閑話6 カエサルから見たエリクスティアの王族事情
俺の名前はカエサル・セルデ・エリクスティア。父にして現国王バーナディオス・セルデ・エリクスティアの次男、つまるところ第二王子だ。現在は王立学院の五年生で、来年春には卒業となる。
今日は王族園遊会の日。元々もう少し前に実施する予定だったのだが、ガストニア・グランディア侵攻防衛とガストニア皇帝・皇妃両陛下、皇女殿下の来訪で延期していたのだ。
そんな日とはいえ、俺はいつものように早く起きて、剣の稽古から帰ってきたところだ。これは今後を考えると必要なことだし、何よりも父の影響が強い。
父は身分を隠して冒険者の身分で大暴れしていた。その理由は『欲しいものはあるけど、自分の我侭で国庫の金を使うわけにはいかない』と以前母から聞いたことがあった。その真相は、母に贈る結婚指輪の資金稼ぎであったと父本人から聞いた。
しかも、全額自腹だそうだ。さすがにそこまでは真似しなくていい、と本人は苦笑混じりに呟いていたが。
すると、自分の視界に幼い容姿の少女が目に入る。向こうもこちらに気付いたようで、近づいて挨拶をしてきた。勿論、俺も挨拶を返す。彼女の身長は140センチメートルぐらいなのだが、これでも俺と歳が一つしか変わらない。
「おはようございます、カエサル兄様。また剣の稽古ですか?」
「おはようティファーヌ。ああ、そうだな。ジークに後れを取りたくはないし、他の公爵連中のような有様にはなりたくないからな」
「ジークさんはそれこそ埒外ですよ。あれで王国の五指に入る【業炎の剣帝】なのですから」
彼女の名前はティファーヌ・セルデ・エリクスティア。俺の一つ下の妹で、第一王女である。さらには今話題に挙げたジークフリードの弟であるヴェイグ・フォン・アルジェントの婚約者同然の扱いとなっている。尤も、そうなったのは目の前にいる軽い年齢詐欺の妹が原因なのだが。
「にしても、園遊会は本来貴族を呼ばないのだが、アルジェント家の三人にノースリッジ家の長女を呼んだそうだな。大方、先日の例大会絡みか? 俺は別に構わないが」
「それだけではありませんわ。ウェスタージュ家の三女やカイエル家の四女にもお声をかけました」
「……いらんところに気を回さんでよろしい」
「のおおおおお!? 兄様、グリグリはあああああ!?」
俺は素早く彼女の背後に回り、こめかみをグリグリする。
確かに、俺は妹が挙げた二人の女性に好意を抱いている。とはいえ、周囲からは『岩を切り取ったかのような王子』と呼ばれるほど表情を出すのが苦手だ。しかし、それがかえって己の身や彼女らを助けている事実もある。
王位継承権第一位の兄の予備とはいえ、俺も継承権第二位の人間だ。兄が即位した場合は公爵家当主となり、万が一兄が亡くなった場合は俺が国王となる。なので、その肩書きに擦り寄ってくる目聡い連中もいるわけだ。
とはいえ、あの兄が亡くなるという筋書きなど昔ならともかく、今となっては全くもって想像できないのだが。
俺が妹にお仕置きをしていると、二人の少女がこちらに気付いて歩いてくる。その二人も俺の妹なのだが、その内の一人は身長と容姿からして、ティファーヌが横に並ぶと双子の姉妹と言われても違和感がないほどだ。
「おはよう、エクセリアにアリス。もしかして起こしてしまったか?」
「いえ、大丈夫ですわ。おはようございます、カエサルお兄様にお姉様。ほらアリス。カエサル兄様と姉様よ」
「おはよーございます……」
「あらら、まだ夢の世界のようですね」
「にいいざまああ、とめて、というか、もっと速くなって、ああああああ!? おばようううううう!?」
バーナディオスの次女で9歳になる第二王女のエクセリア・セルデ・エリクスティア。そして、眠そうな表情をしているのは三女で6歳のアリスフィール・セルデ・エリクスティア。二人とも俺の妹だ。
次女のエクセリアは強い人に憧れており、彼女の目標は王都第一騎士団長フィーナ・フォン・セルディオス。本人は槍術に長けており、暇さえあれば俺の稽古に付き合ったりする姫騎士だ。
そんな彼女は先日の夕食にて『八天竜勲章を授与された方がアルジェント侯爵家の方だとお聞きしました。なので、私はその家以外に嫁ぎません』と爆弾を投下し、父を絶句させた。
その勲章を授与したのはアルジェント侯爵家の四男。しかも、歳は5歳であり俺の妹の第四王女と同じ年齢だ。年齢の差から言えば十分許容範囲内だが、向こうからすればたった5歳で婚約者などとは考えられないだろう。俺がもし当事者なら、少なくともそう思う。
エクセリアがその勲章を受けた者としなかったのは、そのあたりの配慮所以だろう。とはいえ、俺にとっては親友の実家に迷惑をかけてしまっているので、今度詫び代わりに学食でも奢るつもりだ。
三女のアリスフィールはその反面のんびりとした性格。マイペースなところはあるが、それでも王女らしく振舞うときもあるので、中々に読めない妹だ。彼女は武術ではなく魔法系統に優れており、本来は聖職者しか使えない神聖魔法を使うことができる。だが、そのことは家族と洗礼を担当してくれた心ある司教しか知らない事実だ。
「まったく、お姉様はいらないところまで気を回したみたいですね。お兄様、今日は付き合えなくて申し訳ありませんわ」
「大丈夫だ。偶には一人でじっくり見つめ直すのもいい鍛錬だからな。誰かといると比較しがちになりかねない」
俺はまだ眠そうなアリスフィールの頭を撫でつつ、エクセリアに言葉を返した。すると、お仕置きから解放されたティファーヌが胸を張って、エクセリアに姉として一言言い放った。
胸を張っても、まるで金属の板のように平坦なので揺れることもないのだが。一応言っておくと、母は割とある部類だということを補足しておく。
「ううう、兄様も少しは手加減してくださいよ……にしても、エクセリア。あの発言には流石に笑いましたが、来年から学院生ですのでしっかりしてくださいね?」
「その容姿で無い胸を張って、悲しくないですか?」
「べ、別にいいんだもん! ヴェイグ様だって『ありのままの貴女が一番輝いています』って言ってくれたんだから! えへへへへ……のうっ!?」
とても実の妹から出たとは思えないエクセリアの言葉に反論しつつも、恋い焦がれる相手から言われたことを思い出しながら、体をくねくねさせているティファーヌ。
これには俺も流石にイラッときたので、背中に平手を一発かました。割といい響きの音が廊下に広がる。
食らった当人は何とか床に手をついて、涙目でこちらを睨んでいた。
「な、なにをするんでしゅか、カエサル兄様!?」
「すまん。流石に気持ち悪かったからつい、こう、魔が差した」
「……今のは、お姉様が気持ち悪かった」
「う、うぐぅ。アリスにまで言われるなんて、長女としての威厳が……」
むしろそんなものあったのか? と言いたくなったが、ここで追い討ちしても得る物はないので心の片隅に追いやった。ともあれ、廊下で立ったまま話すのも目立つので、俺らはそのまま食堂に向かった。
そこには既に二人の人物がいた。一人は下手すると服が弾け飛びそうなほどな筋肉を持っている男性で、何故か片手にバーベルを持っている。
もう一人は現状末っ子なのに、四人の王女の中では一番王女らしい人物がそこにいた。すると、紅茶を飲んで寛いでいたその末っ子の少女が俺らに気づいて声をかけてきた。
「おはようございます、カエサル兄様にお姉さま方。ティファーヌお姉様はその様子ですと、また妄想でございますか?」
「おはよう、アリーシャ。ああ、大体あってるのが悲しいところだな……そして、おはよう筋肉兄貴」
「うむ、おはようではないかカエサル。見給え、今日も筋肉が清々しく感じているぞ」
「もはや理解が追いつきません……」
「追いついたら、私たちがアンデッド」
「ははは、相変わらずの言葉で安心したぞ、おはよう、エクセリアにアリス」
「挨拶しながら無駄にポージングする意味はどこにあるんですか、レクトお兄様」
末っ子の名前はアリーシャ・セルデ・エリクスティア。そして、筋肉をこよなく愛して止まない狂信者一歩手前の危険人物の名はレクトール・セルデ・エリクスティア。この国の第一王子だ。
兄の発言が筋肉絡みしか出ていないが、一歩外に出ると爽やかな笑顔を見せて理知的な才覚を発揮する。がっちりとした体型の人間はこの国だと好まれることもあり、人気は高い。
彼に対する呼び方は『兄上だと余所余所しいからな! 好きにしていいぞ!』とか言われたので、俺は公式の場以外では筋肉兄貴と呼んでいる。
「せめて、食事の時ぐらいはバーベルを置いたらどうです?」
「何を言うか、カエサル。これは昨年の神様からのプレゼントなのだぞ。これを手放すぐらいなら死を選ぶぞ」
「……公式の場に持ち込んだら、叩き斬りますからね。バーベルを」
「おおう、弟からの辛辣な言葉! だが、これも俺を鍛えるための試練なのだろう!」
「まったく……この兄を見たら、惚れている連中が裸足で逃げ出しそうだ」
とはいっても、兄が最初からこんな人間だったわけではなく…数年前までは逆に薄幸の王子であった。
兄は生まれがち病弱で、部屋の外へ出ることも満足にできなかった。洗礼についても教会ではなくわざわざ部屋に簡易的な祭壇を作って執り行ったほどだ。先は長くない……誰しもがそう思った。
10歳のクリスマス、彼は『弟のような丈夫な体が欲しいです』と願って眠りについた次の日、枕元には一つの箱が置かれ、中には下半身の部分を隠すようなものが一つ。そして、メッセージカードにはその使い方が書いてあった。
回復魔法でも彼の体質を改善することができなかった状態だ。正直藁にも縋る思いで彼はそれを身に着けてカードに書かれた方法を実践した。それを一か月続けた結果、彼は体質を改善し諦めていた学院生としての生活を楽しく過ごした。
俺としては兄が元気になって嬉しかった半面、程々という言葉を覚えてほしかったと思わなくもなった。そんな兄を無視して、俺はアリーシャの隣の席に座った。そしていつもの時間ならいるであろう両親の姿が見えないことについて尋ねると、彼女は心配するような表情で答えた。
「アリーシャ、父上は?」
「朝食を早々に切り上げて、今日もまた閣議です。へステック軍務相もといオームフェルト公爵が煩いと思わず口に出しておりました」
「父上もよく耐えられると思う。いや、あれはもう無の境地だな」
この国の閣議は国王、宰相・財務相・外務相の三職、軍務相・国土相・聖務相の三相の7人の合議制に基づく。最終決定権を持つのは国王に変わりないが、基本は6人の大臣によっての多数決となる。
簡単に役職を説明すると、宰相はエリクスティアの政府代表という扱いになる。業務は主に国王の政務補助・補佐であり、謁見の場においては国王に次ぐ発言力を有する。
財務相は国内外に関わる金の流れや税収の管理を一手に引き受けている。今代の大臣であるウェスタージュ家当主のニコル侯爵は【鉄壁の要塞】とも呼ばれ、彼から国庫の支出を引き出すためには納得できるだけの資料を出さねばならず、ほとんどの部署は四苦八苦している。
外務相は国の外交全般を担当。現在の大臣であるアルジェント家当主のバルトフェルド侯爵は自ら足を運んで諸外国の外交を担っている。最近では、ガストニア皇国の皇帝夫妻と娘を王都の屋敷で持て成し、自ら郷土料理を振るったそうだ。
軍務相は軍事的な政務……騎士団の配置などに大きな影響力を有し、軍事指揮権を付託されている。とはいえ、ここ最近の現状から権利剥奪が妥当なのでは、という声も貴族らの中から出始めているほどだ。
国土相は通商面の管理と各種ギルドとの連絡役を担っている。諸外国との貿易折衝についても業務の範囲内だが、これには外交面も関わるため外務相の許可が必要となる。
聖務相については、これは教会関連の事項のために教会のトップがこの椅子に座る。現状この国のティアット教のトップはラスティ大司教となるため、彼がその椅子に座っている。
で、東のオームフェルト公爵家はそのいずれのポストに座っていないものの、軍務相と国土相は彼の一派の貴族が座っており、実質公爵家で二つのポストを牛耳っていることになる。意見が通ることはないにせよ、通さなければ審議を遅らせる始末と聞いている。
「で、母上は? 特に病気とは聞いていないんだが…」
「自室に戻られました。何となくですが、嬉しいお知らせを聞けるような気がするんです」
「ああ、成程ね」
王族は別に一夫一妻と定められているわけではない。ただ国王である父が母のことしか眼中にないからだ。昔夜中トイレに行く途中、父の部屋から母の艶めかしい声を聞いたことがあった。その約十か月後に妹のエクセリアが生まれた。
仲が良いのはいいことだと思うが、せめて俺らが影響を受けないようにしてほしいな、と思わなくもなかったが。実は不覚にも先日同じ経験をしてしまったため、アリーシャの言葉は推測ではなく確証に近いものだろうと判断できた。
ただ、父のような真似は流石に俺には無理だろうと思っている。
「ところでアリーシャ。先日は父にあのようなことを言っていたが、本音はどうなんだ?」
魔神討伐を成した子を連れて来なければ口を利かない、と彼女が言ったことを俺は目撃していた。
確かに目の前にいる妹は本を読むことが多いので、書物から魔神の存在を知っている。だが、エクセリアが父に言ったことに、被っているようで何かが異なる気がしたため、思い切って尋ねた。すると、彼女はこう答えた。
「…私と同い年の少年がどんな人か、すごく興味があるんです。同じ5歳の私でも魔神の討伐は無理でしょうし。それに、実はリシアンサス皇女殿下とお話ししたときに、その人のことを少し教えてもらったのです」
「それでますます興味が出た、ということか」
「はい」
とはいえ、貴族の子息である以上、7歳のお披露目会までは待たなければならない。それでなんとか誤魔化せたと父が思っているようだが、肝心なことに気が付いていなかったのだ。
来年はティファーヌが15歳の成人の儀、エクセリアが10歳になり学院入学、アリスフィールが7歳の礼祭を迎える。それらをうまく切り抜けないとまた大変なことになると、俺は内心溜息を吐いたのだった。




