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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第86話 そうだ、西へ行こう

 南東部の開発、というよりは既存の貴族領の再開発および接収地の都市開発、という方がよいだろう。調子こいてシュトヴェールの城壁部分と領主館、主要街道を一か月弱で仕上げてしまったので特にやることがなくなった。

 ないこともないのだが、そこから先の行政とかは代官の仕事になる。主だった公的施設などや住宅の建築は本職に丸投げ。したがって、領主としての仕事は書類の最終確認ぐらいしかない。魔法で組み上げるのも悪くはないが、どうしても『世界書庫』の模造か機能面を優先させてしまいがちになる。それに大工の仕事を奪うのはよろしくないと思ったからだ。技術を残すには日頃から何かしらの仕事を与えるのが一番効果的である。

 ノースリッジ公爵家三男のヒューゴ・フォン・ノースリッジは長女コレットと双子であり、シュトレオンからすれば義兄。その人物はあの宰相に劣らぬ才覚を持つが、出世欲はない。教育の賜物でもあるが、一番の理由はここでもオームフェルト公爵家の存在所以だった。


「まあ、オームフェルト家の子息が煩くて……コレットと誼を結ぶために協力しろと。ジークと義兄弟になったのが幸いでした」

「彼とは特に諍いなくやれていますか?」

「ええ。アーネスト殿が軍務系を担ってくれているおかげで集中できています。とても現公爵の血を引いた人物とは思えませぬ。本人は苦笑しておりましたが」


 オームフェルト公爵家次男であるアーネスト。現在は平民ながらも領邦騎士団などの軍務系を担う役職でリクセンベール伯爵家に貢献している。彼は実家のこともあって表で目立つのを避けている……まあ、気持ちはわからなくもないと思う。俺だってたぶんそう思う。

 既に縁を切ったとはいえ、オームフェルト公爵が彼の伝手を使おうと画策していたことはすでに父から聞き及んでいる。それを聞いた彼は『広大な荒れ地をどうにかするのが先でしょうよ……』と冷ややかな反応を見せていた。


 それでも貴族の代官である以上平民というのは拙いので近々陞爵するとレクトール国王が発言されていた。彼の嫁については影響力を避ける意味合いで近隣から選ぶのは避けたほうがよいだろう。


「にしても、シュトレオン様は当主にしてはかなり緩いお方ですね」

「どうにも慣れないだけです……ヒューゴ、暫くこちらを留守にするので」

「何かあるのでしょうか?」

「まあ、家族旅行というやつです。土産は適当に見繕っておくから」


 家族旅行……その発案は今年の初め、アルジェント家の屋敷にてバルトフェルドが発言したことに端を発する。


「旅行、ですか?」

「ああ。今年は少なくともジークフリードの襲爵は確定した。それにシュトレオンのこともある。今年の秋あたりなら出産ラッシュや収穫もひと段落するだろう」


 来年になればライディースは王立学院に入学することになる。シュトレオンはその時点で行くべきだろうと決めていたのだが、例の領地下賜が早まったために両立できるか首を傾げる羽目になった。それは置いといても、ジークフリードへの継承自体既に決まっていたことをようやく実行できるので大きな混乱はないとみていい。


「今回は身内での旅行にしたいので、人員はできる限り抑える」


 流石に生まれたばかりの子どもたちは連れていけないので、祖父母に加えてバーナディオス上皇やハリエット宰相らもセラミーエに出向いて面倒を見るとのこと。早速の孫煩悩発揮にバルトフェルドは溜息を吐いていたが。最悪アトランティス経由で連れてくるのも一手だと思う。

 コレットとティファーヌがそれぞれ男子を、レナリアとエリスは女子を産んだ。その報告を聞いて一番安堵していたのはバルトフェルドであった。これで両方男子だったら……という懸念があったらしい。その理由は母ミレーヌが教えてくれた。


「あの人は双子の弟なのよ。双子の兄も相当に優秀で、お互いに次期当主の座を譲り合ってたのよ……でも、ミランダの一件で亡くなってしまった。あの人がミランダの一件に介入しようと決めたのは兄に対する弔いもあったでしょう」


 譲り合いの原因は解りきっているので省略。その子らの守りということでエルシュリンデとリクセンベール家にいるフェンリルを守りに置くこととした。さすがに正面切ってSSS級を相手にする阿呆はいないと信じたいが……念には念をということで魔神クラスでも耐えうる結界を展開できる宝玉を仕込んでおいた。エルシュリンデにはその発動・解除方法を伝達しているので大丈夫だろうとは思う。

 更に、こちら側で連れていく人員として今回は婚約者としてアリーシャとメルセリカ、シャルロットが同行。従士という形でクロードとエシュハルト、更にアーネストも今回の旅行に連れていく運びとなった。その理由はニコル財務相から打診されたことに関係する。


「えと、私もですか?」

「拒否権はないみたいだね。財務相自ら指名してたから」


 恐らくはお見合いあたりのセッティングをしているのだろう。レンベルクの代官が自身の五男とはいえ、それでも西部に対する便宜の計らいとしては些か繋がりが薄い。それにどうやら先日の国王即位式で一悶着あったようで、それに対する意趣返しも含んでいるのだろうと推測される。

 セラミーエから来る馬車に王都で合流し、そこから西部にあるレター領の北西部に位置する領都レターが目的地。王都から目的地まで馬車で片道10日ほどの行程で、セラミーエからだと3週間は片道の移動に費やすこととなる。そこにはアルジェント家の別荘があるという。


「元々はうちのクソッタレな親父が愛人のために贅を尽くしたものです。家財は中にあった贅沢品を売り払ってすべて入れ替えました。バルトフェルドでもそんな家に滞在したいとは思わないでしょうから」


 王都にてニコル財務相はそう語った。ウェスタージュ家の莫大な借金を返す流れでアルジェント家が買い入れた屋敷で、一番利用していたのはレオンハルトであった。ここでも曽祖父の名前が出てくる……もう驚く気も失せてきた。王都からは財務相自身も領地への帰還も兼ねて赴くという。そしてレター領にアーネストを招く理由も話してくれた。


「現国王陛下の意向もありまして、彼に西部の貴族令嬢を嫁がせます。男爵家で令嬢しかいないところがありまして……ついでに僕の庶子も嫁がせますので」

「珍しく、もないですか。奥方の方々には既に?」

「寧ろ薦められました。婚期の女性を行き遅れにしたくない……これも一つの契機かと思い、渋々納得しました」


 ニコル財務相としてはあまり強権を揮いたくないが、女性の幸せを願う妻たちの言葉なれば断るのもおかしなことだと呟いたことにシュトレオンは苦笑しか出てこなかった。アーネスト自身は気付いているかもしれないが、表向きはレンベルクとシュトヴェールが対立関係にならないよう誼を結びたいという建前で招待した経緯がある。

 今回は家族旅行ということで大きなトラブルはないと信じたいが、アルジェント家とウェスタージュ家の両当主のこともある。なので、リクセンベール家はその二家の護衛という形になる。その辺りのことは恙無く護衛で同行する騎士にも伝えた。

 

「というわけで、アルジェント家の家族旅行とはいえ不逞の輩のこともある。南東部のほうは王国軍が大規模演習ということで約20万ほど……セラミーエのほうはラルフとハイネ、シャーリィにお願いするよ」

「だいぶ思い切ったっすね。費用は?」

「全部うち持ちだけど、数年は持つだけの資材は確保してる。で、フィーナとリリエルは僕と同行してもらうことになるかな」


 シュトレオンの婚約者は先日発表された。まだ10にも満たぬ年齢で7人の婚約者は異例ともいえる。外見だけでいえば15歳前後でもう成人してもおかしくはないし、法的にも成人である。だからといって手を出す気にならない。フィーナとの一件は未だ秘匿したままである。

 

「領地絡みで何かしらトラブルがありそうなのに、色に溺れるというのは……」

「あー、言いたいことは理解したっす。まあ、あのお姫様のこともありますからね」

「理解してくれて感謝する」


 最近は彼女らの両親が釘を刺すどころか孫の顔が早く見たいという雰囲気を見せ始めている。いや、まだ人体的にそうできる状況じゃないのに手を出すほうが倫理的に問題あると思う。そんな婚約者たちだが、リクセンベール家で生活するようになってアリーシャ、メルセリカ、シャルロットの成長が早くなっているのはひしひしと感じていた。

 現状だと若干大人の女性へと成長し始めたぐらいだろう。シュトレオン自身成長スピードが急激に早まったことは中々自覚できなかったが、こうやって他人の成長を見ると納得できる部分があるのは確かであった。それでも食指が動くレベルには至っていないが。


 そんなこんなで王都から5台の馬車が西に向かって移動するという大所帯。シュトレオンは貴族当主でありながら護衛という形なので、アルジェント家の馬車の御者台に座っている。その姿にウォルターは苦笑をにじませていた。


「レオン様もご立派になられて、レオンハルト様もさぞ空の上で満足されていることでしょう」

「まだまだですよ。見た目のせいで年相応に見られないことを喜ぶべきか悲しむべきか解らなくなりそうですし……ミレイナも大きくなりましたね」

「来年には祝言ですから。ラスティ枢機司教猊下が直々に執り行いたいと先日連絡があったほどです」


 司教本人としては将来の嫁というよりもアルジェント家への恩返しの一環なのだろうが、ある意味婚約のあいさつをしに来た娘の恋人のようなものである。嫁を送り出す方も迎える方も揃って疲れ切った表情を見せるのは世界広しといえどもここだけだろうと思いたい。


 今回の旅行はアルジェント家でいえば父バルトフェルドに母レナリア、エリス、ミレーヌ。長兄ジークフリードとその妻であるコレット、次兄ヴェイグとその妻であるティファーヌ、三男ライディースと三女メリル、四女ミレイナ。そして家令兼御者であるウォルターとメイドが二人ほど。本当に大所帯だと思う……これにリクセンベール家とウェスタージュ家の面々が加わると完全な団体様だ。


 西部は南部と違って貴族家の間隔が広く、最低でも数回は野宿となる。そこで今回は結界魔法を展開できるアーティファクトを用いることにした。これで安全が買えるなら安いものである。

 食材は基本現地調達というか魔物や野生動物を狩って食事にしていて、調理は基本リクセンベール家が担う。冒険者でやってる時の手軽なメニューにしたのだが、これでも大盛況であった。特にウェスタージュ家の護衛たちに好評だったのは言うまでもない。


「美味い、美味すぎる……おかわりください!」

「シャルが大型の熊を仕留めてくれたお蔭でなんとかなりそうだよ」

「……ちょっと、恥ずかしいかも」


 まあ、狩りと聞いてバルトフェルドとニコル財務相が揃って森に繰り出そうとしたところを各々の妻に止められたのは言うまでもない。流石にずっとは可哀想なので1回だけ許可したところ、二人して巨大な獲物を取ってきた。バルトフェルドは地竜というS級の魔物、ニコル財務相は飛竜を引きずっていた。それを見たレナリアが盛大な溜息を吐いた。


「……強すぎません?」

「下手に狩りに行かせたくないのはこれが理由なの。あの人らが本気を出すと冒険者の仕事を奪ってしまうから。本人達も理解はしてくれてるから安心だけれど……」


 肉は美味しくいただき、素材関連は何故かシュトレオンのアイテムボックス行きになった。曰く『狩りの護衛の報酬』とのことだが……もう何が何だか解らない。セルゲイ名誉公爵もそうだが、この国の貴族は冒険者もできないと大成できないルールでもあるのだろうか。ないと信じたいが……


「ねえ、リーシャ……まさかとは思うんだけれど」

「えと、お母様も一応冒険者はやってたそうです。確かA級だったかと」


 シュトレオン自身も現状S級なので、その法則の恩恵を受けているといえば納得せざるを得ない。あまり認識したくもないことだが。

 レターへの道中でいくつかの貴族家の歓待を受けることになるのだが、ニコル財務相から爵位は伏せるように言われたのでその通りにした。結果として宿泊した貴族家の半数近くで使用人と同列の歓待を受けることになったのだが、これはこれでよい経験だと割り切った。

 あえて伏せた理由はニコル財務相から話してくれた。


「シュトレオン君には悪いと思いましたが利用させてもらうことにしました。欲にがめつい連中も炙り出せましたし」


 こういうところをしれっとやるから怖い、と父が漏らすほどの強かさにもはや苦笑しか出てこなかった。道中の後半は騎士たちに護衛を頼んだ。というか、そうならざるを得なかった。両側をアリーシャとメルセリカに固められたらなす術がない。


「……まあ、仕方ないか」

「レオン様にはもっと構ってほしいんです」

「ヤキモチ?」

「な、何を言ってるんですか!?」

「はは、レオンは本当にモテモテだよね」

「いつかお見合い写真大量に持ってこさせるから」

「やめてください、僕の精神が持ちません」


 クロードも将来は貴族としてなってもらう予定なので、その時のお見合い写真……というか、すでにその縁談はちらほら来ているのはここだけの話。現国王の妹君の件もあるが、それ以上に驚いたのはロズワルド皇子からの縁談であった。


「―――妹をリクセンベール家に?」

「はい。私とロランは将来戻る可能性がありますが、エオリアとキャゼルは帝国の貴族へ嫁がせるにしても怨恨の原因になりえます。そこで、隔意なき証としてエオリアをセルディオス家に、キャゼルをリクセンベール家に嫁がせたいのです」


 あくまでもエリクスティアから軍隊を派遣してほしいわけではなく、混乱を収める際にエリクスティアから横槍を入れられて状況が混乱することは避けたいという思惑があることも話した。そして当主に拘らないことも付け加えられた。なので、この話は比較的歳が近いクロードに持っていくことで決まった。


(レオン君、ああ言ったけどクロード君にお見合いの話は決まってるの?)

(2件ほどね。ハルトの嫁も探さなきゃいけないけど……冒険者の誼であの二人あたりなら問題はないかな)


 この会話は『念話』という魔力を介して互いの思念を飛ばす方法で成立する。ある程度の距離以内でないとできないが、同じ建物や乗り物の中なら割と重宝する会話方法である。メルセリカからの言葉に返しつつも、何で10にも満たない年齢で結婚相手の斡旋を受けているのか解らないシュトレオンであった。


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