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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第97話 方位逆転してきた竜の卵

 ミュゼットとの会談を終え、始まったエリクスティア王立高等学院の入学式。

 普通の学校ならば、学校長の話や来賓の祝辞などで時間がかかるところだが、来賓の挨拶は全て文書方式で掲示される形となっており、更に理事長の話は非常に簡潔化したものとなっていた。


『私から言えることは一つ。国の信念に足り得るものが成功し、足り得ないものは大成しない。それを深く刻んでこれからの学校生活を送る様に』


 長く生きているからこその言葉だと座りながら聞いていると、ミュゼットから目線だけで『私はまだ若いよ』と訴えかけられているような気がした。言っておくが、これ以上自分の安寧を崩す様な婚姻は勘弁願いたいのが本音だ。

 入学式終了後、各々の生徒は掲示板に貼られた案内に従って移動することとなるわけだが、一人だけクラスの違うシュトレオンはどうしたものか悩んでいた。何せ、該当するクラスの行き先が掲載されていなかったからだ。すると、その近くを通りかかった女子の上級生が話しかけてきた。


「おや? 貴方は確か、リクセンベール辺境伯殿?」

「確かに自分がシュトレオン・フォン・リクセンベールですが、どちら様でしょうか?」

「自己紹介が遅れたね。私はシルヴィア・フォン・フェリクスといいます。兄が君のところで世話になっていると聞いていたけど、世間は狭いね」


 ジュードの妹で、現在の学年は4年。上着の胸元に着けているバッジは役職を示すものであり、彼女は生徒会役員の人間だと分かった(ミュゼットから教えてもらったからわかったことだが)。


「って、ごめんなさいね」

「いや、謝られましても何が何だか」

「ああ、成程。この学院が爵位を以て振舞うことを禁じているでしょう? それは知ってるよね?」


 この学院に通うものは、家の出自を持ち出してはならない。例え王家の人間であろうとも、この学院では一人の生徒として扱う。尤も、殺傷事になってしまった場合はその限りではないが……学校に殺傷事があるのか? という疑問が出てくるだろうが、一人で生き抜くために冒険者を目指す学科もある為、其処でのトラブルも少なくなかった。

 ただ、加害者側がいくら位の高い人間であろうとも、最終的には理事長によって公平な判断を下し、王宮がそれに従って処分を行う。これは王家とセルディオス家の関わりによるものが大きい。


「ええ。もしかして、自分もそういう風に思われたと?」

「そうね。何せ、謙虚に謙虚を上塗りするようなアルジェント家から出たのだとすれば、相当の跳ね返りや自信家という噂もあったの。まあ、兄の手紙では『苦労を共にした友人』なんて言っていたから、今のはちょっとしたカマかけだと思ってね」


 自分がアルジェント家を出てリクセンベール家を再興したのはあくまでも王宮や宰相たちの要望によるものだが、他の貴族からしたらそう思われても仕方が無いのだろう。なので、シルヴィアの杞憂も納得できるものだった。


「ええ。それで、フェリクス先輩は何故自分を呼び止めたのでしょうか?」

「理事長から頼まれて、君のクラスを案内するように言い付かったの。掲載しなかったのは、Sクラスの人たちに淡い期待を持たせないためだって」

「淡い期待って……何にせよ、案内をお願いします」

「了解。付いてきて」


 そうしてシルヴィアが案内した先と言うのは……生徒会室と書かれたプレートが貼られた扉の前だった。


「……自分を生徒会に勧誘したいとか、そういうことではありませんよね?」

「半分はあるけど、本題はこの中にあるの」


 生徒会室に入り、シルヴィアはポケットから取り出した銀のプレートを右奥の扉に翳す。すると、扉のロックが開く音がして、彼女を先頭にする形でシュトレオンも中に入る。すると、そこは魔法や武具などの整備の為の設備が整った“工房”みたいなところで、その片隅に置かれた一つの机。つまり、ここがシュトレオンにとっての教室だということは直ぐに分かった。


「へー、こんな風になってたんだ。初めて来たけど凄いね」

「生徒会役員の人たちもここには立ち入らないんですか?」

「うん。このカードがキーになってるらしくて、これからはシュトレオン君が持っててね。本来、この部屋は理事長のお眼鏡に適った人しか入れないようになってるの」


 ここを使っていた前の持ち主―――レオンハルトに合わせて作られたということから、魔法よりも武器や防具の工房の設備は多めだが、魔法の道具などをメンテするための設備も整っている。それに、数十年間使われてなかったとはいえ綺麗に保たれている為、恐らく理事長が定期的に掃除をしているのだと思われる。

 シルヴィアから差し出されたカードをシュトレオンは受け取った。


「それで、この部屋に入るということに託けて申し訳ないけど」

「生徒会の件でしたら問題はありませんが、他の人たちは大丈夫ですか?」

「それについてはちゃんと生徒会で決着してるから、大丈夫だよ」


 こういう類でよくあるのが『生徒会の中に自分を快く思わない人間がいる』というものだが、生徒会執行部できちんと話し合っているのならば問題はないだろう。


「そう仰るということは、生徒会にオームフェルトやフューレンベルク絡みの人間はいないと?」

「流石にいないよ。というか、まず選挙の候補に選ばれないの」


 この学院の生徒会役員は教官と生徒の信任に基づいて任命されるが、その候補選定の一つとして冒険者ランクに基づく試験をこなしてもらうそうだ。代理人を立てて試験を行うことは禁止されており、不正を見抜く魔導具を理事長が持っている為、いくら反則をしようとも直ぐにバレるそうだ。


「その点、レオン君は既にSランクの冒険者だと聞いているから。ウチの会長は君に興味津々のようだけれど」

「……面倒事は勘弁してほしいのですがね」

「ふふ、そういうところは兄譲りね」


 実力を疑われるのは仕方が無いとしても、決闘などに参加して目立つのは御免被る。貴族経由で目立ってしまうのは避けられないとしても、入学初日から目立ち過ぎるのは流石に嫌だから。シュトレオンの面倒そうな言葉にシルヴィアは笑みを漏らした。


  ◆  ◆  ◆


 クラスが違うということは、履修する授業はどうするのかという疑問が出てくるわけだが、シュトレオンに与えられた必須カリキュラムは“無かった”。何故かと言えば、既に高等教育の履修が完了しているに等しいシュトレオンに対して教えられることがほぼないと認められたためだ。

 とはいえ、学生の本分を果たさないことには面倒になる為、シュトレオンが選んだのは冒険者が履修する授業だった。ただ、ここでも意外な出会いがあった。


「おや、シュトレオン君。君もこの授業を受けるのかい?」

「これはバストールさん。いえ、教官とお呼びすれば宜しいでしょうか? というか、ギルドマスターの仕事は宜しいのですか?」

「疑問は尤もなことだな。だが、これも私の職務の一つでな」


 元々、エリクスティアにおける冒険者ギルド―――そのトップに当たるギルドマスターは、殆ど仕事が生じない職務にあたる。理由は、王室や上流貴族、そして国外に対する案件の調停や仲裁を頼む関係上、常日頃から予定を空けることが推奨されている。

 なので、空いた時間を将来の冒険者育成に充てる意味で学院の教官職も兼任している、とバストールが説明してくれた。


「今日は基礎体力の鍛錬だな。シュトレオン君は……負荷はどうする?」

「最近は100トン程度でやってますが」

「……それはフィールドが凹むから、7割程度に抑えようか」


 負荷自体は魔法によるものなので、別に物理的な負荷が掛かるわけではない。ただ、負荷が掛かったリュックを落とすと地面が凹むのは恒例行事であり、バストールはシュトレオンの規格外さに呆れつつも窘めるように呟いた。

 そして、授業が開始して早速リュックを背負った状態でフィールドの外縁を1キロ程度走ることになった。新入生の大半は精々10キログラム程度だが、シュトレオンは言われた通りに70トンの負荷をかけた状態で悠々と走っていた。

 そして、1番で戻って来たシュトレオンは負荷を解除しきった上でリュックを地面に下ろした。


「教官、走り切りました」

「うむ……全く、見どころのある人間は君絡みなのだろうが、それ以外は鍛え方が足りんな。このまま冒険者になったら、山脈越えもロクに出来んと見える」

「……あの人もあの人なら、教官も教官ですね」


 別にセルディオス家のことを悪く言うつもりはないが、この人もやはりセルディオス家の人間なのだと改めて感じたシュトレオンであった。


  ◆  ◆  ◆


 初日の授業を終えて、リクセンベール家の屋敷に帰って来たシュトレオン。自室で私服に着替えると、ふと中庭に妙な違和感を覚えたので、窓から飛び降りて中庭に近付く。何かあるのは確定したため、屋敷の周囲に認識阻害のフィールドを張った上で掛けられている魔法を解除する。

 すると、姿を見せたのは明らかに巨大な白い卵。見るからに中身が生きているのは魔力で感じられるわけだが、いつの間にこんなところにあるのかも理解が出来ないシュトレオン。なので、この屋敷から通うことになるリシアンサスに見てもらった。


「これは……天神竜の卵!?」

「シア、それって?」

「えっと、ガストニアが竜の国だってことは知ってると思うけど、天神竜はガストニアの守り神の竜なの。でも、何でこんなところに?」

「それは僕も知りたい」


 卵の正体は分かったが、何故ここに飛ばされたのかが分からない。ともかく、ガストニア所縁の竜ならば当事国に話を聞くことにしよう……ということで、ブレックス皇帝に事情を話して現物を確認してもらうこととした。


「これは……成程、ここに飛ばされてきたのか」

「お父様、どういうことなのですか?」

「実は1週間前のことだが……」


 ブレックスの説明では、天神竜の巣に忍び込んだグランディア帝国の間者が卵を何処かに飛ばして行方を晦ました。その彼が去り際に『これで我が帝国も大いなる力を手に入れることが出来る』と自慢げに吐き捨てたそうだ。


「東に飛ぶはずが西に飛んで来たって……その間者はアホなのですか?」

「私も良く分からないね。一先ず、この卵を親元に返したいのだが、手伝ってくれるか?」

「ええ、勿論です」


 巣の場所は分からないため、シュトレオンが時空魔法でガストニアの首都に飛び、そこから飛行魔法で卵を運搬しながら天神竜の巣に辿り着いた。すると、そこには50メートルを超える大型の竜が待ちわびていた。


『おお、ブレックス! 卵を見つけてくれたのですね!!』

「見つけたと言いますか、縁者の許に引き寄せられたようで。シュトレオン君、此方が天神竜アークェイドであらせられる」

「はじめまして。レオンハルト・フォン・アルジェントが曾孫、シュトレオン・フォン・リクセンベールと申します」

『これはご丁寧に。ガストニアの守り神をやらせて頂いている八天竜が一角、天神竜アークェイドです。此度は我が子を取り戻していただいて感謝しております』


 取り戻したというよりは“何故か屋敷の敷地内にあった”という表現が尤もなのだが、これについてはアークェイドがシュトレオンを見た上でなぜか納得したように頷いていた。


『我が一族は“時渡り”の力を有しています。それは、まだ卵とはいえ我が子も同じこと。きっと、使徒様が信頼できると踏んで飛んだのでしょう』

「……世界の非常識はとうにお腹一杯なのですが」


 これは余談だが、アークェイドの“報復”によってグランディア帝国の城の半分が消し飛んだらしい。そういうところはやはり竜の一族なのだと実感したのだった。

 それで、対価ということで天神竜の素材を受け取る羽目になった訳だが、時価計算では兆単位になるという始末……八天竜の一角を担うだけあって、ここまで効果になるとは想定外だった。なお、計算についてはバストールにお願いをした。


「……君は国への貢献で国を潰す初めての人間になりそうだな」

「性質が悪すぎますし、そこまで欲深いという訳ではありませんよ……せめて必要最低限の報酬だけ下さい」

「最低でも100億ルーデルは下らないのだがな……こちらも出来るだけの配慮はしよう」


 結果、シュトレオンはまだ10歳なのにSSランクの冒険者へと格上げされた。高等学院を卒業したら領地に引き籠ってスローライフでも敢行しようかなと思うほどに、シュトレオンは呆れかえっていたのだった。


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