第25話 速いだけが正解ではない(二名除く)
「えー、とりあえず……集まってくれて、ありがとうございます」
「レオン様、別に俺らに敬語はいいっすよ」
「ラルフはむしろ敬語を使うべきです! 私らはレオン様のお蔭で東方遠征に行かずに済んだのですから!」
バルトフェルドに商会のことを話してから数日後、俺はリスレット西側にある辺境騎士団の宿舎の会議室に来ていた。ここの配属になっている部隊人数は現状20人。よくそれでグランディアから守れると判断したって思うね。一騎当千できる鬼神クラスが20人いたら可能そうだけれど、それでも真正面から大軍とかち合うのは御免被る、というほかない。
それはともかく、これから未開発地を発展させるために奴隷も買い上げ、その命令権はひとまず男性騎士の一人に付託していた。彼はラルフの次に実力のある騎士で、ジュード・フォン・フェリクスという。北西部にあるフェリクス男爵家の四男と言っていたので、同じ四男として親近感を抱いた。
「いや、同じ四男でも家柄は違いますよ」
「仲良くするんなら、そこに家柄は挟みたくないんだけれどね」
「確かに。兄らが競っているのを見て、正直呆れてしまいましたから」
奴隷らは、最初ここでの待遇を聞いたときは半信半疑だったが、ちゃんと働いてくれている。ジュードは何だかんだ言いつつも面倒見のいい兄貴分として慕われるようになっていた。
話が逸れた。
「実はですね、今度王都騎士団の選抜試験があるってフィーナ団長から聞きまして、それに合わせて辺境騎士団の増員もかねて試験をするそうです」
「え? よく通りましたね、そんな案。王都の軍務相は増員を一度突っぱねたと兄から聞きましたけれど」
「それに関してなんですが……」
先日、王都の屋敷に寝具の新調を行ったついでに、ストレス発散もかねてセルディオス伯爵家の屋敷に初めて遊びに行った時のことだ。事前連絡を受けていたフィーナは俺の姿を見ると駆け寄って抱きしめてきた。これには周りのメイドや執事も唖然としていた。仕方ないと思う。
連絡手段はこっそり遠隔通信ができる機能付ネックレスをプレゼントしていた。鑑定隠蔽のエンチャントも付与しているので、傍から見ればただの少し高そうなネックレスにしか見えない。
その場の混乱を素早く収めて、俺はフィーナの自室に案内される。壁に掛けられた数本の剣を見ると、やっぱり剣士であり騎士なのだと思う。今回の訪問の件をフィーナに伝えると、彼女は柔らかい笑みを零した。
「レオン様は5歳とは思えないほど精力的ですね。私にも手伝えればと思いますが、生憎忙しい身ですので」
「王都騎士団長なら仕方ないかと……フィーナ、事は相談なんだけれど」
そう、リスレットの農地・牧畜地帯は辺境騎士団が管理している。そしてガストニアの東にいるグランディア帝国の脅威に備える意味もある。だが20人程度などたかが知れている。なので、ここいらで大幅増員すべきだと考える。
グランディアの25万人の兵士喪失は決して小さくない。なればこそ完全に楔を打ち込む意味合いも含めて、今から増員を進めていきたいと思っている。
ただし、できる限りオームフェルト公爵家の派閥に加わっていない出身・貴族が前提条件。これはこないだの偽文書みたいなことをもう一回やらない保証がないからだ。それと、農地関連を流石に知られたくないという意味合いも含まれている。
それを聞いたフィーナは少し考え込むと、こう返した。
「それはつまり、レオン様の私兵として何名か抜擢したいから、ですか?」
「そうだね。現状4名が限界かな」
私も一介の騎士ならレオン様の私兵に立候補したい、とフィーナは呟いたが、流石に妻となる人間を危険に晒したくないと言ったら、顔を真っ赤にして照れていた。俺、普通に言っただけだよ?
結論として、数か月後に実施される王都騎士団選抜試験で辺境騎士団の選抜も行うということで約束してくれた。
「先日の件で軍務相が実質の閑職だからね。軍務相代理としてフィーナ団長が取り仕切っている……で、その絡みになるんだけれど、そろそろ自分の親衛部隊の兵士を持ちたいと思って。選抜は4名、対象はこの20人から選ぶ」
その提案に20人の目の色が変わる。無論、強制ではないのでこのまま辺境騎士団として働くことも了承済みだ。そして希望を取ったのだが……こればかりは俺も予想外だった。
「ジュード以外全員ですか……」
「当たり前じゃないですか! またいつオームフェルト公爵家のようなむちゃな要求されるぐらいなら、恩人であるレオン様のもとで働きたいと思うのは当然のことです!!」
リリエルの言葉には皆揃って首を縦に振る。なお、ジュードに関しては『あの子たちを置いていきたくないですし、ここでの生活も楽しいので』と辞退した。後で査定増し増しにして辺境手当に色目をつけるよう差配してあげるかと思いつつ、俺は息を吐いて19人の兵士に向けて真剣な表情を向けた。
「なら、その覚悟を示してもらうために、試験を受けてもらうよ。ついてきてくれるかな?」
「ほら、そこは命令しないと!」
「まだ正式な発表じゃないんだよ!?」
何か調子を狂わされた感じは否めないが、諦めて敷地の奥にある森の中に入っていく。森の中には石畳の街路が整備されていて『いつの間に…』と思っている兵士らを気にすることなく、俺はどんどん奥に入っていく。
そして、開けたところに出ると、そこには山肌に沿って形成された石造りの階段があり、それは先日魔改造されたヴィッセル砦に繋がっている。その光景に驚く間もなく、俺は兵士らを見やる。
「さて、試験内容は至って単純。これから皆を風魔法でヴィッセル砦に飛ばす。そして、砦から敷地に帰ってこれた中から男女各2名を抜擢する。途中でリタイアの場合は心の中で念じれば帰ってこれるから……それじゃ、健闘を祈るよ」
「前置き無しですか!?」
「当たり前です。時間がもったいないので……では、スタート!!」
その合図とともにヴィッセル砦へ飛翔していく兵士たち。彼らが無事に砦についたところで魔法を解除し、敷地に戻った。すると、ジュードが先ほどの光景を見ていたようで苦笑していた。
「レオン様も酷なことしますね」
「まぁ、砦からここに戻ってくるぐらいやって貰わないとね。それに、ただ速さを競うものじゃないから」
そう、あの先入観だと石造りの階段を下りてこないといけないという概念に囚われるだろう。でもそれでは駄目だ。相手の上を行くためには、ルールの裏ぐらいかけるようになって貰わないと困る。それにあの石畳の階段を使った場合、ヴィッセル砦からリスレットを経由して敷地に戻ってくるよりも遠くなるのだ。
「無論速さも考慮するけど、方法や手段もちゃんと考えないと……それに、フィーナ団長から聞いたけれど、全員第一騎士団の誘いを断ってるってね」
「……面倒事は、もうお腹一杯なんですよ」
「それは解る。僕もこれから味わうことになる。だから、ジュードは将来巻き込む。フィーナ団長からの推挙もあったし」
「勘弁してくださいよ…このまま、彼らのお世話しながらスローライフで十分ですよ」
実は、ジュードは今年騎士に成り立てでフィーナと同い年。自分の長兄よりも年上の人間にタメ口というのはどうかと思ったが、彼曰く『口うるさい貴族よりレオン様だと一億倍マシですよ』とのことらしい。彼の比較対象になった貴族は哀れというほかないだろう。
「それじゃ、彼らを労うための料理でも作りますか。手伝ってくれます?」
「それは勿論ですよ、レオン様」
試験は恙なく終了。こっそり魔物除けの結界魔法も個々に張っていたので、襲撃されることはないのだが。会議室に用意した料理を綺麗に平らげたところで、俺は真剣な表情を見せた。これには兵士らにも緊張が走る。
そのうえで、テーブルの上に四枚の紙を置いた。それは紛れもなく俺の親衛騎士になるための転属書類。ただ、貴族当主が持つことを許される授印はまだなので、正式な転属は来年の年明けになる予定ということを説明した。
それを説明し終えたところで、俺は懐から一枚の紙を取り出した。それを見たリリエルが手を揚げつつ尋ねた。
「あの、レオン様。その紙は一体何なのでしょうか?」
「これですか? 皆さんがどのような方法で帰還したのかを詳細に記録したものと言えばいいでしょう。ただし、その方法については教えられません。無理に聞きたいというのであれば、フィーナ団長に勝てばお教えしますよ?」
「あ、それ無理です」
「潔いね……気持ちはわかるけれど」
そう、これはアスカの調査によるものだ。彼女の<影の道>は複数の影分身を生み出せる。その消費魔力の実験がてら、彼女に彼ら19人の帰還方法を報告させたのだ。こんなことして申し訳ないというと、むしろ『いえ、私如きが主にお褒めいただけるなんて…』と言われてしまった。
それはともかく、今回の試験結果を発表しようと思う。
「まず一人目は……ハイネ。おめでとう」
「え、え!? 俺ですか!? 親はしがない平民ですよ!?」
「確かにそうだけれど、昔は騎士爵の家柄だったんでしょ? それに、帰還方法も理に適っていた。間違いなく合格だよ」
彼は身体能力強化を使い、一気に山肌を最短距離で降りてきたのだ。ルール上は何ら違反していないし、帰還タイムでは3位の成績だ。で、彼を睨むようにしている女性騎士が一人……それが二人目の合格者。俺がその名を呼ぶと、その騎士は目をパチクリさせていた。
「で、二人目はシャーリィ。帰還タイムは中位ぐらいだけれど、その方法に川下りを使うとは斬新だね。体力消費を抑えるという意味では、これも合格」
「………えと、本当に?」
「ん? 今から石段使ってヴィッセル砦往復してくる?」
「い、いえ、大丈夫です……」
彼女は伯爵家の四女で、嫁に出されるぐらいならと騎士の道に進んだらしい。その彼女がハイネを何故睨んでいたのかは置いておく。残るは男女二人なのだが、タイムもその方法も妥当と言えば妥当……何せ、二人して魔法と身体強化を駆使して一直線に帰ってきたのだ。
俺は諦めたように、その二人の名を出した。
「残る二人はリリエル・フォン・カイエル、そしてランドルフ・フォン・ナスタニア。以上の四名を以て僕の親衛騎士とする。なお、リリエル部隊長の後任はフィーナ団長から追って通達する形になる」
俺が名前を出した直後に、静寂に包まれる。すると、呼ばれた当人のうちラルフが苦笑気味に口を開いた。
「はは、ついに知られちゃいましたか」
「そら、自分お抱えの騎士についてはちゃんと調べないと拙いでしょう? 第13次東方遠征において殿を務め、その任を果たした功労者……本来なら叙爵されて貴族の当主だ。大方オームフェルト公爵家に横取りされたんでしょ?」
「その通りっすよ。ま、変に媚を売る連中から逃れられたんで、それはそれでよかったっすよ。当時は学院に妹もいたので、目立っていたら迷惑掛けていたかもしれなかったっす」
その報告もアスカからのものだ。
何せ、当時参加した東部方面の辺境騎士団はほぼ全滅。その生き残りの一人がラルフであった。だが、オームフェルト公爵家はその失態を隠すためにラルフの功績をすべて取り上げ、厄介払いとして軍務相と当時の第一騎士団長に働きかけて南部方面に追いやった。
ホント、あの家ロクなことしないな。これで同い年の奴と顔を合わせたら、気苦労が倍プッシュ不可避だ。
「てなわけで、今後もよろしくっすレオン様」
「了解した。ちなみに、粗相やらかしたらその件全部陛下に話すよう父に言うから」
「普通は処刑じゃないんっすか!? …まぁ、了解したっす」
優秀な人材って農作物のように生まれるわけではないので、死なすぐらいなら気苦労背負ってもらう奴を増やすほうが安上がりだ。既に気苦労背負っている人たちの負担軽減にもなるからだ。シュトレオンはずっと黙っているリリエルが気になって見てみると、目を見開いたまま固まっていた。
「……ハイネ、シャーリィ、ラルフ。これはどう判断すべきなんだ?」
「多分、驚き飛び越えて判断できなくなったのかと思います。常々レオン様の妾になりたいと口にしていましたからね」
「しかも、ハーフエルフなんで、そういうのを疎む連中も多いですからね。俺らは気にしていませんが」
「うまくいけばレオン様の妾になるチャンスみたいなものっすから」
いや、それは流石に判断に困るんだよね。ハーフエルフなのでエルフほどの寿命は無いが、それでも容姿が変化しない特性は同じらしいけれど。
それ以上に彼女の母親がね……アスカに調べさせたら、グラハム伯爵の次女でフィーナの母親の実姉。つまり、フィーナとリリエルは従姉妹の関係であり、第一騎士団副団長グレイズはフィーナの縁戚の人間になる。なお、この事実は公にされておらず、カイエル子爵は拾い子として彼女と婚姻しているのだ。
「(これ以上)婚約者なんて考えたくもないのですよ……」
間違いなく面倒なことになる。というか、よくバレなかったよねって感心するぐらいだ。
後日、グラハム伯爵に報告したところ、その数日後にリリエルと実際に面会。爵位はどうにもならないが、リリエルを孫として認知すると彼女に伝えたところ、気絶した。無理もないね。
その一か月後にグラハム伯爵とカイエル子爵が王都で会談し、伯爵は自分の娘であるリリエルの母親と感動の再会を果たした。
後で伯爵に尋ねたところ、ここ最近まで王都に顔すら出していなかったので気が付かなかったという。ある意味引きこもりがちな性格が結果としてこういうことになったのは、流石に苦笑しか出てこなかったが。
「そういえば、フィーナも気が付かなかったの?」
「リリエルを任命していたのは前の騎士団長ですし、本人の顔を見れる写真は高価ですので。あとは、今ほど柔軟な考えを持ち合わせていなかったので……」
この世界にも写真はあるのだが、かなり高価な代物なので王族か一部の上級貴族しか扱うことのない代物だと説明してくれた。当人らの履歴書も本人を示すものは署名と指紋の押印しかないぐらいだ。そう考えると、転生前の世界ってホント恵まれすぎた環境だ、と改めて知ったのであった。




