第9話 隠す覚悟ではなく、貫き通す覚悟で
洗礼を終えた後、ラスティ大司教にステータスのことについて教わった。ステータスの開示方法は洗礼で教わるのが通例らしく、前もって教えるというのは神への冒涜になるらしいと大司教は述べた。本当にそうなのかなと思ってると、脳裏にアリアーテ様の声が響く。
≪あー、恐らく戦争の影響じゃな。下手にステータスを他人に見せて誘拐されたという事例もあるからの≫
抵抗のできない時点で見られたらたまったものではないだろう。その防止の意図を含めたはずなのに、それがいつの間にか消えているということだ。さらに、アリアーテ様はついでのように言い放った。
≪おぬしの隣にいる子とおぬしの妹にわしとクロウ以外の神の加護がレベル3ずつ付けておいたぞ≫
『えと、そんなホイホイあげてもいいんですか?』
≪お主のお蔭もあるが、二人とも資質があるのは確かじゃ。どうやら、レオンハルトの資質は曾孫に飛ばされたみたいじゃの。何せ、お前さんとこの長男は既にヴァーニクスの加護のレベル5を持っておる≫
確か、シュトレオンの兄(ライディース以外)と姉もそれなりの資質持ちと聞いているので、その憶測は正しいのかもしれない。俺とは10歳しか離れていないのにレベル5の加護はかなり凄い。
俺自身がレベル10なので大したことないのではと思うかもしれないが、資質のあるものはレベル2からレベル3、達人級はレベル4どまり、レベル5に到達したものは神に愛された者としてその名を後世に残すほどの快挙になる。つまり、次期当主であるシュトレオンの一番上の兄はすごい人間という評価となる。
屋敷に戻り、シュトレオンはステータス隠蔽に余念がなかった。あれこれと考えて、問題がないかミレーヌにも確認してもらった。現時点で正確なステータスを知っているのは母ミレーヌだけだ。
そして、夕方となりシュトレオンとライディースの洗礼を祝した身内だけの晩餐会。二人はステータスを開示することになった。むろん、俺は隠蔽してあるほうになるが。
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【名 前】ライディース・フォン・アルジェント
【種 族】人間
【称 号】アルジェント侯爵家三男
【レベル】1
【体 力】37/37
【魔 力】40/40
【能 力】
攻撃:B-
防御:C+
俊敏:C
知力:C
抵抗:D+
【スキル】
剣術 Lv1
体術 Lv1
身体強化 Lv4
火魔法 Lv3
土魔法 Lv3
光魔法 Lv3
【加 護】
六神の加護 Lv3
鍛冶神の加護
商業神の加護
農耕神の加護
技巧神の加護
生命神の加護
魔術神の加護
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【名 前】シュトレオン・フォン・アルジェント
【種 族】人間
【称 号】<転生者>
アルジェント侯爵家四男
<神々に愛された使徒>
【レベル】1 <110>
【体 力】25/25 <12680/12680>
【魔 力】50/50 <3965874/3965874>
【能 力】
攻撃:C <S>
防御:D- <S>
俊敏:C- <SS>
知力:C <SSS>
抵抗:C <SS>
【スキル】
武芸の極み Lv10
(武術+威圧+闘気+気配感知・遮断・隠蔽)
身体強化 Lv10
上級解析 Lv10
魔術の極み Lv10
(無・火・水・風・土・光・闇・時属性
+魔法消費軽減+魔力感知・制御・収束
+魔力隠蔽+複合術式)
生活魔法 Lv10
創造魔法 Lv10
固有魔法 Lv8
<隠蔽時>
剣術 Lv2
身体強化 Lv1
魔力制御
魔力収束
水魔法 Lv2
風魔法 Lv2
土魔法 Lv2
光魔法 Lv2
【加 護】
六神の加護 Lv2 <八神の加護 Lv10>
<創造神の加護>
鍛冶神の加護
商業神の加護
農耕神の加護
技巧神の加護
生命神の加護
魔術神の加護
<遊戯神の加護>
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隠蔽解除時のステータスを見たミレーヌは眩暈で倒れるほどだった。とはいえ、ちゃんと自力で意識を取り戻しつつ、見せるべき部分と見せてはいけない部分の線引きをしてくれたのだ。 お詫びとして自分で作った髪飾りを渡したら喜んで抱きしめられた。窒息しそうでした……ハイ。
ライディースの身体強化のレベルが4になっているのは、おそらく俺があげた水晶による鍛錬の成果だろう。そのお蔭もあって、シュトレオンのステータスに関しては何とかなった感じだ。その反面ライディースは持ち上げられたことに困惑している様子だ。
「つ、疲れた……」
「お疲れ、ライ」
翌日の朝、屋敷に一台の馬車が停まりキャビンから一人の男性が下りてくる。その人の顔は美形なのだが、今にも服が弾け飛びそうなほどに彼の肉体が筋肉で占められているのがわかるほどだ。出迎えることとなったシュトレオンらの前には、身長二メートルを超す巨人のような何かがいた。
「父上、エリス母様にミレーヌ母様。只今戻りました」
「おかえりなさい、ヴェイグ。レナリアとジークとエリザは変わらずですか?」
「ええ、王都にて元気でいらっしゃいます。今回のことを聞いて悔しがっておりましたよ。主に弟や妹の姿を見れないことに対してですが」
「そうか……聞いたぞ。北方遠征では公爵殿を守りながらも1万人の敵兵を倒したと。公爵殿からは『侯爵殿の子がいなければ潰走していたことでしょう』とのお言葉もな」
「公爵殿は大袈裟すぎですよ。俺がやったことは相手を挑発して罠に誘い込んだだけですし」
ヴェイグ・フォン・アルジェント。アルジェント侯爵家の次男で、屈強な肉体を持って前線に切り込むだけでなく罠や奇襲など地形を十全に生かした戦い方を得意としている。『その勇敢さはかの英雄に勝るとも劣らない』と言われるが、この次男はまだ14歳である。
身長は2メートルを超えているが、れっきとした14歳である。しかも王立学院の学生でもある。
本来学生の身分なら従軍という事態にはならないのだが、北の有力貴族である公爵の子がヴェイグと同級生で、その好から特例として行くことになったらしい。王都に帰還後、陛下から勲章も賜ったそうだ。
なお、後でヴェイグ本人に聞いたら『爵位については兄が侯爵位を継いだらということで…』と何とかしたらしい。できれば辺境の騎士団でのんびり過ごしたいという大らかな兄である。
で、その次男が実家に戻ってきた理由を話すべく、俺らは応接室に移動することとなった。
「それで? まだお前は学生だろう? 卒業して独り立ちにはまだ早いと思うのだが」
「実は、学院から卒業承認許可は出ております。その代わりの条件に、辺境騎士団所属の騎士としてヴィッセル砦への半年間の駐屯を命ぜられました。その命令は陛下直々にです」
「……そうか」
ヴィッセル砦はセラミーエ領邦騎士団の管轄であるが、同時に国境線を守るエリクスティア辺境騎士団南方方面部隊も駐屯している。ヴェイグをそこに配属したのは、万が一に備えてという国王の方針であるとバルトフェルドは察してしまった。
「あなた、どういうことです? あの皇国がまた動かれるというのですか?」
「……これから話すことは既に陛下にも話していることだ。他言は厳禁と心得てくれ」
ここから先は重たい話となるので、子どもであるヴェイグ、シュトレオン、ライディースとメリルは追い出される形となった。遠くへ行ったことを確認すると、バルトフェルドは自らの妻であるエリスとミレーヌ、彼の執事であるウォルターにだけ話し始めた。
「諜報員の報告では、皇国に政変の感ありという報告を受けた。そして、あと二週間もしないうちにクーデターが起きる。そうなると、トップの椅子に座るのは領土拡張政策を掲げるゲルバルト皇子になるだろう」
現在のかの国の皇帝は融和派の派閥で、セラミーエ領も含めてエリクスティアとは良好な関係を築いてきた。
だが、過去の逆襲をすべきという声もあり、先代皇帝が皇国の北にあるイスペイン王国への度重なる侵攻失敗とエリクスティアの件を合わせた大義名分を掲げ、真の皇国復興を成し遂げる声が日に日に強くなっているらしい。
「民は戦を望んでいない。だが、皇国は近年不作が続いている。その疲弊をうまく取り込んで政変を成し遂げる腹積もりのようだ。とはいえ、こちらから下手に干渉はできない」
「現状エリクスティアは東部が膠着、北部はやっと終戦……この状態で南部も戦端を開くわけにはいかないという陛下のご判断ですね」
「流石だな、ミレーヌ。だが、あの皇子の噂はお前らとて知っているであろう。……最悪の場合、お前らと子どもたちだけでも王都に脱出させる」
「そんな……いけません!」
「奴らだけならば問題はない。だが、皇国の東にはあのグランディア帝国がいる。帝国がゲルバルトの一派を水面下で支援しているという噂もある。奴らまで出てこられたら、我々だけで抑えられる保証はない」
討死覚悟とも思えるような言葉にエリスは考え直すよう諌めるが、バルトフェルドは政変の予兆からして帝国が裏で糸を引いている可能性も当たり前のように覚悟していた。最悪、アルジェント家が統治しているセラミーエ領そのものを捨て石にしなければならない、と……
(はぁ、やっぱ戦争って面倒なものだよね)
自室に戻されたシュトレオンは、ベッドに横になって眼を瞑りつつ意識を集中させていた。
実は、母であるミレーヌに贈った髪飾りには特殊な隠蔽を施していて、魔力を介することで彼女が聞いている内容を聞くことができるのだ。
エリクスティア王国は現状二方面の戦いをしてきていた。北部がやっとひと段落したところに大陸東の帝国が参戦してきたら王国はますます疲弊する。そのためには、ガストニア皇国との戦闘を回避あるいは少ない損害での戦争終結が条件となる。そこに帝国が介入してくるのなら……それはその時に考えようと思う。
そうなると、俺が取れる道は少ないが、やれることはやっておこう。
何かを決意したシュトレオンは、話が終わるのを待ってからバルトフェルドのいる執務室に向かった。
「父上、お疲れのところ申し訳ありません」
「ふふ、お前は本当に5歳とは思えぬよ」
「それを言ったら、ヴェイグ兄様の容姿なんて一般的な14歳に見えませんよ」
「確かにな」
そして、シュトレオンは一つのお願いをした。正直危険な賭けだし、この情勢で父が認めてくれるはずもないという可能性が高いことはわかりきっていた。
「剣術の練習がしたい、か……」
「はい。聞けば、領邦騎士団の訓練施設がリスレットにあるとヴェイグ兄様から伺いました。ただ剣をふるうだけでなく、しっかりと学びたいのです」
「今でなければ、ダメなのか?」
「……正直に言います。昨日の晩餐会で見せたステータスは隠蔽したものです。このことは母上もご存知のことです」
そして、シュトレオンは本当のステータスをバルトフェルドに見せた。さらに、洗礼の時に神様に会い四か月後に戦端が開かれることも。
それを聞いた彼は眉間にしわを寄せていた。ある意味予想出来ていた反応だ。すると、そこに助け舟を出すように扉が開いて、姿を見せたのはミレーヌであった。
「あなた、この子は私たちの理解を飛び越えたのです。ならば、親として間違った道に進まないよう見届けてあげるのが筋ではないでしょうか?」
「ミレーヌ、お前は怖くないのか? これは間違いなくお家騒動に直結する……」
「そんなことを考える人がいるなら、レナリアやエリスと結託して闇に葬ってあげます。レオンは、この家を継ぐ意思はあるかしら?」
「望みは薄いですし、奪おうだなんて気はありませんし、継ごうという気は一切ないです。ジーク兄様が次期当主になるのなら、もちろん喜びますよ。フォローしてくれてありがとうございます、母上」
「いいのよ。その代り……無茶はしないと約束して。私にとって……ううん、この家にとって大切な子なのだから」
「……はい」
この家は妻が強いと思った今日この頃、シュトレオンは何とかバルトフェルドの説得に成功した。フォローしてくれたミレーヌに感謝を述べた。だが、未成年を一人旅させるのはさすがに拙いと判断したのか、折衝案を出した。それは……
「俺がリスレットに行くついでに同行するレオンの面倒を見ろ、か」
「すみません兄様、迷惑をかけてしまって」
「いや、いいさ。お前やライディース、メリルに構ってやれてなかった不出来な兄に孝行できるチャンスができたと思えば気が楽だ。てなわけで、ライディースも呼んで早速剣の稽古と行こう」
「あ、はい」
兄弟のスキンシップを楽しむヴェイグにシュトレオンは何とか付き合えたものの、ライディースは身体強化の件もあってかなりきつめの訓練を受ける羽目になった。その鍛錬でライディースの魂が抜けかけたのは言うまでもない。