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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第95話 試験を受けると言ったな? あれは嘘だ

 エリクスティア王立高等学院。

 その歴史は古く、初代国王の提言によって種族や出自に拘らない能力主義を第一とした学校運営によって数多の著名人を輩出してきた。表向きは王国の裏切り者と名高いライナー・フォン・オームフェルトもこの学校を次席で卒業していたそうだ。なお、同期の主席はレオンハルト・フォン・アルジェント……それでむしろオームフェルトのアルジェント嫌いに拍車が掛かったのではないだろうか。

 アルジェント家の屋敷に何故か残っていたライナーの手記では、『あんな実家、とっとくたばらねえかな』と殴り書きされていた。どれだけ嫌っていたのかがその一文だけで把握できてしまう。なお、この手記は先日見つけた剣と一緒に放り込まれたものらしい。恐らく、その時点で死を覚悟してレオンハルトを煽ったのだろう。


 話を戻すが、高等学院の入学試験は学科と実技の二つ。学科試験は基本的に総得点の6割が例年のボーダーラインとされており、実技試験は剣術のみならず格闘術や弓術、槍術をはじめとした各種の武術は無論のこと、魔法による試験もある。

 実家であるアルジェント家の馬車から降りると、やはり辺境侯家の人間ということもあって注目の的となる。これには流石に怪訝そうな表情を浮かべたくなったが、ライディースがいるので一応真剣っぽい表情を見せておくこととした。すると、ライディースがこちらを見て思わず噴き出していた。


「ライ、何故笑う?」

「だ、だって、レオンなら余裕で受かりそうなのに、そんな表情をするなんて思っても見なかったから」

「……」


 確かにその通りなのだが、変に目立って妬まれるのも困るし、ここに長居しても絶対にロクでもないイベントが発生しかねない。なので、ライディースを若干引っ張る形で歩いていく。


「え、レ、レオン!?」

「試験の前に疲れたくないから、とっとと行くぞ」

「それって……ああ……」


 シュトレオンの突然の行動に驚きを見せたライディースだが、少し視線を逸らすと道の向こうからオームフェルト家の馬車が近付いて来るのが見て取れた。弟が厄介事だと判断したのは直ぐに理解出来たようで、ライディースもシュトレオンと歩調を合わせるようにその場を立ち去る様な形で校舎の中に入った。

 ある程度距離を取ったところでシュトレオンはライディースの手を放してやった。


「ごめんな、ライ。事情も言わずに引っ張ってきて」

「いや、直ぐに理解できたから気にしなくても」

「あっ、レオン君!」


 いいよ、とライディースが言い終える前にメルセリカが近寄って来た。その隣にはファルティナとシャルロットの姿もあった。


「おはよう、セリカ。今日はお互い頑張ろう」

「うん。でも、レオン君なら平気で受かりそうな気がするけど」

「セリカまでそういう事を言うのか……」


 実力自体は理解しているが、単純に無双した部分もあれば、半ば自棄気味にキレての結果もあるため、率直に自己評価するにもできないとしか言いようがなかった。落ち込むような様子を見せるシュトレオンに、ファルティナが思わず笑ってしまっていた。


「ふふっ、お姉様相手でも頑固者のお祖父様が手放しに認めているのに、レオン君は自分を“弱い”だなんて思うんだ」

「そりゃそうでしょ。まともな対人戦なんてしたことがないし、武力での決闘はおろか公式な試合なんて出たことがないんだ。無名のルーキーに等しい自分が粋がったところで、周りからすれば生意気な小僧という評価しかもらえないよ」

「無名……?」


 シャルロットが疑問を浮かべているが、あくまでも軍事的な側面と武術的な側面は似て異なるものだ。その意味も込めての物言いなのだが、周りの反応は疑問視という印象ばかりだった。釈然としねえよ。


「あ、おはようレオン……って、どうしたの?」

「クロード、周りが俺のことを普通じゃないって思ってるみたいで」

「……いや、レオンは最早普通じゃないと思う」

「ぐふっ」

「あ、クロード君が止めを刺した」

「いや、僕のせいなの!?」


 ステータスでも最近は人間であることに疑問を呈されているが、10歳で『人間を辞めるぞぉっ!!』なんてする気はないし、酒をヤケ飲みする気もない。別に仮面を被って吸血鬼になる気もない……そういう類の仮面はファンタジーだからありそうだが。

 ……今更ながら、5歳で『創生神にならないか』とアリアーテ様に声を掛けられた時点で遅かったのかもしれない。


「もういいよ。どうせ俺なんて人間のカテゴリを卒業しましたと言われても否定できなくなってるし」

「自分で言ってて辛くない?」

「今更かな、って」


 すると、事件開始5分前の予鈴が鳴ったので各々の席に座る。すると、タイミングよく試験監督の教官らしき人物ではなく、どう見ても秘書官のように見える格好の女性が姿を見せた。ファンタジーにツッコミを入れたら負けなんだ……!

 

「失礼します。この中にシュトレオン・フォン・リクセンベールという方はいらっしゃいますか?」


 アリーシャ、メルセリカだけでなく顔見知りが次々と視線を向けて来るので、仕方がなく手を挙げつつ立ち上がった。


「自分ですが、何かありましたか? これから試験なのですが」

「その件でですが、私についていただけますか?」

「……はあ、構いませんが」


 どうやら大事な話なのは間違いないようで、女性の後に続く形で教室を出て案内された先はこの学校で一番偉い人の部屋であった。女性の人が「ここから先は許可がある人以外は入れませんので」と言って去っていった。試験開始と思しき本鈴が鳴り響く中、仕方がないとノックをすると『入ってきてください』という女性の声が聞こえたので、扉を開けて中に入る。

 見るからに豪華な様相の部屋だが、その奥にある立派な机には一人の女性が座っていた。見た目だけで言えば十代の女性と言っても差し支えないが、感じられるオーラが剣術の訓練の時に見せたグラハム伯とよく似ていた。


「はじめまして、シュトレオン・フォン・リクセンベールと申します。もしかして、セルディオス伯の関係者でしょうか?」

「おおー、一目で見破るなんて兄上が目に掛けるだけあるね。私はグラハム・フォン・セルディオス辺境伯の実妹にしてこの学院の理事長をしているミュゼット・フォン・セルディオス子爵だよ。まー、爵位だけじゃなくて“使徒”たる君の前だと頭を下げなきゃいけない立場だけど」

「それは止めてください。此方の胃に穴が開きそうなんで」

「あらあら、そう言うならそういうことにしましょう。ともかくソファーに座って」


 ミュゼットの指示に従うままソファーに座る。すると、彼女は向かい合うのではなく隣に座った上でテーブルに書類を置いた。それを読むように指示されたので目を通すと、それは“入試の合格書”であった。


「あの、職権乱用じゃありませんか?」

「これはちゃんと複数の証言に基づいた上で、教官の会議で決定したことだよ。オームフェルトに近しい派閥の教官は『こんなのはでっち上げです!』と宣ったけど、バーニィにハリエット、ニコルといった王国の主だった役職の人間の推薦書だけでなく、兄上が推薦書という形でリヴァイアサンの討伐証明をしているからね」


 高等学院の卒業生は王国各地で活躍しており、中には各種ギルドで働いている人間もいる。そういった人々からの状況証拠も踏まえて推薦書が認められた、とミュゼットは付け加えた。


「それに、あのセバっちですら“次期Xランク”と認めたぐらいだからね」

「セバっち?」

「あー、セバスのことだよ。あの子は赤ん坊から私も会ってるからね」


 そんなことを軽々しく言ってしまうあたり、やはり彼女もエルフなのだろうと思う。しかし、入試を受けに来たら入試の合格書を貰うだなんて予想してなかった。これには別の事情もある、とミュゼットが話し始める。


「君の実力を聞いてる限りだと、下手に全力を出したら学院が壊れちゃう可能性を考慮してこうなったの」

「実技試験ならまだしも、学科試験で学院を壊すことなんてあるんですか?」

「レオンがね、学科試験の自由記載のところに剣術に関する見識を書いて、剣術実技担当の教官が泡を吹いて倒れちゃって。一ヶ月ほど入院したことがあったんだよ」


 あの爺さん……何だかんだ自由に生きてたな、マジで。後で話を聞いたことが、バルトフェルドもその事情があって似たような形で試験を免除されたことがあったらしい。流石に書面だけで証明したら反感とか要らぬ面倒を買うことにも繋がるような気がするのだが。


「試験も受けていない自分が合格者一覧に乗っていたら、流石に“裏口”を疑われるのですが」

「お、まだ10歳なのに難しい事を知っているんだね。そこは事情により別室で試験を受けたということでお願いね」

「……まあ、名目上間違ったことは言っていませんから」


 別室(理事長室)で試験(に関する免除事項)の説明を受けたのだから、細かいところを省けば合っている。なので、もうなるようにしかならない、とシュトレオンは諦めたのだった。


 これは余談だが、ディーター・フォン・オームフェルトは周りに公爵家の威厳を振りまいていたらしい。今はまだ学生じゃないから目を瞑ってもらえたが、仮に合格して生徒となれば威張り散らすことなど許されない。そもそも、公爵の息子というだけなのに威張れる度胸があるというのは……ある意味感心に値するかもしれない。

 そこにシビれたり憧れなんてしないが。


  ◆  ◆  ◆


 入学試験後、シュトレオンはリクセンベール家の屋敷から飛翔して一路東に飛んでいった。行き先は現地調査ということで旧フューレンベルク領にいるアーネストであった。事前に『直接飛んでいくから』と連絡しており、目的地に降りたシュトレオンの姿にアーネストは苦笑を漏らしていた。


「これはシュトレオン様、お早い到着ですね。入学試験は無事終わったのですか?」

「特にトラブルもなかったよ。それで……ここがフューレンベルクの旧領地?」

「はい。正直、驚きもご尤もだと思います」


 シュトレオンが降り立った場所=アーネストを含めた調査部隊がいる場所。そこに映るのは、綺麗な平原であった。耕作が破棄されたにしては痕跡が皆無で、見たままで言えば……なだらかな草原の丘が広がっていた。


「事前に国土庁から貰った資料では、この辺り一帯が“耕作地”として計上されていたようです」

「……貴族の詐欺って重罪じゃなかったっけ?」

「はい。それで補助金を水増ししていたようですね」


 別に耕作が出来ない土壌ではないし、水はけもいい。アーネストの報告では、分与された土地の約7割が報告されていたものと異なる状態というか、完全に手付かずの状態であった。


「別に手を入れるのはいいし、原資は潤沢にあるからいいんだけど、問題はここが発展した時の対処だね」

「既に袂を分かったとはいえ、愚かな父親の擦ることには反吐しか出ません」


 アーネストが思わず毒を吐いたが、こればかりは仕方がないことだ、とシュトレオンは聞かなかったことにした。とはいえ、まずはここら一帯を守る為の防衛力を整えるのを急務とした。幸い、王都東部を守る王国軍の陣地が老朽化しており、その建て替え候補地として領地の一部が宛がわれることとなった。これでまた功績が一つ積み重なった訳だが、積み重なり過ぎて自分の代でペイバックしてくる可能性は限りなく低くなった。

 いくら人間離れしていても、ここまで広大な領地を自分だけで管理するのは骨が折れる話だから。

 すると、一台の馬車が近付いてきた。扉に描かれた家紋は王家のもので、これにはシュトレオンだけでなくアーネストも顔を顰めた。


「……厄介ごとかな?」

「……恐らくは」


 その予感が的中したかの如く、停止した馬車から降り立ったのは……冒険者の恰好ではあるが、この国の財務相を務めるニコル・フォン・ウェスタージュ・レターその人であった。


「おや、アーネスト君にシュトレオン君。奇遇ですね」

「これは財務相閣下。如何されたのですか?」

「別に厄介ごとではありませんよ。ただ、僕も顔が知れているので内密に抜け出さざるをえなくて」


 ニコル財務相が言うには、シュトレオンからの指摘で新南東部のかつての帳簿が信用できない事態が発覚したため、国土庁の情報精査という目的も兼ねて旧フューレンベルク領を訪れたらしい。冒険者の恰好と王家の馬車はバーナディオスが南東に向かったというブラフを見せるためでもあった。

 なお、そのバーナディオス本人はリクセンベール家のVIPルームを満喫しているとのこと。


「補助金の適正処理も怪しかったですから、態々出向いたわけですが……フューレンベルクの連中は鍬を持つことすら忘れましたか」

「失礼ですが、財務相閣下が自ら畑を?」

「ええ。屋敷内に菜園を作って、野菜や果物を育ててます。どうしても故郷の野菜の味を忘れられなくて。シュトレオン君のお陰で大分楽になりましたけど」


 書類仕事ばかりでは身体が鈍る、という理由で菜園を作っているそうで、妻たちも運動の一環で一緒に参加しているそうだ。曰く『武の名門とか言っておいて成金に成り下がった輩の二の舞なんて御免ですから』とのこと。

 そんな話題はさておき、ニコル財務相は周辺の景色をひとしきり見た後、満面の笑みを見せた。


「シュトレオン君。暫くここら辺の税収入は任意としておきますので、領地の発展をお願いします。必要なら10兆ルーデル程出しますから」

「国家財政がヤバくなりそうなので、程々にお願いします」

「ふふ、そういうところはやっぱりバルトフェルドに瓜二つですね」


 余談だが、ニコル財務相の“暫く”という意味は大体20年ないし30年という意味らしい。ともあれ、旧フューレンベルク領に産業を根付かせることと人員の確保を急ぐこととなった。


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