第16話 港町からのご招待
あの一件から、三週間が経った。魔神の件については箝口令が敷かれているので、特に大きな騒ぎにならなかった。
まずはリスレット西部に辺境騎士団の兵士らが住み着き、実験施設での牧畜と訓練に精を出していた。襲撃から一週間たった頃ぐらいに、野菜のための畑も作ったのだが……兵士らの動きがなんか見違えるように速かった。なので、リリエルに聞いてみた。
「ねえ、何か凄いことになってるんだけれど……彼らって騎士だよね? 農家と言っても違和感ないよ?」
「騎士も農家も基本は力仕事ですからね。それに、肉は滅多に食べれるものではありませんので」
ピクシーコカトリスの繁殖力は凄まじく、何せ孵化してから一週間で成鳥になる。それはフルーツ草というトンデモ植物のせいだと思うが。しかもその草を食べたピクシーコカトリスの肉を調べると、100グラム程度で一日に必要な栄養素の殆どを網羅しているチート食材となった。
その反面グラハルトブルなどの成長はまだましなほうだ……一年で成熟してしまうスピードだが。
流石に肉だけというのは飽きると思うので、野菜畑も作る流れになった。その種類はリリエルに差配を任せた。俺もここに留まったままとはいかないからね。
魚については近くに湖があるので、釣りでもすればいいんじゃね? とか言ったら何人かは釣りに興じていた。数メートルの魚の魔物とかポンポン釣り上げているのを見て、お前ら何なの? ということしかできなかった。
その結果、男性騎士はガッチリとした肉体ながらもフルマラソン程度なら鎧を着て全力で走っても問題なくなったらしく、女性騎士は髪の毛や肌に艶が出てきて、細身ながらもしっかりとした筋肉がついていた。そして、何故だかわからないが、俺のことを上司扱いするようになった。お前らの指揮権ねーからな! 貴族の当主じゃないし!!
それから更に二週間後。俺宛に一通の手紙が届く。差出人はグラハム伯爵からだ。なんでもミランダに遊びに来てほしいということだった。しかし、問題が一つある。
「身分証明がない」
この一点だ。下手な騒ぎを起こさないためにも自分の身分を証明できる何かがなければならない。
単独での移動手段はいくつかあるが、それを許してくれるかどうかも解らない。すると、手紙には何かの魔法がかけられているようで、シュトレオンはそれに触れた。すると、手紙から光の玉が浮き出し、それを徐に掴むと、一枚のカードが出てきた。色は金色なのだが、これに関する説明が皆無なのだ。
「これは……カード?」
「もしかして……見せていただけますか?」
「うん。何かわかる?」
「これは……冒険者のギルドカードですね。金色ならAランクです」
え? Aランクのギルドカード? 俺、登録すらしていないんだけれど? 仮登録だって7歳からだよ? 疑問は尽きないが、リリエルから教わった通りにシュトレオンは指をちょっと傷つけて、血を一滴カードに垂らす。
すると、カードから光が発せられて、半透明のグラハム伯爵の人形サイズが浮き出ていた。どうやら、これは光属性超級魔法の「ホログラム」というものみたいだ。
『突然色々驚いただろう。実は君に話しておかなければならないことがあってね。とはいえ、私も領主である以上勝手にうろつけない。なので、君がすんなり町にはいれるように送った。そのギルドカードは本物だから、なくさないようにね』
そのメッセージが流れた後にギルドカードから魔力が消えた。ここまでの魔法を使えるのはやはり凄い。しかも、手紙にはシュトレオンに対する護衛をつけなくてもよいと了解も得たらしい。父であるバルトフェルドすら頭が上がらないとはこのことだろう。
これで単独行動の制約はなくなったのだが、その前に言伝ぐらいはしておくべきだと思った。そう思った俺は手早く二通の手紙をしたためて、リリエルに手渡した上でこうお願いをした。
「一通はジェームズ子爵閣下に。もう一通はセラミーエの実家に送ってほしいんだ。俺はヴィッセル砦のリフォームが済み次第ミランダに行くから」
「畏まりました、レオン様」
そう言ってシュトレオンはある程度離れてから転移魔法でヴィッセル砦に飛んだ。そして、異空間で組んだ砦の設計図をそのまま流用した。一時間後、リフォームが完了したのでライドウに報告しに行った。
「一応これ見取り図ね。説明書もあるから」
「お、ありがとうごぜえますレオン様。今日はこのままリスレットに?」
「いや、このままミランダに行くよ。多分陛下らは驚くだろうけれど、うまく取り成してくれ」
「わかりやした」
シュトレオンはそう言って、ヴィッセル砦の屋上に来た。このまま飛翔魔法で飛ぶのもありだが、ちょっと試したいことがあった。俺はアイテムボックスからグラハム伯爵の手紙を取り出した。手紙にはまだ彼の残留魔力が残っていた。
「『世界地勢』、魔力検索開始」
シュトレオンの創造魔法の一つ『世界地勢』には検索機能が備わっている。その魔力で彼の居場所を検索し、座標を突き止める。
「グラハム伯爵の前方4メートルぐらいかな……よし、転移!」
そして創造魔法をもう一つ作った。それは『魔術転移』。魔力で相手の位置を特定してその半径10メートル以内に地点指定転移させる魔法だ。元々は戦闘用に作った魔法でもあるが、こういった使い方ができないか試したのだ。
結果として、転移は成功した。どうやら伯爵領主邸の執務室であった。そこまではよかったのだが、なんと、いきなりエルフの女性に襲い掛かられた。シュトレオンは思わず両手で彼女の剣の刃を抑えた。所謂真剣白羽取りだ。
「なっ……!? 私の剣を抑えるとは、貴様もしや先日の魔神とやらの手先か!?」
「意味わかりませんよ!! 見ず知らずの人に、そんなこと言われる筋合いも、剣を振るわれる謂れもないです!!」
転移したら、10代半ばぐらいのエルフの女性に剣を振るわれるってどんな罰ゲームだよ。しかし、この人の胸部装甲は大きい。この大きさはうちの母親に追随すると思う。それでいてこれだけの膂力を持っているのは正直驚きだ。でも、どうにかならないかなと思っていると、助けの声はシュトレオンの背後から聞こえてきた。
「フィーナ、あれほど勝手に入るなと……レオン君!?」
「お、御祖父様……!?」
「えと、お邪魔してます……」
グラハム伯爵の登場で何とかフィーナと呼ばれた女性が剣を納めてもらったまではよかった。だが、グラハム伯爵は厳しい表情でこう言い放った。
「フィーナ、少し頭を冷やしてくるといい」
「っ……!!」
怒ったような表情で出ていくフィーナ。そのすれ違いざまにこちらを睨み付けた。荒々しく閉じる扉に、シュトレオンは何か悪いことをしたのかと首をかしげたが、グラハム伯爵の声で我に返った。
「申し訳ないね、シュトレオン君」
「いえ。先程レオンと呼んだことと関係が?」
「あの子は、私の孫娘のフィーナ・フォン・セルディオス。エリクスティア第一騎士団長にして、王国最強の剣士だ」
あー、なんとなく察した。先日の魔神討伐は少なくとも王城にも伝わっている。俺がフルネームで呼ばれたら面倒になりそうと考えて、グラハム伯爵が気を使ってくれたのだろう。
「先日の件ということですか」
「察しがよくて助かるよ。それにしても、君はここに来たことがないのに、どうやって来たんだい?」
「あー、実はですね。内緒にしていただきたいのですが……」
シュトレオンはここに来る方法ということで、手紙に残ったグラハム伯爵の魔力で探索魔法を掛けて、転移座標に飛べる魔法を持っていると説明した。それは時空魔法でも無理だということも。それを聞いたグラハム伯爵は驚きを隠せずにいたが、秘密にすると約束してくれた。
「いやはや、そこまでのものとは……どうだい? このミランダで領主をしないかい?」
「流石にそれは……そこまで考えられないですよ」
「それもそうなるかね」
「はい……伯爵閣下、今回はどういった用件で私を呼び出したのでしょうか?」
さて、グラハム伯爵がただ遊びに来いという理由で呼び出したとは思えない。それだったら、ライディースやメリルも連れて遊びに来る形になるからだ。真剣な表情を見せたシュトレオンに、グラハム伯爵は悲しそうな笑みをこぼした。
「やっぱり、あの二人の子と言うべきだね。先日の魔神討伐、そして王都での終戦・講和条約締結。そのことで君に対しての評価はかなり高い。何せ、国王陛下が君を公爵に叙爵したいというほどだった」
「……無理がありません? というか、反対する輩もいるでしょう?」
シュトレオンはヴェイグからオームフェルト家のことを多少なりとも聞いている。さらに以前バルトフェルドが屋敷で酔い潰れたときにこう寝言を言っていた。
『あのオームフェルトの野郎、いつか磔にしてやる………ぐ~……』
滅多に人の悪口など零さない父の寝言。その言葉は流石に何かの冗談かと思ったのは言うまでもない。だが、現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだと思う。それを差し引いたとしても、何かしらの反発が出るだろう。
「まず、魔神討伐は例外なく国難に直結する事態だ。なので、君には八天竜勲章が授与されるだろう」
「えらい大仰な勲章ですね」
「大型の竜はそれこそ国家の存亡に関わるからね。ちなみに君の前の授与者はレオンハルトになるんだ」
そして、給与が支給されることとなる。金額は一か月で200万ルーデル(白金貨2枚)、元の世界換算で月2億円の支給となり年24億円だ。国に対する損害などを考えると、それだけで済むなら遥かに安上がりだろう。
「そして、これは今年の末に発表されることになるんだけど、君は略式で準男爵位となった。よろしくね、シュトレオン準男爵」
「私が貴族位ですか……なんか実感がありませんよ」
「ああ、ちなみに7歳のお披露目会には男爵に陞爵となるから、覚えておくといいよ」
「そんなポンポンと上げたら、目をつけられそうで面倒ですよ」
「大丈夫。当分は私が君の寄り親となるからね」
寄り親というのは、端的に言えば貴族の領土と地位を保証する保護責任者みたいなものだ。中世の日本…いわゆる戦国時代においても、大名と家臣の結束を固める意味合いで寄り親・寄り子は普通に存在していた。
例えばうちのアルジェント侯爵家の場合、ガエリオやライドウのレーヴィス男爵家、リリエルのカイエル子爵家、グラハムやフィーナのセルディオス伯爵家らの寄り親となっている。
自領を治める貴族らをしっかり囲い込んだり、有力な貴族を取り込むことでその勢力を強める。ようは派閥みたいなものに近いかもしれない。
俺の場合はアルジェント侯爵家の分家になるのかと思いきや、そうではないらしい。
現状、長男であるジークフリードは来年夏に侯爵位を襲爵して外務相に就任、父親であるバルトフェルドは名誉侯爵となり外務相補任となる。
次男のヴェイグは時同じくして男爵位を叙爵し、そのままスライド式にジェームズ子爵の治めるリスレットの領主代官となる。将来的には分家のアルジェント子爵家当主となる形だ。
では、俺はどうなるのかというと……まず、将来的にアルジェントの名を捨てることになるそうだ。そして、新たなる家名をもって新興貴族として出発させる。最終到達点は無論公爵という筋書きらしい。これはアルジェント家のままだと公爵位陞爵の権利放棄が引っ掛かるためらしい。
その後ろ盾という形でセルディオス伯爵家がバックアップすることになると説明してくれた。その感想を言うならば、こうしか言えなかった。
「かなり机上の空論に近い気もしますよ」
「そう言われるとは思わなかったよ。でも、レオン君はそれだけの功績を打ち立ててくれたってことだ」
「それはいいんですけれどね……正直、王都に近寄りたくないですよ」
「ははは、私も似たような感想だけれどね」
だって、男爵とかになれば売り込みに来る連中が確実に出てくる。その辺はグラハム伯爵に全投げすることも覚悟の上だ。それを解っているからこそ寄り親を引き受けた訳だと思う。ちなみに、セルディオス伯爵家も家柄上は伯爵だが、実績を全部積み上げたら現国王ですら頭を下げてしまう相手だそうだ。
やっぱ、世の中って怖いよ。そんな心の声を読み取ったのか、グラハム伯爵は苦笑を浮かべていた。




