第31話 依頼を受けたら兄の嫁を知りました
「というわけで、やっと冒険者ギルドです……」
「お前、本当に気苦労背負ってるよな。そのお蔭で父上や俺らは助かってるんだが」
やっと7歳になったということで、俺はヴェイグ付き添いの元、冒険者ギルドの王都本部に来ていた。というか、仮登録通り越して本登録になってることをこの兄には話してカードも見せた。それを見たヴェイグの表情が凍り付いたのは言うまでもないことだが。そして、俺とヴェイグだけでなく、動きやすい冒険服を纏った一人の少女もいた。
「ふふ、こんな弟さんがいるだなんて驚きましたわ。ああ、私のことはお姉様でよろしいですから」
「わかりました、ティファーヌお義姉様」
「ああ、可愛いですわ! ヴェイグ、この子屋敷で引き取れないかしら!?」
「無茶を言うな」
そう、この国の第一王女であるティファーヌその人であった。
王族が戦うの? と根本的な疑問が浮かぶのだが、王が自ら道を切り開いた歴史と過去の政変から『自ら守るための術を磨くべし』という第27代国王からの教育方針で、近衛騎士や王宮魔導師から体術や魔術を教わることが多い。無論そこに男女の違いはなく、ティファーヌもその教育を受けている。
「剣術に関してはそれなりに磨いてきましたし、カードもありますので」
「Bランクですか。これはこれですごいですね」
「いや、お前のほうが遥かにとんでもないことしてるからな?」
ヴェイグのそんな野暮なツッコミは置いといて、俺ら三人はギルドの中に入っていく。中は受付のカウンターがいくつかと奥側に酒場のカウンター、結構な数のテーブルと椅子が置かれていた。受付の向かい側の壁にはたくさんの紙が貼られており、これが依頼票なのだろう。
しかし、それに反して冒険者の数は結構少なめだ。これにはヴェイグも首を傾げつつも、カウンターに向かう。すると、受付のカウンターで対応した女性がヴェイグに気づいて声を掛けた。
「あ、ヴェイグさん。っと、失礼しました、ヴェイグ男爵。今日はどのようなご用件で?」
「オルカさん。一応冒険者で来てるので、年相応でお願いします。今日は弟の件で付き添いに来たんだ」
「えと、わかりました。で、そちらの子ですね。とても7歳には見えないんですけど…」
「本当に7歳です。で、これを貰った本人から『王都本部にいる弟にこの書状を見せろ』と」
ティファーヌの姿が受付嬢の目に入らないと思ったら、ちゃっかりヴェイグの後ろに隠れていた。ここらの茶目っ気に俺は苦笑するほかないなと思いつつ、アイテムボックスからギルドカードと一通の書状をオルカと呼ばれた受付の人に渡す。
すると、その人は『今確認してきます!』と言って慌てて席を立ち、奥に消えていった。数分後、彼女の案内で二階の執務室に案内された。その中で待っていたのは、ヴェイグ以上に筋骨隆々でゆったりとした服を着ているエルフの男性であった。
「よく来たな、ヴェイグ。それに王女殿下も久しぶりですな」
「はい、ご無沙汰しておりますバストール様」
「ふふ、お久しぶりです。それと、もうじき王族ではなくなりますので、かしこまった挨拶は野暮ですよ」
「そうですか。そして、初めましてというべきだね、兄の御眼鏡に叶った英雄殿。私はバストール・フォン・セルディオス騎士爵という。ここのギルドマスターをやってるしがない男だよ」
「はじめまして。ヴェイグ兄様の弟で四男のシュトレオン・フォン・アルジェントと申します。よろしくお願いします、バストール騎士爵殿」
「ははっ、爵位はそちらが上だというのに謙虚だね。だからこそ、あの偏屈な兄が認めたのかもしれないが」
彼はグラハム辺境伯の実弟で、自分の孫娘を彼の養女にしたとのこと。俺としても将来縁戚関係になる人間なので、ここはちゃんと挨拶しておこうと思っただけなのだが、本人からは苦笑が漏れていた。
ともあれ、まずは以前グラハム辺境伯から渡されたギルドカードに関しての説明を受けることにした。無論、喋り方は年功序列優先でお願いした。
「いきなりAランクとは吃驚しましたけれど」
「主に魔神討伐だな。それだけの実力なら遊ばせておく理由もない。加えて、礼儀もなっていると兄の御墨付だ。それなら拒否する理由もない。一応贔屓目とかは使っていないことは断言しておこう。先ほどのやり取りを見るだけでも、それに値すると判断できたからな」
「恐縮です」
主に魔神討伐の功績だった。なお、事実を知っているのは王族と一部の貴族、そして目の前にいるバストールだけであるとハッキリ述べた。
「あと、兄の孫娘の件は聞いたが……SSS級の魔物も倒したそうだな?」
「ええ。そちらは引き取っていただけますか? いい加減死蔵し続けるのも嫌なので」
「いや、こればかりは王宮に引き取ってもらう。SSS級は国難クラスの魔物……となると、国庫支出レベルだからな。ちなみに倒した魔物は?」
「アイテムボックスの中に。ただ、出すにしても広い場所でないと無理です。何せ、体長40メートルもあるので」
「……ウソだろ。15年前の時は20メートルだったんだぞ……」
あれから2倍も成長していたことにバストールは絶句していた。この人、15年前の事件でフィーナの両親とともに戦ったことがあり、その時は何とか沖合に引き離すだけしかできなかったと話した。見るからに屈強なこの人でも苦戦するということは文字通りのSSS級だったのだろう。すると、それに興味がわいたのかティファーヌが話しかけてきた。
「ちなみにレオン君。何の魔物かしら?」
「…リヴァイアサンです」
「はぁっ!? あのミランダの主とも言われたリヴァイアサンをお前が!?」
「ええ。一応、鱗ぐらいなら」
そう言って、テーブルの上に一枚の鱗を置いた。それを手に取ったバストールの手が震えていたのを俺ら三人はしっかりとみていた。しばらくして落ち着くと、彼は俺に向かって頭を下げていた。
「…確かに、リヴァイアサンの鱗だな。ありがとう、シュトレオン君。そのつもりは無かっただろうが、彼らの弔いもこれでちゃんとできる」
「いえ、僕としては魚釣ろうとしたら出てきたので、反射的に叩き斬っただけですから」
「ははは、皆が皆そうやって討伐できたら苦労はしないがな……私の権限を以て、君のランクはSに上げる。君の場合は特例で本登録済みだから気にすることはない」
「そんな特例あるんですか?」
「その前例を作ったのは君とヴェイグの曾祖父、レオンハルトなんだ」
彼はなんと5歳で霧の森のドラゴン狩りに成功したため、その報告を聞いたセラミーエ支部のギルドマスターが仮登録ではなく本登録にしてしまったのだ。冒険者として半信半疑ともいえる功績を挙げた際には、年齢にかかわらずその特例に基づいて本登録を認める、というものだ。とはいえ、この特例自体ほとんど知らない人が多いと話す。
「あまり無茶をやらかして死に急ぐような連中を増やしたくないからな。仮登録の制度も冒険者の資質があるかどうかのテスト期間みたいなものだ。人は畑から獲れるわけでもないのだから」
「それは確かに。というか、7歳でS級は実感ないですよ」
「だろうね。しばらくカードは私が預かるから、代わりとしてこのカードを渡しておく。S級以上は国への申請がいるからな。あまり遅いようなら私自ら殴り込むから安心してくれ」
「ありがとうございます。というか、あまり無茶はしないでくださいね?」
この人より、むしろ相手をしたほうが次の日教会の治療院送りになっていそうで、俺は心なしかこの人の相手をすることになるであろう人の無事を祈った。
ともあれ、代わりとして透明のカードをもらったのだが、材質は水晶製で破壊防止のエンチャントが掛かっているようだ。彼曰くS級昇格確定の仮カードという代物だそうだ。
「解ったよ。さて、折角だから三人には依頼をしたい。何、ただのお使いみたいなものだ」
その内容は、王城への荷物を届けるというギルドマスターからの指名依頼だ。特に断る理由もないので、俺は受けることにした。二人も断る理由がないので問題はない。というか、ティファーヌにとっては実家なので入る分には問題ないだろう。その届け先というのは……俺にとっても関わりのある人物の身内だった。
「王都第一騎士団副団長、グレイズ・フォン・カイエルですか……」
「レオン、知り合いか?」
「僕の親衛騎士の一人が彼の異母兄妹なんです。そう言う兄様だって同じ第一騎士団ですよね?」
「まあな。入った途端に目をつけられて、フィーナ団長の補佐役に命ぜられた」
「ふふ。あの団長さん、2年前から更に実力を上げてらっしゃいますから。あなたはかなり大変なのでは?」
言えるはずがない、その団長が俺の婚約者であるということは。加えて、デートと称して手合せ稽古もやっているから、その実力を上げている要因が俺だということも。ヴェイグがティファーヌから今しれっと『あなた』呼ばわりされたことは目を瞑りつつも、俺は内心溜息を吐いた。
「ちなみに兄上、伯爵への陞爵は?」
「日程を聞いたら、お前とライディースが王都に上がってきた時とな。領地は貰えないが、代わりに近衛騎士団への任官だそうだ。つまり団長補佐役兼近衛騎士ということになる……辺境でのんびりライフが良かったのだがな」
「珍しいですね、貴族の当主が近衛騎士というのも。しかも伯爵が」
「反乱起こす気は全くないんだがな。ティファーヌの件だけでもありがたいというのに……しかも、アルジェント男爵家から側室をもらう羽目になった」
「え? 分家ってジェームズ子爵以外にもあったんです?」
「それは私が説明いたします。実は、アルジェント辺境侯家は現状五つの分家が存在します」
まずレオンハルトの弟が彼から譲り受けた男爵位の分家、これが子爵へ陞爵となり現在のジェームズ子爵が当主を務めるアルジェント子爵家。
次にバルトフェルドの次兄であるヴェイグが当主のアルジェント男爵家、のちのアルジェント伯爵家なのだが、場合によっては断絶した伯爵家の家名を継ぐことになるそうだ。
バルトフェルドの三男ライディースのアルジェント騎士爵家、これは後にセルディオス辺境伯家へ婿養子入りとなる。そのための作戦もすでに構築済みだし、グラハム辺境伯本人からは『義理の娘だけど、ライディース君のことを伝えたら会ってみたい、と前向きだったよ』とのこと。
俺こと四男シュトレオンの男爵家、これは後にアルジェント家ではなく復興貴族の家名を名乗ることとなる。その前置きとなる準備も何とか間に合ったという感じである。
そして南部にあった王国が併合された際、当時貴族に降格したばかりのアルジェント本家には兄弟がおり、長男が伯爵家当主で次男がその分家として男爵位を叙爵されていた。それが今でも現存しているというのだ。そんなこと実家では聞いたこともないので、驚きというほかなかった。
「父上にも母上にも、カナンからも聞いたことなかったですよ……」
「仕方ないという他ありません。かの家は袂を分かってから本家と断絶状態でした。父上もその婚姻の話が来たときは詐称の類かと疑ったほどでした」
「しかも、コーレック領の北西に浮かぶフィンランス島の領主。ちゃんと税はノースリッジ公爵家経由で納められている」
「え? 税は納められているのに国王が存在を疑うって……どういうことです?」
「あの島、地形が結構入り組んでいる上に海流が速くてな。所謂自然の要塞みたいな島なんだ。『そんな所からまともに嫁など送れるわけがない』と陛下は思ったらしい」
一応王都に屋敷はあるが、基本的に使用人ばかりでその当主や家族の姿を見たことがない。とはいえ、ちゃんと謁見欠席の手紙は送られているので、家は存続している可能性がある。税に関してもいつの間にかノースリッジ公爵家の屋敷の前に税金の入った袋と紙が送られてくるだけ。これでは確かにその存在を疑うのも無理はないと思う。
「まるで幽霊を相手にしているみたいですね。それがヴェイグ兄様の側室にですか…雲を掴むような話ですね」
「だろ? それに断絶して19代にもなる。今更出てくるというのも不思議な話だ」
「恐らくは、シュトレオン君の件でしょうね」
魔神討伐の件は、その討伐をした本人のこと以外王国中が知っている。だが、それを討伐したのは当時5歳の俺。少なくとも信憑性が感じられないと思うだろう。それなら当時14歳のヴェイグならまだ自然だと思う輩もいる。その絡みかもしれないと俺は推測した。
「今出てくるんなら、それこそ曾祖父の時にでも出てきて……そういえば……」
「どうした、レオン?」
「いや、実はですね……」
俺は先日、グラハム辺境伯の屋敷の書庫からレオンハルトの手記を発見した。しかも、全文日本語で書かれていた。これは誰かに見られても解読できないようにした配慮なのだろうが、読めない人のことはまったく考慮されていなかった。偶々読める人間である俺がいたから良かったのだが……多分、後々になって揉めるのが嫌だと解ったからこそ日本語で書いたのだろう、と手記を読んだ後に感じた。
その中に、彼が本家の当主となってから迎えた妻は、遥か北にあるアルジェント男爵家の娘だと書かれていた。しかも、後に自分の実弟である七男をノースリッジ家の騎士として送り出す、と称してアルジェント男爵家に婿養子として嫁がせていた、と書かれていた。
日本語による手記なので流石に嘘だとは思えなかったが、ジェームズ子爵以外の分家の存在を聞いたこともなかった。なので、俺は頭の片隅に追いやっていたのだ。
「……信じられないですわ」
「有り得ない話、ではないが……」
このことを聞いたヴェイグとティファーヌは絶句していた。多分、当時のオームフェルト公爵家がまた図に乗ってアルジェント家の人間を皆殺しにしてきた際、その保険として密かにコンタクトを取り、彼を分家の婿養子に送った可能性がある。
今回の一件はライナーの二の舞を危惧して繋がりを求めてきたのかもしれない。そのあたりの話も真実かどうか確かめるいい機会だろう。俺は現状(準)男爵家の当主なのでどのみち出ること確定ですし。ちくしょう。
「何か他に聞いています?」
「近いうちに現当主と嫁ぐ予定の娘が挨拶に来るそうだ。なので、父と兄にも会ってもらう必要がある。加えてレオンもだな」
「ちなみに娘さんの年齢は?」
「7歳と聞きましたね。しかも、双子の妹もいるらしいです。二人とも神礼祭に出るらしい、と見せてもらった手紙には書いてありました」
「7歳って、僕やライディースと同い年じゃないですか」
これは、ライディースを隠れ蓑にして自分はひっそり作戦を敢行する腹積もりでいかないと、確実にまた嫁が増えてしまう……そう実感した俺だった。なお、7歳ということは無論婚約扱いになる。ちなみに、この世界の成人は15歳だが女性の婚礼は12歳から認められている。どこの戦国時代だよ。
なお、ヴェイグとしては『弟と同い年の嫁ってどうすればいいんだよ』という心境の吐露に、俺はとティファーヌは苦笑しか出てこなかったのであった。




