第84話 魔法使いの津々浦々
魔法というのは簡単に言えばイメージである。己の中のイメージを魔力で己の望む形にして放つ。これが魔法の基本理論。そこから自然現象などを再現するとなると、この世界で一般的に知られている術式では魔力消費が重く、加えて時間が掛かり過ぎる。
原因は上級魔法以上では汎用術式の上限値を超えてしまうため、複数の術式運用によってそれを構築するのだがそれでは発動時間が掛かり過ぎる。
一例を挙げれば初級魔法の消費魔力・発動時間・威力をそれぞれ『1・1・1』と仮定した場合、中級ではそれぞれ『2・4・8』、上級では『4・16・64』という感じになるといえば解りやすいかもしれない。魔法の等級が上がれば威力も増すが、それと引き換えに発動時間という制約が付きまとってくる。その原因となっているのは汎用術式であり、複数発動による魔力制御も難しくなる。
人間はパソコンのようにマルチタスクを容易に行えるわけではない。ごく稀にそういう人間を耳にすることはあったりするが。なので、攻撃としての魔法は後方からの支援攻撃というのが一般的な考え方なのだ。それを考えると東方遠征の攻撃方法が原始的なのもある意味納得はできる。褒める気はないが。
それだけでなく、イメージを掴むというのもそう簡単ではない。実際の日常生活で火や水を見ることはあっても、それがどういった現象なのかを理解していなければ100パーセントの威力を発揮できないということだ。
これはアトランティスでアリーシャ達を鍛えていくうえで判明した事実。俺の場合は前世で理系の勉強を中心にやっていたお蔭でその知識が自然と魔法のイメージ固定にも繋がっていたのだ。
火属性魔法の定番である『ファイヤーボール』を発動させると橙色に燃え盛るが、リスレットの郊外の森の中でこれを高温に出来ないかなと試したら危うくミニ太陽クラスになったので、山火事は簡便だと空の遥か彼方へと飛ばしたこともある。それが炸裂した瞬間に空が真っ白に染まった。
『本当にお主は運に好かれておるのう』
後でアリアーテ様から話を聞いたのだが、ちょうど真上にいた暗黒竜を消し飛ばしていたらしく、グランディア帝国の魔導師がエリクスティアを葬るために召喚した直後、俺の放り投げた火球のような何かで消滅した。なお、その魔力の余波で魔導師も死に絶えたそうだ。ラッキーパンチってレベルじゃ済まないと思う。功績が増えても何かしら貰うものに困りそうなので、この件は記憶の奥底にしまい込んだ。
話を戻すが、汎用術式を何とかしようとした人物は過去に一人いた。その人物は王国に仕える大魔導師として大成したが、二十歳代半ばにして突然行方不明となった。魔物に襲われたとか、他国の刺客に殺されたなどと数々の噂があったのだが、どれも憶測の域を出ないものばかりで結局真実は闇の中へと葬られた。
さて、なんでそんな話をしたのかといえば……時は若干遡り、その当人がシュトレオンの前にいたからだ。
「初めまして。君のことはマルタ様やクロウ様から聞き及んでいたよ。私はエルシュリンデ・リッツェルトっていうんだ」
「はじめまして。リクセンベール子爵家当主シュトレオン・フォン・リクセンベールといいます」
彼女こそがリッツェルト家の初代当主という事実もさることながら、すでに数百年生きているという事実も驚いている。
彼女と会うきっかけというのは、シュトレオンが南東部最奥の調査に出向いたことだ。皇居の建設予定地や強力な魔物の生息調査も兼ねてのものだったが、大森林のとある一帯では方向感覚を狂わせる濃霧が発生していた。
それが時属性によるものであるとわかり、影響が出ない程度に干渉して先に進むと、一軒のロッジがそこにあった。見るからに自給自足の生活であることは見て取れたのだが、中から出てきたのは王都で流行りのファッションに身を包んだ一人の女性だった。外見的にはアリーシャが成長したような風貌を漂わせている。スタイル的には母ミレーヌに及ばないものの、レナリアを少し盛った感じだろう。どこがとは言わないが。
話し方はいかにも見た目の年相応の喋り方で、これは『王都で婆くさい喋り方すると目を付けられるからね。若い女の子を見るのは心の若さを保つ秘訣よ』と述べていた。寿命を無視できているのは時空魔法で肉体の老化を停止させているのだろう。
「いやあ、時属性の人除けを通ってくるなんてね。弟子どころか夫に欲しいぐらいね」
「えと……既に6人婚約者がいますので、これ以上は」
「ほほう、その若さでねぇ。益々興味が湧いちゃった」
「前の旦那さんに呪われたくないですよ」
「大丈夫よ。あの人ったら男の子を産んだら側室にベッタリで……それに怒って王都を飛び出したのよ。流石に子供を連れていくことは出来なかったわ。あの子には申し訳ないかなと思ったけど、側室の彼女はちゃんと面倒を見てくれてたみたいだし」
いかにも女性らしい理由である。妻同士の中は良好だったそうで、リッツェルト家は数百年の間公爵家として繁栄した。となると……シュトレオンは一つの可能性に気づいて尋ねた。
「まさか、元王族?」
「正解。第4代国王の長女が私ってこと。リッツェルトの名字は母の実家から貰ったの」
前触れもなく王族が飛び出したら大事なのだが、そうならないようご丁寧に暗示をかけて隠ぺいした。それからは時折変装して世界各地を転々として、最終的にこの場所に隠居したということらしい。王国法では、自力で未開地を開拓すれば所有者として認められるのが原則である。そうなるとこのロッジ周辺は彼女に所有権が発生する。だが、所有を主張するつもりはなく、別に拘ってはいないという。
「あえて拘るとしたら、君の7人目の奥さんの座かな。勿論妾でもいいよ。伊達に歳は食ってないから」
「あのですね……」
だが、放置もできない。霧の結界の件が回りまわって自分に降りかからないとも限らないのだ。いろいろ考えたのだが、自分では判断もできないということで、少なくともかなり長生きしているであろうアザゼルに話を持って行った。
すると、その本人に会わせてほしいということで対面することとなった。
「久しぶりだね、エルシュリンデ嬢。シュトレオン君から聞いたときは生きているだなんて驚いたよ。これも『時の賢者』の成せる業かな?」
「アザゼルさんもお久しぶりです。シュナイダーもマールもゴッズもいなくなって、残っているのは私だけです。奥さんと娘さんはお元気ですか?」
「ああ。娘は特に君に懐いていたからね。機会があれば会わせてあげるよ」
エルシュリンデの口から出た名前は数百年前の勇者たちの名前。それが先代魔王と親しくしているなどファンタジーの定番からすればかけ離れているだろう。
だが、これにも理由がある。確かに当時の勇者たちは魔王を討伐した。だが、実際に討伐したのは初代魔王の怨念であったことだ。その際に当時の魔王であったアザゼルが力を貸した、というのが事の顛末である。これを公にしないのは、発表したところで魔族に反感を抱いている人たちが納得できるはずもないという理由らしい。
そんな会話を眺めていると、二人の視線がこちらに向いて少し身構えた。
「ハハッ、別に咎めたりはしないよ。シュトレオン君、出来れば君に街を作ってほしいんだ」
「街ですか? ここの北のほうを開拓して街を一つ作るつもりでしたが」
レンベルクは現在拡張工事中だが、それでも新規移住者をフォローしきれない。そこで、接収地の大森林の8割を切り開いて大規模な街を敷設する予定だ。そして段階的にケルサロートを駆除して大規模なトワープ松の植林場でも作る予定なのだ。この植物は根が深くて保水力が高く、加えて木の根元では松茸のようなものが収穫できる。木材としての加工は大変だが、その分利便性もある樹木を育てる。
加工場やら木工関連の敷設も考えると街を一つ新設するほうがまだ早いと考えた。この時点で本格的な譲与はまだだが、土地の測量や地形・地質などの調査はすでに完了している。『世界地勢』なしには短期間での調査は出来なかったと述べておく。
「霧の結界をそのままにはしておけない。ならば彼女をリクセンベール家お抱えの魔法使いにすればいい」
「金銭面は特に問題ないから、シュトレオン君の愛が受けられたらいいかなって」
「…………はぁ、わかりました。一応給金は出すとして、顔バレとかは大丈夫なのでしょうか?」
「その時は写真の魔導具なんて発掘されてなかったよ。肖像画といっても国王か大物貴族ぐらいだけだったし」
もう諦めた。相手も自分と同じ八属性全ての魔法を行使できる以上、どう足掻こうが無意味でしかないと。もうじき伯爵になるとはいえ、7人も嫁を抱えるのは体力持つか心配なのだが。というか、お抱えの魔法使いって相場が解りづらい。特に八属性となると国家クラスのお抱えになる。なので、言い値で様子を見ることにしたのだが。
「今の時価だと、月に5000ルーデルぐらいかな。装備もそろっているから、特に欲しいものとかないし」
「……安すぎないですか?」
「その気持ちはわかるよ、シュトレオン君。その分は君に期待ってことだろうね」
「そこで期待されましても……まあ、いいです」
結局、アスカと同じ月1万ルーデルで手を打った。流石に事情が事情なので、まずはニコル財務相に相談することとした。
「おや、シュトレオン君。そちらの女性は……君も父同様に苦労しているようだね」
「事情を察していただき、大変恐れ入ります」
エルシュリンデの序列については既に婚約している6人の序列を崩さず、7人目になると伝えたうえで彼女の素性を伝えた。すると、ニコル財務相も頭を抱えた。
「まさかのリッツェルト家の祖先に加えて魔法使い。普通なら国王直属の王宮魔導師確定ですが……これも何かの縁なのでしょう。レインリリース伯爵家に伝手を取り、かの家の養女として君に嫁がせます」
「あそこは南西部の貴族家ですが、伝手がおありなのですか?」
「シュトレオン君は西部にあまり詳しくないので無理もないでしょう。伯爵領の北はレター領の飛び地なのです。あそこの近海は漁業が盛んで、うちの収入源でもあります」
レインリリース家に対して割と良心的な価格で漁業枠を設け、互いに利益の出るやり方で良好な関係を築いているとのこと。それにしても自分が雇っている親衛騎士の実家と縁故になるとは思いもしなかった。
一方、それを聞いたエルシュリンデは目を丸くしていた。どうやらレインリリースという言葉に聞き覚えがあるようで、尋ねてみた。
「何か知ってるのですか?」
「さっき話していた勇者パーティーの一人でマールって貴族の子がいてね。その子の名字がレインリリースだったはずだけれど……」
「ふむ……マール・フォン・レインリリース伯ですか。初代の女当主でついた渾名は『西風の聖女』と呼ばれていたそうですね」
「そんな渾名がついていたの……恥ずかしがり屋のあの子だから、『私にそんな名前は似合いませーん!』とか言って部屋に引き籠ってたんじゃないかしら」
そんな会話がサラッと出てくるあたり、エルシュリンデが長く生きている証拠なのだろう。そして序列一位のアリーシャと実際に対面してもらった。二人を比べると、血縁が遠く離れていても似通った印象を強く受けた。そして、エルシュリンデからの言葉を聞いたアリーシャは、ジト目でシュトレオンを見やった。
「英雄色を好むとはお聞きしましたが、レオン様はいろんな女性を虜にし過ぎです。私やセリカを蔑ろにしないでくださいね?」
「それは勿論だよ。とはいっても、言葉よりも誠意だよね」
「ふふっ、そこはレオン様から頂いた指輪で示していただいておりますから。いざとなれば冒険者としてどこまでもついていく所存です」
「あらあら、みかけによらず大胆ですね」
魔法に詳しいということでエルシュリンデにはアリーシャを初めとした面々に魔法を教えてやってほしいとお願いをした。その対価という形で自分が使っている汎用術式を教えた。これにはエルシュリンデも驚きを隠せない。
「え、いいのですか?」
「勿論。その代り、ちゃんと働いてもらうからね」
「はい、レオン様」
次にアルジェント家に行ってバルトフェルドに話を通す。自分のことだけでなく、エルシュリンデがリッツェルト家に関わる系譜というのもある。それを聞いた父はエルシュリンデに頭を下げた。
「バルトフェルド卿、貴方が頭を下げなくてもよろしいかと」
「言葉はご尤もです。しかし、元を正せば私もその一端を担っております。このような形でリッツェルト家を取り潰してしまったことに詫びをさせてください」
「父上……」
「解りました。謝罪は受け取りましょう。では、その代わりとして貴方の妻に会わせていただけますか?」
この時のレナリアは妊娠中なのであまり激しい運動は出来ない。エルシュリンデの姿にレナリアは『国王から押し付けられたのかしら』と邪推したそうだが、バルトフェルドの説明でキョトンとしていた。いきなりご先祖様が現れたらドッキリとかいうレベルじゃないから、驚くのも当然である。すると、軽くお腹を擦ったエルシュリンデが笑みを零した。
「レナリアさん、元気な赤子を産んでください。同じように家を飛び出した仲間としてお祈りいたします」
「あ……ありがとうございます。えと、御婆様とお呼びしましょうか?」
「……グスン。シュトレオン君、慰めて」
「えっと……父上?」
「そういう感じはやっぱりレナリアのご先祖様だな」
「???」
父曰く、悲しいことがあると抱き着く癖はレナリアそっくりらしいとのこと。尚、本人にはその自覚なし。ちなみに、なぜ自分を選んだのかを尋ねるとこう答えた。
「あの結界を通り抜けた最初の人についていこうって決めてたの。シュトレオン君は、もうちょっと若いほうが好みかな?」
「まあ、極端に離れなければいいです」
結果、彼女は17歳の時の姿へと変わった。この時は勇者パーティーの一人として活動していた時で、魔法使いとして一番脂が乗っていた時期と本人は述べた。永遠の17歳を地で行く7人目の婚約者に、どんな表情を向けたらいいか解らなくなるシュトレオンであった。
書いたはいいが、ボツにできるわけでもなくサルベージしました。
ここまで魔法について何も触れてなかったような気もしましたので。