第17話 魚釣ろうとしたら魔物とエルフが釣れました
「海だー!!」
グラハム伯爵との話が終わり、シュトレオンは浜辺に来ていた。目の前には海が見えている。異空間では湖はあるのだが、海はなかった。なお、この後異空間に行ったら海ができていた。解せぬ。
シュトレオンはとりあえず適当に手で砂を掬った。割とサラサラしているなあと思ったら、砂の中に煌めくものを見つけた。よく見ると、それは砂金であった。
「……どんだけ埋まってるか、調べてみるか」
海産物そっちのけというわけにもいかないので、釣竿を沖合に向けて振って、適当に支えを置いて掛かるのを待つ。その間に砂金を集めてみることにした。結果、量は少ないが良質の金が採れた。となると、山間のほうに鉱山資源が眠っているということだが……すると、釣竿に何かが引っ掛かったらしく、勢いよく引っ張っている。
「ぐ、かなり重いぞ…」
この釣竿、実は『創造具現』で作った俺専用の釣竿だ。釣り糸はカイゼルタランチュラという蜘蛛の魔物が吐く糸を数本縒り合わせ、ヒヒイロカネでコーティングしている。釣竿は俺の世界にあるカーボンナノチューブという炭素繊維とヒヒイロカネの合成金属で作られている。釣り針はオリハルコン製だ。リールは魔力で動く自動巻き上げ機能も付与している。結果、世界でも最強の釣竿が完成したのであった。
「こんの……どっせい!!」
簡単に折られることはないが、それでも頑丈なぐらいに重い。なので、シュトレオンは時空魔法で身体を15歳ほどにまで変化させて、釣竿に魔力を纏わせる。そして、一気に振り上げた。
「……は?」
そして、海面から大量の水とともに空中へ引き上げられたのは、巨大な一匹の竜だった。竜というよりは蛇のような身体をしていた。そして鑑定結果はというと……SSS級魔物「リヴァイアサン」であった。それを見た瞬間の俺の行動は早かった。
「なんで魚じゃなくて竜なんだよ! 死にさらせえ!!!」
『グアアアアアアア!?』
八つ当たり気味に『同時並列加速』で10倍速まで引き上げ、神刀・星凰を神剣展開。リヴァイアサンの頭蓋を縦一直線に叩き斬った。ついでにリヴァイアサンの魔石も魔力を纏った素手で掴み抜いた。すると、リヴァイアサンはそのまま息絶えて、その口から大量の水とともに何かが吐き出された。
「え、フィーナさん!?」
そう、屋敷でいきなり襲い掛かられたフィーナであった。ひとまず生活魔法の「クリーン」で腕や服に付いた血を落とすと、彼女の状態を確かめた。服はある程度溶かされたようだが、見た感じ彼女の肌などに怪我は見られない。意識に関しては、どこかおぼろげな感じであるが、命に直結する状況ではなさそうだ。
「……とりあえず、肌を隠してあげないとね」
とはいえ、あちこち肌が見えていて直視できないので、アイテムボックスからタオルを取り出して彼女にかけておく。シュトレオンは横たわっているリヴァイアサンをそのままアイテムボックスに仕舞った。そして時空魔法で5歳の体に戻ると、フィーナの手に触れてミランダの領主邸に転移した。
「あれ、レオン君。海に行ったんじゃ……って、フィーナ!? 一体どうしたんだ!?」
「命に別条はないです。伯爵閣下、彼女をお願いできますか?」
「ああ、任されたよ」
とんだ先は屋敷のホールだったが、そこにタイミングよくグラハム伯爵がいたので、彼の協力でフィーナを彼女の自室に運んだ。着替えなどはメイドがやってくれるということなので、シュトレオンとグラハム伯爵はそのまま執務室に移動し、今回の顛末を話しつつテーブルにリヴァイアサンの魔石を置いた。
「そうか……いや、すまない。実はあの魔物、最近頻発する商船襲撃の原因だったのだよ。幸い船や積み荷に被害は出てなかったが、被害が大きくなる前に何とかなったようで何よりだ」
「正直こういうことは言いたくなかったのですが……いくら王国最強の剣士でも単独でSSS級は無茶が過ぎると思うんですが」
俺が言うのもおかしい話だが、あれは固有魔法と神刀のお蔭といってもいい。一気に短期決戦で仕留められたからよかったものの、海上や海の中の戦闘など考えたくもない。いざとなったら海を割って仕留めることも考えたが。
シュトレオンのその言葉に、グラハム伯爵は重々しい口調で話し始めた。
「私の息子とその妻―――あの子の両親は、13年前に亡くなっている。その原因を作ったのは、紛れもなくそのリヴァイアサンなのだ」
SSS級の魔物は特殊性ゆえに一つの固有個体であり、同種の魔物は存在しない。今回リヴァイアサンを倒した場合、次に出現するであろうSSS級はリヴァイアサンではない何かに変わる。その出現周期は百年単位になるという。
「私をミランダを守らねばならなかった。二人もミランダを守るために、命を犠牲にした。だが、ある人族の商人はその二人を非難したのだ。『あの男がエルフという疫病神を引き寄せたから、お蔭で損害を被った』と。しかも、かなり力のある商人でね。私も苦慮したよ」
このミランダの南にはエルフの隠れ里がある。普段は結界魔法と認識阻害でエルフ以外立ち寄ることはできない。ある日、里から出てきたエルフの娘が誘拐される事件が起きた。その犯人は……二人を非難した商人だった。何とか娘は取り戻せたものの、人族に対する印象は一気に悪くなってしまった。
「しかも、その子はフィーナと仲が良かった。……ここまで言えば、君なら察しが付くだろうと思うね」
「まぁ、そうですね。実家は動かなかったのですか?」
「アルジェント家を頼るわけにはいかなかった。下手に動けばエルフの里の存在を金に目敏い連中が嗅ぎ付けることになるからね。けれど、その穴をうまく突いてバルトフェルドらが動いてくれた」
それに気付いたのは俺の母であるミレーヌだった。彼女は冒険者としてエルフらと親交があった。彼女はレナリア、エリスと協力して一からの関係構築に奔走したのだ。
結果、ミランダから人族至上主義の連中を追い出すことに成功。ついでにその商人が奴隷貿易をしていたので、バルトフェルドが罪人となった商人の財産をすべて没収し、グラハム伯爵を通してエルフの里の生活向上に全額寄付した。そうして何とかミランダの危機は去ったのだ。
「聞けば聞くほど、母上たちの凄さが身に染みます」
「ふふ……そんなわけで、ミランダは西方貿易の港町にしてエルフの地なのだ。私としては、そろそろ次の世代に渡したいのだが、優良な人材がいなくてね」
「そこで私をダシにされても困りますよ。何でしたら、兄のライディースを教育するというのはどうです?」
兄を売り込むようで何だか情けないような気もするが、このままいくとライディースだけ準爵という立場になるであろう。
それに、ライディースは母親であるエリスの影響で『エルフがいるのか。会ってみたいなあ』というぐらいに亜人族らへの偏見がないに等しい。むしろ好意を抱いているぐらいだ。なお、うちの兄弟姉妹は全員特に偏見がない。
俺? 寧ろ会いたいね。やっぱ好奇心くすぐられるじゃん?
つーか、同じ人間ですら偏見起きているのに、他人種云々って今更だ。『俺らの種族は最も優れている』とかいう奴って大概ロクなもんじゃない。優秀だっていうんなら神に勝てるんだろ? 証明して見せろよって言ってやりたいね。
シュトレオンの提案、というか投げやり気味の言葉を聞いたグラハム伯爵は何かを思いつくと、紙に文をしたため、二通の手紙に仕舞うと封蝋を押して差し出してきたので、それを素直に受け取った。
「君なら恐らくセラミーエまで直接飛べるだろう? バルトフェルド卿とエリス君に渡してほしい。いやー、君には本当に感謝してるよ」
「僕も完全な思い付きですけどね。大方お披露目会の時に差し向けるようにしろ、ってところでしょうか?」
「ふふ、君も悪い奴だね。シュトレオン準男爵」
「いえいえ、百戦錬磨のグラハム伯爵閣下に比べたら、私など青二才のぺーぺーでございます」
「「ふふふふふふ……」」
俺とグラハム伯爵はお互いに不気味ともいえるような笑みを零した。この人とは、何だかんだで上手くやっていけそうな気がした。そして、ライよ。強く生きろ。何か困ったことがあったらアドバイスぐらいはしてやるから。
──────────
私はフィーナ・フォン・セルディオス。久々に実家であるミランダに帰ってきていた。特にやることもないので、祖父の執務室に足を運んだら、背後に気配を感じて、思わず剣を抜き放った。だが、その剣は届かなかった。
しかも、その子は見るからに5歳ぐらい。私の義理の妹もとい祖父の従弟の孫ぐらいの歳だ。悲しいことにセルディオス家は女系家族。しかも、婿に人族を迎え入れてもその子は100%エルフの女子という。ある意味呪われているとしか思えないほどだ。私の場合は両親ともエルフなのだが。
話が逸れた。
私は突然現れたので先日現れたという魔神の類かと思った。だが、それは祖父の言葉で止められてしまい、私は納得できずにそのまま屋敷を飛び出した。
何故に人族なんかと手を取り合わねばならないのだ。エルフは自然と心を通わせてきた種族。ただ醜い争いをする人間とは違うのだと。そして、私は海の近くに来た。
「………いるのね」
その魔力の感覚を忘れたことはない。私は身体強化魔法を掛けて海中に飛び込んだ。だが、結果は成す術もなかった。いくら剣術でも水中では動きが鈍る。そのことを失念していた私は魔力を無理やり引き上げた。だが、それは悪手だった。
魔力過剰使用による魔力枯渇。それによって、私は意識を失った。
次にボンヤリとした意識で覚えていることは、海の中ではなく砂浜の上のようであった。顔ははっきりとわからないが、15歳ぐらいにみえた。彼が私の上に何かを掛けると、横たわる巨大な何かを消して、彼も光に包まれた。すると、彼の姿は縮んでいたのだ。そこで、私の記憶は途切れた。
「……ここ、は」
そして、私が目を覚ましたのは屋敷の自室であった。しかも、動きやすい服ではなく寝間着に着替えられていた。視線を移すと、ベッドの横で寝息を立てている少女の姿に笑みをこぼし、やさしく彼女の頭を撫でる。すると彼女は目を覚まして眠たそうに瞼をこする。その仕草が可愛らしいとおもう。
「あ、お姉様! 目を覚ましたんですね!」
「ええ。ごめんなさい、ティナ」
「ううん。いま、お祖父様を呼んでくるね! 起きたら呼んでくれって頼まれてたの!」
私の謝罪も気に留めることなく、急ぐように部屋を飛び出していった。数分後、祖父であるグラハムが部屋に入ってきた。
「起きたか、フィーナ。具合はどうだ?」
「ええ、まだ頭は痛みますが、大丈夫です」
この様子だと私がリヴァイアサンに挑んだことなど知っているのだろう。そして、倒せなかった。こうして生きているのは、私など歯牙にかけない程度の存在だと思われたのだろうと。
けれど、祖父から出た言葉は私を驚愕させた。
「その様子だと、見逃されたと思っているのだろう。違うぞ、フィーナ。お前は丸呑みにされていたのだ。だが、間一髪で助けてくれた人がいる。それも人族のな」
「え……あれは、SSS級の魔物ですよ!? 私ですら歯が立たなかったのに、一体誰が……」
一人だけ心当たりがあるとしたら、私の剣を止めた少年。でも、そんな実力を持っているようには見えなかった。グラハムは笑いながらも私に一枚の鱗を見せた。それは紛れもなくリヴァイアサンの鱗であった。
「流石に魔石は受け取れないと思ったから、その証明として鱗を一枚貰った。そしてそれを討ったのはお前が会った少年だ」
「………」
「信じられない、といった顔だな。だが、彼は魔法の才能でも間違いなく私より上だ」
普段の私なら人族ごときが、と言っていたかもしれない。私が人族を信用しきれていないことなんて彼は知らない。でも、何故だろう。私が怒って出ていくときに彼を睨み付けたこと……そのことを『なんてひどいことをしたのだ』と思わずにはいられなかった。
「お祖父様……私、以前言いましたよね? 私より強い人でないと婚姻はしないと」
「言ったね」
私ですら討てなかったSSS級の魔物を討伐し、魔法の才能もある。そして、私の一撃を剣を使わずに素手で止めた。これはもう、私の完全なる負けだろう。幸いにも私はエルフなので、10年ぐらいなら特に容姿が変化することもない。
「私を、その子の嫁として嫁がせてください。妾でも構いません」
上半身を起こした状態から頭を下げた。すると、祖父の表情は真剣なものから笑顔へと変わっていた。
「そうか、ようやくその気になったのか。シュトレオン準男爵には私から伝えておこう。まぁ、2年後にはお披露目会に出るから、気になるようならその時に会ってみるといい」
今、祖父の口から出た名前に私は聞き覚えがあった。そう、先日の魔神討伐を成し、ガストニアの両陛下から信頼され、あまつさえその娘である皇女から好意を抱かれている、若干5歳のバルトフェルド外務相の四男。名前は……シュトレオン・フォン・アルジェント。
「え、え? シュトレオン準男爵って……あの魔神討伐の?」
「ああ、そうだ。それに良かったな。彼からは『色々あるんでしょうし、気にしてませんよ』と不敬罪には問わないそうだ。そうでなくとも、お前は貴族の当主に無礼を働いたのだから、改めて詫びの挨拶に行くことになるが」
私は頭を抱えた。まず出会い方としては、最悪の部類で嫌な女だと思われたかもしれないということ。次に第一騎士団長の私は名誉騎士爵、彼は準男爵であり位は彼が上。しかも、彼の寄り親が祖父という事実まで聞かされる羽目になった。
「あ、ああ、どうしよう……わたひ、ど、どど、どうしたら……」
「はっはっは、少しは落ち着けフィーナ。冷血の第一騎士団長がその狼狽え様だと、皆が不審に思うぞ?」
「りゃ、りゃって! こうなるなんて、思ってなかったんだもの……」
(やれやれ、こういったところは本当に親子だな……娘が私に相談してきた時を思い出すよ)
私が恋い焦がれた相手。それが人族というのはこの時点で完全に吹き飛んでいて、それよりも彼に嫌われないようどう取り繕えばいいのか……そんな考えが堂々巡りとなっていたのであった。
色恋沙汰の経験なんて全くない私の慌てっぷりに、祖父は声に出して笑うのであった。




