第89話 歴史は繰り返す(海釣り的な意味で)
元号が変わってなので初投稿で……え、違う?
「そうだ、海へ行こう」
別に前世で言うところの京の都に行くわけではないが、そう零したのには理由がある。
いくら能力があるとはいえ、自分はまだ9歳なのだ。貴族当主になり、広大な領地を貰っても中身までそう簡単に変えられるわけではない。今の時点で婚約者が7人になっていてもだ。
とはいえ、1人で出歩くわけにもいかないためにシュトレオン、アリーシャ、メルセリカ、シャルロットに加えてフィーナとリリエルという組み合わせになった。クロードとエシュハルトに関してはバルトフェルドから留め置くように言われた。
「何か理由でもあるのでしょうか?」
「実を言うとだな、エシュハルトに嫁を宛がうことになった。ニコルはその辺りも既に踏まえていたようだ」
お相手は西部の貴族であるオイゲンブルク男爵家。ふとエシュハルトの元の実家と同じ名であることに気付くと、バルトフェルドが説明してくれた。
元々は王都にある男爵家から旗上げのため東西に分かれた兄弟が各々貴族となった。西部には男爵家の次男が移り住み、当時ウェスタージュ侯爵家お抱えの騎士だった人物は指揮官としてヴィクトリアス教国が支配していた土地を奪取。高税を毟り取っていた教国からの支配から逃れられるという住民の強い希望で駐在武官となり、当時のウェスタージュ侯爵から土地を譲り受けて男爵家を立ち上げた。
今の時世でも考えられなくはないが、武官から宗教系への方針転換は余程のことがなければ難しいだろう。それこそ、その武官自身が熱心な教徒か、あるいはティアット教の教えに感銘を受けたか……なお、神様たちは宗教に対して強要はしないと発言していた。いや、それでいいのか……?
「王都の男爵家からも相談を受けていたらしく、東部の騎士爵家とは疎遠だったが、これを機にエシュハルトとの縁故を結びたいという相談を受けていたそうだ」
「そうなると、婿入りですか?」
「いや、嫁入りの前に準男爵位へと陞爵する。クロードに付き添ってもらうのは、彼ならその辺の教育もしっかり受けていると彼の兄から聞き及んだ」
フューレンベルクの家を追い出すとはいえ、後の禍根を生まないようにしっかりとした教育だけはしていたようだ。加えて、クロード自身リクセンベール家の従士として働いている。彼自身無一文で放り出されているため、エシュハルトとは身分を超えて仲の良い親友関係となっていた。
話を戻すが、オイゲンブルク男爵家は過去の案件から西部のティアット教の統括的な役割を果たしている。いち男爵家といえども従三位の従位で西部の教会において強い力を持つため、ウェスタージュ辺境侯家といえども無視はできない。
エシュハルトに嫁ぐのは現当主の五女。彼女の母親はニコル財務相の妹にあたるという。つまりは辺境侯家からの嫁斡旋であり、教会の関係者なので逃げ道が存在しない。
「容姿に関しては文句なし……まあ、自分はもう満腹なので興味はありませんが」
「その気持ちはよく分かる。私もこれ以上は勘弁したい」
ただでさえシュトレオン自身現法王の孫であり、バルトフェルドは今代聖女の父親。揃ってティアット教の中枢に近いという秘密があるため、嫁が多いのも困りものだとお互いに愚痴っていた。こういうところだけは本当に親子だな、と思わなくもなかった。
閑話休題。
「それで、レオン君は何をするの?」
「普通に釣りだよ。ミランダでもやってたから」
大量の魚を地引網などで釣り上げるとなれば漁業権などの問題が発生するが、個人で釣竿を使って釣りをする分には問題ない。一種の鍛錬みたいなものなので、アリーシャやメルセリカには退屈なものになるかもしれない。
けれども、元々冒険者として自給自足を心掛けるよう教育されていたため、予備の釣竿を貸す形で釣りに興じる形となった。家を継がない以上は自分で切り開くしかないという心構えを教え込んでいるあたり、初代国王である前世の俺の曾祖父は逞しい生き方を王になっても続けていたのかもしれない。
なお、それを守らない貴族も一定数いるのが現実だが。
「わわっ、すごい大きいです!」
「これはエメラルドサーバですね。これだけ大物は珍しいかと」
「これはエビですか?」
「ルビータイガーじゃないですか。立派な高級食材ですよ!」
アリーシャやフィーナ、メルセリカとリリエルは次々と魚を釣り上げていく。その一方、シュトレオンはというと……目の前にある大型の釣果を無心で魔法の袋に放り込んでいた。これにはシャルロットが大きな太刀魚を魔法の袋にしまいながら気遣ってくれた。
「凄いね。普通は中型の魚を餌にしないと釣れないのに」
「褒められてる気はしないけど、賞賛は素直に受け取っておくよ」
いや、クラーケンとかサーペントとか釣るための餌じゃないのに、何で中型の魔物が引っ掛かるんだ。これには港町育ちのフィーナも苦笑ものであった。すると、これで最後にしようと海に垂らした釣り糸が反応して釣竿が大きく反っていく。
「今度はでっかい魚かな?」
「いえ、鯨という線もありますね」
「もしくは竜でも釣るかと」
やめて、竜を釣るのはリヴァイアサンで十分です。だが、重さはそれを釣り上げた時に匹敵しうるほどの力強さ。こうなったらと『並列加速』で11倍に引き上げた上で思いっきり振り上げた。
「……おー、おっきい」
「……は?」
その瞬間、海から飛び上がるように空中に上がってきたのは、目算20メートル以上もある大型の鮫。鑑定結果を待たずして、シュトレオンがキレた。全身に魔力を纏わせると、釣竿を持ったまま鮫に向かって飛び上がった。
「なんで魚じゃなくて鮫なんだよ! まともなもの釣らせろやゴルアアアアアア!!」
『ギアアアアアアア!?』
「レオン君の今の動き、全然見えなかったよ……」
「大丈夫です、メルセリカさん。私にも見えませんでしたので」
その魔物―――SS級『ブラッディシャーク』はシュトレオンが放った貫き手によって魔石を引き抜かれ、あっという間に彼のアイテムボックス行きとなったのである。戻ってきたシュトレオンは魔法で返り血を綺麗にし、魔石もボックスに放り込んだところで、彼らのもとに1人の男性がやってきた。
「おーい、大丈夫かー!?」
「ええ、退治したので……それで、貴方は?」
「俺はあそこにある漁業ギルドのマスターをしてるゴングだ。あの『ブラッディシャーク』がついに襲ってきたのかと思っちまってな……無事で何よりだ」
見るからに粋な漁師という格好をしているゴングの計らいで漁業ギルドに案内された。
ここら一体の漁業権を持つ漁業ギルドは冒険者ギルドと協定を結んでいて、どうしても冒険者の手を借りる必要がある場合は依頼することもあるという。先ほどの鮫の魔物に関しては狡猾な魔物で、A級冒険者に依頼を出す予定だったという。
なので、シュトレオンがS級のライセンスカードを見せた上で、解体用の倉庫にブラッディシャークを置くとゴングは驚きを隠せなかった。その驚きは理解できなくもないだろう……それを成した側が言うのもおかしい話だが。
「ところで、どの辺が『ブラッディ』なんです? 人食い鮫なのでしょうか?」
「こいつは厄介だが、高級食材としちゃ一級品でな。レクトール陛下の即位に合わせて捕りたかったんだが……お、丁度切れたな」
本来鮫の肉というのは、鮫自体雑食で食用には向かないだろうと思われているかもしれない。せいぜいフカヒレが高級食材として扱われるぐらいの認識だろう。実のところ、前世の世界でも鮫の肉は結構食べられている。
だが、ここはファンタジー世界であり、そんな常識など通用するはずがない。ゴングの指示を受けて解体専門の職員が切り身をひとつ床に置くと……見るからに鮪の断面図のような様相だった。
「……鮪の味がする」
「えっ?」
しかも、普通の鮪とは違ってあらゆる部位が中トロ以上のきめ細かさ。大トロに至っては口に乗せた瞬間溶けていくような触感だった。で、その値段というのが……3000万ルーデル(約30億円)という値段が付くとゴングは話した。
巨大な鮫とはいえ、たかが食材で30億ってもう意味が分からない。誰か助けて。
ブラッディシャークは王宮に最優先で卸すことが確定となった。速やかに解体された後、冷凍処理を施してアルノージュ商会の西部支店から王都に発送された。クラーケンとかサーペントなどシュトレオンが釣ったものは解体の手間賃として漁業ギルドに譲った。
ブラッディシャークの一部は早速ウェスタージュ家に持ち込まれて振る舞われた。その話の顛末を聞いたニコル財務相は笑みを零した。
「あははは、それは災難でしたね。ですが、親子は似るようですね。バルトフェルドも昔、ゴブリン退治に行ったらドラゴンを狩る羽目になってましたから」
「昔を思い出させないでくれ、ニコル。そういうお前だって、オーガ退治のはずが巨大ゴーレムを倒してきたじゃないか」
「あれはうちのクソッタレジジイの仕業だったので、ノーカウントですよ。無論お仕置きはしましたが」
あの鮫は商船や漁船を襲うこともあったので、今回の功績は大きいとニコル財務相は語った。とはいえ、現状積み上がった功績に報いるにはどうすればよいかと考えた結果、一つの提案をしてきた。
「でしたら、うちの馬や羊をある程度お裾分けしますので、南東部で飼ってください。環境的には適合するでしょうから」
単純な農耕だけでなく軍事面も見据えた家畜の提供。これにはシュトレオンもノーとは言えないためにその提案を呑んだ。人手も土地もあるので問題はないし、最悪品種改良してしまえばいい。
翌日、南東部に連れていく羊を見分していたのだが、その中に一際白銀色に輝く毛を持つ羊がいた。その羊はシュトレオンの姿を見ると彼に対して非常に懐いていた。すると、若い羊飼いがシュトレオンに懐いている羊を見て驚いていた。
「そ、それはフェアリーシープです!」
「何か知ってるの?」
「ええ。魔物ではあるのですが、非常に臆病で人前に姿を見せないのです」
この羊の毛はいわばステルスのような役割を果たしており、景色に完全に溶け込む技能を持つ魔物。人間や動物に一切害をなさないために危険度こそ最低ランクのF級相当だが、この羊からとれる羊毛も高級素材のひとつで、あまり人前に姿を見せないために確保難易度からSSS級に認定されているらしい。
若い羊飼いが知っていたのは、羊を襲うであろう魔物の勉強をしているときに偶然知っていたが、見るのは初めてという。
「とはいえ、屋敷で飼うには大きいから……って、小さくなったよ」
「高度な知能も備えているそうなので、屋敷の中庭程度なら問題ないかと思われます」
アリーシャとメルセリカにも懐いてくれたみたいなので、手乗りサイズとなった羊を連れ帰ると、バルトフェルドがそれを見て驚いていた。聞けば、フェアリーシープは吉兆の象徴とも言われているそうだ。
加えて、フェアリーシープの毛を刈り取ると丸一日で元に戻るとのこと。ステルス機能だけでなく、物質を透過させる能力持ちなので飼育も出来ないらしい。ただ、シュトレオンに懐いている羊は頭の上で気持ちよさそうに眠っている。
その状態でも見えているということは、フェアリーシープに認められないといけないらしい。臆病だからこそ、自分を害しない相手を選ぶ本能を持っているのだろう。その意味で、あの羊飼いはフェアリーシープの加護を受けたことだろう。
「王城の国旗はフェアリーシープの毛で編み込まれたものなのだ」
「つまり、新調してほしいと?」
「そういうことになるな。報酬は要相談ということにしてほしい」
功績が借金のように積み重なるのは前代未聞だが、この場合だと致し方ない部分も……あるのだろうか。アリーシャ曰く「レオン様は運に恵まれすぎているような気もします」と答えたが、俺自身そこまで運が良いとは思えない。前世で人生を全うすることなくポックリ逝ったので。
そんな運の良し悪しはともかくとして、シュトレオンだけでなく他の面々の釣った魚が高級食材のため、エシュハルトの縁談も兼ねた祝賀会で振る舞われることになった。無論シュトレオンも出席することになる。傍らにはアリーシャとメルセリカががっちりガードしているので、正直ありがたい。
すると、アーネストが珍しく1人で近付いてきた。
「レオン様、本当にありがとうございます」
「自分は大したことなどしていませんよ。寧ろご実家に迷惑をかけている立場ですので」
「お気になさらず。武の家門を名乗るのなら体を引き締めろと苦言は呈しているのですが、兄も弟たちも……」
神礼祭で出会ったディーターに関しても、父親に似てふくよかな体型であった。ちなみに、初代オームフェルト公爵は王城にある絵画でしか残っていないが、まるで某暗殺拳の漫画で出てくる剛拳の兄にそっくりだった。持っている大剣を使わずに殴ったほうが早いんじゃないかと思うほどに。
なお、当時の異名は「鋼鉄の拳王」だったらしい。
「私は市井の生活を知るために、農家に混じって耕作や狩猟をすることも多かったのです。大体の原因は実家が無駄に豪華な生活をしているためですが」
「そうなると、アーネストも冒険者?」
「Cランク程度の腕前です。流石にSSS級やSS級を倒したレオン様には遠く及ばないですよ」
聞くところによると、妻となった2人の女性も冒険者としての資格を持っているので、今度パワーレベリングという名の狩りをしようと心に決めた。
アーネスト自身は割り切っていても、向こうが割り切っていない可能性だってある。何せ、アルジェント家やリクセンベール家のことを敵だと睨んでくるような御仁に「諦める」という選択肢があるとは思えなかったからだ。
これでいいのかなと悩みましたが、そのまま書き上げました。
フェアリーシープは、こういうタイプの魔物がいてもいいかなということで出した感が強いです。