第85話 類は強き友を呼ぶようです
ひとまず謁見の細かい話も済み、今度商工ギルドのギルドマスターに就任することになる人物もといドワーフに会いに行く。ただ、ドワーフといえば一般的なファンタジーのイメージだと低身長でゴツイという印象が真っ先に出るが、その人物は違う。身長は2メートルを超え、まるで金剛力士像が動いたらこんな感じだなというイメージに近いといってもいい。
その人物はちょうどアルノージュ商会に来ていたので、挨拶しに行くこととなった。
「おお、シュトレオン君ではないか」
「お久しぶりです、マッシュさん。ギルドマスターの話を聞いた時は驚きましたよ」
ガストニアの“先代”鍛冶匠であるマッシュ。年齢は既に200歳を超えているとのことで、レオンハルトやグラハム辺境伯の得物を打ったことでも知られる名工と名高い人物。鍛冶匠とは鍛冶の中でも極めて高い難易度とされているオリハルコンの加工を自在に出来る技量を持ち、ガストニア皇国に認められた王宮専属鍛冶師に贈られる栄誉を指す。
マッシュの孫は女子なのだが、僅か16歳にしてその高みに上り詰めたとのこと。……実を言うと、先日会ったメイドであるルウシェが彼の孫娘にして皇宮の侍女まで務めている今代の鍛冶匠である。体格自体はドワーフの特性上似ることはないが、それでも筋骨隆々の女性というのは流石に……と思わなくもない。
「なに、レオンハルトの育った地を見てみたくなったのもあるが、そのきっかけをくれたお前さんには感謝しておるよ……ふむ、その太刀は?」
「陛下より下賜された初代国王の愛刀の様で……ご覧になります?」
「うむ」
その太刀を見たマッシュは何かの核心を得た上で鞘に納め、シュトレオンに返した。その上でマッシュはこう問いかけた。
「先日鎧を作った際に渡してくれた材料、あれの追加はできるかのう?」
「できなくはないですが……この太刀を打ったのは、先祖ですか?」
「うむ。わしのご先祖にあたる初代鍛冶匠であろうな。本来世襲ではないのだが、一族の誇りとして目指すべき極致であり、鍛冶師の憧れともいえるお人よ」
オリハルコン自体産出量が少なく、精製するにしても膨大な魔力もしくは魔力を安定的に圧縮できる環境がないと出来ないのはアトランティスの実験で判明している。そもそもオリハルコンの精製は銀の純度をほぼ100パーセントにしようと試みて出来た『副産物』であることは自分だけの秘密である。
「この国で打つにしても、まずは設備を整えるところからになりますが……」
「解っておるよ。なので、ギルドに隣接する形で鍛冶屋を作りたいのだよ」
公的に引退はしても鍛冶師としての性は抜けず、ギルドマスターをしつつのんびりと鍛冶師の仕事をしたいとマッシュはそう述べた。既に見込みのある王都の鍛冶屋の三男以降の数人を弟子として育成するつもりとのこと。
「完成次第お前さんの太刀を作らせてくれ。初代をも超える太刀を作って見せよう」
「それ、実はルウシェさんにも言われたんですが……」
「はっはっは、流石はわしの孫よの。血は争えんか」
「お待たせしました、マッシュさん。おや、レオン様もいらっしゃっていましたか」
「こんにちは、ブラッドさん」
ひとしきりの打ち合わせを済ませて屋敷に戻ると、エドワードが父バルトフェルドの来訪を伝えに来たので、正装に着替えた上で応接室に入った。
「お待たせして申し訳ありません、父上」
「いや、大方下賜される領地の手続き絡みであることは理解している。それに、俺はもう辺境侯でないからな。ある意味レオンと対等の位置にいることになる」
「そうであっても、敬うべき父上なのは変わりありませんよ」
「ははっ……そうか」
あの謁見の後、国王よりバルトフェルドからジークフリードへの爵位および外務相職の継承の儀が執り行われた。それに合わせてバルトフェルド自身は名誉侯爵となり、加えて正三位に相当する外務相付の特務外交官のポストを宛がわれた。
「グラハム卿より改めてお前の子細は聞き及んだ。あの厳しいお人が入れ込むほどお前を認めたのは驚きというほかなかったぞ」
「まあ、その余波をライが受けることになるのは正直複雑ですが……父上がここに来たということは、早速お仕事でしょうか」
「勘がいいのは助かる。あの地方に大量にいたケルサロートの素材を王家に売ってほしいのだ」
バルトフェルドが言うには、各地にある吊り橋を支えるロープの張り替えを少しでも減らすためにケルサロートの繊維を編み込んだロープを採用しているが、できる限り純度の高いロープを作りたいと考えて打診したとのこと。
「ギルドにはすでに?」
「話は通してある。それで、売ってくれるか?」
「吝かではありませんので、無論です。それで、如何程あればいいです? 手持ちのボックスの中に5桁を超える素材が眠っていますが」
「……お前が規格外ということを久々に感じたよ」
ひとまずは必要分だけということでバルトフェルドに譲り渡す。父もアイテムボックスを持っているのはこの時に初めて知り、彼曰く『面倒だから言わずにいた』とのこと。大方オームフェルトから便利屋扱いは嫌だと悟っていたからだろう。
その取引を終えた上でバルトフェルドはこう切り出した。
「領地も一通り見てきた。あそこまで整地され、初年度から収穫が見込めるとは……人手に問題はないか?」
「代官が優秀な方々ですから安心できています。ヴェイグ兄様も急遽派遣される運びとなったそうで……ティファーヌ義姉様が進言なさったとか」
「下手な御家騒動を避ける狙いもあるだろう。カエサル殿は北方、エクセリア殿下は南西に、アリスフィール殿下はガストニアに嫁がれ、アリーシャ殿下はお前に嫁ぐ……国としての守りは大分強化されるな」
農民は王都にいるスラム民から資質のあるものを選抜した。とはいってもそのあたりの差配はラスティ枢機司教に頼み込んだ。彼自身王都のスラム街に結構な頻度で通っていたことから顔見知りも多く、教会としても南東部のポストは旨みに感じるのだろう。
とはいってもいきなり投入できる面々も多くはないため、南部にある職業学校にスラムの子ども達を入学させ、そこで資質を見出させる運びとなった。学校自体はレオンハルトの提案で建てられたもので、ブラッドもその学校の卒業生だったことを知る。世間は狭いというのもそうだが、ここでも曽祖父の功績を知る。
王都には亜人族や魔人族も少なからずいて、シュトヴェールへの移住希望にかなりの数が殺到した。そこまで王都の人族贔屓が酷いのか?と思ったが、これはメーヴェル工務店経由での口コミだった。男女という点を除けば人当たりはよく、割と親しみやすいことも一因のようだ。
スラム縮小の恩恵の一方で王都の税収が減ることも鑑みて1億ルーデルほど支払おうと思ったらレクトール国王に止められた。功績が山積みでそこまでされたら足を向けて寝られなくなると言われた。何故だ。
南方にいた辺境騎士団66名は領地下賜に合わせてシュトヴェール方面の守護に置かれることが決定した。元々出世欲のなかった面々なだけに、今回の発表は驚きであった。リスレット郊外にある設備はそのままシュトヴェール南方郊外に移設された。ようは皇居周辺の警護兵みたいなものである。
その代りとしてリスレット郊外の茶畑や水田・果樹園を拡張し、牧畜できる牧場を設置してガストニアにいる牛や豚、鶏を飼うことが決まった。ついでに近くの湖もテコ入れして魚介類も採れるようにした。人手はガストニアの農家の次男や三男以下を中心に移住してきている。陶磁器の施設は残ったままなので、トータルの税収はプラスになるだろう。流石に山を移したら問題になる未来しかないからな。
予備役扱いしていた国防軍および王都騎士団からも領邦騎士団の募集人員ということで派遣された。そのこと自体も驚きなのだが、これに合わせて王都騎士団の人事も刷新された。第一騎士団長にはゼスト・フォン・ミッターマイヤー軍務相が兼務ということで就き、その副長にグレイズ・フォン・カイエル。前任者となるフィーナとその補佐をしていたヴェイグはというと……新設される領邦騎士団の団長にフィーナが、副団長にヴェイグが就任する運びとなった。
これは流石に大丈夫なのかとレクトール国王に尋ねた。
「よろしいのでしょうか?」
「王都の守りが手薄になるのでは、という危惧ならば大丈夫である。刷新したのは国防軍の将軍たちの年齢が原因だ。本人たちも老害による腐敗を避けたいと願い出てきた……あの者たちはレオンハルト絡みに端を発した王家の騒動を見てきたからこそ、前カイエル卿のように潔い身の引きを選択したわけだ。無論、彼らを名誉ある勇退として扱うことに異論はない」
国防軍の体制を一新させるのに乗じて王都騎士団の刷新と南東方面の領邦騎士団新設を行おうという目論見とのこと。本来そう言った騎士団はリクセンベール家の領分だが、国家事業の側面もあるので騎士団の人選に異論はないと返した。これにはレクトール国王も苦笑を漏らした。
「其方は真に謙虚で嬉しきことだ。義理の兄として見習わなければいけない……それを見てなんとも思わぬ輩もおるが」
「どこぞの公爵家でありましょうか?」
「それもあるが、フューレンベルク家のことよ。接収されてシュトヴェールとして発展している領地を頂きたいとオームフェルト家経由で上奏してきた。無論却下したがな……現状の未開発地や放棄された未耕作地を鑑みれば辺境伯家としての力を保つには今の領地でも十分すぎるのだが、旨味のある其方の領地が魅力的に映ったのだろう」
国王の言っていることは決して間違っていない。だが、あの家の現当主は一度倒れている。次に倒れれば間違いなく御家騒動になることは覚悟の上だ。そのために河川改修は最優先で行い、河川や水路に毒などを流し込まれないような対策も講じている。そしてフューレンベルク家側からリクセンベール家側に攻め込むにも橋が一本だけ。しかもかなり頑丈な吊り橋方式を採用している。
普通に掛けてもよかったのだが、この辺りはナスタニア準男爵家に嫁いでいるフューレンベルク家現当主の四女の提案である。曰く『兄達ならそれぐらい平気でやる。オームフェルトも同調する可能性がある以上、やむを得ぬことかと』ということ。東部と南東部には大きな河川が流れており、その橋以外だと渡し船による渡河しかないのが現状だ。
「発展を望むのならば教えを乞えばよいものの、下げる頭がないというのは真に恥ずかしきことよ。それに、お主は民の心を掴むのに長けている。それに代わるのは難しいこと……済まぬな。愚痴を零すなど王として恥ずべきことよ」
「王は人である以上、悩むのは常かと」
「はは、そうであるな。万が一攻めようにも、あの地には父とセバス殿が居られる……あの者らが愚行に走らぬことを願いたいところよ」
レクトール国王曰く『あの二人相手に数万の兵など雑草を刈るが如く。マッシュ殿も聞けばガストニアで現大公に次ぐ強者と聞いている……それにお主も加われば、百万の兵がいてもその場凌ぎであろうな』と呟いた。どうして自分の周りに強い人が集まってくるのか……思わず国王の前で首を傾げたことにレクトール国王は笑みを零したのであった。
「最悪の場合、15にも満たぬ歳で其方を南東の守りを担う辺境伯位に就いてもらわねばならない……可能な限りの配慮はするゆえ、お主は己の信じた道を進むがよい」
「既に婚約者が7人もいる時点でもう満腹感が……」
「その話も内密に聞いた。リッツェルト家の縁戚とはな……其方のことは使徒猊下とでも呼ぶべきだろうか?」
「勘弁してください、陛下……」
「冗談だ。其方の父に義兄様と呼んだら慌てていたが」
親も親なら子も子というレクトール国王の言葉に最早苦笑しか出てこなかったのは言うまでもない。
あけましておめでとうございます(半月経過)
先月はリアル事情にて更新が止まっておりました。
不定期更新なのは変わらずですが、今年もよろしくお願いいたします。