抱いております……かつて、私の曽祖父レオンハルトの時に起きてしまった政変。その二の舞になるのではと」


 実家の書庫ではライナーが一方的な悪者として書かれていた。だが、グラハム辺境伯の屋敷に現存しているレオンハルトの手記には、その原因を亡くなった兄を除き、レオンハルトの兄が全員爵位を持っていたことに起因していたと書かれていた。

 前者の書物は表向きの理由だろう。後者を日本語で残したのは、オームフェルト家の息のかかった人間に調べられても分かりにくくするためかもしれない。


 しかも、王都の屋敷の地下室にライナーの愛用していた聖剣が眠っているって書いてあったときは絶句した。後で調査したら本当にあった。

 彼がその剣を使っていた事実を知るのは、レオンハルトとアザゼル、それと当時の獣人王だけであると書かれていた。うちの曾祖父とライナーは勇者でもやってたの? という感想しか出てこなかった。


 話が逸れた。


 当時男爵のレオンハルトに第一王女を降嫁させるため、階段飛ばしで伯爵への陞爵が考えられていた。そうなると、彼の父親が当主を務める以上兄弟で最も爵位の高い人間となる。その果てに起こるであろう事態は領地の内乱もといお家騒動であった。そのため、最悪レオンハルトを亡き者にしようと画策したのだ。

 それも、彼と血の繋がった親と兄弟が成そうとした事実。レオンハルトはそれに気づき、身内殺しと蔑まれても構わないと排除を決意した矢先、ライナー・フォン・オームフェルトがそれを実行したのだ。


「私の兄たちは皆良き人格者ですが、それをよく思わぬ者が画策して兄弟の仲を引き裂こうとするかもしれません。ですので、私としましてはアルジェントの名を捨て、既に断絶してしまった貴族の家名を継ぎたいと考えております」


 この言葉に貴族の列からざわめきが起こる。無論、バルトフェルドやジークフリード、ヴェイグも驚いた表情を見せていた。将来公爵にまで上げるという考えは聞いている以上、お家騒動の可能性をできる限り薄れさせる。それが一番の理由だ。


 それにどうせオームフェルト公爵家に睨まれているのだから、売りまくった喧嘩を態々買って出てやるというわけでもある。表立ってと言うよりは『余計なことしたら、水面下で潰すよ?』という意味合いも込めている。

 宰相がその騒ぎを諌めつつ、シュトレオンに問いかけた。


「静粛に! ……陛下、いかがいたしましょうか」


「シュトレオン男爵よ、そなたは本当に家族思いの良き人格者じゃ。よかろう、お主は多大な功績を挙げておる。ガストニア皇国との国交正常化の功績を称え、断絶した家名を継承することに異存はない。して、その候補は考えておるのか?」


「はっ。ここで取り出してもよろしいでしょうか?」


「よい、許す」


 国王の言葉を聞いたシュトレオンは服の懐に手を入れる振りをして、アイテムボックスから丸めて結ばれた紙と一通の手紙を取り出した。それを近くに来た文官に渡し、ハリエット宰相がまず紐を解いて丸めた紙に目を通す。すると、彼の表情から笑みが零れた。


「陛下、こちらにてございます」


「うむ。ほう……確かに、断絶した貴族の家名としてあることは間違いない。お主にとって、これは運命なのかもしれぬな。彼らからは何と?」


「大変喜んでおりました。かつて袂を分かった祖先に、ようやく手向けができると」


 続けて、ハリエット宰相は手紙の中にあった便箋に目を通し、国王に手渡される。国王は便箋を見て、満足そうな表情を見せていた。もはや事ここに至って異存はないという意思表示であった。それを見たハリエット宰相が高らかに説明をする。


「エリクスティア初代国王エイジ・スギヤマ・セルデ・エリクスティアから二代目国王に譲位されたとき、四男は公爵家となるも出奔して行方不明。その時の家名はリクセンベール。此度、その子孫がガストニア皇国の皇族であるリクセンベール家であることが判明した」


 宰相の言葉に再び貴族らが騒めく。

 正直、俺も驚いたんだよね。エイジ・スギヤマって、転生前の曾祖父の名前だった。しかも、ガストニアの皇族しか入れない書庫に彼の日本語で書かれていた日記が残っていたのだ。

 彼は転移者で、まだ幼かった祖父のことを心配するようなことも書かれていたから、間違いないだろう。


 彼の四男は唯一日本語を教えてもらい、それを後世まで残すためにエリクスティアを飛び出した。そして、ガストニアの地で竜人族の女性を助けたことがきっかけで結婚し、その地に国を興した。これが後のガストニア皇国の起こりである。


「我が国のリクセンベール公爵家はすでに断絶したものと認められており、シュトレオン男爵の希望に適うものであると判断する。陛下、ご決断を」


「うむ。シュトレオン・フォン・アルジェント男爵よ。本日付けを以てアルジェント家より籍を外し、リクセンベール家の襲名を許すものとする。今後はシュトレオン・フォン・リクセンベール男爵として、一層の貢献を期待しよう」


「勝手ながらのお願い、聞き届けてくださり感謝いたします」


「じゃが、お主がアルジェント辺境侯の息子であることには変わりない。偶には親や兄弟に顔見せして安心させてやることも、お主の大切な義務じゃ」


「はい。それは無論です……周囲の驚きが予想以上ではありますが」


 この特大級の爆弾には、流石のオームフェルト公爵も口をパクパクさせており、貴族らからは何も言えないような状況を生み出していた。これには思わず口に出してしまったが、国王と宰相は揃って笑みを零していたのであった。


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