第32話 剣を持ち込んだら旗が立った
「僕としては、もう少し先になると思ってたんですけどね」
「もうじきお披露目会だものな。今年も神礼祭だが」
「そういえば、レオン君は初めてなのですね」
「まあ、基本は父からの言伝か手紙受け取るだけでしたし」
俺らの目の前には、立派な王城が聳え立っていた。聞けば建国以降改築を重ねており、現在も増築工事中らしい。そういったところを聞いてしまうと、エリクスティアはまだまだ発展の余地を残しているともいえる。すると、立っていた門番がこちらに気付いて敬礼しつつ声をかけてきた。流石に人通りも多いので声量を抑えたまま喋る姿に少し感心してしまった。
「これは殿下にヴェイグ男爵、お疲れ様です。今日はどのようなご用件で?」
「ああ。ギルドの依頼でグレイズ副団長に用件があってな。あと、こっちにいるのがシュトレオン準男爵だ」
「はじめまして、シュトレオン・フォン・アルジェントと申します。今日は冒険者ギルドからの依頼で来たのですが」
「ヴェイグ男爵の弟殿ですか。こちらこそ、よろしくお願いいたします。ただいま取り次ぎましょう」
そうして正門の方から鎧を着こんだ兵士が来て、三人はその兵士の案内で王城の中に入っていく。その内部は本当に中世の豪勢な城といった感じであり、見るものすべてが新鮮に感じられる。
そして、兵士に勧められるがまま中に入ると、奥にある執務机に座っていたのは騎士服を纏った男性であった。彼は俺らに気付くと立ち上がり、近づいてきたのでヴェイグは敬礼の仕草を取った。これにはその男性も敬礼で返しつつ口を開いた。
「グレイズ副団長、休暇中ですが用件があった故参った次第です」
「ああ。というか、君は立場上私と同等なのだがな…殿下もお疲れ様です」
「いえ、将来の夫に尽くすのも妻の務めですので」
「そうか。で、そちらの少年は誰かな?」
「はい。私の弟のシュトレオン準男爵です。シュトレオン、こちらは王都第一騎士団のグレイズ副団長だ」
歳はリリエルよりも上っぽく、どこかしらダンディーさを漂わせるような趣を感じた。彼はヴェイグから俺の名前を聞くと、真剣な表情でこちらを見つめてきた。俺としては親衛騎士の一人がこの人の妹であるし、少なからず縁戚関係になる人間だということは知っている。なので、こちらも真剣な表情で応じた。
「ヴェイグ男爵の弟のシュトレオン・フォン・アルジェント準男爵といいます。よろしくお願いいたします、グレイズ副団長」
「……なるほど。リリエルがあそこまで意固地になるのも解るな。王都第一騎士団、副団長を務めるグレイズ・フォン・カイエルという。もっとも、私自身は名誉騎士爵なのだがね。よろしくお願いします、英雄シュトレオン準男爵殿」
「えと、できれば公式の場以外では年功序列で構いません。流石に畏まられると身動き取りにくいですから。それに、英雄ではないですよ。できることをしただけです」
「ふふ、了解した。さて、用件を聞こうじゃないか。件の英雄殿?」
そう言って四人はソファーに腰かけた。ヴェイグとティファーヌの間に俺が座り、俺と向かい合うようにグレイズが座った。
俺らは冒険者ギルドからの依頼でグレイズに届け物があると言い、アイテムボックスから直方体の箱をテーブルの上に置いた。箱は木製で結構大きく、一番長いところは1メートルぐらいある代物だった。中に入っていたのは一本の白銀に輝く剣で、見たところエンチャントを施されているのが分かった。
俺やヴェイグ、ティファーヌは綺麗な剣だと正直な感想を抱く一方、それを見たグレイズは頭を抱えていた。それに気付いたヴェイグは首を傾げつつ尋ねた。よく見ると、彼の手には便箋らしきものを手に持っていた。どうやら箱の中に一緒に入っていたもののようだ。
「副団長? どうかしたのですか?」
「……この剣はな、カイエル家が叙爵された際に国王陛下より下賜された剣なのだ。ようはカイエル家当主の証と言ってもいい」
「え、なぜそれがここに?」
「グレイズ殿は子爵家の次男ですから、長男に余程のことがなければ……」
「父が倒れたそうだ。そして、この宝剣は父がバストール殿に送ったもの……そして、いま私が持っているのは、その父が倒れる直前に書いたと思しき手紙と、父の執事が状況を書いてくれた手紙だ」
その内容によれば、グレイズの父であるカイエル子爵は長男の狼藉ぶりや浪費癖に頭を悩ましていた。だからと言って、次男であるグレイズに迷惑をかけるわけにもいかなかった。彼は立派な騎士として歩んでおり、下手に指名すればお家騒動に発展しかねない。だが、御年70を超えている身としては、先が短いと察していたらしい。
「普通、寿命って解りませんよね?」
「普通ならな。だが、父は数々の遠征を経験してきた歴戦の猛者だ。生と死の境を見たからこそ、自分の寿命は大体わかる、と私が幼い頃からそう言っていた。何を弱気な、と私も思ったさ」
だが、こうしてその手紙と目の前にある宝剣がある以上、子爵もある程度死期を悟っていたのかもしれない。俺は2年前のお披露目会の時に顔を合わせたが、2年後にはこんな状況になるような風には見えなかった。
「でも、その剣があるということは…グレイズさんを後継者に推したいと願ったのでしょうね」
「けれど、長男のそんな噂は一言も聞かなかったのですが」
「あれでいて外の声には敏感な兄だ。漏らさぬように強権でも使ったのだろう」
聞くと、長男は第一夫人の子で既に40歳を過ぎている。グレイズは第二夫人の子であると説明した。というか、既に当主を明け渡す時期を過ぎているのに爵位を頑なに譲渡しなかったのは、長男の浪費癖が加速して領内の財政を悪化させたくないとしたカイエル子爵の判断なのだろう。
それを聞いたシュトレオンは、グレイズに真剣な表情を向けたうえで一つの提案をした。
「行きましょう、グレイズさん。この剣がここにある以上、無関係を貫くことは無理でしょうし」
「シュトレオン準男爵……しかし……」
「僕が継承権相続の調停を取り仕切ります。幸いにして、外務相補任という非常勤職の肩書きを持っていますので。少しぐらい働かないと、ただ飯食らいになってしまいます」
「でしたら、私も協力いたしますわ。健気な弟を助けるのは姉の役目ですので」
外務相を含めた外交官は諸外国との外交のみならず、国内における小競り合い・紛争を含めた調停を担う。それは外務相補任も例外ではなく、非常時には外務相に準ずる権限―――階級第三位相当の扱いとなる。これには外務相であるバルトフェルド当人か第二位以上の承諾が必要となるが、今回はティファーヌがその役目を担うこととなる。
7歳で何を言っているのかと思うが、今回の一件は実家にも少なからず影響する。それに、近々神礼祭もあるのだ。とっとと解決して遺恨を残さないことこそ急務である、とシュトレオンは判断を下したのだ。
こうなるともう止めるのは無理だ。そう判断したヴェイグは、諦めたような口調でグレイズに諭した。
「……ということみたいです。俺は護衛ぐらいしかできませんが」
「しかしだな……」
自分は王都第一騎士団の副団長。おいそれと離れるわけにはいかない。だが、そこに一人の女性が救いの手を差し伸べるように、凛とした声で言い放った。
「グレイズ、行きなさい。何時亡くなるか解らない以上、義理立てをするのは今しかありません。違いますか?」
「団長……しかし」
「既に神礼祭の差配は終えています。これ以上、何か懸念事項があるのですか?」
そう、騎士団長であるフィーナであった。物心つく前に両親を失った彼女にとって、その気持ちを知るのは難しい。だが、自分の肉親を見ずにただ報告だけ聞いて終わるというのは、到底納得できるはずもない。なればこそ、彼女は彼の背中を押すように言い放った。
「……副団長グレイズ・フォン・カイエル。実家の都合により、暇をいただきます」
「承りました。シュトレオン準男爵、少しばかり残っていただけますか?」
「? ええ、まぁ、構いませんが」
何か重要な案件とかを忘れていたのだろうか? とここで考えても埒が明かないので、シュトレオンは素直に頷いた。部屋から出ていくのを見届けて、二人きりになったところでフィーナのほうを振り向いた瞬間、俺の顔面に柔らかくて暖かい感触を感じていた。フィーナが抱きしめていたのだ。
「ごめんなさい、レオン様。いけないと解ってはいるのですが、こうやってレオン様の感触を確かめられる誘惑には勝てないのです」
恋人としては冥利に尽きる発言なのだが、ここは王城なのでバレる危険性しかないのだ。そして、俺のその予想は当たってしまった。
「おっと、剣を忘れるとこ……ろ……」
「……」
「……(まぁ、そうなるな)」
部屋の中の空気が凍り付いたように、静寂に包まれた。
テーブルの上に置いていた宝剣のことを思い出して、慌てて戻ってきたグレイズは目をパチクリさせて、自分の視界に映っている不可解な現象を解読しようと試みたのであった。そして、彼が出した結論は行動となって示された。
「……顔でも洗ってくるか」
「いやいや、副団長殿! 気を確かに!!」
「むむむ、あのアプローチは真似できませんわね……」
「ほほう、流石騎士団長は自分の武器を存分に使っているわね」
現実逃避しようとしたグレイズ、それを止めるヴェイグ、自らの手で自分の胸を触りつつしょんぼりしているティファーヌ、さらにはフィーナの行動を冷静に分析するローブ姿のエリザベートまでその様子を見ていた。
「ううう……、恥ずかしくてお嫁にいけません……」
結果、フィーナは顔どころか耳まで紅く染まり、部屋の片隅で壁に向かって正座していた。
これはもう隠すのは無理だと判断し、俺はグレイズに婚約のことを話したのであった。
「……と、いうわけです」
「成程。最近態度が少し柔らかくなっていたのはそのせいだったか。礼を言うよ。団長……このことは秘密に致しますのでお気遣いなく」
「……はい」
半ば意気消沈しているフィーナに後で何かしらフォローしようと心に決めつつ部屋を出て、用意された馬車に乗り込むシュトレオンたちだが……何食わぬ顔でエリザベートも同席していたのだ。これにはヴェイグが珍しく怪訝そうな表情を浮かべた。
「いや、お前はいいのか? その恰好、どう見ても王宮魔導師だろう?」
「ちゃんと陛下の許可は取り付けてきましたわ、兄上。それに、私が今回の見届け人ですので」
バルトフェルドの長女にして俺の異母姉であるエリザベートは、なんと一年前に王宮魔導師へ抜擢された。先日彼女が解決した『曰く憑き』の件で、ラスティ大司教から名誉司教職と洗礼名『レヴァリエ』が贈られたことが決定的だったらしい。なので、今の彼女の名はエリザベート・レヴァリエ・フォン・アルジェントとなる。
なお、学院生としての学籍は残ったままだが授業に出る必要はないので、現在は王城に通う毎日だと説明した。そして、先程言った『見届け人』というのは相続裁定の判断人のことを指す。もろ身内ばかりで大丈夫なのか? という疑問はあるのだが。
カイエル子爵領は、実は王都から近い。王都を出て、馬車で南へ進むこと一日程度の場所にある。
街を守る兵士の案内でカイエル子爵の領主邸に到着する。規模としてはそれなりの格式高い感じに整っている印象を受けた。馬車を降り立ったグレイズらを待っていたのは、初老の執事でありグレイズにとっては身内同然ともいえる人であった。
「グレイズ様、おかえりなさいませ。そしてお呼び立てして申し訳ありません」
「いや、その辺は理解のある上司のおかげでな……ベアード、彼らはアルジェント家の方々だ」
「おお、これはこれは……カイエル子爵家の家令、ベアードにてございます」
「これはご丁寧に」
その執事もといベアードに軽い自己紹介をした後、屋敷の中に案内された俺らは子爵の寝室に案内された。ベッドには横になっている子爵の姿と、一人の少年の姿があった。すると、その少年はエリザベートの姿を見て目を見開いていた。
「叔父上、おかえりなさい……って、エリザベート!? 王宮魔導師になったって聞いてたのに、どうしてここに!?」
「えと、知り合いですかエリザ姉様?」
「同じ王立学院の同級生よ。元気そうね、ルイス。数日顔を見せていないから、心配したのよ? 貴方に惚れている女の子のフォローが大変だったのだから、後でちゃんと埋め合わせしなさいよね?」
聞くところによると、少年もといルイスは長男の息子で、祖父の危篤を聞いて帰省したとのことだ。見た感じ浪費癖のある父親を持っているとは到底思えないほどの礼儀正しさである。むしろ父親の存在が反面教師になったのかと思わざるを得ない。
「あ、うん、ありがとう……えと、貴方たちは……って、ヴェイグ先輩にティファーヌ殿下!?」
「こんにちは、ルイスさん」
「久しぶりだな、ルイス。シュトレオン、彼は俺やティファーヌの後輩でルイス・フォン・カイエルという。ルイス、彼は俺の弟のシュトレオンだ」
「はじめまして。ヴェイグ兄様とエリザ姉様の弟でシュトレオン・フォン・アルジェントといいます。今回はグレイズ騎士爵にお願いをして同行させていただきました」
「弟さんですか。ルイス・フォン・カイエルと申します。こちらこそ、よろしく」
「……ルイス、父の容体は?」
世界は狭いと思いつつ互いに自己紹介を済ませた。グレイズはルイスに、ベッドで横になっている子爵の容体を尋ねた。すると、彼はベッドの横に立っている司祭と思しき人物に目くばせをすると、その司祭は軽く会釈をしたうえで説明を始めた。
「かなりの衰弱が認められます。魔法でも処置の施しようがないほどに……もって、あと数日がいいところかと」
「そうですか……」
正直、加護を使って延命措置をすることはできるかもしれない。だが、それは子爵自身が望んでいないと心のどこかで思っていた。たしかに、人の死というのは悲しいし、できることなら避けたいと思うだろう。だが、それは自然の摂理を捻じ曲げてしまうし、なにより俺自身の危険を増やすことになってしまう。
司祭も子爵にその線を薦めたのだが、彼は固辞したそうだ。これ以上長生きしては耄碌しつつある老いぼれの餌食になるだろう、と本人が言い放ったらしい。
「あの、子爵自身からこの先のことなどは聞いておりますか?」
「はい、すでに遺言を。……確か、シュトレオン様といいましたね。子爵閣下が貴方にその遺言を預けたいと言っておりました」
「え? 僕がですか?」
流石に戸惑った。何せ、直接的な面識はお披露目会での挨拶ぐらいだったからだ。それほど面識もない人間が遺言状を一人の少年に託すというのは正直信じられないだろう。戸惑うシュトレオンに、司祭はこう続けた。
「昨年のジークフリード様の結婚式に出席の際、閣下の娘さんであるリリエルさんとお会いになったそうで。『生き生きとした表情で騎士を務められているのは、他でもないシュトレオン様のお蔭だ』と閣下に力説しておられたようです」
「成程。そうでしたか」
自分は参加していないが、万が一の護衛としてリリエルらを参加させていた。一年前ならまだ元気だったカイエル子爵は愛娘に会い、そこで俺の存在を知ったそうだ。
どこまで話したかは不明なので、魔神の件まで話していたら後日アイアンクローの刑にしようと思いつつ、俺は大人しく遺言状を受け取ってアイテムボックスに放り込んだ。これが盗難されなくて一番確実だからね。
普通に考えたら遺言状を子爵家の誰かに託すのが筋だというのに、なんか申し訳ないと思いつつ。
そして、この三日後……カイエル子爵は目を覚ますことなく息を引き取った。葬儀については身内で執り行うことになったのだが、そこに子爵の長男の姿はなかった。
忙しいなどという理由で止むを得ず出席できない、というのならば仕方ないと思うのだが、それにしては連絡の一つもないらしく、首を傾げることしかできなかったのであった。
6/3 指摘があったので名前を修正




