第96話 初手・衝撃の事実祭り
いくらリクセンベール家の当主とは言え、戸籍上はアルジェント家として入学試験を申し込んでいる為、この辺の事情説明をしなければいけないことは明白。旧フューレンベルク領から飛んで戻って来たシュトレオンは、身なりを整えた上で馬車に乗り、王都のアルジェント家屋敷に出向いた。
屋敷の前でウォルターが出迎え、そのままバルトフェルドがいる執務室に案内された。
「失礼します、父上」
「来たか。まあ、お前のことだから心配はしていないが……何か便宜を図られたか?」
「ええ、まあ……」
バルトフェルド自身もレオンハルトの絡みでその一端を食らっている為、ライディースはともかくとしてシュトレオンがそういった目に遭っているのでは、と予測を立てたのだろう。それに対してシュトレオンは隠すことなく入学試験免除についての説明をすると、バルトフェルドは頭を抱えた。
「やはりか……そうなると、主席はどうなる?」
「試験の結果次第ですが、間違いなくアリーシャ殿下になると思います」
「そういう時はちゃんと名前で呼ぶのだな、レオンは」
「公的な場でボロを出して、要らぬやっかみは買いたくないものですから」
オームフェルトの一件のせいで今更感は拭えないが、それでも貴族としての姿勢を崩せば面倒事になりかねない。バーナディオスはおろか、レクトールからも『使徒たる其方に畏まられると、変に増長するから止めて欲しい』と言われたときは回答を失したが。
「寧ろ、今からでも仕込んで構わないと言わんばかりに陛下や公爵閣下の圧力が凄いんですよ……まだ10歳ですよ、自分は。仮にそんなことをしたら鬼畜の所業ですよ」
「気持ちは分からんでもないな。私も学院在籍中は何度もレナリアやエリスに襲われたことか」
「……よく懐妊しませんでしたね」
「本当にそう思う」
年齢的にはフィーナやリリエル、それにエルシュリンデが問題ない訳だが、流石に子の存在は婚約者序列にも影響を与えかねないので性的な行為は慎んでいる。それこそグラハムの策略でフィーナを押し倒したぐらいしかない。
まさか、自分の父親が将来の妻に押し掛けられる事態になっていたという過去の経験を聞くことになろうとは思いもしなかった。
「というか、今更ですが婚前交渉に当たりませんか?」
「ハリエットやニコルだけでなく、バーニィにも仕組まれていたからな。私にはどうすることも出来なかった」
知り合いの公爵家だけでなく王家の人間まで関与して仕込まれていた以上、当時は辺境伯の御曹司でしかなかったバルトフェルドに成す術がなかった、ということになる。そんな父親の黒歴史に近い話はさておき、もう一つの報告をバルトフェルドにすることとなった。
それは、旧フューレンベルク領の実態についての報告であった。
「……もはや言葉も出なくなるとは思いもしなかった。祖父が身内殺しを決行しようとした理由も自ずと理解できてしまうな。事情は受け取った以上、陛下に奏上しよう。オームフェルトがまた煩く言うかも知れぬが、フューレンベルクでこれだとオームフェルト領も怪しくなってくるからな」
ただでさえ旧フューレンベルク領がこの状況だと、フューレンベルクはおろかオームフェルト公爵家の領地もまともに運営されているか怪しい。とはいえ、長年オームフェルトの影響下にあった領地など誰も欲しがったりしない。なので、東部の住民が自主的に声を上げてオームフェルト家を打倒しない限りは手を出す気など無い、とバルトフェルドは述べた。
「私はもうお腹一杯の気分ですよ」
「まだ10歳の身でそこまでのことになっているからな。そういえば、グランディア方面で気になる報告があったからお前にも伝えておく」
それは、グランディ帝国の内戦が一応終結したとのこと。結果として第一皇子の派閥が他の皇子を粛正してグランディア帝国の皇帝に就いた。先代の皇帝とは異なり軍拡や大陸中央諸国への侵攻を声高に主張している。しかも、彼自身『聖剣』の使い手ということらしい。
「……父上。ガストニアが侵攻されたときは年齢の如何に関わらずリクセンベール家として参陣します。その場合は事後承諾になりますが」
「構わない。妻の実家の危機となれば陛下も喜んで送り出してくれるだろう。一番怖いのはバーニィが参陣しかねないことだが」
「それは避けられない事かと。秘密裏とはいえ義理の叔父にあたりますので」
「……はあ。何で家と関わりがある男性陣は癖が強い者ばかりなのだ」
その言い分はバルトフェルド当人にも当て嵌まることだが、ここで話の腰を折るのは宜しくないと思って発言に対するツッコミをスルーした。
◆ ◆ ◆
受験は3月初めに行われ、合格発表は約2週間後。入学式は4月と半月ほどの猶予はあるが、貴族となれば引越しや荷物の移動、使用人の異動などで普通は大慌てだ。ただ、シュトレオンの場合は既に独立していて王都に屋敷を構えている為、特に何もなかった。
その一方、ライディースの場合は長期休暇以外王都にいることとなる為、アルジェント家の実家から荷物を運び出したりと大変な事ばかりだ。アイテムボックスなどの類が無かったらパンクしていただろうと思う。
「―――やることをやったせいで逆に暇というのも困りますね」
「その気持ちは分かるよ」
なので、シュトレオンは王都のアルジェント家の屋敷に遊びに来ていた。武術訓練は毎日続けているが、王都にいるようになったことでジークフリードやヴェイグからも付き合ってほしいと頼まれるようになった。魔法の訓練はエルシュリンデという大先輩がいるために苦労はしていないが、彼女曰く『私が教えることなんてあるのかしら?』と首を傾げていた。何故だ。
「兄様もそういう経験があるのですか?」
「僕やヴェイグはそこそこあったけど、エリザベートは女の子なのに荷物が極端に少なくてね。レナリア母さんが元々物を極端に持たない性格だったものだから」
「成程」
元々実家に嫌気がさして、単身でバルトフェルドの許に転がり込んだに等しいため、必要最低限のもので十分という考え方が根付いたのだろう。そして、それは娘にもしっかりと継がれた。
「それこそ、嫁入りの時なんてかなりの荷物になったから、エリザが思わず『持ってき過ぎじゃないの?』とぼやくほどだったし」
「物を大事にする姉さまらしい台詞ですね」
学院の入学主席は予想通りアリーシャに決まった訳だが、その本人は至って不服だった。理由はというと、『レオン様が入学主席になって、答辞を読む姿を見たかった』というものだが、今の時点でもオームフェルトやフューレンベルクに厄介扱いされているだけに、これ以上抱え込むのは勘弁したいと思いつつ宥めた。
「危うく関係を持つすんでのところでカナンが助けてくれました」
「僕の場合、入学式の次の日にコレットに押し倒されるところだった」
「……血は争えませんね」
「全くだよ……」
まだ10歳の身分で将来の子孫のことなんて考えたくない。なので、せめて自分だけは年齢という意識を強く持とうと思っている。その根底にあるのはフィーナと既に関係を持ってしまったという点にあるわけだが。
「一般的な男性なら喜び勇むかもしれませんが、道徳や倫理を捻じ伏せてくる相手にどうしろって言うんですか、って思いますよ」
「それは分かるね。僕もそろそろ側室を持つべきだってコレットにせっつかれてるし」
「本妻が言う台詞ですか、それは?」
「僕が聞きたいよ……笑顔に根負けして何も聞けなかったけど」
なお、バルトフェルドのお眼鏡に適ったジークフリードの側室候補は既に七人もいるらしい。流石に腹上死なんていう事態になって欲しくないので、精力が付くものを見繕っておこうと思う。
余談だが、以前グラハムの策で成長した時、フィーナとは一晩で30回以上交わってしまったらしい……複雑な気分しか持てなかったし、グラハム本人からは『孫をあれだけ気持ちよくさせれるとなると、君は女殺しという天性の才能があるね』とまで言われた。解せぬ。
「セルディオス閣下から自分の精力についての評価を貰いましたけど、正直複雑すぎて話を素直に呑み込めなかったぐらいですから」
「あの人が上機嫌だったのは覚えていたけど……なら、相手がエルフでも問題ないと判断したのだろうね」
「勘弁してください……」
時空魔法で身体を成長させることは出来るし、チート食材による成長の弊害で10歳なのに15歳ぐらいの体格を既に有してしまっている。精神的には既におっさんみたいなものだが、それでも年齢相応の考え方だけは何としても維持したい。
それも、あと5年のリミット付きだという事実に血反吐が吐けそうな気がしてきているが。
「人族に限らず、エルフに竜人族、魔族に勇者パーティーにいた魔導師……言葉にするだけでも引き籠りたい気分です」
「嫁が沢山いることに不満を漏らすなんて、やっぱり僕の弟だよ」
別に意図して縁を作りに行ったわけではない。大体はレオンハルトによって構築された縁の反動が全部降り掛かっているような有様だった。そんな状況を神界から見つめているであろうアリアーテという存在もいる訳だが、そのことは割愛する。
◆ ◆ ◆
そうして迎えたエリクスティア国立高等学院入学式の日。貴族は流石に徒歩ではなく馬車での移動となる。今日ばかりは同じ馬車でなく各々の家の馬車に乗っての移動となる。朝早く到着したシュトレオンが控室代わりとなる各々の教室に向かおうとしたところで、それを待っていたかのようにミュゼットが立っていた。
「早いねー、シュトレオン君。実質的な主席だから重役出勤みたいなことをしても罰は当たらないのに」
「いや、流石に学園内で爵位なんて振り翳しちゃマズいと思うのですが。理事長自ら学校のルールを破ることを推奨しないでください」
「生真面目だねえ。だからこそ、あの偏屈な兄が気に入ったのかもしれないけど」
立ち話もそこそこに案内されたのは理事長室で、今度は入学式に関する話を聞くこととなった。もしかして、今後も何かの行事があるたびに呼ばれて説明を受けることになるのか? と訝しんでいると、『そう思ってくれていいよ』と言いたげな視線が投げかけられた。
ミュゼットが口に出さなかったので言葉にはしなかったが、人の心を読まないでください。
「それで、入学式では何か注意事項が?」
「合格発表の時に番号は張り出したけど、クラスは書いてなかったでしょ? そのクラス分けに関しては入学式案内に書かれてたはずだけど、ちゃんと読んだ?」
「ええ……ただ、“SSクラス”なんて言葉は、両親だけでなく兄たちや姉からも一切聞かなかったのですが」
入学式案内の書状はちゃんと読んだが、その中にあった“SSクラス”という枠組みに対して首を傾げた。学院の卒業生であるバルトフェルドや三人の母(レナリア、エリス、ミレーヌ)、ジークフリードにヴェイグ、それとエリザベートにも尋ねたが、揃って『聞いたことが無い』と首を傾げる始末だった。
「それも当然だよ。だって、レオンハルトが入学した時に新設した特級クラスだもの。武術や魔法など、あらゆる分野において“人並外れた実力を入学時に有している生徒”しか入れないようにしてるから」
「……説明を続けてください」
ここでもまたレオンハルトか。幼少期の時点で色々積み上げ過ぎている気しかしないわけだが、ここで突っぱねてもクラス分けが変わるわけではないため、ミュゼットの説明を聞くことにした。
「選定条件は説明したと思うけど、クラスの定員は一名。なので、今年度は久々に君がそのクラスになったという訳。理由はSSS級の魔物『リヴァイアサン』の討伐を単独で成した時点で条件は満たしているわけだけど、君の場合はそれや魔神だけでなく色々倒してそうだからね」
「ほぼ偶発的な事故による討伐が原因ですが」
魔法の実験をしたら敵国の召喚したドラゴンを消滅、妹を助けようとして攫った相手の教会を消滅、山菜採りに出掛けたところで遭遇した敵国の兵士を嵌め、実家の安全を確保しようとしたら王女と公爵令嬢を救い、世話になっている公爵を助けようとしたら敵国の将軍を生け捕りにした……魔神やリヴァイアサンの件以外は大体が自分の我儘から生じた結果に過ぎない。
「歩くだけで目の前の障害を木っ端微塵にしていくあたりはあの子の子孫だね。その身形だと、夜の生活も大変じゃない?」
「……襲われかけてますが。というか、学生の身で話すことではない気もしますが」
「節度さえ守れば、私は一向に構わないよ。寧ろ、学院の卒業式後にサプライズ結婚式なんてやってみたかったり」
「絶対にやめてください」
言葉にしないものの、無言の圧力が既にヤバいのに加えて、リリエルのせいで他の婚約者たちにも影響が波及しているせいで、現状は一切手を出していないが、それでも一緒に寝るどころか体を密着してくる始末。
体がいくら成長しようとも年齢はまだ10歳なのだから、流石に倫理の面でアウトでしかない。
「いやー、流石はバルトフェルド君の息子にしてジークフリード君の弟だねえ。ちなみに、この学園には特殊な魔力が張り巡らされていてね。いくら事を致しても女性が妊娠する事態にはならないんだよね」
「……それは決して他の誰にも言わないでください」
一番聞きたくもない衝撃的な事実を知ることとなり、シュトレオンに出来たのはせめてもの箝口のお願いだけだった。