第10話 お披露目も楽じゃない
次男であるヴェイグが屋敷に来てから一週間が経った。今日はセラミーエ領内の貴族や有力者らへのお披露目会となっていて、シュトレオンも用意されたお披露目用の服に袖を通す。手伝いをしてくれるカナンは俺の姿に目を輝かせていた。
「さすがレオン様、その恰好だけでも気品にあふれていますよ」
「ありがとう。でも、今日の主役はライが掻っ攫うと思うけれどね」
そういう風に仕向けてきたのは他でもないシュトレオンであり、下手に目立つようなことはしたくないと考えていた。当のライディース本人もしっかりしようと頑張っているのは知っている。ここ最近はヴェイグの鍛錬にも積極的に参加しているぐらいだ。その一方で、最近のシュトレオンは精々メリルの魔法訓練や勉強を見ているぐらいである。
身だしなみも整えて、あとはお披露目会を待つのみとなった。
夕方になると屋敷の大広間に数十人の招待客が集まってくる。その主催であるバルトフェルドが演台に立ち、軽く咳払いをしてから第一声を出した。
「今日は忙しい中、集まってもらって感謝する。三男のライディース、四男のシュトレオンが無事に五歳の洗礼を迎えることができ、今日こうしてお披露目することとなった。二人とも、入ってくるがよい」
その声で大広間の中に入るシュトレオンとライディース。そのままバルトフェルドの横に並び立った。侯爵家に関わりのある人なのだから、多くても無理はないだろう。
一応転生前は学校で生徒会もやっていたし、親の関係で偉い方と面識があった俺は何とか耐えられるが……チラッとライディースのほうを見ると、ガチガチに緊張していた。そら、屋敷の中だと大勢の大人に囲まれることなんてないからな。無理もない。
「え、えと、ラ、ライディース・フォン・アルジェントといいます。よ、よろしくお願いします」
挨拶もガチガチになっている始末だった。でも、自分の名前を言えただけ合格点と言っていいと思う。そのままの流れでシュトレオンの挨拶となった。
「ご紹介にあずかりました、シュトレオン・フォン・アルジェントと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
下手に長い挨拶だと『お前はいったい何者なんだ』と思われそうなので、ここいらが妥協点だろう。そのつもりだったのだが、少し静寂が流れた。チラリとバルトフェルドのほうを見ると、苦笑していた。解せぬ。
すると、一人の貴族が拍手をした。それは以前会ったミシェル子爵であった。それを皮切りに盛大な拍手が巻き起こり、何とか一つの関門は乗り越えられたようだ。
「少々五歳らしくない挨拶ではあったが、皆もよろしく頼む。では乾杯」
バルトフェルドがそう濁しつつも、手に持ったグラスを掲げた。
その大広間にいた面々が、バルトフェルドに続くように手に持ったグラスを高々と揚げ、彼の言葉に続くように『乾杯』とほぼ同時に声を上げた。
「やはり目立ちましたか……」
「まぁ、そこはミシェルのお蔭だ。後で礼を言うといい。しかし、大人に慣れすぎてるような気もするが」
「レキスタで会った、ゴルドさんのインパクトが強かったせいもあるかと」
「あの人か……彼は私も少々苦手だがな」
短くしただけでは無理だったか……と少し反省した。
その後は有力者や貴族らが挨拶のために列を成している。その間もライディースの表情は緊張しぱなっしだったので、シュトレオンが声量を抑えつつも声をかけた。
「兄上、少し落ち着きましょう。ヴェイグ兄様の威圧に比べたら大したことないですよ」
「え、あ、うん。……そう思うと、気が楽になった。ありがとう、レオン」
「やれやれ、これではどちらが兄なのかわからぬな。二人とも、こいつがジェームズ子爵だ」
そんな様子を苦笑するバルトフェルドは挨拶に来る人物を紹介する。見た目はがっちりとした武人で、ヴェイグをそのまま大人にしたような印象を受けた。
「はじめましてライディース君にシュトレオン君、私はジェームズ・フォン・アルジェント子爵です。セラミーエ領の南にある隣国、ガストニア皇国と国境を接する砦に近い最南端の町リスレット、その領主をしています」
「アルジェントということは……ひょっとして、レオンハルト殿の弟の」
「はい、その孫になります。五歳でそこまでご存じだとは、流石ミレーヌ様のご子息です」
「最近は書斎で本を読んでいるからな。ライディースにシュトレオン、こいつは本当に強いぞ。何せ、この王国では二番目に強い騎士だ。一度も勝てなかったからな」
この風格で二番目に強いのはすごいが、そこまでの強さなら国王から近衛騎士団なども打診されていただろう。それを全て蹴って辺境の領主をしているのだから、この人は生粋の武人なのかもしれない。にしても、母がそこまで持ち上げられるとは……いったい何者なのだと思わずにいられなかった。
「バルトフェルド侯爵が色々手はずを回してくれているおかげで、この領や国を守れているんだ。にしても、先ほどの落ち着いた挨拶といい、シュトレオン君はかの英雄を彷彿とさせるね」
「いえ、まだまだ至らぬ点は多いと痛感しております。近々リスレットに足を運ぶ予定ですので、その折は宜しくお願いいたします」
「これは将来が楽しみだ。せめてうちに娘がいればと思うよ。おっと、次の人が待ってるから、また後で」
後でバルトフェルドに聞いたが、血の繋がりを残すため本家と分家が婚姻することはそう珍しくもないらしい。ジェームズ子爵のあとバルトフェルドから紹介されたのは、先程とは打って変わってすらっとした容姿の人物。見るからに文官ではないかと思われる人物だ。
「ガエリオ・フォン・レーヴィス男爵です。このセラミーエの代官で、バルトフェルド侯爵が王都にいる際の留守を任されております」
「ホント優秀でな。王都から帰ると書類の山を大量に持ってくるから困るんだ。しかも丁寧に逃げ道まで塞ぐ優秀さだ」
「そう仰るのでしたら、帰って早々狩りに出かけたりするのを自粛していただければ、こちらとしても気が楽になります」
バルトフェルドの趣味は森に入っての狩りだ。しかも、護衛を付けないものだから心配もひとしおなのだろう。こればかりはガエリオの言い分が尤もであると頷く。
「わかった、わかった。二人とも、領都のことはガエリオに聞くといい。わからないことがあったら教えてもらえ」
「はい」
「わかりました」
ガエリオ男爵が去り、次に挨拶に来たのはいかにも成金の商人と言わんばかりの風貌の人物。手や腕にはいくつもの宝石や貴金属のアクセサリを身に着けていた。その男性は重たそうな体を揺らしながら汗を拭いている。さらに、
「う、臭い……」
「ライ、少し我慢しよう」
そう、コロンなのかどうかは解らんが、彼から放たれる香料がキツイ。これにはライディースが声に出しそうになったが、それを表情や声に出さないように諭した。一方、その人物はそんなことを思っていることなど露知らずのように話しかけてきた。
「ライディース様にシュトレオン様、わしは王都に本店があるキルセア商会でセラミーエ領支店長をしているドルジといいます。御用命があれば奴隷でも何でもご用意いたしますので、何卒御贔屓に」
「分かりました。兄共々もしかしたらお願いすることがあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いいたします」
ここはさっさとやり過ごすに限る。現に商人から放たれる臭いでライディースの顔色が悪い。なので、一緒に頭を下げさせつつ、彼の分も含めるような形でそう述べると、満足したのかドルジは大広間のほうへと歩いて行った。
「うう、助かった……」
「ふむ、これだと続けさせるのはキツイだろう。シュトレオンはいけるか?」
「ええ、なんとか」
ライディースはそのままメイドに連れられて、大広間を後にした。そして、残りの挨拶はシュトレオンが引き受ける形となった。ここで父親の面子を潰したくないという息子なりの気遣いを見せる時だと思う。それを察したのか、バルトフェルドの表情は引き攣った笑みだった。何故に?
そして、ミシェル子爵が挨拶に来た。その表情は逆に怖いと思うぐらいの笑顔であった。これにはシュトレオンも引いてしまったほどだ。
「お久しぶりです、シュトレオン君。おかげでうちの計画も軌道に乗りました」
「あ、いえ、はい。それはよかったです」
「何をしたんだ?」
「先ほど話の中に出たゴルドさんが苦しんでいたので助けて、あと計画を手伝いました」
「そうか……この美味いワインはそういうことだったのか」
どうやら、今日のお披露目会には出来たばかりのワインをミシェル子爵が持ち込んだとのこと。こっちの情勢が落ち着いたら王都もとい王家に売り込むつもりらしい。
「一応それ以外にもプランはあるのですが……こればかりは父上の許可と情勢のこともありますし」
「そうだな。無事に過ごせれば、シュトレオンに手伝ってもらうことになるな。すまない」
「いえ、気にしないでください」
そのために無理を言ってリスレット行きを承諾してもらったのだ。将来のスローライフのために今できることはする。後悔はしたくないからね。5歳で考えようとすることじゃないけれど!
挨拶もだいぶ済んだところで、一人の男性が挨拶をしてきた。見た感じは若いのだが長い耳からしてエルフと思しき男性にバルトフェルドは目を見開いていた。どうやら、この人物は幼いころから父を知っている人物だと察することができた。外見は20歳代前半ぐらいにしか見えないけど。
「態々来てくれたのですか、グラハム伯爵」
「やれやれ、私が年上でも爵位はあなたが上ですよ、バルトフェルド卿。はじめましてシュトレオン君。私はグラハム・フォン・セルディオス伯爵です。セラミーエ領西部の港町、ミランダの領主をしています」
「はじめまして、グラハム伯爵。シュトレオン・フォン・アルジェントといいます。よろしくお願いいたします」
「ふふ、その風貌を見ていると、レオンハルトのことが昨日のことのように思い出せます」
聞けば、俺の曾祖父であるレオンハルトが五歳の時のお披露目会で父に連れられて会ったそうだ。以後、レオンハルトとは親友のような付き合いであったと話してくれた。
「先日ラスティ大司教が侯爵のご子息のことを話されまして。なので、仕事を押し付けてきた次第です」
「何だか、父に似てますね」
「否定はしませんよ。彼のこの様子だと狩りも続けているみたいですね。バルトフェルド卿は一時期ミランダに住んでいて、私が面倒を見させていただきました。奥方の皆様の仲人も僭越ながら」
成程、父にとっては親代わりでもあり後ろ盾みたいなものなので、爵位では上でも中々そういった態度を取りづらいのだろう。現にバルトフェルドの表情は恥ずかしそうな感じがハッキリと見て取れた。
「5歳でここまでしっかりしているとは、できることならうちの孫娘を嫁がせたいと思えるぐらいだ。ただ、君が貴族になれる可能性が低いからね」
「流石に5歳で婚約者というのは、流石に考えられないです。申し訳ありません」
「はは、それもそうだね。もしそうなったら考えることにするよ。それでは」
「はい……嵐のような人でしたね」
そう言って去っていくグラハム伯爵の後姿を見ながら、シュトレオンは思わず口に出してしまった。これにはバルトフェルドも苦笑が口から洩れてしまったようだ。
「うむ。伯爵は過去の実績から公爵になれるだけの功績をあげているが、それを固辞している。ミランダはセラミーエ領であるが、エルフの特異性からして一つの自治領みたいなものだ」
「やっぱり、人種によるものがあるのですか?」
「多少なりともな。伯爵のような考えを持つエルフのほうが少数派だ。シュトレオンが将来何を目指すにせよ、覚えておくといい」
「はい、気を付けておきます」
耳の長さだの背の高さだの、人と違うと嫌悪感を覚えることは解らなくもないが、同じ容姿を持つ人間同士でも争うのに馬鹿らしいと思う。エルフの特異性も人種差別が招いた結果の一つだと思う。
書物の中に『人族は神と同じ姿を模している』などと書かれたものもあったが、それだったらもう少し俗物的になってると思わなくもなかったのは言わないことにした。