第13話 感覚と実績の齟齬
シュトレオンが手にしているこの漆黒の太刀なのだが、実は名前がない。
というのも、これの持ち主であったレオンハルトのピンチを見かねてアリアーテが急遽作ったもので、その後は乱用を避けるべくブレックスの祖父に預けたそうだ。でも、これって日本の武器だからカタカナつけるのには抵抗あるのよね。なので、日本っぽい名前にした。『神刀・星凰』と。
シュトレオンの目の前にいる化け物は瞬時に腕を再生し、こちらを睨みつけてくる。だが、その睨みも特に怖いと感じるような印象が出てこなかった。理由はわからないが。
『貴様、あの忌々しいレオンハルトの生まれ変わりか!?』
「生まれ変わりじゃなく子孫だよ。アンタの都合なんてどうでもいい……兄上に手をあげたからには、覚悟しろよデカブツ」
神刀・星凰に魔力を込める。すると、柄の部分が伸び、鍔の部分がに分割して横に広がる。そして反った刀身を包み込むように金色の透明の刃が展開。さながら両刃の大剣そのものであった。それから発せられる力の奔流に化け物の表情が次第に強張っていく。
『や、ま、待て! ゆ、許してくれ! 殺すつもりはなかったんだ!!』
今更謝罪か? 油断させておいて殺す腹積もりなのだろうと思う。ヴェイグに対しての行動は記憶に残っていた。シュトレオンは神刀・星凰を肩に乗せるように担ぎ、背中を見せた。すると、それを見た化け物は好機と言わんばかりに両腕を俺に向けて伸ばした。
『だと思ったのか、ばかめ!! 貴様も殺してやる!!!』
勝った、とその化け物は思ったのだろう。だが、そんな驕りなど……襲い掛かろうとしている相手には、少年はすべて見抜いていた。
「だと、思った―――残念だが、アンタはもう死んでる」
その腕が届き切る前に、化け物に無数の斬撃の跡が刻まれていく。斬撃の傷から黄金の光が迸り、化け物は中から焼かれていく感覚に苦しみ悶えることしかできない。シュトレオンは改めて化け物のほうへと向き直り、神刀・星凰を振りかざした。
「お前が命を奪った無実の人の分まで、数多の罪を永久に抱いて溺死しろ」
真上から一直線に振り下ろされたその一撃は、化け物を真っ二つに切断した。そして化け物の亡骸が光に包まれていき、残ったのは力を失った魔剣と既に事切れていたゲルバルト第一皇子であった。
神刀・星凰の神剣展開を解除して鞘に納めると、自身の体が光に包まれて5歳の姿に戻っていた。そして、おもむろに呟いた。
「えと、結局何だったんだあの化け物」
『そっち!?』
騎士団の人たちから盛大にツッコミが入りました。後に、それが魔神だということを知ったのだった。なんか、こう、神って付くぐらいだし概念攻撃してくるものだと思ってたから、イメージと違ったし魔人かなと勘違いしてた。その心の声を聴いたアリアーテはこう呟いた。
≪創造神、代わりたいなら代わってもよいぞ?≫
「お断りします」
俺は断った。何が悲しくて5歳で創造神やらなきゃいけないんだよ。
今回の戦闘による被害だが、エリクスティア王国側の死者は奇跡的に0だった。これは帝国軍との戦闘をしなかったことに起因する。そして魔神がアルジェント家であるヴェイグと俺だけをターゲットにしたことも理由の一つだ。これで無差別に攻撃されていたら被害は甚大だったのは言うまでもない。
国王陛下はガストニアに対しての報復は行わないと決定し、講和のための準備を始めた。特に大きな被害を受けていないため、賠償金は求めない方針で固まった。怪我などの被害を受けたものは国庫より拠出する方針とのこと。
こちらが微々たる被害で向こうが甚大な状況にある中、金まで要求してガストニアの民を貧困に喘がせるほうが後の遺恨になると思ったし、ガストニアのさらに東にある大国の存在は厄介極まりない。それに、ガストニアの農産物や香辛料など、エリクスティアで手に入りづらいものは魅力的な代物だ。
それならば、とっととガストニア国内の混乱を収束してもらい、二国間の国交と通商を回復させるほうが双方の利益になる。これについては、ダメもとで父宛の手紙をジェームズ子爵とヴェイグ経由で送ったことが功を奏した。
ガストニア皇国は今回派兵した全兵力2万のうち、半数近くが壊滅。総司令官であるゲルバルト皇子が死亡ししたため、暫定代表となった第二皇子によってすぐに撤退。
政府代表である大公は幽閉されていただけで無事であり、すぐさま国内の混乱鎮静化に取り掛かった。
エリクスティアに対して講和の交渉に入り、ガストニアの北にあるイスペイン王国との間で中断していた和平交渉も再開すると発表した。
グランディア帝国に至っては、派兵した25万の兵すべてが死亡した。しかも、あの魔剣を渡したのは他でもない帝国であり、結局因果応報でしかなかった。『自業自損』という表現のほうがしっくりくるだろうが。
さらにその派兵を決めたのは帝国軍で領土拡張派を主張する幹部らであった。承諾なしの派兵という事実に、皇帝陛下は大激怒するに至った。
物的な損失よりも25万人というすさまじく大きな人的資源損失の補填に、帝国は十年余りの時間を費やすこととなる。
ブレックス皇帝は今後の講和交渉を行うため、妻子と一緒にそのままエリクスティア王都へと出向くことになった。だが、シュトレオンはその護衛を固辞した。何せ、ただの5歳が今回の事件を解決したなどと言っても信じる材料が少なすぎる。ここの二つの騎士団の長が見ていても、それは結局確かなる証拠と言えないからだ。
それと、絶対俺がついていくと皇帝の存在が霞む可能性がある。それだけは絶対に嫌だと思った。それに気付いたのか、皇帝は俺に対して頭を下げてしまった。何故に?
「―――というわけでして。護衛については、子爵閣下とヴェイグ兄様にお任せします。僕はこないだの戦闘の疲れが癒え切ってないので」
「あいわかった。しかし、英雄殿は謙虚ですな」
「まぁ、そうなるか。文句は言わないさ……お前がいなければ、俺は今頃空の上だったろうしな」
よって護衛は二人に一任してもらった。現状冒険者の仮契約もできないので、自分にできることなどたかがしれている。そう言ったらジェームズ子爵が笑いながら俺の背中をバシバシ叩いた。地味に痛い。
なお、シュトレオンは神刀・星凰をブレックス皇帝に返そうとしたが、彼はそれを断った。使いこなせる人物がいるのならば、眠らせておく理由がないと。なので、そのまま自分の専用武器になりました。
「それに、私の妻と娘を助けてくれた。その武器ひとつで返し足りない大きな恩だ。私は……もう逃げるのではなく、向き合うことにしたよ」
ちなみに、皇帝一家を襲った犯人は第一皇子の差し金だったことが判明した。その人物は皇帝の執事が処刑したらしい。執事がパーフェクトすぎやしませんかね。
ともあれ、シュトレオンは休養という理由でリスレットの領主邸にしばらく居座ることになったのであった。とはいえ、何もしないという選択肢はなかったので、出歩いたりすることが多かった。流石に5歳なので護衛がつくことになったのだが、その護衛というのは豪勢すぎた。
「シュトレオン様、大丈夫でしょうか? お疲れのようならいつでも申し出てください」
「お前は過保護という言葉を学べ。すいやせん、シュトレオン様」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
そう、シュトレオンの護衛に抜擢されたのはリリエルとライドウだ。
本来騎士団を預かる立場の彼らが貴族の子息の護衛というのは名誉なことだと思うのだが、職務の範疇から外れている。だが、幸か不幸か二人がいなくても機能してしまうという悲しい現実がある。
俺はその功を労うために辺境騎士団の副部隊長と領邦騎士団の副官に差し入れしたところ、ガチ泣きされてしまった。
仮に胃薬ができたら飲みながら仕事する羽目になりそうな彼らの性分に、シュトレオンは何とも言えない気持ちになった。
自身の護衛も含めて、この二つの騎士団事情についてリスレットの領主であるジェームズ子爵の判断はどうだったのか、というと……こうなった。
「見なかったことにしたい」
「それが賢明な判断です」
胃に穴が開くまでストレスを溜め続けるよりも、何も見なかったことにする自己防衛の方を選択したことに簡単な受け答えしかできなかったが。
この人は100年ぐらい余裕で生きそうな気がした。
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その頃、王都では大忙しとなっていた。国境線での軍事衝突が軽微に済んだのはまだいいとして、今はガストニアの皇帝、皇妃、皇女を出迎える準備でごった返している。
バルトフェルドは重要な国務の一つである外交を担う外務相として書類の山と格闘していた。その仕事の速さは凄まじく、普通の人なら二週間かかる決済を六時間で終わらせる敏腕さを持つ。
戦闘面での派手な能力こそ持たないが、この処理能力は四聖貴族の当主でも彼にしかできない所業である。三時間後にはすっきりとした執務室の姿となり、バルトフェルドは出された紅茶で喉を潤した。すると、傍に控えているウォルターに話しかける。
本来ウォルターは王都の屋敷の家令なのだが、元々外交官の経験もあるため特例として同行を認められているのだ。問いかけられた彼は懐からメモのようなものを取り出し、今後の予定を簡潔に告げる。
「ウォルター、この後の予定は?」
「午後から陛下のお呼び出しの件ですね。おそらくはヴェイグ様の叙爵に関わるものかと。それと」
「シュトレオンだな。だが、あいつはまだ5歳だ。陛下もそのあたりを配慮なさってくれると思うが」
滅多に使われないが、アルジェント家は緊急連絡用のアーティファクトを有している。
過去にレオンハルトが侯爵へ陞爵された際、政変によって亡くなった彼の兄らへの手向けも込めて当時の国王から贈られた。それは現在リスレットのジェームズ子爵とバルトフェルドの二人が持っており、所有者以外使うことができない代物だ。
ジェームズ子爵から伝えられた魔神討伐の件とガストニア皇帝の王都来訪はバルトフェルドも思わず椅子から転げ落ちたほどだった。しかも魔神討伐を5歳のシュトレオンが成したという現実だ。それとは別にガストニアからの侵攻を防いだ功績をヴェイグが打ち立てている。
自分の二人の息子が功績を立てたことは喜ばしいが、快く思わない人物の顔を思い出してバルトフェルドは溜息を吐く。
東のオームフェルト公爵家は事あるごとに厄介物のような印象しか出てこないことに頭を抱えたくなる気持ちしかなかったが、呼び出しのことを思い出したように彼はゆっくりと立ち上がったのだった。