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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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閑話2 ヴェイグから見た、英雄の血を継いだ埒外たち

 俺はヴェイグ・フォン・アルジェント。アルジェント侯爵家現当主バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエの次男にあたる。俺は今王立学院の四年生で、来年には卒業になる。


「ふう…」


 のはずだったのだが、数か月前に王立学院の対抗戦で上級生である五年生の生徒に勝ってしまったのが拙かった。しかも、その生徒というのは東の四聖貴族であるオームフェルト公爵家の長男なのだ。


 うちのアルジェント侯爵家とオームフェルト公爵家はハッキリ言って宜しくない。むしろ犬猿の仲よりも最悪な状態だ。その発端となったのは俺の曽祖父であるレオンハルト・フォン・アルジェントの存在だった。

 当時ただの辺境伯と言えども、南部国境線の軍事指揮権を有するアルジェント家。それがレオンハルトによる一つの作戦が成功したことで陛下から功績を称えられ、後に侯爵に陞爵した。これで名実ともに南部を代表する四大貴族の仲間入りを果たしたのだ。

 それには政変などによって後継者を次々と失ったアルジェント家に対する謝罪の意味も込められていたのだろう。


 それを快く思っていなかったのがオームフェルト公爵家だ。彼らも隣国であるイスペイン王国と国境線を接する領地を持ち、屈強な騎士団を有していた。だが、イスペイン王国との間には難所とされる険しい山脈が立ちはだかり、その天然の要塞が幾度となく東方遠征の失敗の原因となっていた。


 まぁ、ここまで言えばわかるだろう。単にオームフェルト公爵家の『逆恨み』なのだ。それが四代も続いてとなると、馬鹿らしいにも程がある。もう呪いとして教会にお祓いでもしてもらおうかと思わなくもない。


「ヴェイグにとっては災難だった、という他ないね。何か奢るよ」


「すまん。だが、先生たちも分かっていてやってるのだから性質が悪いぞ、兄上。じゃあ、いつもの定食で」


「勝っても負けても煩い。父達が言っていた意味がホントよくわかるよ。というか、そんな図体なのに食べる量は普通って、見た目より燃費いいんだね。デザートは?」


「適当に頼む」


「了解。すみません、注文いいですか?」


 曽祖父も祖父も父も……ついでに言えば、目の前にいる俺の兄ジークフリード・フォン・アルジェントもその存在を無視するように動いてきた。彼らといがみ合ったところで得られるものもないし、心労が嵩むだけなのだ。


 俺の学年にもオームフェルト絡みの人間はいるのだが、そいつは側室の息子で次男だ。しかし、話してみると意外にも話しやすく、選択している科目も一緒なので親友に近い付き合いとなっていた。そして、アルジェント家のことは特に恨んでいないようだ。


『正直、父や兄がなんでヴェイグの実家を恨むのか理解できませんよ。嫌がらせされたわけでもないですし……もう、あれは呪い同然ですね。できれば実家に帰りたくないぐらいですよ、この先一生』


 自分を生んだ母がいるので已む無く帰ってはいるが、彼曰く『母には悪いですが、呪いと執念でできたような実家とはとっととオサラバするつもりです』と断言していた。なお、その母親も『この家を継ぐのは末代までの恥と覚えておきなさい』と言うほどだった。聞けば政略結婚だったらしい。


 そいつは仮に長男が死亡してもあんな家を継ぐ気はない、と継承権・相続権を早々に放棄したらしい。卒業後はどこかに騎士として就職するつもりらしいので、俺が先に声をかけてみた。


『なら、兄上か俺のところに就職するか? 兄は落ち着いたら襲爵になるし、俺は卒業後に叙爵されることになってな…そうでなくとも、知り合いはいるから斡旋はするぞ? お前みたいな優良物件を逃すほうが痛手だ』


『そうですね……じゃあ、騎士の募集が来たら声をかけてください。ヴェイグの紹介なら一発で通りそうですし』


『俺はそこまで万能じゃないんだがな…』


「―――というわけで、うち向きの優良物件を確保した。実力は保証するし、経理面も強い」


「ヴェイグは学院生なのに、外部とのコネづくりは一番じゃないかな」


 そうため息混じりに零す兄上だが、この学院はおろか十代でこの王国の五本の指に入るほどの実力者で、俺は未だ兄に勝てないほどだ。鍛冶神の加護はレベル5という稀有さと相まって、お近づきになろうとする輩は多い。

 というか、学年は違うのに一緒にいるのはすでに卒業承認許可待ちな状態であること。学院でもう学ぶことがないに等しいのだ。


「学院に入って半年で初遠征、しかも学院長がとんでもない単位扱いするものだから、三年の時点で超過したんだぞ。そして今回の件で止めだ」


「僕なんて、二年生の時に出した魔術論文で王国から三年卒業待ちに認定されちゃったからね……お蔭で領主の勉強はできるから嬉しいけれど、将来入学する弟たちに変なプレッシャー掛かってほしくないね」


「まったくだ」


 本来、王立学院の学生は学業が本分なのに、俺らは別の意味で忙殺されている。こんなんでいいのかと思いつつも久々の休息を楽しんでいたところに、俺らの聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「あら、学院屈指のイケメン二人がこんな昼からジジ臭い話? 兄上たちは随分とお疲れのご様子ですわね」


「エリザか。お前、また魔術師ギルドに行ってたのか?」


 若干ウェーブがかかったような紅の髪を靡かせ、十人の男がいたら二十人ぐらいは振り向くであろう容姿の美少女。

 彼女の名はエリザベート・フォン・アルジェント。王立学院二年生にして、ジークフリードやヴェイグと同じく卒業待ち状態に認定された才女である。

 幼い時の資質は二属性だったのだが、学院に入ってたった一年で無属性と時属性を除く六属性まで習得した正真正銘の天才だ。尤も、当の本人は『私程度が天才なら、それこそ大魔導師は神話の存在ですわ』と言い放つほどに謙虚だが。


「ええ、汎用術式の改良テストに。正直865か所改良点があるのに、直ったのは3か所だけですもの。お役所仕事も大概にしてくれと所長を氷漬けにしてきました」


「……殺してねえよな?」


「ちゃんと呼吸はできるようにしていますわ。それに、ヒートアップしていたから熱冷ましは有効かと。寧ろ冷たい氷が食えると職員たちが絶賛しておりました」


「解ってはいたけど、それでいいのか魔術師ギルド」


 普通なら懲罰ものだが所長も解っていてやってる節があるので、供給と需要がベストマッチしてるそうだ。当のエリザベート本人は頭を抱えていい加減どうにかしてほしい、と呟いていたが。そんな彼女は空いてる席に座り、ウェイトレスに注文を伝えた。


「そういえば、伯爵家の方から紹介してほしいと頼まれましたが、家名でオームフェルトの一派だったので丁重にお断りしておきました」


「ありがとう。ホント、頭が回る妹だよ。僕のような凡庸な頭には及ばないな」


「魔石の魔力再充填理論を論文で発表した王国で五指の剣士が凡庸な頭なら、俺の脳味噌は筋肉同然だ」


「あら、王国屈指とも謳われた王都第二騎士団長相手に、模擬戦で無傷勝利したヴェイグ兄様がそれを言います? しかも、相手の剣術を真似るという手法で」


 英雄レオンハルト・フォン・アルジェントの資質は曾孫らに行き渡った……創造神アリアーテの言葉を体現したかのように、シュトレオンの兄と姉である彼らは十分埒外の存在であったのだった。もっとも、本人ら自身そんなことなど微塵も思っていないところが、彼らの強さなのかもしれない。


 そんな中、エリザベートが俺に対して言い放つように言葉を発した。


「ところでヴェイグ兄様。実はこの前ティファーヌ殿下から王族園遊会のお誘いがあったので受けておきましたわ。ジーク兄様も参加確定です」


「なっ……」


「僕もかい?」


「いいではありませんか。二人ともお暇なのでしょう? それに、ジーク兄様にもちゃんと配慮なさると殿下が約束なさいましたので……コレット義姉様も参加なされます」


 本来、王族園遊会は国王一家のみで執り行うのだが、それでは面白みがないということでティファーヌ第一王女が親しき友人も招いて、結果として気兼ねなく話せるパーティーへと様変わりしていた。さらにエリザベートが小声で言ったことに対して、兄は諦めたように息を吐いた。ただ、その表情はどこか嬉しそうなものを含んでいた。

 それ以前に、兄ジークフリードにとって妹エリザベートはある意味恩人でもあるので、今回のお誘いは流石に断れない。俺も断れる雰囲気でないことは解りきっていた。その呼び出した張本人の目当ては俺だからだ。


「はぁ……解ったよ。領主の勉強の息抜きにはなるかな。というか、とっとと認めたらいいんじゃないかな? 寧ろくっついて、いちゃつけ」


「いや、流石に伯爵以上にならないと無理だぞ。俺にそこまでの才覚はないし」


「そう言うってことは、恋人もとい嫁にするのは吝かではないということですね」


「……あそこまで好意を向けられたら、無碍にしたくないんだよ」


 俺自身『兄のような美形じゃないし、最悪独身でもいいさ』とか考えている。実はモテるらしいのだが、実感がない……と言ったら、それを聞いた妹が盛大な溜息を吐いた。同じようなことを以前ティファーヌ王女に言ったところ、『貴方は女泣かせですね』と返された。何故だ。


 実は、兄上への手紙の中に俺を紹介してほしいという手紙も混じっている。だが、俺にしてみればこんな歳不相応の体躯を持つ人間と知り合うメリットはあまりない、と言いたいぐらいだ。


 ちなみに、妹はその手紙を全て魔法で読み取って把握しており、オームフェルト家の一派に関係がなくなおかつ有能そうな下流貴族や平民の子と学年問わずに仲良くしている。学内のコネづくりなら彼女の右に出る者はいないと思っている。


 すると、兄の姿を見て近づいてくる一人の男子生徒がいた。彼の後ろには取り巻きの生徒が数人いる。プライド高い貴族にみられる典型的なグループ集団で、それを見た兄の眉が微かに強張っている。すると、その生徒は髪をかき上げながら自慢げな口調で話しかけてきた。


「おやおや、田舎貴族風情のアルジェント家の三人ではないですか。こんな昼間から学業にも精を出さずにお茶とは、貴族として嘆かわしいほどだよ」


「常日頃心に余裕をもって事に当たるべし……それがアルジェント家の家訓ですので。ところで、次期公爵様は態々僕らのような辺境貴族のところまで出向いて、如何様ですか?」


「ああ、忘れるところだった。実は本来父だけなのだが、僕も例大会に御呼ばれしていてね。どうやら、生憎君は今回招待に与れないご様子みたいだけれど……それが僕の家たる公爵家と田舎貴族の侯爵家の違いだね。ハッハッハッハ!」


 オームフェルト家長男が笑うと、それにつられて取り巻きの連中も笑い出す。

 例大会というのは年四回行われる季節の節目のパーティーみたいなものである。本来アルジェント家も呼ばれているのだが、隣国ガストニアにおける最近の情勢を鑑みて辞退しただけだ、と父は言っていた。そのことは無論国王陛下も承知の事実。

 尤も、その埋め合わせもかねて王族園遊会の参加打診をティファーヌ王女がしたことに繋がるわけだが、そんなことなど目の前の鬱陶しい奴らに言ってやる義理はない。


「君らはせいぜい田舎者らしく、剣でも振るっているのがお似合いだよ。では、ごきげんよう」


 そんなことも露知らず、言いたいことも言えたのか優雅に去っていくその後姿を見て、エリザベートはこう小声で吐き捨てた。


「……みみっちい世界でしか生きられない、ダサい男たちね。あんなのより朴念仁の兄上たちのほうが一兆倍マシよ」


 ダサいことには内心同意するが、朴念仁とは心外だな…とか思っていると、妹にジト目で睨まれてしまった。これでも機敏には聡い方なのだがな。


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