第15話 手が出しにくいなら改造すればいいじゃない
ブレックス皇帝らが王都に向かってから二日後、シュトレオンはリスレット西部にある草原地帯に来ていた。無論、護衛としてリリエルとライドウの二人もいる。
シュトレオンが町を出てここにいる理由がわからないので、リリエルが尋ねた。
「えと、何をするのですか?」
「そうですね。ここら辺に牧畜地帯を作ろうかと思いまして。ちなみに、放牧するのは魔物です」
「魔物ですかい? 本来は使役用の魔法でもないと無理ですぜ?」
「まぁ、その辺はどうにかできるよ」
シュトレオンはそう言って、まず適当な広さの草原地帯を柵で覆う。柵はオリハルコンとミスリルの合金でできており、高さ五メートルのものを大体1ヘクタールほど囲む。そして無論エンチャントも施していく。柵の外側には侵入防止も含めて深さ3メートル、幅2メートルの堀を土魔法で作り、そこに魔法で水を流し込む。
次にアイテムボックスから袋を取り出し、生えている雑草類に向かって袋の中から種のようなものを蒔いていく。さらに、敷地の隅っこのほうに小屋のようなものを組み上げていく。これは元々向こうの空間で組み上げたものを持ってきただけだが。
さらに草原の中央に立ち、『世界の扉』で適当な大きさの扉を出現させて開くと中から溢れ出るように真っ白や茶色の体毛を持つ鳥の魔物が数十匹姿を現した。それらは一目散に草原の雑草を食っていく。
そんなことをしたら雑草がなくなると思うのが普通だが、これは必要なことなのだ。その魔物が柵の中の草を食いつくした頃には土しか残っていない状態だ。
それを確認すると、俺はアイテムボックスに袋をしまって一つの小瓶を取り出す。蓋を開けて一滴垂らすと、柵の内側の土が光って瞬く間に青々とした草が広がっている。
この一連の流れに、リリエルとライドウはもはや何が何だかついていけてなかった。無理もないことなのだが。ライドウは恐る恐るシュトレオンに近づいて尋ねた。
「あの、どういうことです? というか、そいつらコカトリスですよね? こんな小さいのは見たこともないですぜ?」
「ああ、これですか。ぶっちゃけていえば……食用に改造したんです」
「え、食べられるんですか!?」
神様の加護というのは本当に便利だと思う。なので、そのための牧畜という分野を開拓できないかと考えたのだ。転生前でいう牧畜の牛や豚がいるのか見たことはない。しかし、それに準じた魔物がいるのは解っていた。ただ、それらは本来魔物使いでないと使役できないし、大量に飼うことなど不可能な状態だ。
だったら、牧畜として飼えるレベルにまで魔物を魔改造してしまおうと考えた。その第一弾が『ピクシーコカトリス』である。本来のコカトリスも食べれなくはないが、冒険者難度S級の高級食材。平民にはとても手が出せるものではない。
なので、魔改造によって鶏サイズにまで小型化して人に懐きやすくなるようにした。コカトリスの卵は餌の種類によって有精・無精の切り替えができるという特性があり、それを利用して繁殖のコントロールを行う。
その餌となる雑草も魔改造を施した。この世界の植物は魔素を取り込むことによって生長するので、その雑草だけであらゆる栄養素を取り込める万能の餌に改良した。転生前の世界でいうサプリメントみたいなものだ。
その草を味見したら、フルーツミックスの缶詰の甘い汁みたいな味だったので『フルーツ草』と名付けた。それをすり潰して煮詰めたら、茶色の細かい粒の砂糖ができた。舐めたらフルーツの要素はなくなって砂糖そのものだった。何このファンタジーな草。
生長スピードは凄まじくて、少量の魔素だけで即時再生するだけでなく、根っこが1ミリメートルでも残っていれば3日で立派な草が生えてくる。ただし、間に堀などがあるとそれ以上繁殖しないようになっている。ある意味弁えたような感じになったことにシュトレオンは苦笑した。
ただ、家畜を奪おうとする輩が出てくることも考慮し、柵自体に超強力な結界魔法を張っている。今のところはシュトレオン、リリエルとライドウしか柵の内側に入れない。
結界の強度は先日の魔神についての強さを昨日アリアーテ様に教えてもらい、それを参考にした。後日『たぶんドラゴンでも破壊できないじゃろう』と言われてしまった。
小屋はコカトリスが卵を産む場所とし、寝る際は小屋に戻っていく条件付けまでしてある。肉の解体部屋も完備済みだ。魔法でやってもいいけれど、実際にできる人がいるならやってもらったほうがありがたい。
ともあれ味を見てもらうために、そのピクシーコカトリスの肉を使った焼き鳥を二人に振舞った。タレはないので味付けは塩と胡椒で、塩はリスレットの市場で買った。胡椒は市場で買うと高かったので、異世界で実験用に育てていたものを使った。
だって、約200グラムで金貨1枚相当ってかなり高い。値段が完全に貴金属扱いである。
それを口にした二人の感想はというと、感極まって泣きながら食べていた。そこまで感動されると思ってなかったので、ちょっと引いた。
「お、美味しいです! こんな美味しい肉、初めて食べました!」
「うう、美味いっす。酒があればもっと最高ですぜ。ちなみに、売り出すんですか?」
「将来的には商会を通じてセラミーエ領内や王都、ガストニアに売り込むって感じかな。今のところは実験だし、それ以外の予定はないけど」
現在の小屋は最大900羽まで増やせるキャパシティを有する。なお、これらの建築許可は子爵が護衛に行く前に取り付けた。元々湿地に近いせいで作物の育成に適していないのだ。シュトレオンはそのことをガエリオ男爵から聞いていたので、今回の提案をしたというわけだ。
「ひとまず、後二つほど実験のための施設を作るのはいいとして……人手はどうしようかなと思ってる。父上やヴェイグ兄様に伝手は頼るけど、限界はありそうだし」
「それならばレオン様、辺境騎士団から人員を出しましょう」
すると、ここで提案をしたのはリリエルのほうだった。聞けば、今回の一件でガストニア皇国との国交が回復すれば、砦に二つの騎士団が駐留するのは好ましくない。かといって、辺境騎士団として別の地域に派遣するわけにもいかない事情がある。
それはガストニアの東にあるグランディア帝国の存在だ。
かの強大な国に対して戦力は維持したい…かといって砦に駐屯したままガストニアに無用のプレッシャーは与えたくない。そこに今回のシュトレオンの一件が渡りに船となった形だ。
砦からリスレット郊外に移るだけでそこまで変わるのかと思うだろうが、騎士団ひとつを砦に置かないというのは内外的にそうする意味が少ないと受け取らせることができる。
「そうなると、駐屯用の敷地を作ったほうがいいのかな?」
「できれば、そうしていただけるとありがたいです」
早速ということで、俺は適当な広さの森を更地にして、危険を徹底的に排除。柵に張ったものと同じ結界魔法を掛け、訓練場と宿舎、倉庫などの施設に関しては知識がないので、リリエルから聞いたものをイメージにして、宿舎は三階建てのものを組み上げた。
俺が魔法をポンポン使うことにはもう何も言わないと諦めたらしい。
で、宿舎には部屋と会議室、食堂、大規模な浴場とガチで組み上げた。特に浴場は壁のタイルにリスレットの西から見た険しい山脈をイメージしたものにした。元の世界でいう富士山のタイル壁画みたいなものだ。
あと、ついでに男女別だが本格的な露天風呂を作った。近くに冷泉の源泉があったので、そこから引っ張る形とした。温めるための機構も実験で組んでいたものを流用した。ひとしきり作業を終えたところで、リリエルとライドウに確認してもらった感想はこうであった。
「あの、すみません。王都騎士団の本舎クラスの設備です」
「うちの砦でもここまで整ってねえわ……レオン様、砦のリフォームもたのんます」
「……子爵閣下に聞いてください」
後日、頼まれて砦のリフォームをすることになったのは言うまでもない。その時の俺は自重を忘れて砦の面影もなくなったが、反省も後悔もしていない。それは機会があったら話そうと思う。
その後、ピクシーコカトリスと同じように二つの柵を立てた。その二つは最初に建てたものより4倍ほどの敷地にし、土は魔法で掘り起こして早急に草を張り替えた。小屋はさきほどより大型となり、内側に放ったのは割と大き目な牛型の魔物。
だが、片方は体毛が黒いが、もう片方は白と黒の斑模様となっている。そう、真っ黒な方は肉牛を目的としたもので『グラハルトブル』と名付け、斑模様の方は乳製品を作るための品種『ベルスタインブル』と名付けた。
「割と大人しめではありますが、元が獰猛な魔物なので屈強な人がいいかと」
「そうですね。うちはこれぐらい荒々しい人もいますので、彼らの仕事にしましょうか」
「…ご愁傷様なことだ」
余談だが、辺境騎士団は大体が辺境の出身で冒険者の経験に長けたものが多い。
なので、魔物のように明確な敵意を持たないが、獰猛な生き物の相手には荒くれ者たちがちょうど良いとリリエルが言い放ったことに、ライドウが憐れむような表情をしていたのをシュトレオンは見たのだった。
「とはいっても、市井に流通は大分先ですよ。ここらは実験みたいなものですし」
現状乳製品に関しては最低限の設備を整えはしたが、市井にまで流通させるためには冷蔵輸送の確立と大規模化が必須だ。なので、暫くはリスレットだけでの販売になりそうだ。肉についても同様で、遠方となると現状加工品が限界だ。
シュトレオンは神様の加護で時間経過無視のアイテムボックスを持っているので直に売り込みはできるのだが、こればかりはどうにも言えない。下手に時間経過無視の魔法袋なんて売り出すわけにもいかないからな。
元の世界でいうトラックの類なんてこの世界だとオーバーテクノロジー同然だし。
物品転移だけできる魔法がないか探してみる必要はあるかな。アイテムボックスの発展形なので神代魔法クラスかもしれないけれど。
ちなみに、豚はこの世界だとオークという生き物はいるのだが、あいつら二足歩行なのだ。いや、別に不味くはないんだけれどね。上位種になると美味いし。なので、異世界で品種改良して四足歩行にしてはあるが、受け入れられるかが不安要素としてある。
何がかって? オークに似た顔つきの奴が四足歩行しているのを見た奴が噂を広めないかという懸念だ。
それを言ったらピクシーコカトリスとかはどうなるんだということだが、リスレットの西部は元々子爵の私有地で、関係者以外立ち入れないことになっている。これはジェームズ子爵が爵位辞退の代わりとして受け取った未開発地であるそうだ。
なので、許可なく入ろうとしたものは伯爵以上の貴族でも問答無用で不法侵入の扱いになる。一応この敷地一帯に結界魔法を付与した魔石を設置する予定なので、大丈夫であると思いたい。
「引っ越しはどうします? 僕もずっとここにいるわけではないですし」
「そうですね。リスレットから王都へ10日ですが、途中の町のことを考えると2週間は見積もっていいでしょうし……明日から取り掛かってもよろしいですか?」
「なら、大きめの荷物は1か所に纏めてください。アイテムボックスで運び入れますので」
「ありがとうございます。報酬は……わt」
「はいストップだ、リリエル」
何かとんでもないことを言いかけた気がしたが、気のせいだと思っておこう。それがお互いのためだと思う。精神年齢合計22歳の俺でも今から婚約者選びという気にはさすがになれない。