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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第8話 かつての英雄は意外な一面だった

 中世の時代は現代よりも子供の死亡率が高かった。衛生面とか病気の問題もあったが、それはこの世界も同様であった。特に魔物に襲われて亡くなるということはさして珍しくもない。

 なので、街の周囲は高い外壁に覆われており、さらに結界魔法を付与した結界魔石によって街の中へ魔物が入ってくるということを抑えられている。


 洗礼の日、シュトレオンとライディース、その母親であるミレーヌとエリス、そして父親であるバルトフェルドと護衛の騎士たちだ。教会に入ると、そこにはこの教会の司祭ではなく祝言でお世話になったラスティ大司教がいた。


「いらっしゃいましたね。お久しぶりです皆様」


 シュトレオンやライディースは無論のこと、バルトフェルドも驚きで固まっている様子だが、一方のミレーヌとエリスは笑みをこぼしていた。それを見れたことに満足したのか、ラスティ大司教は笑みを浮かべつつ俺たちを招き入れた。


「いや、どうして大司教殿がここに」


「本来はここの司祭が担当するはずだったのですが、急用で席をはずしていまして。私は偶々リスレットへ向かう途中でお二人の洗礼を打診されたので、快く引き受けたということです」


 リスレットはセラミーエ領最南端に位置する街で、ガストニア皇国との国境線近くにある。近年皇国の動きが不穏であり、住民が不安に感じているということからエリクスティア国王の打診を受けて慰問に向かっている途中だったそうだ。


「私一人が行ったところでただの気休めもいいところだとは思いますが……私よりも侯爵閣下のほうがその切迫した空気を感じていますでしょうし、その気休めに厄払いを執り行わさせてください」


「え? しかし、それは……」


 ラスティ大司教の提案にバルトフェルドは言葉を詰まらせる。

 厄払いは金が掛かるもので、司祭クラスでも心付けということで金貨5枚。ラスティのような大司教クラスなら下手すると白金貨クラスになる。

 そもそも、司教クラスが儀式などを執り行ったりすることになるのはそれこそ国事クラスの冠婚葬祭レベル。それと、本来祝言や洗礼などは経験を積む意味合いで司祭や司教になりたての新人の仕事なのだ。

 

 この世界の貨幣は白金貨・金貨・銀貨・銅貨の基本4種に大金貨・大銀貨・大銅貨、白金板(はくきんばん)金板(きんばん)銀板(ぎんばん)・銅板の形状や重さが異なる7種の計11種類で構成されている。転生前だと基本貨幣6種(1・5・10・50・100・500円)、紙幣4種(1000・2000・5000・1万)なので、そう考えるとそこまで多いという感じはしなかった。なお、白金板については国家間の取引ぐらいでしかお目にかかることはない代物らしい。

 通貨単位は『ルーデル』になっていて、最初聞いたときは嘘知識サイトでも嘘を書けなかったほどおかしい人物を真っ先に想像してしまった。

 なお、転生前の価値で換算するとこんな感じだ。


白金板 1枚=  1億ルーデル(100億円)

白金貨 1枚=100万ルーデル(1億円)

金 板 1枚= 10万ルーデル(1000万円)

大金貨 1枚=  5万ルーデル(500万円)

金 貨 1枚=  1万ルーデル(100万円)

銀 板 1枚=1000ルーデル(10万円)

大銀貨 1枚= 500ルーデル(5万円)

銀 貨 1枚= 100ルーデル(1万円)

銅 板 1枚=  10ルーデル(1000円)

大銅貨 1枚=   5ルーデル(500円)

銅 貨 1枚=   1ルーデル(100円)


 厄払いで1億払うという金銭感覚はどうなのかと疑ってしまうが、ラスティ大司教は若いもののレインラース法王に認められたエリクスティア王国のティアット教におけるトップの人間だ。この世界だと教会の権威という力は大きいので、何かの縁を結びたいのならお金は惜しまないと考える人間が多いと思う。


 対するアルジェント侯爵家は、エリクスティア王国において南部で最大勢力の貴族。

 この国には東西南北にそれぞれ最大勢力の貴族がおり、それらを総称して『四聖貴族』と呼ばれることがある。これは公式な場で身に着けることのできる服の色にも反映され、アルジェント家は黒の貴族服を纏うことが許されている。

 もっとも、黒という色はこの世界でもいいイメージは持たれておらず、一部の貴族からは『成り上がりの田舎貴族』だと揶揄されることもあるが、それは後の機会に話そうと思う。


 ここでケチっては貴族のプライドに傷をつけることになる。バルトフェルドの心情を察したのか、ラスティ大司教はこう続けた。


「心付けは陛下よりいただきましたし、陛下も閣下を心配なさっておいででした。『隣国が不穏な状況なのは知っている。ほかの情勢もある故、わしが今の侯爵にできるのはこれぐらいだ。せめてもの気休めと思って受け取ってくれ』とのお言葉も賜りました」


「……陛下に最大の感謝と、機会があれば是非お伺いすると言伝をお願いできますでしょうか?」

 

「ええ、是非。それでは二人の洗礼ののち皆様の明るい未来を願うため、厄払いを僭越ながら執り行わさせていただきます」


 割と平和だと思っていたが、父のあの様子を見る限りにおいて薄氷なのかもしれない。5歳の自分として現状できることは……せめて家族だけは守れるようにすることぐらいだ。子どもが大人の信用を得るというのは難しいことだと解っているから。


 シュトレオンとライディースの洗礼が始まる。今回は二人一緒にだ。……これに関しては、特に何も起きる様子はなかった。


 強いて言うなら、周囲の人たちが女神像が光っていることに驚いていることぐらいだろう。すみません、多分俺のせいです。そして、厄払い。これも祈るように目を閉じることになるのだが、ここで俺の視界が真っ白に染め上がっていく。


 今回はアリアーテだけのようだ。他の神様らは見当たらない。


「久しぶりじゃの」


「ええ、お久しぶりです。尤も、楽観視できる雰囲気ではなさそうですが」


「まぁ、そうじゃのう……これは言ってよいじゃろうな。4か月後、ガストニア皇国が攻めてくる」


 その言葉にシュトレオンは『やはりか』と思うほどだ。司祭ではなく司教クラスの人間が慰問を行う時点でその兆候があると認めたようなものだ。侵攻の理由としては……これは父とかでないと解らないのだろう。


「俺のやったことがばれたわけではないんですよね?」


「無論じゃ。むしろ、かなり自重しすぎではないかとほかの連中が言うほどだ」


「やるべきことはリストアップしてるんですけどね。ですが、これでひとまずの方針は固まりました」


「ほっほ、やる気に満ち溢れておるの。流石はあのレオンハルトの子孫じゃな」


 シュトレオンはここでその名前が出てきたことに驚きを隠せなかった。もしかしたらと思い、尋ねてみることにした。


「どうしてその名を……もしかして」


「勘が鋭いのは似ておるの。うむ、あやつも転生者じゃ。しかも、元の世界ではお前さんの祖父じゃ」


「……祖父さんも、この世界に……」


 別に事故や病気などで死んだわけではなく天寿を全うした。そんな彼が未練を抱えていたとは思えなかったからだ。これにはアリアーテ様が説明してくれた。 


「他の転生者に関する情報は本来禁則事項なのじゃが、あ奴にお願いされておったからの」


 祖父は剣術の達人であった。だが、若い時に負った怪我の影響によるダメージ蓄積で、剣を置かざるを得なかった。俺が生まれた時には盆栽弄りに精を出す祖父の背中しか見たことがなかったので、そんなことなど知らなかったのだ。


 それを不憫と感じた地球の神がこちらの世界に転生させたのだ。あんな温厚な祖父にもそういう一面があったことに驚くほかなかったが。


 そこからがすごかった。

 祖父もといレオンハルトは物心つくと剣を振るっていた。元々五男に生まれたので、継承権には程遠い人間だった。魔力もかなりのもので、魔法剣を好んで使っていたらしい。

 領邦騎士団にわずか6歳で入団し、10歳で初陣。11歳には副団長補佐、15歳で最年少団長に上り詰めた。


 18歳の時にガストニア皇国との戦争で先陣を切り……なんと相手に3万の被害を出した。しかも、部下を含めてたった11人で。


 最終的にはエリクスティア側のにも死者は出てしまったが、それでも4人。一方のガストニア皇国は死者・負傷者含めると10万を超える数になったそうだ。その亡くなってしまった4人に対して、レオンハルトは態々4人の遺族の前に行き頭を下げた。


『ジル、クェス、ウィック、カルロ……4人の未来ある者を死なせてしまった。本当に申し訳ない』


 彼らとて一人の兵士。無論、死ぬ覚悟もできていただろう。レオンハルト自身も神様ではないのですべてを救うことなどできない。いっそのこと恨むのならば敵ではなく、兵士を率いていた自分が恨まれるべきだと。

 だが、彼らは寧ろ感謝したのだ。一介の兵士の名前すらろくに覚えてくれないだろうと思っていた自分らの身内が栄えある騎士団長にしっかりと見て貰えていたことが、何よりも嬉しかったのだと。

 彼はその時既に男爵へと叙爵されていたため、遺族への手当てや希望する者は自身の屋敷の管理を行う執事やメイド、護衛や門番として取り立てた。彼らは喜んでその職務を全うしたそうだ。


 その後、政変や病気によって婚約者、両親と兄4人が立て続けに亡くなるという事態となり、レオンハルトは自身の功績を以てアルジェント本家の当主となった。そして、異母兄弟であり騎士団副団長となっていた六男にアルジェント分家として男爵位を譲渡した。


 そのアグレッシブな人生に、シュトレオンは思わず絶句するほどだった。


「そうじゃ、霧の森の奥にそやつが拠点をつくっておった。何か役立つものがあるかもしれぬから、行ってみるといい。魔物との戦闘経験も積めるから悪い提案ではないじゃろう」


「はい、ありがとうございます」


 そうして、視界は再び真っ白に染まっていく。平穏のタイムリミットは残り4か月を切っていた。

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